媚薬で傷モノに
多くの人が賑わう会場を抜け出し、廊下に出るとようやく息ができるような気がした。それだけ人が多いのだ。
「ふぅー。王族って大変ね……」
他人事のように呟き、今出たばかりの扉を振り返る。給仕係がせわしなく飲みのもを運んでいく姿を見てから斜め向かいに用意されている休憩室に足を進める。
「うっ、うぅぅ……」
誰かの苦しそうなうめき声が突如聞こえてきた。柱の影に一人の長身の男性が苦しそうな表情で息を荒げていた。
「大丈夫ですか⁈」
慌てて駆け寄ると、その顔に見覚えがあった。珍しい褐色の肌にグレーの髪。そう、薔薇園でヒスイと一緒にいた男。一瞬だったがバルコニーからその姿を見ていた。
「あなたは、ヒスイ様のお付きの方ですよね?どうなさいました?」
会場内に付き人は入ることはできない。ここでヒスイを待っていたのだろうか。
「だ……、大丈夫……ですの……で……」
いや、とても大丈夫そうには見えなかった。とにかく人を呼ばなくてはと思ったが、周囲の者は忙しそうに行ったり来たりでとてもじゃないが声をかけられる状況ではなかった。
「とにかく、一旦そこの部屋で休みましょう」
ガーネットはサファイアよりも少し背が高く、ガッチリした体型のアメジストの腕を自分の細い肩に回し休憩室に入った。
ソファーに座らせる。テーブルにはちょうど水差しが用意されていた。グラスに水を注ぎアメジストに飲ませる。
ふぅーっと、深く息を吐いた。
「ありがとうございます……」
少し落ち着いたようで、開いた瞳は星を纏う闇夜のような紫紺色だった。
「良かった。今、お城のお医者様をお呼びしますね」
「い、いえ。そのようにお手を煩わせてしまっては、我が主からお叱りを受けてしまいます。もう大丈夫なので」
「でも……」
自分も休むつもりだったから、このまましばらく一緒にいて様子を見ようと考えを改めた。何かまた変化があれば、躊躇なく医師を呼ぼうと。
「何か持病でもお持ちですか?常備している薬などは」
「あ、いえ。何もありません。その、極度の人酔いをしてしまって……」
「極度の……人酔い……」
お恥ずかしいと、アメジストは照れながら大きな体を縮こませる。
ぷっ、ふふふっ
我慢できず思わず吹き出してしまった。
「ご、ごめんなさいね。実は私もなのよ」
「え?」
「極度の人酔い」
「あ……」
「だって、まさかあんなにたくさん。しかも外国の王族の方や高位の貴族の方がいるんですもの。人酔いしない方がおかしいわ。でしょ?」
ガーネットの気迫に、ただただウンウンと頷くアメジスト。
「自己紹介がまだでしたね。私はガーネット・クレランスです」
「オレは……。わたしはアメジストです」
「いいのよアメジストさん。変にかしこまらないで。あなたヒスイ様のお付きの方よね」
「あ、はい。じゃ、じゃあ」
グレーの短髪をポリポリとかく。
アメジストの砕けた雰囲気が少し場を和ませた。
「だからいいのよ。普通に話して、アメジストさん」
「はい。じゃあガーネット様もオレのこと、さん付けしなくていいので」
「じゃあ、アメジスト」
「はい」
なんだかこの他愛のないやりとりが、先程までの会場内とは全く異なった空気感で包まれていておかしく感じた。
「あら、チョコレートよ。疲れた時は甘いものが一番ね」
綺麗な小箱に宝石のように一粒ずつ並べられていたチョコレート。その一粒を指で摘みパクリと口の中に入れた。
「んー。すっごい美味しいわ。もう一つ」
続けて二個目もパクリと、ぷっくりした唇に吸い寄せられるかのように入っていった。
「アメジストも食べて」
「あ……、いや。オレは……」
「あら、甘い物は苦手?」
そう言って首を少し傾ける仕草は、あざとさがない分タチが悪い。
モグモグとチョコレートを美味しそうに食べているガーネットをジッと見つめるアメジスト。
「あ、あの、ガーネット様。なんか体熱くなったりとかしません?」
「へ?別に?どうして?」
何も変化はない。三個目のチョコレートを完食したところで、扉が開かれてもう一人のヒスイの付き人が入室してきた。
「あら、あなたは」
いつもヒスイのそばにいる女性の付き人。学園内でも一緒にいたのでよく覚えている。
「もう、アメジストったら何やってるのよ。ちゃんとやってよね」
「クララ。いや、オレはちゃんとやってるし」
「そんなはずないじゃない。だって現にホラ」
クララと呼ばれた付き人は、ガーネットを指差す。
ん?私?なんだろ?
意味が分からず、手に持った四個目のチョコレートが行き場をなくす。
「ちょっと、コレ何も入ってないんじゃないの?」
ヒョイと小箱から一粒チョコレートを取り、クララは自分の口に放り込んだ。
「あっ!待て!」
アメジストが止めるのも聞かずに、甘くて美味しいと目を輝かせるクララだった。上品な甘さで、口に入れると蕩けていく滑らかな口当たり、見た目の美しさは一流パティシエによる最高傑作と言えよう。
クララはすぐに二個目を手に取った。釣られてガーネットも手にしていた四個目のチョコレートをパクリと食べた。
目の前で二人の女性がぱくぱくとチョコレートを頬張っている姿を凝視するアメジスト。
「お、おい。大丈夫なのか?」
意味が分からず、クララの顔を見る。するとつい今しがたまで嬉しそうに食べていた表情から、どんどん顔に赤みがさしてきたのだ。
「え?ク、クララさん⁈」
明らかに様子がおかしい。呼吸も荒くなり、ぐったりとソファーに倒れ込んでしまった。
「おい、クララ!」
同じく動揺する、アメジスト。
「もしかして……、毒⁈」
その言葉にアメジストの紫紺の瞳がガーネットをとらえる。
「わ、私、すぐに人を呼んできます‼︎」
「い、いやっ、待ってくれ‼︎」
アメジストが叫んだが、ガーネットは一刻を争うと思い走って部屋を出ていった。
*
華やかな会場内では、第一王子のトパーズと同じく隣国の第一王子ダイヤが話し込んでいた。
「もうすぐで式が始まる。お前が用意した書面の一枚目にオレはサインする」
「えぇ。このまま何事も起こらなければ、それでお願いします。ただし、事が起きれば……」
「あぁ、分かっている。その時は、もう一枚の方にサインする。オレは約束は違えない」
腹の探り合い。トパーズもダイヤも幼い頃から周囲からの評価が高く、二人がそれぞれ国王として即位したら賢王になるだろうと常日頃から囁かれていた。
今回の調印式では、実は二枚の書面が用意されていたのだ。
一枚目は、両国にとって公平な条約。しかし、もう一枚はトパーズが用意した少しアルテミス国有利の条約。
「トパーズ、コレは一体なんだ⁈」
この二枚目の書面を提示されたシーファ国第一王子ダイヤは顔を歪め、低い声色で尋ねてきた。
「えぇ、実はこれ慰謝料です」
「はぁ⁈」
コイツは何バカなことを言っている。
口にはしないが、顔で内心そう思っていることがバレバレだ。
「あなたの妹君、第三王女ヒスイ様の起こした罪による慰謝料ですよ」
ニヤリと口角を上げる。整った顔立ちに、金の瞳。サファイアとは違い、普段から穏和に見えるが実は敵に回すと一番恐ろしいと密かに恐れられていた。
シーファ国でのやり取りを思い返していると、妹ヒスイが袖をクイっと引っ張ってきた。
「ダイヤお兄様、私少し疲れましたわ。そこの休憩室に行きたい」
「あぁ、分かった。お前を一人にするわけにはいかないからオレも行く」
ヒスイは兄から見えないように顔を横に向けてほくそ笑んだ。そう、兄ダイヤに休憩室に行きたいと言ったのは、サファイアがちょうど扉の外に出ていったのを確認したからだった。
「サファイア殿下、どちらに?」
賑わう会場を本日の主役の一人が去ろうとしたところを魔導士ラピスラズリが声をかけてきた。
「あぁ、ガーネットが休憩室にいるから様子を見に行ってくる」
「では、ご一緒させていただきますよ」
「あ?なんで着いてくる」
「当たり前じゃないですか。人目を避けて少しでもイチャつこうなんて今日ばかりは許しませんからね」
チッと舌打ちする。
二人で扉の外に出た途端、休憩室から慌ててガーネットが飛び出してきた。顔色が悪く、ひどく動揺している様子だったのでサファイアは駆け出し、抱きしめた。
「サファイア!」
「どうした‼︎」
「大変なの!ヒスイ様のお付きの方が毒を食べてしまって!助けて!」
それを聞いたサファイアとラピスラズリはガーネットを伴って、休憩室に戻った。
「きゃぁぁぁ」
部屋に入りなり、三人の目には信じがたい光景が飛び込んできた。驚きでガーネットは思わず大声で叫んでしまった。
ちょうどその叫び声を聞いたのが、休憩室に向かう途中のヒスイとダイヤだった。
「今の声……」
ダイヤが立ち止まる。
「えー?もしかしてガーネットの声かしらー」
小首を傾げながら、どうしたのかしらーなどと棒読みの演技が始まった。そこへすかさず、男性の怒声が聞こえてきた。
「お前達!何をやっている!」
ヒスイから満面の笑みが溢れる。
「サファイアの声か?」
「あら?そうみたいだわ。お兄様何かあったのかもしれませんから行ってみましょう」
こうしてヒスイとダイヤも休憩室へと急いだ。そして、中に入るとおぞましく、目を背けたくなる情事が繰り広げられていたのだ。
「なっ!なんだ⁈アメジスト⁈お前、な、なんてことをっ!」
「きゃぁぁぁ、なんて破廉恥な!」
後から入室したダイヤと、ヒスイが大声を上げた。
そこにはソファーで激しく腰を打ち付けるアメジストの姿があった。褐色の引き締まった体には白い肌の女性の腕が絡みついている。
耳には二人の喘ぎ声が、その場の空気とはそぐわない色香を漂わせていた。
「アメジスト!やめるんだ!」
シーファ国第一王子が叫ぶが止まらない。
「媚薬です」
「媚薬?」
魔導士ラピスラズリの言葉を繰り返す。
「今、止めますので」
そう言うと、魔導士の法衣から小瓶を二つ取り出した。中身は淡い黄色の液体が入っていた。
「まずは男の方に」
グレーの短い髪を鷲掴みにし、無理矢理口に小瓶を押し付け流し込んだ。
「はぁはぁはぁはぁ……」
汗が滲み出る。最後に深く息を吐いた。
「ほら、抜いてあげなさい」
「え……。あ、わぁっ⁈」
正気に戻ったアメジストが自身のモノを下半身から引き抜いた。下にいるもう一人に、ラピスラズリが小瓶を口に押し当て、ゆっくりと飲ませた。
「さぁ、もう大丈夫」
その声を聞くや否や、ヒスイが心配そうな声色で話しかけてきた。
「うちの者がとんでもないことを……。本当にごめんなさい。ガーネット」
「え?」
サファイアが驚いて後ろを振り返る。
「ヒスイ、今なんて?」
「サファイア、ごめんなさい。あなたの大切なご友人の一人ガーネットを、うちの従者が傷モノにしてしまって、なんて謝罪をすればいいのか……」
涙をハラハラと流し始めた。これには、部屋にいたダイヤもラピスラズリも驚きの表情を隠せない。
「ヒスイ様?」
ひょっこりとサファイアの脇から顔を出す。綺麗に結い上げられた燃えるような深紅の髪を見れば一目瞭然。第二王子の愛しい人だった。
「へ?ガーネット?」
しばしの沈黙。そして。
「ガーネット⁈なんであんたがそこにいるのよ‼︎」
指を差しながら、ガーネットとソファーで横たわる人物を交互に何度も見る。
ソファーからむくりと起き上がったのは、ヒスイの侍女クララだった。
「え、え、えー⁈ク、クララ⁈え⁈なんで⁈」
「あ、あの姫これには事情が……」
媚薬の効果もなくなり我に返ったアメジストが恥ずかしそうに、服の乱れを整えながら話そうとしたが、ヒスイは驚きでそれどころではなかった。
「なんでクララを抱いたのよ!あんたが抱くのはガーネットのはずだったでしょ!せっかくトルメキアから高い媚薬取り寄せたのに!」
烈火の如く怒り狂うヒスイ。しかし、そのすぐ後に後悔することとなる。
「ヒスイ、お前……。なんてことをしてくれたんだ……」
ダイヤの冷ややかな声が重くのしかかる。
第一王子ダイヤは片膝を着き、サファイアとガーネットに低頭した。
「ダイヤ様」
ガーネットはそんな王子を見て、慌てて駆け寄ろうとするがしっかりと体を抱きしめられている状態では、それは叶わなかった。
「ダイヤ。これは決して許されることではないぞ。もし、ガーネットに傷を付けたらお前の国は一瞬で消える覚悟をしておけ」
「はい、サファイア殿下……」
サファイアのその言葉は本気だ。それはここにいる全員にしっかりと伝わっている。怒りで魔力が膨張し、王城にいる魔力持ち全ての者に魔力圧で呼吸を圧迫しているからだ。
「そしてヒスイ。二度とオレとガーネットの前に顔を見せるな」
恐怖で声が出ず、何度も首をこくこくと縦に振る。
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もうすぐ完結です。
別話「魔法使いの弟子になりまして」を準備中です。