天野勇二

マデューの居場所の話ではない。
この機械を持っている人間は、『マデューのクライアントである』ということが証明できるのか。



 寺嶋は煙を吐き出しながら、USB端子のついた機械を懐に戻した。


寺嶋

そういうことだ。
マデューは必ずクライアントに渡すと言っていた。
もしクライアントに会いたいなら、この箱を持っているヤツを探すんだな。

天野勇二

なるほどな……。
これは重要な情報だ。
感謝するぜ組長さん。

寺嶋

さて……。
少し喋りすぎたな。
俺は失礼するぞ。


 寺嶋は葉巻を灰皿に押しつけて立ち上がった。


 懐から名刺を取り出して天野に渡す。


寺嶋

マデューの情報があれば流せ。
もし新島のオジキとの関係がハッタリだった場合、沈むか埋められると思えよ。


 天野は名刺を受け取ると不敵に笑った。


天野勇二

安心するがいい。
俺の親父は新島会と良い関係を築いている。
武闘派の寺嶋さんも手出しはできないさ。

寺嶋

大したガキだ。
良い度胸をしてやがる。
お前の怪我が治れば、もう一度転がしてみたいもんだな。


 寺嶋は凄まじい殺気を残して店を後にした。


 寺嶋が完全に店を出たのを確認すると、涼太もピンクちゃんも涙目でその場に「ぺたん」と座りこんだ。


佐伯涼太

こ、こ、怖いねぇ……。
極道ヤクザは本当に怖いよぉ……。
しかも拳銃チャカまで持ち出すなんてさぁ……。
勇二はよくあんなのと、マトモにやりあったねぇ……。


 ピンクちゃんも頷きながら言った。


ピンクちゃん

あの人、開店からずーーっといたんですよ……。
他のお客さんはすぐ帰っちゃうし、すごく怖かったんです……。


 天野はピンクちゃんに近づくと尋ねた。


天野勇二

ピンクよ。
いや、君は赤井あかいという名前なんだな。
本当に君がオーナーなのか?


 赤井ことピンクちゃんは、涙目で頷いた。


ピンクちゃん

は、はい……。
この店は2年ほど前に、私が1人で立ち上げたんです……。

天野勇二

『寺嶋組』とは立ち上げ前からの知り合いか?


 ピンクちゃんは首を横に振った。


ピンクちゃん

いえ、違います。
お店をオープンした後、しばらくしてからやって来たんです。
困った時は相談しろ、厄介な騒ぎを起こす客がいれば力になると……。

天野勇二

ヤツらには『みかじめ料』として、何かを差し出しているのか?


 またピンクちゃんは首を横に振った。


ピンクちゃん

いいえ。
さっきの人もそうですけど、向こうから金品を要求することはありません。
あの人以外の『それっぽい人』が、お店に来ることもありませんし……。


 涼太が小首を傾げた。


佐伯涼太

そんなものなの?
あれは『ケツ持ち』極道ヤクザでしょ?
お金とか女の子を寄越せとか言わないんだ?

ピンクちゃん

言わないですね……。
私もいったい何をしてくれるのか、正直よくわからないんです……。


 天野は寺嶋が残した葉巻を眺めながら言った。


天野勇二

極道の世界には様々な『ショバ代』の徴収方法があるのさ。
オーナーが『堅気カタギ』である場合、ヤツらが正面からたかってくることは少ない。
ましてやここは秋葉原だ。
それほど極道の力が強い地域でもない。


 釘を刺すようにピンクに告げる。


天野勇二

だが、もし君が『厄介なキモオタを排除したい』と願い、寺嶋組に処理を頼んだとしよう。
その日が君の『堅気カタギ』としての人生の最期だ。

ヤツらは『用心棒代』のようなものを請求し、君が拒否できないように追い込み続ける。
まっとうに店をやっていくなら、ヤツらと関わらないよう注意することだな。

ピンクちゃん

は、はい……。
わかりました……。


 ピンクちゃんが頷くのを見ると、天野は改めて尋ねた。


天野勇二

オーナーである君にいくつか尋ねたい。
まずマデューだ。
アイツが店に訪れるようになったのは、いつからのことだ?

ピンクちゃん

マデューですか……。
結構前ですね……。
ちょっと待ってください。


 ピンクちゃんは店の奥から帳簿ちょうぼを取ってくると、天野たちの前に広げた。


ピンクちゃん

……1年ほど前からですね。
それから週に1回ほどの頻度ひんどで通ってます。

天野勇二

1年前か……。
マデューと仲の良かった客はいるか?


 ピンクちゃんは即座に首を横に振った。


ピンクちゃん

いませんね。
他のお客さんと話すことはありましたが、仲良くなるようなタイプじゃありませんでした。
富樫様と親しげに話しているのを見て、珍しいな、と思いましたから。

天野勇二

それでも多少は話すことがあったんだな。
どんなことを話していた?


 ピンクちゃんは困って黙り込んだ。


 キモオタ同士の会話なんてピンクちゃんは興味ない。


 しかもマデューと客が会話している姿なんて、ほんの時たま見かけるだけだ。


 さすがに会話の中身はわからない。


ピンクちゃん

……ちょっとわからないですね。
よく覚えてません。


 天野は腕組みをすると、質問の方向性を変えた。


天野勇二

ならば、半年以内の間でマデューと絡んだことのある客……。
そして、かなりの金持ち……。
この2点が合致がっちする客はいるか?

ピンクちゃん

半年以内……。
それであれば……。
この人でしょうか……。


 ピンクちゃんは帳簿の中から特に儲かった日を指さした。


ピンクちゃん

常連リピーターにはならなかったんですが、1日で100万ほど使った人がいました。
宝くじが当たったとのことで、金使いがすごく荒かったんです。
他のお客様にも奢っていたので、マデューと話したかもしれません。

天野勇二

なるほどな。
他に条件と合致する客はいるか?


 ピンクちゃんはしばらく帳簿を見ていたが、確信を持って強く頷いた。


ピンクちゃん

この人だけです。
この人以外は思い当たりません。

天野勇二

そいつの住所はわかるか?

ピンクちゃん

わかります。
常連や太客のお客様には手紙を出すんです。
茨城いばらきに住んでいる方です。

天野勇二

そいつを、俺に教えてもらえるか?


 ピンクちゃんはじっと天野を見つめた。


 天野もピンクちゃんを見つめる。


ピンクちゃん

でもこれは……。
お客様の個人情報ですから……。


 ピンクちゃんは迷っている。


 住所まで教えて良いものか、明らかに迷っている。


天野勇二

わかっている。
君が漏らしたとは言わない。
だが、間違いなく手荒な真似をすることになる。
それでもあえて、教えてくれ。


 天野が追い打ちをかける。


 ピンクちゃんは天野の瞳を見つめ、静かに尋ねた。



ピンクちゃん

これは……。
ハニーちゃんの……。
『カタキ』を取ることに、なりますか……?



 天野は黙って頷いた。


 ピンクちゃんは口唇を噛み締めながら言った。



ピンクちゃん

……こんな店ですけど、私にとっては、人生をかけた店なんです。


 ピンクちゃんは帳簿を天野に差し出した。


ピンクちゃん

私にとって、働いてくれる従業員メイドたちは、可愛い妹のようなものです。
時には喧嘩することもありますけど、みんな私を信じて、いつも全力で頑張ってくれました……。

それが、よくわからない理由で殺されるなんて……!
絶対に許せません……!


 静かにひとつの行を指さす。


 茨城に住んでいる太客の住所が書かれている。


 涼太は素早くそれをメモにとった。


天野勇二

ありがとう。
感謝する。
涼太よ、こいつを洗って来い。


 涼太はポキポキと指を鳴らし、挑発的に言った。


佐伯涼太

まかせてよ。
僕ちゃんヤクザには弱いけど、キモオタには抜群に強いよ。

天野勇二

今すぐ調べてくれ。
クロであればその場で潰せ。

佐伯涼太

オッケー!
まかせちゃって!


 メモを持って涼太がメイド喫茶を飛び出す。


 ピンクちゃんは不安げにその後ろ姿を見送った。


ピンクちゃん

こ、この人が……。
マデューに殺人を依頼したんでしょうか……?


 天野はカウンター席のスツールに腰掛けながら首を捻った。


天野勇二

まだ確証には至らない。
だがその可能性が高いだろう。

俺が見る限り、寺嶋は嘘を吐いていなかった。
『金を持っているオタク』に接触できるとすれば、この店である可能性が高いだろう。

まぁ、シロであれば、また別のオタクを探せばいいだけの話だ。


 ピンクちゃんは辛そうに言葉を吐き出した。


ピンクちゃん

もう、いったい何がどうなってるのか……。
うちの店で人を殺すやり取りをしてたなんて……。
この先、どうなるのか不安です……。



 ピンクちゃんの不安はオーナーとして当然だろう。


 ハニーちゃんが殺され、ミルクちゃんが負傷し、残りの従業員メイドは3人だけ。


 ここまでの凶悪な事件が起きた以上、その3人も店に残ってくれるかわからない。


 さすがにピンクちゃん1人では店を維持できない。


 良い人材なんてすぐには集まらない。



天野勇二

ピンクよ。
他にも訊きたいことがある。
ハニーがマデューに拉致られた時の状況を教えてくれ。


 ピンクちゃんは青い顔で頷いた。


ピンクちゃん

その日は私とミルクちゃんとハニーちゃんの3人シフトだったんです。
うちは22時に閉店するんですけど、閉店直前にマデューが店に入って来て、即座にハニーちゃんに黒い袋をかぶせて、そのまま連れて去ったんです。
あっという間のことでした。

天野勇二

その時、客はいなかったのか?

ピンクちゃん

はい。
誰もいませんでした。

天野勇二

なぜお前はハニーの捜索に付き合った?
警察を呼んで帰れば良いだろう?

ピンクちゃん

だって私の店の従業員ですよ。
私だけ帰るなんてできません。



 天野は頷きながらピンクちゃんの瞳を見つめた。


 スジは通っている。


 ピンクちゃんがオーナーであれば、従業員を拉致されたのは大問題だ。


 オーナーが「怖いから警察に任せて家に帰りました」と言ったら、従業員からの信頼は地に落ちるだろう。



天野勇二

涼太とマデューを追いかけた時、君は逃げる男を見て「マデューだ」と叫んだらしいな。
なぜそう思った?

ピンクちゃん

お店に来た時の服装と一緒でしたし、ちらっと横顔も見えたんです。
それにすごい勢いで走っていたので、絶対にマデューだと思いました。


 天野はキツイ目でピンクちゃんを睨んだ。


 次の質問が重要だ。


天野勇二

その後、君はマデューを追いかけたそうだな?

ピンクちゃん

はい。
もう一心不乱に走りました。

天野勇二

だが君の足では涼太に追いつけなかっただろう?
不審な人物を目撃しなかったか?

ピンクちゃん

えっ……?
ど、どういうことですか?

天野勇二

どうもこうもない。
君の足では涼太に追いつけない。
必然的に歩道橋の入り口付近にいたはずだ。
誰かが歩道橋に上がって行くのを見なかったのか?


 ピンクちゃんは困ってそわそわし始めた。


ピンクちゃん

わ、私は涼太さんと一緒にマデューを追いかけてました。
歩道橋を見る余裕なんてありませんよ。
ちゃんと涼太さんとは、中央通りで再会できましたし……。

天野勇二

それは真実か?
言っておくが、俺は簡単な嘘ならすぐに見破るぞ。
君は本当にマデューを追っていたのか?
歩道橋に戻ったりはしなかったのか?


 ピンクちゃんは泣きそうになりながら訴えた。


ピンクちゃん

ほ、本当です!
私はず
っとマデューを追いかけました!
歩道橋なんか見てません!

まさか天野さん……!

私のことを疑ってるんですか!?



 天野はピンクちゃんの瞳を見て舌打ちをした。


 ピンクちゃんは黒目が大きくなるコンタクトレンズを入れている。


 瞳の動きが読みにくい。


 だが、仕草からは嘘を吐いているように見えなかった。



天野勇二

ならばそれでいい。
ただ、これだけは覚えておくといい。


 天野は少し強めに警告することにした。


天野勇二

もう前島は『フランスのホテル』に逃亡させた。
さすがのマデューも見つけ出すことはできないだろう。

つまり、俺がマデューを捕まえない限り、この店は危険に晒され続ける。
何せ『殺しの取引』をした店だからな。


 ピンクちゃんは真っ青な表情を歪め、震える口を開いた。


ピンクちゃん

そ、そんな……!
フランスって……!
そ、それじゃ、またハニーちゃんみたいに、うちの従業員メイドが……!

天野勇二

そうだ。


 天野は冷酷に言い放った。


天野勇二

ご主人様の殺しの取引を耳にしたメイドは危険、ということさ。
お前も含めて、メイドが皆殺しにされることも覚悟しておくんだな。


 ピンクちゃんはあまりの言葉に真っ白になっている。


 天野はそのままメイド喫茶を出て行った。




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つばこ

天野くんが見る限り、ピンクちゃんの言葉には『嘘がない』ということみたいですね。
ピンクちゃんは全力でマデューを追いかけていたようです。
これはもしかすると重要な証言になる……のかなぁ( ゚д゚)
 
それから念のため補足しますが、天野くんが『皆殺し』だのと物騒な言葉を口にしていますが、これは遠回しな警告の言葉です。
あのクソ野郎、あえて脅してます。
ピンクちゃんに「危ないから気をつけろよ」と言いたいんですね。
つまり「キミは相変わらずハートフルクソ野郎になる時があるんだねぇ(´∀`*)ウフフ」と、温かい目で見てやってください(*´ω`*)
 
いよいよ事件も佳境にさしかかってきました!!!
いつも応援やコメント、本当にありがとうございます!(`・ω・´)ゞ

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コメント 34件

  • あろまる

    ピンクちゃんはシロだったのか

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  • ニル

    閉店ガラガラ

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  • リッカ

    「フランスのホテル」って国のフランスじゃなくてなんかひっかけありそう…

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  • ゆんこ

    えっ待って佳境なん?

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  • 佐倉真実

    う、ううーん?ピンクちゃんはシロなんですかね?( ´・ω・`)?天野くんが確信に近づくごとに、よくわからなくなっていく、、つばこさんに踊らされている感、、(笑)

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