石崎は13階のビルの屋上から地面に落下し、無残な遺体となって発見された。


 身体を拘束された状態でアスファルトに強く打ちつけられている。


 ほぼ即死だった。



田村部長

あ、天野さん!
エレベーターが来ません!



 田村が涙目で天野に訴えた。


 ビルには一基しかエレベーターがない。


 エレベーターは4階で停止している。


 まったく動く気配がない。



天野勇二

あの野郎……。
エレベーターを止めやがったな。



 マデューが途中で降りて、そのまま停止するように細工したのだろう。


 天野はエレベーターを諦めて階段に向かった。


 そして脳裏を過ぎる既視感デジャブに顔を歪めた。



天野勇二

くそっ……!
やはり前島のマンションの時と同じじゃないか!
お前ら!
階段を走るな!

事務所のスタッフA

え?
な、う、うわぁぁぁ!


 天野の静止は一瞬遅かった。


 事務所の男が1人、階段から足を踏み外して落ちていく。


 落下地点から激しい悲鳴があがった。



事務所のスタッフA

ぎゃああああ!



 天野も前島も田村たちも、目の前の光景に愕然とするしかなかった。


 ビルの階段に仕掛けられたトラップはマンションの比ではなかった。


 何本ものピアノ線が空間に張りめぐらされ、階段を転げ落ちた男を宙吊りにし、皮膚を引き裂いている。


 おびただしい量の血が、ピアノ線をつたってこぼれ落ちている。


 階段には案の定、滑る薬剤が散布されていた。



田村部長

あ、ああ……。
な、なんてことだ……。



 田村が慌てて救助に走る。


 天野はその肩を掴んだ。


天野勇二

待つんだ。
これは怪しい。
『階段へのピアノ線』は一度使った手だ。
同じ手を繰り返すクズじゃない。
無闇に近づくな。

田村部長

し、しかし、うちのスタッフを助けないと……!

天野勇二

わかってる。
お前はあの宙吊りになっている男を支えろ。
俺様がピアノ線を切る。



 天野は冷静にピアノ線の先を見ながら、メスで一本ずつ切り裂いた。


 身体の奥までピアノ線がめり込み、男は激痛に悶えている。


 もがけばもがくほどピアノ線が食い込む仕組みだ。


 天野たちは慎重に男をピアノ線から引き離し、その先にあるものを驚愕して見つめた。



天野勇二

マデューの野郎……。
本当にやってくれるぜ……。



 ピアノ線の一本が手榴弾のピンに繋がっていた。


 ピアノ線を切ればピンが外れて爆発。


 このトラップは階段で足を滑らせることではなく、ピアノ線で身体を引き裂くことでもなく、『ピアノ線を切らせることによる爆発』が目的なのだ。


 天野が怒りに任せてピアノ線を切っていれば、手榴弾が作動し、爆発に巻き込まれて死んでいただろう。




 天野は冷静に行動を取ることを一番に考え、慎重にピアノ線を切っていった。


 マデューが逃げるための『足止め』の役割も果たしている。


 実に陰湿なやり方だ。



天野勇二

くそっ……。
ようやく1階か……。



 何本ものピアノ線を切り続け、ようやく1階にたどり着いた。


 遠くから救急車のサイレンが近づいてくる。


 すでに誰かが通報したようだ。


 天野は前島に言った。


天野勇二

警察が来る前に石崎の遺体を調べる。
お前も付き合え。
だが見て気分の良いものではない。
見たくなければ目をつぶってろ。

前島悠子

は、はい。


 前島はぎゅっと目をつぶって天野にしがみついた。


 ゆっくり石崎の遺体に近づく。


 臭気と血の匂いで鼻が麻痺しそうだ。


 石崎は頭から落ちたようで、頭部は粉々に吹き飛んでおり跡形あとかたもない。


 四肢はしっかり残っている。


 天野は石崎の『拘束』が気になっていた。



天野勇二

なんだこれは……?
ロープ、ピアノ線、麻紐、鎖、ガムテープ、ナイロン線……。
紐だらけじゃないか。



 紐や糸は乱雑に使用されており、規則性らしきものは見当たらない。


 肩から足までがんじがらめだ。


 なぜここまで、多種多様な紐を用いて拘束しているのか。


 縛るだけならば1本で十分だ。



天野勇二

紐を解き、服を脱がせて外傷を確かめたいな……。
だが、すぐに警察が来てしまう。
そんな時間はないか……。



 天野は震える前島を連れてアイケープロの事務所に戻った。


 室内には階段トラップにやられた血まみれの男が倒れている。


 1人は関係者に電話して惨状を伝えている。


 そして田村は誰かの机を調べている。


 天野はそれらを見ながら前島に尋ねた。



天野勇二

前島よ。
石崎とはどんな人間だ?



 前島は悲しげに顔を歪めた。



前島悠子

川口さんや園崎さんと同じ、マネージャーの1人なんです……。
気さくな良い人だったのに……。



 前島は茫然自失の状態だ。


 石崎の死が、自分に起因しているのではないかと心を痛めているのだ。



天野勇二

いいか前島。
よく聞け。



 天野は前島の瞳を正面から見つめた。



天野勇二

石崎の死はお前のせいではない。
全てマデューの仕業だ。

前島悠子

でも師匠……。
私を殺したいと依頼があったから、マデューは殺人を行なっているんですよね……?
石崎さんはそれに巻き込まれて……。
私のせいで、石崎さんが……。


 天野は大きく首を横に振った。


天野勇二

それは違う。
マデューはあえて第三者を狙っているんだ。
自らの『殺し方』を貫き通すためだけに、巻き添えを作っている。

お前が責任を感じること。
自分自身を責めること。
それさえもマデューは計算している。
お前が自分を責めれば、どこかに心の隙が生まれる。
マデューはそれを待っているんだ。



 前島は泣きながら天野にしがみついた。


 頼れる存在は天野しかいない。


 それでも自分がいる限り天野が傷つく。


 それだけは避けてほしかった。



天野勇二

前島よ。
これは恐らく何度も言うことになるが、俺様を『巻き添えにしたくない』とは考えるんじゃない。



 前島は悲しげに首を横に振った。



前島悠子

そんなの絶対に考えます……。
師匠を巻き込みたくありません……。

天野勇二

それは絶対にダメだ。
その感情がお前に『単独行動』をさせるきっかけになる。
それは最悪のパターンだ。


 強い瞳で言葉を続ける。


天野勇二

この喧嘩はもう俺様のものだ。

お前を守れなければ俺様の負け。
お前を守り、マデューを倒せば俺様の勝ち。

お前は天才クソ野郎が敗北する惨めな姿が見たいか?
お前の亡骸なきがらを抱き、泣きわめく俺様の姿が見たいのか?


 前島は驚いたように天野を見上げた。


前島悠子

師匠……。
私が死んだら、泣いてくれるんですか……?

天野勇二

当たり前だ。

前島悠子

それは、私がいなくなって悲しいからですか……?

天野勇二

ああ、その通りだ。



 天野は優しく前島の頭を撫でた。



天野勇二

俺様はたった1人の弟子を……。
お前のことを失いたくない。
だからこそ、俺様を巻き添えにするんだ。
わかったな。

前島悠子

はい……。


 前島が天野の胸に飛び込む。


 そこにちょっと申し訳なさそうに、アイケープロの部長である田村が声をかけた。



田村部長

あの、天野さん……。
石崎の机を調べていたら、ちょっと困ったものが出てきました……。

天野勇二

どうした?


 田村は1枚の紙を差し出した。


田村部長

『遺書』です。
石崎の机から出てきたんです。

天野勇二

い、遺書だと!


 天野はパソコンで作成された遺書を見つめた。


 そこにはとんでもない内容が書かれていた。



天野勇二

なんだこれは……!?
『前島悠子の情報を裏の人間に流した』だと?
その責任を取って自殺する、だと……!



 天野は思わずぐしゃりと遺書を握り潰した。


 田村が慌てて遺書を取り上げる。



田村部長

ダ、ダメですよ!
これは警察に出さないと……!


 天野は鼻で笑った。


天野勇二

何が遺書だ。
あれのどこが自殺なんだ。
お前もマデューが殺害した現場を見たはずだ。

田村部長

え、ええ……。
確かにそうなんですが……。


 田村は困ったように口ごもり、天野も置かれている状況を理解した。



 マデューが殺害した。


 そうとしか見えない現場だったが、マデューは石崎を突き落とした訳ではない。


 あくまで石崎は勝手に落下していった。


 そして遺書が発見された。



天野勇二

やってくれる……。
マジで頭にくるぜ。
あのタロット野郎。



 天野は悔しげに息を吐いた。


 これは『殺人事件』として処理されない可能性が高い。




 『石崎は勝手に落ちた。怪しい人は立っていたが、その人が突き落とした訳ではない』




 そんな状況を、天野と前島を含めて5人の人間が目撃している。


 石崎の身体が拘束されており、どう考えても事件性が激しく疑われる状況だが、警察から見れば限りなくグレーだ。


 しかもマデューを確保し、自白させなければ立証できない。



天野勇二

本当に嫌なやり方だ。
警察の捜査の盲点を突いてきやがる。



 目撃証言だけではマデューの殺害を立証できない。


 マデューが否定、もしくは黙秘すれば不起訴で終わる。


 しかも『遺書』まで見つかっているのだ。


 そうなれば警察は初めから捜査なんかしない。


 警察にしても、事件性が明確で、物的証拠を追える事件に尽力するのは当たり前の話だ。


 これで『不自然に身体を拘束された状態での飛び降り自殺』が完成する。


 このような不自然な変死は、世の中に腐るほど存在する。



田村部長

天野さん、どうしましょう?
警察になんて言えばいいものか……。



 田村が頭を抱えて呟いた。


 その回答は天野だって教えてほしいくらいだ。


 目撃証言と遺書を覆すほどの物的証拠を見つけることは難しい。


 天野は思案すると田村に告げた。



天野勇二

俺様と前島はこの件に関与しない。
石崎の件はお前たち3人が目撃したことにしてくれ。



 田村も同感だったようで即座に同意した。


田村部長

は、はい。
その方が助かります。
悠子ちゃんの前でうちの人間が飛び降りる……。
しかも悠子ちゃんの情報を漏らしたとなれば、変なスキャンダルになりかねません。

天野勇二

ああ、話だけ聞けば前島、もしくは事務所の人間が結託して殺したとも受け取れる。


 天野はそこまで言って気づいた。


天野勇二

田村よ。
この『遺書』は事務所で印刷されたものか?

田村部長

はい……。
たぶん、そうだと思います……。

天野勇二

ならば遺書なんて燃やしたほうが無難だな。

石崎は拘束されていた。
飛び降りの目撃者はアイケープロの人間だけ。
石崎はアイケープロの人間が困る秘密事を抱えていた……。

これで警察がどんな風に考えるかわかるだろう?


 田村の顔から血の気が引いていった。


田村部長

ま、まさか……!
私たちが殺したと疑われるんですか!?


 天野は平然と頷いた。


天野勇二

そうだ。
それがマデューの真の狙いなのさ。




この作品が気に入ったら「応援!」

応援ありがとう!

19,398

つばこ

現在の天野くんは「前島ちゃんを1人にさせない」ということを念頭に置いているようです。
前島ちゃんを単独行動させれば、すぐに『飛び降り自殺トラップ』などの攻撃を仕掛けられるワケです。こんなことならいっそ刃物などで襲ってくれるほうが気が楽だなぁ、ぐらいのことを思いますねぇ( ゚д゚)
 
いったいどこまでマデューは計算して『遺書』を残したのか。
それとも計算なんかしていないのか……。
この先もご期待いただければ幸いでございます!!!!ヽ(*´∀`*)ノ.+゚

この作品が気に入ったら読者になろう!

コメント 32件

  • 焼きましゅまろ

    前島ちゃんは師匠(好きな人)が傷つくのが嫌で、師匠は大切な弟子が死んじゃうのは嫌っていう両思い(?)なんだけど、マデュー嫌い、、、

    通報

  • 佐倉真実

    前島ちゃん…( ´・ω・`)
    師匠の身を案じるのも無理はないですよ、普通ならもう何回か死んでます、、

    通報

  • 見抜キング

    前島ちゃんのメンタルがそろそろ心配…

    通報

  • ありん

    怖くて見てられない
    完結してから一気読みします

    通報

  • アオカ

    マデューマジでムカつくな…
    はよボコされろ(-'д-)y-~

    通報

関連お知らせ

オトナ限定comicoに移動しますか?
刺激が強い作品が掲載されています。

  • OK