天野勇二

田村!
人を呼べ!
屋上に行かせるんだ!
マデューは誰かを突き落とすつもりだ!



 マネージャーの部長である田村も屋上を見上げ、そこに立つ男を仰天して見つめた。


 身体が風にあおられ揺れている。


 このままでは落下して死ぬ。


 田村の脳裏には「所属タレントの飛び降り自殺」という言葉がよぎった。



田村部長

た、大変だ!
誰か!
誰か残ってないか!?



 天野たちは急いでアイケープロの事務所に飛び込んだ。


 アイケープロは1階から2階までを事務所として構えている。


 もう深夜だが、残っている男が2人いた。


 田村はその2人に怒鳴った。



田村部長

屋上から誰かが飛び降りようとしてる!
全員、助けに来てくれ!
うちのタレントだったら最悪だぞ!



 田村の言葉を聞き、残っていた2人も青ざめた。


 芸能人タレントの飛び降り自殺。


 事務所を潰しかねない大スキャンダルになる。



事務所のスタッフA

ほ、本当にうちの人間なんですか!?

天野勇二

知るかよ!
落下を受け止めるクッションなどはないのか!?

田村部長

あ、ありません!
ど、どうしましょう!?

天野勇二

ならば、屋上に上がる最短ルートを教えろ!


 田村がエレベーターに走りながら叫ぶ。


田村部長

屋上は解放されています!
最上階から行けます!
こっちです!

天野勇二

お前らも全員来い!
前島!
危険だが一緒に来てくれ!

前島悠子

も、もちろんです!


 天野は事務所に残っていた男2人を連れ、エレベーターに飛び乗った。


 エレベーターはゆっくり最上階に到着。


 田村が廊下の奥を指さしながら走る。


田村部長

廊下の突き当たりです!
あの扉から屋上に行けます!

天野勇二

急げ!
マデューの野郎!
ふざけやがって!


 屋上への扉は施錠されていなかった。


 扉を蹴り開け、屋上まで駆け上がる。


 そこでは、1人の宿敵が、天野の登場を待ちわびていた。




マデュー

やぁ、ムシュー。
こんなところで会うなんて奇遇だね。

天野勇二

マデュー!!!



 屋上にマデューが立っていた。


 エナメルのシャツを羽織り、スキニージーンズを履いている。


 夜空に浮かぶ満月が、マデューの銀色のメッシュを妖しく照らしている。



マデュー

ボンソワール。
ムシューとはいつも変わったところでめぐり逢うね。
体調はどうだい?
まだ無様に長生きできそうかい?



 マデューはおどけた笑みを浮かべた。


 革手袋を装着した左手をからかうように振る。



天野勇二

マデュー!
てめぇ!
今度こそ殺してやる!


 天野が拳を振り上げる。


 その時、遠くで1人の男の悲鳴が響いた。



???

だ、誰かぁ!
助けてください!



 屋上の縁に1人の男が立っている。


 何かで縛られているのか、両手足を真っ直ぐに伸ばし、ぴったり身体にくっつけている。


 強風にあおられてグラグラと体が揺れた。


田村部長

い、石崎いしざき
石崎じゃないか!


 田村が仰天して叫んだ。


石崎

田村さん!?
はい!
石崎です! 
助けてください!

天野勇二

な、なんだと!?
お前の事務所の人間か!


 田村は涙目で頷いた。


田村部長

はい、うちのスタッフです!
石崎、何をしてるんだ!

石崎

た、助けてください!
知らない人に脅されたんです!
死にたくない!

天野勇二

くそっ!



 天野たちが走り出そうとした瞬間。


 マデューはゆっくりと右手に持ったタロットカードを空に掲げた。


 鮮やかな絵柄を月明かりが照らす。


 マデューはその絵柄を天野たちに見せつけるように、ゆらゆらと右手を躍らせた。



マデュー

もう遅いんだよムシュー。
『アルカナの導き』は始動している。

今宵のアルカナはつき

満月の夜に相応しいアルカナだと思わないかい?
カレはもう月に向かって飛ぶ運命にあるんだ。

天野勇二

なに!?
アルカナだと……!?


 田村たちはもうすでに走り出している。


 天野は必死に声を張り上げた。


天野勇二

待て!
近づくな!
何かトラップを仕掛けているかもしれん!

田村部長

し、しかし!
このままじゃ石崎が!

天野勇二

それがヤツのやり方だ!
無闇に近づくんじゃねぇ!


 マデューは悲しげに右手を閃かせた。


マデュー

ムシュー。
人を疑うのはよくないよ。
キミは臆病チキンがゆえに慎重すぎる。
キミがもっと急げば石崎クンを救えたのに。

天野勇二

黙れ!
まずはてめぇだ!
てめぇからぶちのめす!

マデュー

残念だね。
もう手遅れだよ。


 マデューはクネクネと全身を揺らせ、タロットカードを持った右手をキザったらしく振り回した。



マデュー

さぁ、裁きの時だ!
ボクの『アルカナの導き』をご覧よ!



 その瞬間、石崎の身体が大きく揺れた。



石崎

ぎゃああああ!
た、助けてぇ!



 石崎の身体が静かに傾く。


 ビルの外へと傾く。


 ゆっくりと落下しようとしている。



田村部長

い、石崎ぃ!!!



 さすがにアイケープロの人間はこれを無視できなかった。


 石崎を助けるために走る。


 天野もそれに続こうとしたが、



天野勇二

(……待て。待つんだ。きっとどこかにトラップがある。マデューは必ず俺様の『裏』をかくはずだ……!)


 灰色の脳細胞をフル回転させる。


天野勇二

(俺があそこに走ることで何が起きる!? マデューの狙いはなんだ!? なぜマデューはこんな『舞台』を用意したんだ!?)



 屋上を見回す。


 まず隣で震えている前島が視界に入った。


 真っ青な顔で、石崎の姿を見つめている。


 そこにゆっくりと、マデューが近づこうとしていた。



天野勇二

そういうことか!
くそったれ!



 天野は前島を担ぎ上げ、急いで石崎のもとへ走った。


 屋上の端には落下防止用のフェンスが設置されている。


 高さ3メートルはある金網。


 石崎がいるのは、その向こう側だ。



石崎

あああっ!
いやだぁ!
やめて!
助けてぇぇぇ!



 天野たちがフェンスにたどり着く前に、石崎の身体は大きくビルの外に飛び出した。


 その姿が屋上から消える。


 しばらくして、ビルの真下から嫌な音が響いた。








 ドーーン







 打ち上げ花火が上がったような音だった。


 天野たちはただ震えながら、その音を聴くしかなかった。



田村部長

石崎ぃ!?
そんな!
そんなことが!



 田村がいち早くフェンスを乗り越えた。


 屋上の縁に立つ。


 そして、真下に広がる光景を見て、泣き喚いた。



田村部長

ああ、あああ……!
石崎ぃ……!
嘘だろぉぉぉ!?



 天野は前島を担いだまま振り返った。


 もうマデューの姿はない。


 忽然こつぜんと消えている。


 天野たちが走り出した隙に逃げ去ったのだ。




天野勇二

なんてことだ……。



 天野は呆然と屋上を見つめた。


 無人の屋上を月明かりが照らしている。



天野勇二

あの野郎……!
これが『アルカナの予告』だというのか……!

俺様にメールを送った時、俺たちの目の前で、マネージャーの男を殺すと計画していたというのか……!



 天野は前島を地面に降ろした。


 前島の腰は抜けており、立つこともできず、地面にぺたんと座り込んだ。


 恐怖のため身体中が震えている。



前島悠子

し、師匠……。
い、石崎さんは……?



 天野はその問いの答えを持っていなかった。


 フェンスを乗り越えた田村に尋ねる。


天野勇二

おい、どうなった。
下はどうなっているんだ。


 田村は泣きじゃくりながら口を開いた。


田村部長

ひ、ひ、人が……。
人が……倒れてます……。
たぶん、石崎です……。



 天野は怒りと悔しさに顔を歪めた。



天野勇二

マデュー……!
貴様は……!
貴様は何を考えてやがる……!



 天野の全身を屈辱が包んでいた。


 もしあの時。


 マデューが『アルカナ』を告げた時。


 マデューの挑発に乗り、石崎を救出するために走り出していれば、マデューは前島を襲っていただろう。


 マデューが狙っていたのは、その『一瞬の隙』だったのだ。



天野勇二

俺と前島を引き離すために……!
つまりは俺を逆上させるために、無関係な人間を『エサ』にして殺したというのか……!



 それだけではない。


 マデューは間違いなく、『現在の状況』まで計算しているだろう。



 逆上してマデューを追いかけた先に、何が待っているのか。


 前島のマンションと同じように、何らかの『トラップ』が待っているのではないか。


 相手は病室を爆破するほどの殺し屋だ。


 『ピアノ線』や『滑る薬剤』以上のトラップが仕掛けられているかもしれない。



天野勇二

やってくれる……。
なんてクズなんだ……!



 追いたいがすぐに走り出せない。


 助けたいがすぐに動けない。


 このジレンマは激しく天野の心を揺さぶった。


 天野は怒りの咆哮ほうこうをあげた。



天野勇二

絶対に許さん!
マデュー!
貴様だけは絶対に生かしておかねぇからな!



 怒号が夜空に響き渡る。


 前島は救いを求めるように、天野の脚にしがみついていた。




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つばこ

目の前で人が屋上から落ちていくとか、本当に見たくないです……(´;ω;`)
前島ちゃんのトラウマにならなければ良いのですが……。
 
【つばこへの質問コーナー】
『小説を構想、執筆する時に決めている御自分流の手順、掟などあれば教えてください』
 
まず冒頭から決めていきます。
例えば、天野くんはどこにいるのか。誰と会っているのか。それはどんな人なのか。
次に2人を会話させてみます。すると勝手に色々なことを喋り始め、自然に事件が起きて、天野くんが作戦を考えて、なんだかんだ後日談。
その後に展開を微調整したり、可能であれば伏線を仕込んだりしてます。
今回の『アルカナ編』はそんな感じで完成しました(´∀`*)ウフフ

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コメント 42件

  • 焼きましゅまろ

    マデューは何がしたいんだ?前島ちゃん殺す?やり過ぎじゃない???wwww

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  • ニル

    ただのシリアルキラーじゃん

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  • ゆんこ

    まじゅー早くシバキタイ

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  • アオカ

    マデューって「悪いヤツは殺さない」
    的なこと言ってなかったっけ?
    フツーに悪くないヤツも殺してんじゃん

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  • みと@第3艦橋OLD


    こっちの話はしばらく鬱展開だな…

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