涼太の車は都内を抜け、千葉県ちばけんまで走った。


 尾行されてないことを確かめ、涼太は愛用しているホテルのひとつに天野たちを連れて行った。


 リーズナブルな価格ながら設備の整ったホテルだ。


 天野はマデューとの会話の内容を2人に伝えた。



天野勇二

……というワケだ。
あのタロット野郎、生意気にも宣戦布告してきやがったぜ。



 涼太も前島も唸るしかなかった。


 交通事故から爆破に飛び降りまで。


 全ての犯行やトラップを自供したようなものだ。



 それでもマデューを逮捕することはできない。


 正確には、有罪に追い込むだけの証拠がない。


 供述を変えれば簡単に逃げられる。


 犯人や殺害方法がほぼ確定しているのに、マデュー自体を捕まることができないのだ。





 天野たちはとりあえず前島を休ませることにした。


 芸能人である前島は明日も仕事がある。


 前島は恐怖と緊張で眠れる気がしなかったが、天野と涼太の心遣いを感じ、無理やりにでも眠ることにした。



佐伯涼太

勇二、コーヒーだよ。
肩は大丈夫?

天野勇二

ああ、すげぇ痛い。

佐伯涼太

接骨院に行ったほうがいいよ。
脱臼は変なクセがつく。

天野勇二

その暇はないな。
どうせ俺様は医者になる。
肩ぐらいイカれてもいいさ。



 天野はコーヒーを飲みながら、ベッドの隅で丸まっている前島を見つめた。


 マデューのターゲットは天野ではなく、あくまでも前島なのだ。


 修羅場をくぐったことのない少女には荷が重い出来事だろう。


 天野は自分がターゲットであるほうが気楽だったろうと、深いため息を吐いた。



天野勇二

涼太よ。
問題は明日以降だ。


 天野は前島を起こさないよう、小声で作戦を練り始めた。


天野勇二

もう前島のマンションには帰れない。
マデューの野郎、本来施錠されているはずの屋上の鍵まで開けていやがった。


 マンションの屋上にはフェンスなどが設置されていなかった。


 住民に開放すべき屋上ではないだろう。


佐伯涼太

マデューはピッキングも使える、ってことかな。

天野勇二

いや、その可能性は低いだろう。
前島の部屋に入ったが、室内には荒らされた形跡やトラップはなかった。
小包を送ったり、屋上に呼び出したり、階段にトラップを仕掛けるならば、まず部屋を攻めるはずだ。


 涼太は納得して頷いた。


佐伯涼太

つまり、管理人か警備員を買収したんだね。

天野勇二

その可能性が高い。
屋上の鍵を開けてくれと頼むだけだ。
アイケープロにも内通者がいることから、アイツの主な武器は恐らく『金』だ。
金で買収しているんじゃないかと考えられる。


 涼太は指を一本立てた。


佐伯涼太

マデューの殺害料金はこれだって。
これをフルに使ってるのかな。

天野勇二

一本か……。
少ないな。
お前が事務所の人間で、前島の所在地を尋ねられれば、いくらで話す?


 涼太は腕組みをして考えた。


佐伯涼太

正直、僕は取引に乗らないね。
殺すとわかっているのに、タレントの居場所を部外者に話すかな?

天野勇二

それが普通だな。
だが金の魔力は相当なものだ。
殺すと知らされておらず、ただ居場所が知りたいだけだと言えば、額によっては口を割るヤツが出てくるかもしれん。

佐伯涼太

勇二の読み通りだと、居場所をゲロった事務所の人間は青ざめてるね。

天野勇二

そうであってほしいと願うぜ。
そいつが白状すれば、マデューの正体が見えるかもしれない。


 天野はそこまで言うとスマホを取り出した。


 画面は一通のメールの着信を知らせている。


 まだマデューからのメールは開いていない。


 見たくはなかったが、見る以外の選択肢がなかった。



天野勇二

文章は書いてない。
写真が添付されてやがる。



 メールには添付ファイルがひとつ。


 画像のようだ。


 天野が添付ファイルを開くと、涼太もスマホの画面を覗き込んだ。



佐伯涼太

……うげぇ。
ゆ、勇二、なにこれ?

天野勇二

あ、あの野郎……。
何を考えているんだ?



 そこに映っていたのは思いもよらない写真だった。


 映っているのはマデュー自身。


 どこかのビルの屋上で両手を広げている。


 カメラはその様子をバックショットで撮影していた。


天野勇二

なんだこれは……。
まるでアイツ自身が飛び降りるみたいじゃねぇか。

佐伯涼太

マデューはこの方法で死ぬ、って言ったんだよね。
つまり誰かを屋上から飛び落とすつもりなのかな。

天野勇二

わからん……。
これも『ブラフ』という可能性はあり得る。
あの野郎、とことんムカつくヤツだぜ。


 天野は呪いのような声を吐き、スマホを放り投げた。


佐伯涼太

どうしよう。
そのメール、何か調べる?

天野勇二

こんなもの無視だ。
考えるだけ時間の無駄だ。
あの野郎、いつか絶対に殺してやる。


 天野はため息を大きく吐くと、ベットの端で丸くなっている前島を見つめた。


天野勇二

今一番辛いのはアイツだろう。
実際に命を狙われているのはアイツなんだ。
マネージャーである川口も負傷した。
俺様もこの有様だ。
ターゲットが俺様であれば、どれだけ気が楽か……。


 涼太は苦笑しながら天野を見つめた。


佐伯涼太

勇二は丸くなったね。
まるで昔の勇二を見てるみたい。
前島さんのことが本当に好きなんだね。

天野勇二

ああ、アイツは好きだぜ。

佐伯涼太

それはラブ的なやーつ』と考えていいの?

天野勇二

はぁ?
何をワケのわからないことを言ってるんだ。
そんなもの俺様には理解できん。
俺様の心は壊れたままさ。


 涼太は優しげな笑みを浮かべ、前島の隣を指さした。


佐伯涼太

まだ勇二はクソ野郎バージョンなんだねぇ。
どうせなら添い寝でもしてあげれば?
そのほうが前島さんも勇二も眠れるかもよ。

天野勇二

なんで添い寝なんかしなくちゃいけねぇんだよ。
アイツがそれで眠れるか。


 天野が言うと、前島がもぞもぞしながら声を出した。


前島悠子

うーん……。
師匠……。
添い寝は大歓迎ですよ……。

佐伯涼太

ほら、ああ言ってるよ。

天野勇二

寝言だろ?
寝てんじゃねぇのか。

前島悠子

私は寝てませんよ。

佐伯涼太

うぷぷ。
寝てないって。


 天野はため息を吐きながら前島に近づいた。


天野勇二

なんだ。
弟子よ。
寝れんのか。


 前島は背中を向けて丸まっていたが、くるんと反転して天野を見上げた。


前島悠子

はい。
師匠が添い寝してくれれば眠れます。

天野勇二

そうか。
なら添い寝してやろう。

前島悠子

えへへ、やったぁ。

天野勇二

なんだか妹たちのことを思い出すなぁ。

前島悠子

うぐっ……。
い、妹的なポジションですか……。
ぜ、贅沢は敵です。


 前島は天野に抱きつきながら目を閉じた。


 天野はその寝顔を見ると、不思議と胸が軽くなるような安らぎを覚えた。


 マデューへの怒りで沸騰していた思考が穏やかになっていく。


天野勇二

ふわぁ……。
俺様も眠い。
涼太、ちょっと寝るぞ。

佐伯涼太

あはは。
天才クソ野郎は早寝早起きだからね。
僕は悪い子だからまだ起きてるよ。
気にせず寝てよ。

天野勇二

ああ、悪いな。


 天野は前島の頭を撫でながら、ゆっくりと眠りに落ちていった。


 前島も天野の穏やかな胸の鼓動が優しく、これ以上ないほど頼もしかった。


 辛く苦しい状況だが、この胸の中では安心できるような気がした。



佐伯涼太

さて……。
問題は明日だ。



 涼太はタバコを咥えながら、厳しい目つきで虚空を見上げていた。



佐伯涼太

勇二も前島さんも傷つけようとしやがって。
僕ちゃんはマジで許せないね。



 涼太は静かな怒りに燃えていた。


 涼太には明日、涼太にしか出来ないことがあった。


 これまでの経験を生かし、全てを賭けるつもりだった。




 翌日。


 天野は前島と一緒にホテルを出た。



天野勇二

今日はどこでロケするんだ?

前島悠子

外でのロケが多いんです。
あっちこっち移動しますね。

天野勇二

外でのロケは厄介だな。
園崎とは合流しなくていいや。
行くぞ。

前島悠子

はい!
天野マネージャーお願いします!



 天野は全ての時間を前島と共に過ごすことにした。


 本来であれば接骨院などに行き、肩の脱臼を治す必要がる。


 背中の火傷も悪化し、長期入院が必要なほどの怪我になっている。


 それでもマデューを倒すまで前島から離れるつもりはなかった。



佐伯涼太

じゃあ、僕ちゃんも行くよ。

天野勇二

お前にもマデューが接触するかもしれん。
気をつけろ。
チャンスがあれば必ず殺せ。

佐伯涼太

オッケー。
まかせてよ。



 涼太は車を走らせひとつの場所に向かった。


 建物の中を歩き、目当ての人物を探していると、運良く廊下の向こうからその男がやって来た。


???

……あれ?
涼太?
涼太じゃないか!
久しぶりだな!


 涼太は丁寧に頭を下げた。


佐伯涼太

どうもお久しぶりです。
急なんですが、ちょっとお時間いただけませんか?

???

いいけど結構忙しいんだ。
急用なのか?

佐伯涼太

ええ……。
3日前に起きた前島さんの交通事故のニュースは知ってますよね?
あれ、勇二も一緒だったんですよ。


 男の顔が一気に青ざめた。


???

な、なんだって?
マジなのか?

佐伯涼太

マジなんです。
実はそのことで、付き合っていただきたいことがあるんです。


 涼太は本日の予定を話した。


 その目的と理由も、全て説明した。


佐伯涼太

……というワケなんです。
これにご協力いただけませんか?
危険な橋になります。
それでも勇二の代打は、あなたが適任だと思うんです。


 相手の男は不敵な笑みを浮かべると、即座に着ていた白衣を投げ捨てた。



???

俺も天野には借りがある。
一生かかっても、返せないほどの借りだ。



 相手の男……。


 宮内圭吾みやうちけいごは不敵な笑みを浮かべて叫んだ。



宮内圭吾

その『メイドさんとのコンパ』に行ってやるぜ!
天才内科医のタマゴ!
この宮内様がメイドさんを診察してやろう!





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つばこ

『天才内科医のタマゴ(自称です。実際は違います。どうも天野くんと絡む人々は、自分のことを一度ぐらいは『天才~』と名乗りたい気持ちになるようです)』こと宮内さんの登場です。
宮内さんは『天才クソ野郎の事件簿』の「彼が上手に結婚する方法」に登場しております。彼が「俺も天野には借りがある。一生かかっても、返せないほどの借りだ」と告げた理由が描かれてますので、お時間がありましたらお読みいただけると嬉しいです(*´∀`*)
 
ではでは、いつも応援やコメント、本当にありがとうございます!(*´艸`*)

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コメント 54件

  • rtkyusgt

    宮内↓

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  • あろまる

    内宮さん!!!
    頼もしい……か?

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  • ひな

    優子ちゃんから離れられない勇二の治療を頼むのかと思ったら、コンパの方だった…

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  • 焼きましゅまろ

    宮内さんホモやろ?wwwwwww
    涼太みたいやけど対象性別逆ねwwwwwww
    添い寝!!!!!!!!
    やばやばやばこっちがドキドキするわ!!!

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  • るー

    バックショット撮ってるマデュー想像して笑った。
    協力者いたなら、
    「ちょっとブレてんじゃん!撮り直し!」
    「髪の毛跳ねてたもう一回!」
    「腕やっぱ上の方がいいかな?」
    「うーん…及第点!これでいこう!」
    とかやってたのかな?

    タイマーセットして一人で撮ってたらそれはそれで笑う

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