川口はかなり迷ったが、最終的には天野にSPボディガードを頼むことにした。



 天野は様々な格闘技に精通しており頭も切れる。


 性格に難があるものの、信頼に値する人物。


 これほど優秀で頼れるSPはそういない。



 しかも以前、事務所のアイドルが命を狙われていた事件では、事務所の人間が内通者で犯人の一味だった。


 もしかしたら今回も内通者が存在するかもしれない。


 そういった事情もあり、天野に依頼することにしたのだ。



川口由紀恵

天野様。
悠子ちゃんのことをお願いします。

天野勇二

ああ、任せておけ。

川口由紀恵

それから念のため、私も天野様に動向いたします。


 前島がすぐに口を尖らせた。


前島悠子

えぇー?
なんで川口さんも一緒なんですか?
師匠と2人きりがいいです。

川口由紀恵

それが困るから言ってるの!
天野様、お願いします。
これが最低条件です。
承諾していただけますか??


 天野はあっさり頷いた。


天野勇二

別に構わないさ。
だが相手はプロの殺し屋だ。
どんな手を使うのかわからん。
命の覚悟はしておけ。

川口由紀恵

はい。
かしこまりました。


 天野は川口の身も案じていたが、むしろ『前島の盾になること』が川口の仕事だろう、とも考えていた。


 確かにただの大学生にタレントの命を預ける事務所なんて、あまり良いものとはいえない。


川口由紀恵

とりあえず今日は悠子ちゃんの家に帰りましょう。

天野勇二

そうだな。
俺も前島の家は知っておきたい。


 前島は瞳を輝かせた。


前島悠子

師匠が私の家を知りたいなんて!
初めてのことですねぇ。
お布団はちゃんとあるから大丈夫ですよ。

天野勇二

アホか。
24時間見張るとは言ったが、お前の家に泊まったりはしない。


 また前島が唇を尖らせる。


 逆に川口は安堵のため息を漏らした。


前島悠子

えぇー?
そんなのつまんないです。
師匠にお泊りしてほしいです。

川口由紀恵

ダメよ!
私が悠子ちゃんの家に泊まるから!

前島悠子

師匠のほうがいいです。
川口さん、辞退してください。

川口由紀恵

辞退できるワケないでしょ!
悠子ちゃん、スキャンダルは怖いのよ。
国民的アイドルだからこそ、ひとつのスキャンダルで簡単に失脚するのよ。
あなたならわかるでしょ?


 前島は不服だったが、天野もあっさり言い放った。


天野勇二

そうしよう。
自宅の警備は川口に任せる。
何かあればすぐに俺様を呼べ。
絶対に2人で対応しようとするな。

前島悠子

はぁ……。
やっぱり師匠とはお泊りできませんか。
そりゃそうですよねぇ……。
そこまでうまくはいきませんかぁ……。



 肩を落とす前島を連れ、川口は事務所の駐車場へ向かった。


 前島の移動に使われているのは白いライトバンだ。


 もう国民的アイドルの前島は電車なんか乗れない。


 天野はライトバンのボンネットを開けると、何か細工されてないか注意深く調べた。



前島悠子

師匠、そんなに車を調べるんですか。
殺し屋はどんな手を使うんですか?

天野勇二

わからないのさ。
だが、事故死や自殺に見せかけるのが好みのようでな。

前島悠子

それなら交通事故とかは怖いですね。

天野勇二

ああ、移動の際には細心の注意を払え。
よし……。
この車は何も細工されてないな。


 天野は前島と共に後部座席へ乗り込んだ。


 運転手は川口だ。


 天野は念のため釘を刺した。


天野勇二

川口よ。
お前のことは信用している。
だが、事務所に内通者スパイがいるのが最悪のシナリオだ。
内通者らしき人間がいれば、すぐに俺様の前に連れて来い。
即座に叩き潰す。
もちろん、お前でも同様だ。


 川口はエンジンをかけながら、天野の本気の脅しに身を震わせた。


 天野が放つ殺気は極道のように恐ろしい。


川口由紀恵

だ、大丈夫です。
私は内通者ではありません。
天野様、信じてください。

天野勇二

ああ、お前のことは信用している。
だが逆に言えば、お前以外は誰も信用していない、ということだ。


 天野が心配するのも無理はない。


 以前の事件では、内通者はアイドルのマネージャーだった。


 天野は様々な事態を想定する必要があった。


天野勇二

前島よ。
俺様から離れるな。
常に手の届く場所にいろ。


 前島は複雜な気分で天野を見上げた。


 これが命を狙われていないシチュエーションだったなら。


 胸のひとつでもキュンと高鳴ったかもしれない。


 そんなことを思いながらボヤいた。


前島悠子

はぁ……。
師匠は私のことが好きなんですか。
どうなんですか。

天野勇二

好きに決まってるさ。

前島悠子

それはラブ的なやーつ』じゃないんですよね。

天野勇二

ラブだぁ?
そんなもの、俺様には理解できんな。

前島悠子

はぁ……。
やっぱり師匠の心は壊れたままなんですねぇ。



 前島のため息を乗せて、川口の運転する車は首都高速道路に上がった。


 夜の首都高は比較的空いている。


 白いライトバンは軽やかに天野たちを運んだ。



天野勇二

さて……。
マデューは、何を狙ってやがるのか……。



 天野が呟くと、前島が不思議そうに尋ねた。



前島悠子

マデュー?
なんですかそれは?

天野勇二

お前を狙っている殺し屋の名前だ。

前島悠子

外国人なんですか?

天野勇二

わからん。
かなり日本語が 流暢りゅうちょうな男だ。
どこかの国のハーフかもしれんが、日本での暮らしは短くないだろう。



 天野がそう言った時だった。


 後方から1台の軽自動車がゆっくりライトバンを追い越した。


 走っているのは2車線の道路。


 ライトバンの前には大きなトラックが走っていて、追い越し車線も何台かの乗用車が走っている。


 その軽自動車はトラックの前で、突然ブレーキを踏んだ。



川口由紀恵

きゃぁ!



 川口の悲鳴があがった瞬間、天野は前島を抱きしめ、前島のシートベルトを素早く外した。



 トラックは軽自動車を避けようとハンドルを切り、車体が大きく揺れた。



 そのままバランスを失い横転。



 2車線の道路を遮るように横たわる。



 川口は思い切りブレーキを踏んだが、間に合わなかった。




川口由紀恵

いやぁぁぁ!




 川口の悲鳴と同時に、ライトバンはトラックに左側面から突っ込んだ。



天野勇二

くそっ!



 天野は前島を抱いたまま、左肩からトラックの接触面に叩きつけられた。



 アスファルトを切り裂くタイヤの音。



 けたたましく鳴るクラクション。



 左肩に走る衝撃と激痛。



 トラックに衝突したライトバン目掛け、後方にいた乗用車が突っ込む。



 典型的な玉突き事故だ。





 グシャン!





 トラックへの衝突。


 後方からの衝撃。


 全ては同時の出来事のようだった。


 天野はシートベルトを引きちぎると、前島を抱いたまま、軋むライトバンの窓を蹴り破った。



天野勇二

クソがぁぁ!
前島!
意識はあるか!?



 天野が叫んだ。


 前島は震える口を開いた。



前島悠子

し、し、し、ししょう……!
ち、血が……!



 衝撃は天野が全て受け止めており、前島は奇跡的に無傷だった。


 だが、天野の左肩にガラスが突き刺さり、左腕はありえない方向に曲がっている。


 白衣の左側はもう真っ赤だった。



天野勇二

ちくしょう!
早く逃げろ!



 天野は必死にライトバンから体を出した。


 前島を窓から外に出す。


 天野たちの車が比較的頑丈なライトバンで、後方が普通自動車だったのが幸いした。


 もし後方にトラックなどの大型車両が走っていたら、天野たちは潰されて即死だっただろう。



天野勇二

川口!
早く車から出ろ!
返事をするんだ!



 運転席に声をかける。


 川口はもう意識がなかった。


 天野は左肩に刺さったガラスを引き抜き、川口の前にあるエアバックに突き刺した。



前島悠子

師匠!
車が燃えてます!



 天野はチラリと車を見て、その顔が絶望に染まった。


 ライトバンも、トラックも、後方の車も炎上し始めている。


 ガソリンに引火して爆発するのはすぐだ。


 追い越し車線を走っていた乗用車はぺしゃんこに潰れ、ドス黒い液体を垂れ流している。


 そこに生きている人間はいない。



天野勇二

川口!
起きろ!
くそ!
左手が上がらねぇ!



 天野の左半身に凄まじい激痛が走っている。


 肩は脱臼し、剥離骨折し、靭帯も損傷している。


 激痛を堪えながら携帯しているメスを取り出し、川口のシートベルトを切り裂く。



前島悠子

ドアが、あ、開きません!



 前島が泣きながらドアを開けようとするが、もう軋んでしまい開かない。


 ライトバンに広がる炎がどんどん大きくなる。



天野勇二

窓から引き上げる!
急げ!

前島悠子

はい!



 2人は懸命に川口の身体を持ち上げた。



 激痛のあまり、天野の喉から叫び声が漏れる。



 もう何もかも投げ出して倒れ込みたい。



 それでもここで川口を引きずり出さなければ、最悪のシナリオが待っているだけだ。



天野勇二

くそっ!
なんてことだ!



 川口の意識はない。


 右足はぐにゃりと逆側に曲がっている。


 天野が川口の体を引きずり出した時、それは起こった。






 ドガン!






 炎上していたトラックが爆発した。


 他の車もガソリンにも引火して爆発していく。


 天野と川口は爆風にあおられて吹き飛んだ。



前島悠子

師匠!
しっかりしてください!



 前島が天野たちに燃え移った炎を消している。


 意識を失った天野は、その声さえ聴くことができなかった。




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つばこ

物語が大きく動き始めました。
天野くん、まずは生きているといいのですが( ゚д゚)
 
ではでは、いつも応援やコメント、本当にありがとうございます!(`・ω・´)ゞ

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コメント 75件

  • rtkyusgt

    設備バッチリのいつもの病院に言って早く手当してもらわないと(;_;)

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  • あろまる

    ぎゃー!!!

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  • バルサ

    わぉーどうなるんかな(-。-;

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  • ゆんこ

    一瞬にして地獄じゃねーか!

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  • アオカ

    天野くんが意識なくすなんてよっぽどだな…

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