深夜になった。



 望月が前島と川口を誘拐してから、数時間が経過している。



 2人の『人質』は、マンションの一室に運び込まれていた。



望月蒼真

……もう目隠しを取れ。



 どこか苛立ったような望月の声。


 前島は震える指先を持ち上げ、顔に巻かれていた布に手を伸ばした。



前島悠子

……ここは、どこですか……?



 何度かまばたきをして、部屋の中を見回す。


 10畳程の広い部屋。


 豪華なワンルームマンションのような一室だ。


 部屋の中央には大きなソファが置かれており、端にはキッチンや洗面台も置かれている。


 望月はゆったりとそれに腰掛け、どこか不満げに前島たちを眺めている。



川口由紀恵

ここは……?
これから私たちをどうするつもりなの……?



 マネージャーである川口が尋ねた。


 一歩前に出て、前島をかばうように立っている。


 望月はひとつ息を吐き、気怠げに言葉を吐き出した。


望月蒼真

そんなに警戒するな。
君たちに危害を加えるつもりはない。
『今のところ』はね。
勝手にくつろいでくれ。


 前島は鋭い瞳で望月を睨みつけた。


前島悠子

だったら、手に持ってるものを置いてくださいよ。
そんなもの突きつけられたら落ち着けません。

望月蒼真

ああ、これか……。


 望月は薄く微笑むと、手に持っていた『拳銃』を放り投げた。


 「ガシャン」と、鈍い音をたてて床に転がる。


 前島と川口の視線がそれに注がれる。


望月蒼真

予め言っておくが、それはただの『モデルガン』だ。
2人とも素直だね。
まさか本物だと思ってくれるとは。
ここが日本だということ忘れてたのか?
少しは人を疑うということを覚えたほうがいい。


 不快感を刺激する冷めた言葉。


 前島は歯ぎしりしながら望月の顔を睨みつけた。


 なんて嫌味ったらしく、感じの悪い男なのだろう。


 初めて接触した時に放っていた『魅力的な人間である』というオーラが完全に消えている。


 きっとこれが望月の『素顔』なのだ。


望月蒼真

見ての通り、僕は丸腰だ。
しかし抵抗することは諦めてくれ。
この部屋には、君たちの武器になるようなものは存在しない。
おまけに数秒もあれば、僕は2人まとめて殺害することができる。
それに……。


 前島たちの後方を指さしながら言葉を続ける。


望月蒼真

玄関の扉には『指紋認証』のロックをかけている。
僕でなければ開けることは不可能。
しばらくの間、この部屋で過ごしてもらう。


 前島は青ざめながら部屋を見回した。


 事務所前で襲撃された後、望月は前島と川口に『目隠し』『手錠』を施し、この部屋まで連れてきたのだ。


 車内にいたのは数時間ほど。


 郊外まで移動したのか、それとも都内を巡回していたのか、まったく判断がつかない。



前島悠子

(ここは、なんの部屋……?)



 どこかのマンションのように見えるが、何階にある部屋なのか見当がつかない。


 前島たちは車から『台車』のようなものに乗せられ、この部屋まで運ばれたのだ。


 視界に入るのはソファ、緑色のカーテン、エアコン、天井の照明、キッチンのみ。


 冷蔵庫やテーブルに食器といった生活家具が見当たらないのだ。


 引っ越す前の新居といった印象を受ける。



前島悠子

(私の荷物はどこにもない……。望月が隠したの?)



 所持品は全て没収されている。


 鞄さえ確保できれば、中に入っている『催涙スプレー』が使えるのに。



前島悠子

(……いや、そんなことしても無駄だよ。師匠は望月が『強い』って言ってた。SPの人たちだって、あっさりやられちゃったし……)



 前島は深呼吸しながら状況把握に努めた。


 望月と天野の会話は聞いていた。


 『胡桃』と交換するために、望月は自分たちを誘拐したのだ。



前島悠子

(師匠が望月を挑発した時は驚いたけど……。あれはきっと交渉ネゴシエーションってやつだよね。師匠も人が悪いよ。本当に見殺しにされるのかと思ったし……)



 前島の身体は恐怖に震えている。


 拳銃モデルガンで叩かれたコメカミも痛む。


 川口はその様子を見ながら言った。



川口由紀恵

あ、あの……。
何か冷やすものをいただけませんか?
悠子ちゃんの怪我が心配で……。



 望月は何も答えない。


 川口の存在なんて視界に入っていないかのようだ。


 川口はそれでも必死に言葉を振り絞った。



川口由紀恵

お願いします。
お金なら差し上げます。
悠子ちゃんを開放してあげてください。
悠子ちゃんさえ無事なら、お望み通りのものを差し出しますから……!



 ようやく望月が川口を見つめた。


 髪をかき上げながら表情を整え、薄い笑みを浮かべた。


望月蒼真

その前に自己紹介をしましょうか。
僕は望月創真といいます。
前島さんの『お師匠様』の古い知人。
マネージャーさん、あなたのお名前は?

川口由紀恵

……川口由紀恵かわぐちゆきえです。
お願いします。
悠子ちゃんに手を出さないでください。

望月蒼真

川口さんか。
まず安心してほしいんだけど、僕は前島さんに手を出すつもりはありません。
なぜなら、僕は彼女に興味を抱いていませんから。

川口由紀恵

それなら、なぜこんなことを?

望月蒼真

『取引』のためです。
御二人は僕と勇二くんが交渉するための『人質』という訳ですね。

川口由紀恵

『人質』であれば、私だけをお願いできませんか?
抵抗はしません。
悠子ちゃんだけは助けてほしいんです。


 望月は呆れたように苦笑した。


望月蒼真

それは無理な相談だ。
勇二くんはあなたのことも大切に思っているはずですが、前島悠子ほどではない。
彼を交渉のテーブルに乗せるには、前島悠子という駒が必要不可欠なんですよ。

前島悠子

だったら、川口さんを開放してくれませんか?
私だけで十分なんですよね?

川口由紀恵

悠子ちゃん……!
ダメよそんなの!


 望月が軽く拍手をした。


望月蒼真

悪いけど、川口さんにもこの場にいてもらう。
こういう時はね、2人を確保しておくのが最適解なんだ。

前島さんがルールを破れば、川口さんを殺す。
川口さんがルールを破れば、前島さんを殺す。

君たちの不用意な行動によって、大切な人の生命が消えると理解してくれるかな。


 前島は悔しそうに顔を歪めた。


 それでは逃げ出すこともできない。


 川口と一緒に望月に飛びかかる手もあるが、きっと太刀打ちできないだろう。


 何せ未だに2人の手首には金属製の『手錠』がかけられているのだ。



前島悠子

(それに……。もう1人いるかもしれないんだよね……。この部屋にはいないみたいだけど……)



 自分たちを襲ったのは望月と『誰か』の2人組。


 部屋の中にいないということは、外を見張っているのだろうか。



前島悠子

(でもこの部屋……。どこかで見たことがあるような……。どこだったかなぁ……)



 記憶を漁るが思い出せない。


 せめてもう少し家具があれば、思い出せるかもしれないのに。


 困惑する前島たちを無視して、望月はスマホを眺めている。


 今は望月を刺激しないように努めるのが無難だろう。


 2人ができるだけ望月から離れた場所に座ると、



望月蒼真

……まったく。
厄介なことになった。


 望月がスマホを放り投げて天を仰いだ。


 前島と川口の肩が「ビクッ」と震える。


 望月は冷めきった瞳で前島を見つめると、


望月蒼真

……前島さん。
君は『勇一くん』に会ったことがあったね。


 思わぬことを尋ねてきた。


 前島が生唾を飲み込みながら望月を見上げる。


 こんなヤツに臆してたまるか。


 怯えている姿なんて見せてたまるもんか。


 自分の中の『クソ女』を振り上げて、前島は口を開いた。



前島悠子

あります。
一度だけですけど。

望月蒼真

そうだよね。
彼はね、とても優秀な男だったんだ。
彼と僕が『親友』の間柄だったことを、君も知っているのかな?

前島悠子

……はい。
知っています。
あなたがそのことで師匠を怒らせたことも、教えてもらいましたよ。


 勝ち気な声で望月に語りかける。


 望月はなぜか感心したように言った。


望月蒼真

フフッ……。
君は度胸があるね。
それもそうか。
君も『天才クソ野郎』と一緒に、いくつかの修羅場をくぐった。
さすがは『弟子』というべきなのかな。


 ソファに身を預けて、望月は大きく息を吐いた。


望月蒼真

勇一くんは素晴らしい若者だったよ。
幼い頃の僕にとって、彼はまさに『良い手本』だった。
僕は驚いたね。
これほどうまく感情を操ることができるものなのか。
そのように感じたんだ。


 前島は訝しげに望月を見つめた。


 望月は何を語り始めているのだろう。


望月蒼真

勇二くんは僕のことを『サイコパス』と呼んだ。
君もそのように理解しているのかな?

前島悠子

……ええ。
そう思ってます。

望月蒼真

はっきり言うね。
でもその通りだよ。
僕は生まれつき『共感性』が欠けていた。
先天性の精神病質者だ。

幼い僕は理解に苦しんだよ。
なぜ人は笑い、泣き、怒り、喜ぶのか。
君たちは僕のことを異常者だと思っているようだが、僕に言わせれば世間一般の凡人こそが異常者なんだ。
誰もが無意味でくだらないことに一喜一憂し、ありもしない感情に左右され、日々をやかましく過ごしている。
そんなものは脳が出す信号にしか過ぎないのに。


 肩をすくめながら言葉を続ける。


望月蒼真

それでも僕は利口だったからね。
無意味な所作しょさを身に付けなければ、異常者だらけの世界では生きていくことが難しいと理解した。

だからこそよく観察したよ。
どのようにすれば『人間』に擬態できるのか。
どんな『人間』の皮を被ればいいのか。
これは吐き気をもよおすほどの不快な行為だった。


 前島は指先の震えを隠しながら望月を見つめた。


 なぜか知らないが、望月は自らのルーツを語ろうとしている。


 天野が知りたがっていた望月の正体だ。


 こんなサイコパスの変態と会話を交わすなんて御免だが、今は付き合うべきかもしれない。


望月蒼真

やがて僕は悟った。
『人間』はそれぞれ理解できない『本質』を抱いている。
それが透けて見えるようになったんだ。
大したものは存在しないのに、自分だけのアイデンティティを求め続ける哀れな生物。
例えば……。


 前島を指さしながら言葉を続ける。


望月蒼真

君は自身の『タレント性』を活かして、ファンに『何か』を届けたいと願っているよね。
僕には理解できない行為だが、それが君にとって大切なことなのだろう。
きっと君は自身が発する言動で、哀れな『大衆』や『凡人』が一喜一憂する姿に快感を覚えたのだろう。


 前島は「むっ」として言った


前島悠子

やめてくださいよ。
あなたなんかに、私の『本質』を語られたくありません。

望月蒼真

みんなそう言うね。
僕としては褒め讃えているつもりなんだけどな。
『人間』とは難しい。
まだ僕は『擬態』できていない。
これを極めるのはいつの日になるのか。
考えるだけで嫌気がさしてくるよ。


 首を横に振りながらため息を吐き出す。


望月蒼真

それも今はマシになったほうだ。
若い頃は本当に苦しんだ。
それでも僕が幸運だったのは、『神埼勇一』という『見本』が存在したことだった。
彼は誰よりも優秀で、大衆から愛され、神の祝福を受けたかのような肉体と頭脳を持っていた。

前島悠子

だから、お兄さんと友達になったんですか?

望月蒼真

その通りだ。
彼の全てを模倣すれば、僕は『人間』でいられる。
自ら創造する必要はない。
そんな無意味なことを考える必要もない。
『神埼勇一』という『人間』に擬態すれだけでいい。
だからこそ僕の『青春』と呼ばれる時代は、常に勇一と共にあった。


 前島は嫌そうに言った。


前島悠子

それは……。
なんだかいびつですね。
とても『親友』とはいえません。

望月蒼真

『人間』はそう考えるようだね。
僕にとっては何ひとつ不可解ではない。
それに勇一との出会いは、僕にひとつの祝福をもたらした。

前島悠子

それは……。
胡桃ちゃんのことですか。

望月蒼真

ああ、そうだよ。
僕は彼女と出会った。
あの日のことを、僕は1日たりとも、忘れたことがないんだ……。


 望月はそこで瞼を閉じた。












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つばこ

次回は望月の過去へジャンプ!
気になっていた胡桃ちゃんと出会いが明かされます!

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コメント 6件

  • swgk

    望月の言ってることの半分ぐらいは理解し共感できてしまう私もまあまあサイコパスなんかなw

    しかし拳銃の件は、日本がどうだのバカだのって話ではなくて、つまるところ「望月なら日本だろうと持っててもおかしくない」と思われてたってことよ。
    事実私もそう思ってたしw
    まあ共感性が欠如したサイコパスにはわからないかwww

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  • べっちん

    許せん野郎だけどさ、本当に苦しかったんだろうね。
    異質だと認識しているもの達の中で、独りで生きていかなきゃいけないのはね。

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  • サン

    だから勇一の真似してたのか…

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  • 敷宗

    最後まで読んでまだ次のボタンが押せることの喜び
    、素晴らしい!

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  • カボルイス世ハピ天クソ契約

    観察力が異常なのか……

    涼太の本質を見抜いたのも、たしかに「綾瀬清美」って名前じゃなく「初恋の人を大事にしている」みたいなニュアンスだったもんな……

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