橋田在昌

……まだ何とも言えないんですけどね、恐らく『メス』が凶器ではないだろうと、上のほうは考えているみたいです。




 警察署の近くにある公園。



 橋田が額の汗を拭いながら言葉を吐き出している。



 青ざめた表情で周囲を見回し、同僚に見られていないか確認しながら。



橋田在昌

凶器が刃物であることは間違いありません。
ただ、刺傷ししょうが深いんですよ。
もし『メス』が凶器ならば、相当深く突き刺さないといけません。
恐らくカービングナイフのような、細めの刃物を使ったのではないかと。

椎名善晴

なるほど……。
凶器の特定は難しいのですか?

橋田在昌

難しいですね。
実際の凶器が出てくれば話は別ですが、現時点ではアタリをつけることもできないようです。

椎名善晴

だから『犯人』は凶器ではない『メス』を現場に放棄した……。
そう考えるのが自然でしょうね。
容疑者の目星はついておりますか?

橋田在昌

さすがにそれはまだ……。
ただ、正直に言うと、筆頭容疑者は……。


 橋田がチラリと天野を見つめる。


 きっとその視線の先に、捜査本部が想定している筆頭容疑者がいるのだろう。


 天野はニタリと悪い笑みを浮かべながら言った。


天野勇二

怨恨えんこんによる犯行であれば、最も可能性が高いのは痴情ちじょうのもつれ』だ。
死体の『第一発見者』は被害者と親しかった男性であり、補導歴や暴行癖まである野蛮人。
被害者と何らかのトラブルを起こしていた可能性は高い……。

これはどう考えても怪しいな。
橋田さんがマークするのも当然だろう。

橋田在昌

い、いや、そういう訳じゃないんだ。
私は勇二くんが犯人だなんて思ってない。
本当に思ってないよ。

ただ刺傷を見る限り、『犯人』は被害者より背の高い男性と思われるんだ。
だから上が勘違いしているんだよ。
勇二くんの印象が、どうしても悪いみたいでねぇ……。


 橋田がぐったりと肩を落とす。


 そんな事情があるからこそ、天野と話している場面は見られたくないのだ。


 天野はこの辺りで橋田を解放してやることにした。


 気障キザったらしい笑みを浮かべながら橋田の肩を叩く。


天野勇二

助かったよ橋田さん。
もし『犯人』を見つけたら連絡する。
橋田さんの手柄になるようにしてやるよ。
楽しみにしてくれ。


 橋田は生暖なまあたたかい目で天野を見つめた。


 これが天野以外の人間が発した言葉であれば、鼻で笑うだけ。


 しかし、天野の言葉となれば話は別だ。


 このクソ野郎は本当に『犯人』を見つけかねない。


橋田在昌

ああ……うん……。
期待しているよ……。
ありがとう……。

天野勇二

じゃあまたな。
椎名さんも助かったよ。
忙しいだろうにすまなかったな。

椎名善晴

お気になさらず。
姫子によろしくお伝えください。
また何かあれば遠慮なく言ってくださいね。


 2人の刑事に背を向ける。


 公園を後にしながら、天野は嫌そうに息を吐いた。



天野勇二

(チッ……。捜査一課は本当に俺様を疑っているのか。客観的に見ればそれも致し方ないのだが……。まったく使えないヤツらだ)



 舌打ちしながらスマホを取り出す。


 未読だらけのLINEをチェック。


 チームメンバーのトークが大量に届いている。




佐伯涼太(LINE)

やっほー!
事情聴取お疲れちゃん!
寝不足のとこ悪いけど、テラスに来てくれたら嬉しいな!
みんなを集めて望月の話をしてるよー!




 涼太が送ってきたLINEを見て、天野は呆れたように口元を緩ませた。


 満面の笑みを浮かべる涼太。


 その背後には引きつった笑みを浮かべるチームの面々。


 そんな自撮じどりを添えているのだ。



天野勇二

(アイツは陽気だな……。望月の『犯行』に迫りつつある状況の上、殺人事件まで発生したというのに……。よくこんな自撮りを送れるものだ。イカれているのは下半身だけじゃないな)



 苦笑しながらタクシーを停めて乗り込む。


 昨晩から一睡もしていないので、さすがに眠い。


 そもそも天才クソ野郎のモットーは『早寝早起き』なのだ。


 それでも今は眠っている場合ではない。


 欠伸を噛み殺しながらキャンパスを歩き、いつものテラスへ向かった。



前島悠子

……あっ!
きた!
師匠だ!
待ってましたよ!

佐伯涼太

おかえり勇二!
お勤めご苦労さま!
良かったねぇ逮捕されなくて!


 テラスにあるのは涼太、前島、牧瀬、富樫、琴乃の姿。


 涼太以外は青ざめた表情を浮かべている。


 天野はタバコを取り出しながら言った。


天野勇二

よく集まってくれた。
姫子はどうしたんだ?

佐伯涼太

今はハッキング中。
鈴本さんのPCをアタックしまくってる。

天野勇二

そうか。
もう望月の『疑惑』について説明したのか?

佐伯涼太

うん。
僕と勇二が殺人医師ドクター・デスの正体を探っていたこと。
それだけ説明してある。


 涼太がヘラヘラ笑いながら告げる。


 相変わらずのチャラ男だが、その瞳は真剣だ。


 きっと寝不足のため、テンションがおかしくなっているのだろう。


 天野はタバコに火をつけるとチームメンバーに向き直った。


天野勇二

ならば俺からも説明しよう。
まず先に断っておくが、弟子やメスブタに説明した『望月の因縁』には、決定的な情報が不足していた。
お前たちを信用していないワケじゃないんだが、情報が漏洩ろうえいしてしまうことを恐れたんだ。

牧瀬美織

承知しております。
その点に関して問題はありません。
ご主人様が謝るようなことでもございません。


 牧瀬がすかさず声をあげる。


 忠義心の強いメスブタだ。


 天野はひとつ頷き、長い話を始めた。


天野勇二

俺様が望月を許せない理由は『2点』ある。
ひとつは弟子やメスブタにも語った通りだ。
兄の喪失を喜び、俺様にふざけた暴言を吐いたこと。
あの件について、俺は望月を許してやるつもりはない。


 首を横に振りながら言葉を続ける。


天野勇二

だが正直なことを言えば、あれだけで望月を憎むことはない。
ただのいけ好かないふざけたサイコ野郎。
そのように認識するだけだ。
もちろん隙があれば殴り飛ばしてやろうかとは思うが、殺してやろうとまでは思わない。
お前たちも知っている通り、俺様は寛大かんだいな男だからな。


 仲間たちはその言葉を聞いてすくみあがった。


 天野の辞書に寛大かんだいという言葉があったとは。


 そして今は望月を「殺してやろう」と考えているとは。


 天野はタバコの煙を吐き出しながら言った。


天野勇二

重要なのはもうひとつの理由だ。
そもそも望月は昔からイカれた『思想』に取り憑かれている男だった。
しかもその『思想』『行動』に変えようとしていた。
それが俺にとって許せなかったのさ。


 富樫が恐る恐る尋ねる。


富樫和親

『思想』から発生する『行動』ですか……。
それが天野さんたちが疑っている『望月の犯行』ということですね?

天野勇二

ああ、そうだ。
望月は強い優生思想ゆうせいしそうの持ち主だった。
社会で尊重されるべきなのは優秀な強者のみであり、弱者は排他はいたされてしかるべき。
むしろ優秀な人間は弱者を意のままに扱っても構わない。
弱者の生殺与奪権せいさつよだつけんだって強者が握るべきだと、本気で考えている狂人なのさ。
だからこそアイツは心を喪失した兄を見て、『無意味な存在』だと切り捨てることができた。


 嫌そうに言葉を吐き出している。


 前島がどこか納得したように言った。


前島悠子

それはあれですかね……。
師匠が抱いていた望月の『違和感』や、心の奥底にある『闇』のことになるんでしょうか?
望月は日頃から『優生思想』ほのめかすようなことを言っていたんですか?

天野勇二

その通りだ。
望月はそれを大っぴらに言うことはなかった。
だが、時々口にすることがあったのさ。

「日本も『積極的安楽死』を認めればいい」
「もっとトリアージの範囲を広げるべきだ」
「なぜ死を望む人間を生かそうとするのかわからない」


……とかな。

前島悠子

な、なるほど……。
それは確かに、『闇』を感じさせる発言ですね……。

天野勇二

そうだろう?
だが、それは別に珍しい思想でもない。
特に医療関係者であれば、否応なしに考えさせられる機会も多い。
『安楽死』『尊厳死』とは、安いモラルで切り捨てられる問題ではないのさ。


 肩をすくめながら言葉を続ける。


天野勇二

しかも俺の親父は『産婦人科のクリニック』を手広く経営している。
『命の選別』を日常的に行っている上に、それが求められる業界だ。
『優生思想』もある意味必要なのだろうと、俺も幼い頃はそう考えていた。


 天野は大きく息を吐いた。


 苦い表情で首を横に振る。



天野勇二

しかし……。
それを自らの判断だけで『実行する』となれば、話は別だ。



 持っていたタバコを灰皿に押し込み、乱暴に握り潰す。


 仲間たちは怯えながら天野の顔を見つめた。


 天野は先程から鬼のような剣幕けんまくを浮かべているのだ。


 張り詰めるような殺気がテラスに充満している。


 仲間たちは「まるで凶悪な殺人犯と対峙しているようだ」と感じていた。



白石琴乃

実行するなら話は別……。
天野くんがそう言うってことは、望月は誰かを「安楽死させた」のね?
それが嘱託殺人しょくたくさつじんってことなの?


 琴乃が震えながら尋ねる。


 天野は軽く頷いて言った。


天野勇二

俺が大学生になり、医療について本格的に学び始めた頃だった。
『神埼』の外科病棟で『変死』が多発していることに気づいたのさ。
それも末期患者や重症の患者ばかり。
しかもその全員が、生前に『安楽死』を望んでいたんだよ。





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つばこ

このテラスのシーンは思ったより長くなりまして、たぶん3話ぐらいかけてみっちりお届けします。
天クソが全話無料になったメリットとして、こうした回を満足できるペースで書けるってのがありますね。
これまで大変だったんですよ。
やっぱり課金していただく以上、ある程度は区切りのいいところまでお届けしたいじゃないですか。
1話あたりの文章量を増やしたり、何度も文章を削ったり、コンパクトにまとめるよう苦心したりと骨を折ったものです。
 
でも今は「好きなだけ更新していいよ」と、お墨付きをいただいております!
話数は多いけど、そこそこ区切りのいいところまで読めるんじゃないかな?と思います。
もし全然区切りよくなかったらごめんなさい!
 
そんなこんなで、いつも応援やコメント、本当にありがとうございます!(*´∀`)

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コメント 10件

  • ニル

    つばこさんっていつも1話投稿するのに3話分の労力使ってたのか…

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  • ぬかづけ

    いつも読者のことを思って
    見えないとこで沢山頑張ってくれてたんですね
    (私は課金組ではないですが…)
    最後までついて行きます(´;Д;`)

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  • べっちん

    そういうことだったんですね。
    だったら、つばこ先生の好きなだけ更新してください!
    どこまでもついていきます!(笑)

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  • 逢恋

    1話をまとめるって作業増えますよね??もうどんだけ長かろうが彼らの歩みを見届けるので、よろしくお願いします!

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  • きむら。

    いっぱい更新してくれて嬉しいよつばこさん!
    ありがとう!

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