鈴本つぐみ

体調が良くなっていること……。
時々、言葉を交わすことができること……。
それを隠してほしいって。
特に「勇二くんだけには知らせないようにしてほしい」って、そう頼まれていたの。



 その言葉は、まるで『もや』がかかっているようだった。



 一字一句いちじいっくはっきり聴こえたのに、なぜか脳が認識できない。



 言葉の意味を認識することができない。



 天野は額を押さえながら、苦しげに口を開いた。



天野勇二

……待ってくれ。
本当に兄は、言葉を発することができるのか?
桃香と会話したというのも、嘘ではないんだな?



 なぜかとても息苦しい。


 胸の動悸どうきも激しい。


 視界が「ぐらり」と歪んでいる。


 ショックを受けてしまい、脳が平衡感覚へいこうかんかくを失っているのだ。


 鈴本は慌ててよろける天野の腕を掴んだ。


鈴本つぐみ

落ち着いて勇二くん。
大丈夫、大丈夫だから。
ちょっと座ろうか。

天野勇二

あ、ああ……。

鈴本つぐみ

ごめんね。
驚かせちゃって。
ずっと隠していて、本当にごめんね……。


 鈴本は青い顔で謝っている。


 その横顔に『嘘』の気配は存在しない。


 本気で『嘘』を吐いていたことを謝罪している。


 それだけが天野の救いだった。



天野勇二

……すまない。
俺はもう大丈夫だ。
改めて聞かせてくれ。


 病棟の休憩室の椅子に座り、鈴本に尋ねる。


天野勇二

兄はなぜ、俺に知らせるなと、そんなことを言ったんだ?


 鈴本がゆっくり首を横に振る。


鈴本つぐみ

理由はわからない。
それだけは教えてもらえなかった。
ただ勇一さんは、たぶん勇二くんのことを、恐れていたんじゃないかと思うんだ。

天野勇二

恐れていた?
兄が、俺のことを?

鈴本つぐみ

うん……。
はっきりとは言わなかったけどね。
でも、そうじゃないかと思ってる。


 疲れたように言葉を続ける。


鈴本つぐみ

勇一さんに頼まれたのは、まず『自分の体調を隠してほしいということ。
勇二くんはもちろん、いさむさんや桃子さんにも、隠してほしいと頼まれていたの。


 『勇さん』とは、天野の父親のことだ。


 天野は驚いて尋ねた。


天野勇二

親父にも隠せだと?
そんなことは不可能だ。
担当医が診察すれば親父の耳に入る。
隠しきれるはずがない。

鈴本つぐみ

そうだよね……。
だから担当医も勇一さんの現状は知らない。
今も心を失っていて、誰とも会話できないと思ってる。

天野勇二

担当医もだましているのか?
ありえない。
さすがにやり過ぎだ。
あなたはそんなことに加担していたのか?


 天野が鈴本を責める。


 鈴本は苦しそうに頷いた。


鈴本つぐみ

わかってる……。
私は許されないことをしてる。
だけど、それが勇一さんのためだと思ったの。
こんなこと言いたくないけど、勇一さんが入院する原因を作ったのは…………。


 鈴本の言葉が途切れた。


 気まずそうにうつむいている。


 勇一が心を失った原因は『家族』にある。


 そう告げたかったが、さすがに言葉に出すことは躊躇ためらわれたのだろう。


 天野は渋い表情で頷いた。


天野勇二

……そうか。
わかったよ。
他にも兄から頼まれたことがあるはずだ。
それも教えてくれ。

鈴本つぐみ

うん……。
勇一さんはね、家族の中でも勇二くんのことを特に警戒している。
勇二くんがお見舞いに来た時は、必ず事前に知らせてくれって頼まれてるの。

天野勇二

それはつまり……。
俺が病室に入る前に、『心を失っている演技』を整えるためか。


 鈴本が小さく頷く。


 それを見て、天野は思わず天を仰いだ。


天野勇二

マジかよ……。
信じられない。
兄がそんなことをしていたなんて……。


 無機質な病院の天井を見つめ、大きく息を吐く。


 勇一の姿が『演技』だなんて、考えたこともなかった。


 鈴本は天野の手を握りながら言った。


鈴本つぐみ

本当にごめんなさい。
勇二くんには悪いことをしたと思ってる。
だけど、勇一さんが強く望んでいたから……。
それが勇一さんのためになると、そう思っていたの……。

天野勇二

ああ……。
わかっているさ。


 天野は鈴本を見つめた。


 鈴本は罪悪感と怯えが同居した表情を浮かべている。


 何かを恐れているのか、頬は病人のように青ざめている。


 天野はそこに『嘘』の気配を感じた。


天野勇二

(チッ……。自分がイヤになるぜ。俺はこんな時でも、相手の心理を読み取ろうとしてやがる。鈴本は兄の友人だってのによ……)


 天野は小さく首を横に振った。


 鈴本はずっと真実を偽装していた。


 しかし、責める気にはなれない。


 鈴本は昔から、親身になって勇一のサポートに取り組んでくれた。


 鈴本という信頼できる看護師の存在があったからこそ、天野たちは安心して兄を任せることができたのだ。


 感謝してもしきれないほどの恩がある。


 きっとこれまでの行為の全てが嘘だった訳ではないだろうと、天野は信じた。


天野勇二

隠していたのはそれだけか?
他に兄から頼まれたことはないのか?

鈴本つぐみ

うん……。
他にはない。
ごめんね。
ずっと騙していて……。

天野勇二

いや、いいんだ。
兄の頼みを聞き入れてくれて感謝している。
念のため尋ねるが、他に嘘を吐いていることはないよな?
もう隠し事は御免だ。
何かあれば正直に言ってくれ。


 鈴本の顔を覗き込む。


 鈴本は一瞬ためらったが、すぐに首を横に振った。


鈴本つぐみ

もう隠していることはない。
これが全て。
本当に、本当にごめんなさい。

天野勇二

そうか……。
わかった。
長く呼び止めてすまなかった。
もう大丈夫だ。

鈴本つぐみ

本当に大丈夫?
もし横になりたいなら病室を手配するよ。
すごく顔色も悪いし……。

天野勇二

心配しないでくれ。
少しショックを受けただけだ。
それにな……。


 あえて笑顔を作り、鈴本の肩を叩く。


天野勇二

悪い話ばかりでもなかった。
兄は快復に近づいている。
それは最高の知らせだよ。

鈴本つぐみ

……うん。
そうだよね。

天野勇二

あなたから聞いたことも他言しない。
きっとそのほうが、あなたと兄のためになるだろう。

鈴本つぐみ

ありがとう……。
そう言ってくれると、すごく助かる……。

天野勇二

時間はかかるかもしれないが、これからも変わらず兄に話しかけるさ。
兄に嫌われていても構わない。
兄が元気になるなら、それが一番だからな。


 それは自らに言い聞かせるような言葉だった。


 鈴本は切なげに頷くと、カルテを抱きながら立ち上がった。


鈴本つぐみ

じゃあ、私は仕事に戻るね。
もし何かあれば言って。
必要であれば先生も呼ぶから。

天野勇二

ああ、すまないな。
ありがとう。


 感謝の言葉を聞き、鈴本は一瞬だけ悲しげに顔を歪ませた。


 何も言わずに天野の手を握る。


 そして背を向け、休憩室を後にした。



天野勇二

(……くそっ。完全にノーマークだったな。考えたこともなかった)


 鈴本が去った後。


 天野は深呼吸しながら、激しい胸の動悸どうきをなだめていた。


 鈴本は『嘘』を吐いていた。


 しかも、まだ『何か』を隠している。


天野勇二

(鈴本は数少ない兄の理解者だった。俺たち家族と同じくらい、兄のことを心配してくれた。だからこそ、疑うこともなかったんだ)


 鈴本は勇一の同期であり友人。


 勇一のサポートを献身的けんしんてきに行っていたためか、天野は負い目のような感情を抱いていた。


 だからこそ、疑うことを無意識に避けていたのかもしれない。


天野勇二

(鈴本は大きな『秘密』を抱えている。それが俺たちに関係するものか、そうではないのか。まだ判断がつかんな。一度、しっかり調べる必要がありそうだ……)


 天野が立ち上がった時。


 スマホが「ブルル」と振動した。


 見るとLINEが一通のトークを受信している。



牧瀬美織(LINEトーク)

ご主人様。
お久しぶりです。
あなた様だけのメスブタです。



 牧瀬美織まきせみおりからのLINEだ。


 「メスブタ」を志願する天才クソ野郎チーム一番の変態。


 相変わらずエキセントリックな挨拶を送りつけている。


(詳しくは『彼が上手にメスブタを飼う方法』を参照)


牧瀬美織(LINEトーク)

ご主人様にお伝えしたいことがあります。
涼太さんに関することです。
できれば直接口頭でお伝えしたいのですが、テラスまでご足労いただけませんでしょうか。



 天野は呆れたようにそれを見つめた。


 舌打ちしながら返信する。



天野勇二(LINEトーク)

涼太のことなんてLINEで十分だ。
そのまま話せ。

牧瀬美織(LINEトーク)

いえ、ちょっと複雑な状況でして……。
もしかすると、『例の事件』に関するお話になるかもしれないんです。

天野勇二(LINEトーク)

『例の事件』だと?
それはまさか、アレのことか?

牧瀬美織(LINEトーク)

そうです。
私たちの敵である遠隔殺人者トリックメイカーです。
確信はないのですが、メスブタの直感が怪しいと告げているんです。



 天野は眉をひそめながらスマホを見つめた。


 チームの一員である牧瀬には、過去に遭遇そうぐうした遠隔殺人者トリックメイカーの事件を伝えている。


 しかし、その『容疑者』に関しては、まだ説明していない。


 牧瀬は何を怪しいと感じたのだろうか。



天野勇二(LINEトーク)

いいだろう。
お前の直感、興味がある。
30分後にテラスへ行こう。

牧瀬美織(LINEトーク)

ありがとうございます!
身体を清めてお待ちしておりますね。
もしご主人様が満足する情報であれば、ご褒美として私のお尻を…………



 エキセントリックなLINEを無視してスマホを閉じる。


 天野は肩を回しながら立ち上がった。


 勇一の病室がある方向を睨みながら呟く。



天野勇二

ゆう兄……。
なぜ俺との接触を避けるのか知らないが、俺は諦めないぞ。
天才クソ野郎にかかれば全てうまくいくんだ。
いつか必ず、あんたと会話してみせる。
その時を楽しみにしているぜ。




この作品が気に入ったら「応援!」

応援ありがとう!

786

つばこ

【質問コーナー】
Q:今までに天才クソ野郎に登場した全キャラの中で1番好きなキャラクターは、どの人ですか??
A:前島ちゃんですね。そもそも当初構想していた天クソは、基本的に天野くんと涼太くんの2人だけで進行するハードボイルドな物語でした。しかし前島ちゃんが加わったことにより、物語の楽しみ方が何倍にも広がったように感じてます。実のところ私は彼女をメインヒロインとして認めてはいませんが、もう天クソに必要不可欠な女の子ですね(*´∀`)
 
Q:コミコでの連載終了後、他の媒体で連載続けて頂けないですか??
Q:comicoのあとはクソ野郎どこで描かれますか?????
A:未定です! というのも、どこからも声がかかってないからです! これを見ている他媒体の皆さん! つばこはオファー待ってるぞ!!!
 
そんなこんなでいつも応援やコメント、本当にありがとうございます!(๑•̀ㅂ•́)و✧

この作品が気に入ったら読者になろう!

コメント 12件

  • ニル

    LIMEって誤魔化してませんでしたっけ??
    気のせい?

    通報

  • 蛙定食

    そうなの!?
    俺の中では、メインヒロイン認定なんだが…

    通報

  • ちょぱ

    読み忘れたかなと思ったら3話更新!なんて太っ腹な!

    通報

  • 777

    この女ゴミだな。中途半端に隠し事を公開するのは頭が悪いとしか思えない。
    勇二は、このクズ女が敵だと確定すれば躊躇なく消してくれよ。

    通報

  • ユタ

    【悲報】前島さん、作者様にメインヒロインとして認められてなかった

    通報

関連お知らせ

オトナ限定comicoに移動しますか?
刺激が強い作品が掲載されています。

  • OK