※今週(5/8)は2話分更新しています。前話を見逃さないようにご注意ください。




佐伯涼太

そうですねぇ。
まぁ、うまく説明できないんですけど……。
あえて言うのであれば、『依頼』があったからなんですよ。



 どこか寂しげな涼太の言葉。



 それを受けて、歩美は困惑の表情を浮かべた。



片瀬歩美

い、依頼が、あった……?

佐伯涼太

そういうことです。
あの娘が「この事件を解決したい」って言い出したから。
それだけなんですよ。
使い古された言葉ですけど、誰かを助けるのに理由なんかいらないってワケです。
それが僕ちゃんの美学なんですよ。


 軽く微笑みながら歩美を見つめ、ショルダーケースを担ぎ直す。


 その中にあるものを想像し、歩美の体は恐怖に染まっている。


佐伯涼太

僕はその依頼者のことを信じてます。
歩美さん、あなたにはいない『信じるに値する仲間』ってやつです。

自らの存在を匿名化とくめいかによって隠しているから、あなたはいつだって1人だ。
事実として、今も単独で僕たちと接触している。
ネットでもリアルでもあなたは孤独。
匿名でなければ、自分の意見だって吐き出すことができない。


 涼太は歩美の瞳を真っ直ぐ見つめている。


 優しく言葉を続けた。


佐伯涼太

僕はね、そんな女の子を世に生み出したくないんですよ。
だからどれだけ無視シカトされても、仲間だって信じ続ける。
嫌われても、信じてくれなくても、何ひとつ構わない。
僕だけでも信じ続けていれば、その女の子はいつだって孤独じゃないでしょ?
まぁ、後ろにいる相棒は、もっと違うことを考えてますけどね。


 苦笑しながら、そっと歩美に手を伸ばす。


片瀬歩美

ひぃっ……!


 歩美は怯えて遠ざかった。


 涼太は残念そうにその姿を見つめ、さとすように言った。


佐伯涼太

歩美さん……。
きっといつかあなたにも、そんな信頼できる人が現れます。
いや、例え現れなくても、あなたが自分を信じてあげればいい。
そのために自首じしゅしましょう。
警察に全てを話すんです。
そして罪をつぐないましょうよ。


 歩美は嫌そうに顔を歪めた。


 なぜかいきなり『自首』をすすめてきた。


 IOCの幹部を襲撃するほどの、イカれた犯罪計画を立てている危険人物なのに。


 なぜそんなことを告げているのか、何ひとつ理解できないのだろう。


天野勇二

チッ……。
悪い癖が出やがった。
お前はいつも女が相手だと甘くなる。


 耳元から天野の吐き捨てるような声が響いた。


天野勇二

そいつは前科マエ持ちの『真犯人』だぞ。
呆れるほどに自己顕示欲じこけんじよくが強く、再犯におよんでいる。
つまり、反省も更生こうせいもしていないんだ。
お前の言葉で心が動くほど甘くはないぜ。

佐伯涼太

まぁまぁ。
ちょっと待ってよ。
いくらなんでも、この人に全てを押しつけるのは可哀想じゃない。

天野勇二

別に全てを押しつけるワケじゃない。
それに『真犯人』を捕らえなければ、俺たちの生きる道はないんだ。
相手がどんなヤツだったとしても、反省もしないバカにはお仕置きが必要なんだ。

佐伯涼太

うーん……。
言いたいことはわかるんだけどさぁ。


 涼太はため息を吐いた。


 改めて歩美に向き直る。


佐伯涼太

ねぇ歩美さん。
もう事件は大きくなりすぎました。
警察はあなたを『電脳学博士』だと錯覚しています。
この『錯覚』が『真実』になる前に、自首しちゃったほうが無難ですよ。

歩美さんだって、僕たちのイカれた計画に付き合いたくはないでしょ?
だったら自首すべきですって。
今すぐに最寄りの警察署に行きましょうよ。


 涼太としては心からの説得だったのだが、歩美は何を言われているのか、まるで理解することができなかった。


 目の前にいる男は『電脳学博士』であり、凶悪事件を起こした張本人。


 自分に全ての罪を着せようとしている最悪の男、と認識している。


 涼太の言葉なんて届くはずもなかった。


片瀬歩美

ふざけないで、くださいよ……。
そう仕組んだのは、すべて、あなたじゃないですか。
もう、スケープゴートにされるのは困るんです。
自首すべきなのは、あなたのほうです……。

佐伯涼太

確かにそうなんですけど、僕と歩美さんでは事情が異なるんです。
あなたはまだ引き返せます。

それにこっちは男2人じゃないですか。
歩美さんが勝てる相手じゃありません。
この場から離れて、すぐに自首するのがオススメですって。

片瀬歩美

な、な、なんで、そんなことを言うんですか……?
バカにしてるんですか?
今度は何を、考えているんですか……?

佐伯涼太

歩美さんのことを心配してるんですよ。
まぁ、こんなことを言っても、手遅れなのかもしれないですけど……。
まだあなたは引き返せますから。


 両手を広げて歩美に語りかける。


 その爽やかな笑顔には、敵意のカケラも存在しない。


 誰が見ても爽やかな好青年。


 それが歩美には恐ろしかった。



片瀬歩美

……う、う、うるさい……!
だまれぇ……!



 歩美の呼吸が荒くなる。


 マスクを剥ぎ取って地面に叩きつけると、懐に手を伸ばした。


 素早く『刃物』を取り出す。


 刃渡りの長いサバイバルナイフ。


 それを涼太に突きつけながら、鬼の形相で叫んだ。





片瀬歩美

だまれぇ!
だまれだまれだまれ!
もうたくさんだ!
私のことを、散々、追い込んだくせに……!



 涼太は唇を噛み締めながら、歩美が取り出したナイフを見つめた。


 ゆっくり首を横に振る。


佐伯涼太

それはいけません。
すぐに捨てましょう。
こんなところで凶器を見せるものじゃない。
歩美さんが後悔するだけです。

片瀬歩美

わ、私は、あなたの計画を、阻止そしするんです!
もう、巻き込まれるのはイヤなんです!

佐伯涼太

落ち着いてください。
大きな声も出すべきじゃない。
それに僕たちは拳銃を持っています。
刃物だけで対抗できる相手じゃありません。

片瀬歩美

そんなの知らない!
私を撃ちたければ、撃てばいい!
そうなれば『電脳学博士』の計画だって止められます!

誰かぁ!
誰か来てください!



 刃物を突きつけながら、歩美は助けを求める声をあげた。


 ここが人気のない場所とはいえ、助けを求めるように叫べば注目が集まる。


 歩美は『電脳学博士』の犯行を防ぐため、騒ぎを起こそうとしているのだ。



片瀬歩美

警察に逮捕されるのは、あなたのほうだ!
私はここであなたの計画を止めてみせる!
ここで『電脳学博士』を倒してみせる!
そのライフルを床に置きなさい!
誰か助てください!
ここに『電脳学博士』がいるんです!



 歩美は口から泡を吹き、必死に叫び続けている。


 きっと自分が巨悪きょあくに挑む『正義の味方ベビーフェイス』だと感じているのだろう。


 涼太は真剣な口調で言った。


佐伯涼太

ねぇ歩美さん……。
これが最後の警告だよ。
その刃物をマジで捨てたほうがいい。
騒ぎになって困るのは歩美さんなんだ。

片瀬歩美

だまれ!
私は何も困らない!
悪いのは全部あなただ!
私はあなたの計画を、絶対に阻止そししてみせる!
『電脳学博士』の息の根を、ここで止めてやるんだ!



 歩美は狂ったように叫び続けている。


 もう誰の声も届かない。


 涼太は悲しげに歩美を見つめ、天野も同情したように言った。


天野勇二

涼太、もう諦めろ。
想定していた中でも最悪のシナリオだ。
もうその女を救うことはできない。

佐伯涼太

そうみたいだね。
ちょっと脅し過ぎたかな。
僕としては後悔が残る結末になりそうだよ。


 2人がそう呟いた時。


 ふいにバックヤードに通じる扉が開かれた。


 歩美が嬉しそうにそれを見つめる。


片瀬歩美

良かった!
助けてください!
ここに、電脳学博士が………



 歩美の言葉が途切れた。


 目の前に現れた2人の人物を驚いて見つめる。


 片方はおだやかな笑みを浮かべたスーツ姿の男性。


 もう片方は『猛牛もうぎゅう』というあだ名がぴったりの大柄な女性。


 CSPの椎名しいな高尾たかおだ。



椎名善晴

……おや。
どこかで『助け』を呼ぶ声が、聴こえましたねぇ。



 黒ぶちの眼鏡を直しながら、椎名がのんびりと呟いた。


 廊下に立つ3人の姿を眺める。


椎名善晴

おまけに、私が担当している事件の犯人の名前が聴こえましたねぇ。
見覚えのある顔が2人……。
……いや、3人、いらっしゃるようですね。


 瞳を細めながら歩美を見つめる。


 椎名はどこか楽しげに微笑んでいるが、高尾の表情は違う。


 苦々しい顔つきで天野と涼太を睨みつけている。


 歩美はナイフを握りしめたまま、震える唇を開いた。


片瀬歩美

あ、あなたは……。
まさか、CSPの、椎名……?


 それは歩美にとって忘れることのできない存在。


 自らを逮捕した時の担当刑事だ。


 何度も取り調べを受けた。


 屈辱くつじょくの記憶が脳裏のうりに蘇る。


片瀬歩美

そ、そんな……。
CSPが、どうしてここに……?
な、なんで……?


 持っているナイフが震えている。


 椎名は悲しそうにその姿を見つめ、小さく呟いた。


椎名善晴

どうやら緊迫きんぱくした場面のようですね。
天野くんも、嫌な演出をしてくれるものです。
管轄外かんかつがいの事件ではありますが、これは『黙認』することができませんね。




この作品が気に入ったら「応援!」

応援ありがとう!

813

つばこ

みなさんゴールデンウィークは楽しく過ごせましたか?
つばこは無事に天クソのラストエピソードの方向性を決めることができました!
色々考えたのですが、やはりcomicoノベルでの連載を締めくくる感じのやつをお届けしたいな、という結論に至りまして。
とはいえ、天クソはつばこの脳内にいる天野くんたちが勝手に動くことで作られているので、ラストがどうなるのかは書いてみないとわかりません!
本当にわかりません!
作者も想定していないファイナルシーズンをご期待いただければ幸いです。
 
そんなこんなで『トロイ編』もクライマックス!
役者は揃った!
たぶんあと2週ぐらいで終わります!
もう一度カワイイ姫ちゃんが出てくるのでお楽しみに!
いつも応援やコメント、本当にありがとうございます!ヾ(*´∀`*)ノ

この作品が気に入ったら読者になろう!

コメント 26件

  • ルーデンス

    まだまだ続けてほしい!

    通報

  • とうか。

    ラストなんて言わないで…泣きますよ?

    通報

  • ともも

    毎週楽しみにしてる天クソが終わるのは悲しいです( ; ; )一回も推理当てたことないんですよ~終わらないでほしいです、、

    通報

  • ももぱか

    終わってほしくない……

    通報

  • mi

    アプリが出てきてから、ノンストップで連載続けてくれて。
    読者が想いを伝える場所も、全部読んでくれて。
    つばこ先生、たくさんの作品を書きながらも天クソは止めずに書き続けてくれて。
    comicoの終了と共にいっときの休憩を挟んで、またどこかで書きますよ!って言ってもらいたいのが本音。
    どこかでまた、楽しく読めないかな…

    通報

関連お知らせ

オトナ限定comicoに移動しますか?
刺激が強い作品が掲載されています。

  • OK