天野勇二

……ああ、そうだな。
アンタの『娘』は本当に優秀だよ。



 天野はそう言うと、懐から1枚の『マイクロSDカード』を取り出した。



 指先で気障キザったらしくひるがえし、椎名のスーツの胸ポケットに入れる。



天野勇二

そいつには『トロイの真犯人』と思われる人物の情報が入っている。
『電脳学博士』接触コンタクトした際の『メッセージ』と『メールアドレス』だ。
優秀な電脳姫ハッカーに感謝するんだな。


 椎名は小さく頷いた。


椎名善晴

……やはり接触してきましたか。
自己顕示欲じこけんじよくの強すぎる犯人ですからね。
電脳学博士の存在を無視することはできませんでしたか。

天野勇二

そうだ。
通信記録ログを追いかけてくれ。
こればかりはアンタのほうが適任だろう。
無駄足になる可能性も高いが、ある程度の情報は手に入ると思うぜ。


 ネットに残された通信記録。


 これはさすがの『電脳姫』でも調べることが難しい。


 ある程度の調査は可能だが、警察が調べたほうが効率が良いのだ。


 椎名は胸元のマイクロSDカードを見つめると、


椎名善晴

実にお見事です。
さすがは『天才クソ野郎』と言うべきでしょうか。

しかし、君と姫子が電脳学博士という新たな驚異きょういを生み出し、ここまでの大事件を巻き起こすとは……。
まったく想定しておりませんでしたよ。


 どこか苦しげに呟いた。


 後悔という名のなげき声だ。


 天野は呆れたように笑った。


天野勇二

よく言うぜ。
全てはアンタの『依頼』から始まったんだ。
自分の『娘』を事件に巻き込んだのは、『父親』であるアンタ自身じゃないのか?

椎名善晴

……ええ。
その通りですね。
返す言葉もございません。

天野勇二

俺としても世間を騒がせるつもりはなかった。
だが、今回は難事件すぎたからな。
犯人像がまるで見えず、手がかりひとつ持っていない。
とにかく『罠』を大きく張り、『真犯人』が落ちてくるのを待つしかなかった。
アンタもそれを望んで『学園の事件屋』に依頼したのだろう?


 ニタニタ笑いながら椎名を睨みつける。


天野勇二

俺様はアンタにとって最高に好都合な存在だった。
『電脳姫』という事件にうってつけのワイルドカードを所持しょじしており、『探偵』の真似事をしているバカな大学生。
しかも非合法な手段で『犯罪者』を追い詰めることを得意としている。
依頼を引き受けることになれば、『罠』を張って『真犯人』にアプローチするだろうと、アンタは最初から読んでいたんだ。
電脳学博士の登場だって、アンタにとっては想定内だったはずさ。

椎名善晴

…………


 椎名は何も答えない。


 その沈黙が『肯定』を示している。


 天野はどこか得意気に言葉を続けた。


天野勇二

つまり、アンタが俺様に依頼したかったのは、『姫子というスーパーハッカーを用いたおとり捜査』だったんだ。

警察という組織では許されない捜査方法。
しかし、俺という『悪人』にとっては常套じょうとう手段であり実行も容易たやすい。
その結果、アンタは『真犯人』の手がかりを入手したってワケだ。


 椎名の胸ポケットを指さしながら言葉をつむぐ。


 椎名は何度か頷くと、おだやかな微笑を浮かべた。


 パチパチと、軽く拍手する。


椎名善晴

天野くんには敵いませんね。
全てお見通しだったということですか。
やはり『学園の事件屋』こと『天才クソ野郎』は違います。
面倒な依頼を達成いただいたこと、嬉しく思いますよ。

天野勇二

ああ、本当に面倒な依頼だった。
アンタのてのひらの上で見事に踊らされたな。
これは報酬が『500円』では足りない。
『300万円』ほど貰いたいね。

椎名善晴

300万円……。
トロイの『報奨金ほうしょうきん』のことですね。
それが君の望みですか。

天野勇二

欲しがっているのは俺ではない。
アンタの娘さ。

椎名善晴

ほう?
そうですか。
姫子が……。


 椎名が切なげにうつむく。


 天野は肩をすくめて言った。


天野勇二

だが、その願いが叶うことはない。
俺たちの『作戦』は報奨金を受け取れるような人道的な捜査ではないからな。
姫子はアンタのために動いたのに、名誉や金を手に入れることができないんだ。
こっそり小遣いでもくれてやれよ。
戸籍こせきから外れても、血のつながった『父親』なんだからな。

椎名善晴

ええ、わかっております……。
君たちに報奨金を出すことは、難しいですからね……。


 椎名が思いつめた表情で頷く。


 天野はひとつ息を吐くと、改めて椎名を睨みつけた。


天野勇二

さて、ここまでは順調。
ここからが問題だ。


 椎名の顔に指を突きつける。


天野勇二

アンタは『電脳学博士の事件』を、どのように処理するつもりだ?
俺たちと『娘』の腕に手錠をかけるのか。
それとも違う決断を下すのか。
本心を教えてもらおう。

椎名善晴

…………


 椎名は天野の挑発的な問いかけを黙って受け止めた。


 しばしの沈黙が2人を包む。


 椎名はひとつ息を吐くと、天野に尋ねた。


椎名善晴

天野くんは、私に何を願っているのですか?

天野勇二

決まっているだろう?
『黙認』だよ。
姫子を逮捕しないこと。
そして、電脳学博士による全ての事件を揉み消すことさ。


 胸ポケットに手を当てながら、椎名はまた大きく息を吐いた。


 これは天野、姫子、椎名にとって重要な決断となる。


 それぞれの人生を左右する決断といえるだろう。


 椎名の中には迷いがあったが、出すべき答えは決まっていた。


椎名善晴

……実は先ほど、涼太くんから、君の『信念』を教えていただいたのですよ。

天野勇二

うん?
俺の『信念』だと?

椎名善晴

君は『先入観を悪だ』と、そのように考えているらしいですね。
その『信念』を知り、なぜ姫子が君に心を許したのか……。
その理由を知ることができました。

天野勇二

ふぅん。
俺には心当たりがないな。
どういうことだ?


 椎名は寂しげな笑みを浮かべた。


椎名善晴

姫子は幼い頃から、本当に内気な性格の大人しい娘でした。
おまけに私もあの子の母親も仕事ばかりに熱心で、1人娘のことを気にかけてやるような、褒められた親ではありませんでした……。


 そこまで言った時。


 本庁の入り口から高尾がおずおずと声をかけた。


高尾律果

椎名さん。
5分、経過してます。

椎名善晴

ああ、時が過ぎるのは早いものですね。
もう5分、お願いします。

高尾律果

……まだ忘れ物が見つかりません。
少々お時間をください。


 本庁の中から涼太の「ぎゃあ! 痛い! 本当に痛いんですけど!」という悲鳴が聴こえる。


 天野は苦笑しながら椎名に言った。


天野勇二

その『褒められない両親』は、姫子が9歳の時に離婚した。
親権は母親が持っていき、姫子は苗字を変えたんだな。

椎名善晴

よくご存知で。
全てはふがいない私のせいです。
あれ以来、姫子は完全に自らの殻に閉じこもってしまったのです。

天野勇二

そして『電脳姫』と呼ばれるまでの『スーパーハッカー』に成長した。
もしかしたらCSPである、アンタの血を継承したのかな?

椎名善晴

それもあるのかもしれません。
私は幼い頃からラジオなどを分解したり、コンピュータと向かい合ったりすることを好んでおりましたからね。


 そこまで言うと、椎名は悲しげに首を横に振った。


椎名善晴

しかし、姫子の場合は違います。
あの子が優れた『ハッカー』に成長したのは、ネットワーク環境が発達した時代と、『孤独』という名の環境が大きく影響しておりました。
それがあの子の才能を開花させたのです。


 天野は頷きながら椎名を見つめた。


 鼻から下に姫子の面影おもかげがある。


 きっと目元は母親に似たのだろう。


椎名善晴

離婚後も定期的に姫子と会っておりましたが、あの娘が変わることはありませんでした。
どんどん口数が減っていき、大学生になっても独りぼっち。
このまま引きこもってしまうのではないかと危惧きぐしておりましたよ。
しかしある日、姫子が笑顔を浮かべて私の前に現れたのです。


 少し驚きながら、天野はその言葉を受け止めた。


 姫子の笑顔なんて見たことがない。


 時折、唇を歪めて白い歯を見せつけることがあるが、「笑顔」と呼べる代物しろものではない。


天野勇二

姫子の笑顔ねぇ……。
そんなもの見たことがないな。

椎名善晴

私も久しぶりに見る表情でしたよ。
あの子は嬉しそうに微笑み、ひとつの名前を告げたのです。
天野くん、君の名前です。
君と出会い、知り合い、関わりを持つようになった。
そのことを嬉しそうに語ってくれたのです。


 あの時の娘の笑顔を、椎名は一生忘れることがないだろう。


 もう笑顔が戻らず、友達もできず、孤独の中で一生を終えてしまう。


 当時の椎名はそう思っていた。


 そんな『先入観』が椎名の中にあった。


 それは今も心の中でくすぶっている。


椎名善晴

私はあの子の個性を受け入れ、笑顔を思い出させてくれた友人に、手錠をかけたくはございません。
そうなれば、私は一生、姫子に合わせる顔がないでしょう。


 天野は注意深く椎名の顔を見つめた。


 椎名は思いつめたように俯いている。


 そこに『嘘』の気配は見当たらない。


天野勇二

その意思は歓迎する。
だが「手錠をかけたくはない」という言葉だけでは足りないんだ。
俺たちは『トロイの真犯人』を引きずり出すために、かなりのリスクを背負っている。
それはどうするつもりなんだ?


 椎名はひとつ頷くと、真摯しんしな瞳で天野を見上げた。


椎名善晴

これでも私はCSPの警視です。
『サイバー犯罪』に関する電脳学博士の事件は黙認。
それしかございません。
今でも姫子の存在を知っているのは私だけ。
私が動かなければ、姫子が逮捕されることはないでしょう。

天野勇二

まぁ、それが依頼者として当然の行為だな。
姫子を逮捕することはない。
そのように受け取るぜ。

椎名善晴

ええ、それで構いません。
きっと天野くんは私が「娘を逮捕しないよう動く」と信じているはず。
その期待を裏切るつもりはございません。


 椎名が力強く言葉を続ける。


椎名善晴

私はCSPの警視であり、課内においてはそれなりの権力を持っております。
部内では変わり者として評判で、若干日陰者ひかげものの扱いを受けておりますが……。
私にできる範囲のことは、全力を尽くしたいと考えております。


 天野の眉が「ピクリ」と動いた。


 椎名の役職は警視。


 それ以上でもそれ以下でもない。


 一般的な会社の役職でいえば、課長あたりを示す。


 自らの管轄における事件であれば、それなりの権力を持つ男だ。


天野勇二

……もう一度だけ尋ねよう。
姫子は逮捕しない、と言ったな?

椎名善晴

もちろんです。
君のことも逮捕したくはありません。

天野勇二

逮捕しないためにするべき行動。
それを教えてくれ。


 椎名は少し目を細め、迷いなく口を開いた。


椎名善晴

姫子の存在を認識しているのは私だけ。
他の捜査員が知り得ることもないでしょう。
トロイの『真犯人』を逮捕した後、私はただ黙認し続けます。
それであれば、姫子が逮捕されることはないのです。


 天野は静かに椎名を睨みつけた。


天野勇二

……それだけか?

椎名善晴

はい?
それ以上、何か必要でございますか?

天野勇二

そうか……。
それが、お前の決断か……。
ふざけた野郎だ……。


 天野は舌打ちしながら空をあおいだ。


 星なんて見えない桜田門さくらだもんの空。


 ふいに全身から殺気を放つと、椎名を鬼のような形相ぎょうそうで睨みつけた。


天野勇二

おい椎名よ……。
お前は電脳学博士の『本質』を、何ひとつ理解していなかったのか。


 怒気どきの入り混じった脅しの声。


 椎名は一瞬だけたじろいだが、すぐに平然と尋ねた。


椎名善晴

……本質?
それはどのような意味でしょうか?

天野勇二

姫子のことだよ。
俺が思っている以上に、お前は娘のことを理解していない。

椎名善晴

そんなことはございません。
姫子は私のただ1人の娘。
天野くんよりも理解しているつもりですが。

天野勇二

チッ……。
何ということだ。
これは俺の失態ミスだ。


 悔しげに顔を歪める。


 椎名の顔に人差し指を突きつけながら言った。


天野勇二

いいか椎名よ。
『サイバー犯罪』に関することを黙認し、姫子を逮捕しない。
その言葉だけは信じてやる。
だが、もしそれを反故ほごにするのであれば、俺は絶対にお前を許さない。
身体中の骨を砕いて海に沈めてやる。

もう一度だけ言う。
姫子だけでも救わなければ、確実に処刑してやるからな。


 もう大学生の言葉ではない。


 野蛮なチンピラの脅し文句だ。


 飢えた肉食獣が牙を剥き出しにしてえている。


椎名善晴

見事な脅しの言葉トラッシュトークです。
天野くんが極道ヤクザでも半グレでもないことに、心から感謝しますよ。


 椎名は真正面からその言葉を受け止めた。


 相手は腕力に優れており、完全犯罪を実行できる頭脳の持ち主。


 それでも一歩も引かなかった。


椎名善晴

私は何があっても愛する娘を救いたいと考えております。
その点においては、自らの全てを捧げると覚悟しているのです。
お互いの利害は一致するかと。

天野勇二

上等だ。
父親はそうであるべきだ。

……ああ、残念ながら時間だ。
高尾が来たぞ。


 本庁の入り口から高尾が駆けてきた。


 青い顔で椎名にささやく。


高尾律果

椎名さん……。
上が呼んでます。
尋問のことで話があると。
すぐに来いとのことです。

椎名善晴

そうですか。
それは仕方ありません。
もっと天野くんとお話をしたいのですが……。
また別の機会にいたしましょう。


 椎名が軽く会釈し、天野に背を向ける。


 高尾は天野をひと睨みすると椎名に尋ねた。


高尾律果

大丈夫でしたか?
お怪我はされてませんよね?

椎名善晴

もちろんです。
佐伯くんを帰してあげましょう。

高尾律果

ふん……。
とっとと消えなさい。


 高尾が乱暴に涼太の背中を蹴り飛ばす。


佐伯涼太

ぎゃあ!
怪我人を蹴るなんて高尾さんってばドS!
そんなところも嫌いじゃない!
今度コンパしましょうね!


 涼太は最後までチャラ男を貫き通した。


 高尾がため息を吐き、頭を抱えながら本庁の中に消えて行く。


 椎名もその背中に続く。


 2人とも振り返りもしなかった。


佐伯涼太

ねぇ聞いてよ勇二ぃ。
高尾さん、僕の打撲した腕を何度もひねるんだよ。
嘘だけど怪我人なのにさ……。

……うん?


 肩をさすりながらやって来た涼太が、天野の変化に気づいた。


佐伯涼太

あれれ?
どしたの?
随分とご機嫌ナナメみたいだけど。


 天野の全身を苛立ちが包んでいる。


天野勇二

チッ……。
やってしまった。
俺様は機嫌が悪い。
車なんか運転したくない。
帰りはお前が運転してくれ。

佐伯涼太

えぇっ?
嘘だけど「僕を迎えに来た」って設定でしょ?
被害者の僕に運転させたらおかしくない?

天野勇二

それもそうか。
尾行されている可能性もある。
めんどくせぇな。


 天野は何度も舌打ちしながら車のキーを取り出した。


 駐車場に停めた車に乗り込み、アクセルを踏み込む。


 アスファルトを斬りつけながら走り抜ける真っ赤なポルシェ。


 涼太は助手席から尋ねた。


佐伯涼太

どうだった?
椎名さんとの『交渉』はうまくいった?

天野勇二

ある程度の進展はあった。
少なくともコンタクトした価値はあったよ。

佐伯涼太

ちょっと気になることがあるんだけどさ……。
椎名さん、僕たちのことを『トリオ』って呼んだよ。
まさかとは思うけど、姫ちゃんのことを知ってるのかな?

天野勇二

ああ、アイツは姫子のことを知ってるぞ。

佐伯涼太

やっぱり知ってるんだ。
そうじゃなきゃ『トリオ』って呼ば………。


 あまりにあっさりと天野が言うので、涼太は思わず叫んでしまった。



佐伯涼太

……はぁ!?
知ってんの!?
それ大問題じゃん!
姫ちゃんは作戦のキーポイントだよ!

天野勇二

うるせぇな。
運転しているんだ。
思わずアクセルをベタ踏みしてしまうぞ。

佐伯涼太

いやいや……!
なんで椎名さんが姫ちゃんを知ってるのよ!?

天野勇二

初めからだ。
アイツは最初から姫子のことを知っていたんだ。

佐伯涼太

は、初めからぁ!?

どうすんのよ!?
姫ちゃんの逮捕は最悪にマズイって!
姫ちゃんが尋問されたら泣いちゃう!
警察って怖いんだから!


 涼太は姫子の身を案じて叫んでいるが、天野はどこか不機嫌そうに無視している。


佐伯涼太

……ねぇ、今すぐに姫ちゃんを高飛びさせようよ。
いやその前に電脳部のPCを破壊したほうがいいかな。
HDDを分解してどこかに埋めないと。

天野勇二

別にその必要はないさ。

佐伯涼太

そうなの?
椎名さんは姫ちゃんに手を出さないってこと?
ていうかさ、勇二の作戦はここで警察や椎名さんと『共闘』する予定だったよね?

天野勇二

ああ、そうだ。
ここで手を組み、警察とは共闘する予定だった。
それが『真犯人』を捕まえる一番の近道だ。

佐伯涼太

その交渉は成功したんだよね?
警察は姫ちゃんを逮捕しないよね?
僕たちのことも逮捕しないよね?
天才クソ野郎の作戦は全てがうまくいく……よね?

天野勇二

いや、俺はミスを犯した。
作戦を練り直す必要があるな。


 涼太の言葉を否定し、天野は苦い顔で呟いた。


天野勇二

俺の読みが甘かったんだ。
警察と共闘関係に移行して『真犯人』の逮捕を押しつける。
その目論見もくろみが甘かったといえるだろう。

佐伯涼太

え?
う、嘘でしょ?
交渉が失敗したってこと?

天野勇二

交渉自体にミスはなかった。
作戦の方向性も間違ってはいなかった。
姫子が逮捕されることもないだろう。
その点においては椎名を信用している。
だがな……。


 天野は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。


 その瞳は殺気に満ちている。


天野勇二

あの野郎、一言も『俺たちを逮捕しないように便宜べんぎはかる』とは言わなかったのさ。
そもそも椎名は『サイバー犯罪対策課』の警視。
『サイバー犯罪』に関しては黙認することが可能だ。
椎名が黙っていれば、姫子が逮捕されることはない。

佐伯涼太

それならいいじゃん。
何が甘かったのよ?

天野勇二

俺が椎名のことを過大評価していたんだ。
俺たちが仕掛けた『爆弾』『脅迫』『実弾』『暴行』の事件。
これらは最終的に『サイバー犯罪対策課』の管轄かんかつから外れてしまう。
椎名はそれらに関わることができない。
そして何より、本人自身が関わろうと考えてはいないのさ。


 涼太が青ざめながら天野を見つめる。


佐伯涼太

マ、マジなの……?
だって、過去の事件は『犯人』を突き出したから、僕たちの『小さな罪』は目をつぶってくれたじゃん!
警察はそんな『裏取引』に応じてくれるじゃん!
なんでこの事件はダメなのよ!?

天野勇二

『真犯人』「突き出し方」が問題なんだ。
このままでは警察は俺たちを『真犯人』ごと潰しにかかる。
姫子は逃げられても、俺とお前は逃げることができない。

佐伯涼太

そ、そんな……!
酷くない!?
確かにやり方は荒っぽいけど、捜査には貢献したのに!

天野勇二

確かに貢献している。
俺の作戦もこうそうしている。
だが、その情報の渡し方とツメが甘かったんだよ。


 苛立ちながらアクセルを踏み込み、ハンドルに拳を叩きつける。


天野勇二

クソッ……。
これは俺のミスだ。
俺はもっと椎名が『使えるヤツ』だと認識していた。

まさかあれほど姫子のことを理解していないとは。
しかも、娘の安全と自らの保身だけを優先させやがって……。
このままでは貢献した事実が椎名によって消されるな。


 涼太がシートベルトを握りしめながら尋ねる。


佐伯涼太

それじゃ……。
僕の『発砲』とか、勇二の『爆弾』とかは、誰が揉み消してくれるの?

天野勇二

椎名は『黙認』するつもりだ。
誰も揉み消さない。
CSPの手を離れ、いつまでも俺たちを追い続ける。

佐伯涼太

ど、どうすんのよ!?
勇二は「『真犯人』の情報を渡す代わりに、電脳学博士の事件を揉み消してもらう」つもりだったんでしょ!?
真犯人の情報はちゃっかり頂戴ちょうだいするくせに、こっちを助けてくれないの!?

天野勇二

今の俺たちのやり方、今の椎名のスタンスではダメだ。
椎名がキャリアを投げ捨てるほどのリスクを犯さなければ、俺たちが生き残る道はない。
そして、あの野郎はそこまでするつもりがない。
この三つ巴戦トリプルスレットで真犯人を潰し、俺たちは見殺しにするってワケさ。
上等だよ。
やってくれやがる。


 天野の瞳は殺気に燃えている。


 ハンドルを粗く振り回し、クラクションを鳴らしながら、天野は熱い息を吐いた。


天野勇二

椎名のヤツめ……。
娘だけを救うことができればいい。
そんなふざけた考えを叩き潰してやる。
子の気持ちを理解していないクソ親はどうなるのか、俺様が制裁によって教えてやろうじゃねぇか。




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つばこ

イカれた大学生にやり込められている印象の強い椎名さんですが、実際のところ相当な切れ者のオジサマです。
天野くんが言った通り、椎名さんは最初から「天野っちは真犯人を誘き出すために『娘』を駆使した囮捜査を仕掛けるだろうなぁ」と、読んでいたワケです。
決して自分の手を汚さず、コストや労力を割かず、警察の面目も保ちつつ、それでいて間接的に天野くんを操ったことになります。
もし天野くんが依頼を拒否して何もしなかったとしても、別に大したデメリットもありませんしねぇ。
作中屈指のできるオジサマですよ。
 
ただ、椎名さんにとって想定外だったのは、思ったより『囮(電脳学博士)』が巻き起こした事件の規模が大きかったこと。
そして姫ちゃんのことをそこまで理解していなかった、、、ってことになるのかな?
 
そんなこんなで『トロイ編』も終盤に突入!
いつも応援やコメント、本当にありがとうございます!(´∀`*)

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コメント 9件

  • ИДЙ

    姫が椎名さんの娘だってサラッと言ってるけど、涼太驚かないね?あれ?それは知ってるんだっけ⁇

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  • コロテール

    アスファルト
    タイヤを切りつけながら
    暗闇走り抜ける♪

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  • 神楽

    あーあ、天野くんガチギレさせちゃって……椎名さん終わったな。

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  • カボルイス世ハピ天クソ契約

    うーん、天野くん達が捕まったら姫ちゃんまた孤立だけど、それはいいのか?
    手錠をかけるのが誰かは、姫ちゃんの気持ちには関係がないはずなのに……

    たしかにそう考えると椎名を買い被り過ぎてたけど、天野くんがここまでキレてなかったら事の重大さに気づけなかったなぁ(¬∀¬;)

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  • べっちん

    こんだけいろいろやらかしてても、逮捕されることは、やっぱり嫌なんだね、天野っちw

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