椎名しいなとの電話を終えたあと。



 天野はしばしの間、単車に寄りかかりながらタバコを吸っていた。



天野勇二

さて……。
現場はどんなことになっているのやら。
連絡が待ち遠しいな。



 悪い笑みを浮かべながらスマホを眺める。


 やがて天野の期待にこたえるように、スマホは1人の人物からの着信を告げた。




前島悠子

……師匠!
お久しぶりです!
師匠の愛する弟子ですよ!



 天野の弟子であり、恋人カノジョでもある前島悠子まえしまゆうこからの着信だ。


 天野はタバコを携帯灰皿にねじ込みながら尋ねた。


天野勇二

どうだ?
手はず通りにやってくれたか?

前島悠子

はい!
ばっちり大成功です!
師匠が言ってた通りに大爆発しました!

天野勇二

上出来だ。
ちゃんと警察への通報も済ませたようだな。
怪我人はいないだろうな?

前島悠子

もちろんですよ。
私と川口さんで『小包』を隔離かくりしてましたから。
机が燃えて火災報知器がピーピー鳴りましたけど、怪我した人はいません。


 天野はいぶかしげに眉をひそめた。


天野勇二

……なんだと?
机が燃えた?
なぜそんなことになっている。
俺様は「周囲に物を置くな」と命じたはずだぞ。


 天野の声に答えるように、マネージャーである川口かわぐちが口を挟んだ。


川口由紀恵

す、すみません……。
言われた通りに警戒していたのですが、まさか火花が飛び散るとは思っていなくて……。
うっかり『木製テーブル』の上に置いてしまったんです……。

前島悠子

『火薬』を使ってるとは思いませんでしたからねぇ。
小火ぼやでしたけど、消防車もやって来る大騒ぎになりましたよ。


 川口と前島の声が同時に聴こえる。


 きっとスピーカーフォンで通話しているのだろう。


 天野はため息を吐きながら言った。


天野勇二

そうか……。
それは俺の伝達ミスだな。
申し訳ないことをした。
次回からは注意しよう。

川口由紀恵

そうしていただけると助かります。
さすがに被害者は出したくありませんから。


 天野は深く頷いた。


 実はこのクソ野郎、『火薬』が入った「小包爆弾」を芸能事務所に送りつけたのだ。


 川口に伝えていたのは、「小包が指定した時間に爆発する。大した威力いりょくはないが、怪我人が出ないように隔離かくりしておけ」ということだけ。


 確かに部屋が吹き飛ぶほどの威力いりょくはなかった。


 ほんの小さな花火が上がっただけ。


 しかし、木製テーブルの上に載せていれば話は別だ。


前島悠子

でもまぁ、火傷やけどした人はいませんし、火もすぐ消せましたし、なんとか大丈夫だと思いますよ。
むしろ大きなニュースになりそうですから、結果オーライかもしれませんね。

天野勇二

それなら幸いだ。
前にも言ったが、この騒ぎで被害者を出したくはない。
2人には迷惑をかけるが、引き続きよろしく頼むぜ。

前島悠子

まかせてください。
私は師匠の弟子ですから。
ちゃんと作戦がうまくいったら、その時はよろしくお願いしますよ。


 前島が含みのある笑い声をあげている。


 きっと「作戦に協力する代わりに、私からのお願い事をなんでも聞いてください」といった契約を交わしているのだろう。


 天野はそれを聞き流しながら尋ねた。


天野勇二

川口よ。
前島への『脅迫状メール』は届いているか?

川口由紀恵

『電脳学博士』経由のメールですよね?
本日も3通ほど届いております。

天野勇二

まだ届くはずだ。
恐らく数十通を越えるだろう。

川口由紀恵

す、数十通もですか!?

天野勇二

そうだ。
面倒をかけるが、その全てを通報してくれ。
それだけ大きな事件になれば、警察も隠蔽いんぺいすることが困難になるからな。

川口由紀恵

は、はい……。
かしこまりました……。


 川口は目眩めまいを覚えながら頷いた。


 数十通の『脅迫状メール』を通報する作業。


 事務所のスタッフを総動員しても、なかなか終わることがないだろう。


 川口は憂鬱ゆううつな気分を振り払うように言った。


川口由紀恵

……しかし、これは天野様のたっての願い。
微力びりょくではございますが、なんとか最後までやりげてみせます。

天野勇二

良い返事だ。
頼りにしてるぜ。


 川口は随分ずいぶんと前向きに天野の『悪事』に加担している。


 まともな倫理観りんりかんを持つ川口にしては珍しい発言だ。


 これは天野の『根気強い説得』があってこそ。


 天野は長い説得の時間をついやし、川口を作戦に加担させたのだ。






天野勇二

『遠隔操作トロイウイルス事件』の真犯人を捕まえるために協力してほしい。
俺様は『電脳学博士』という第三者を登場させ、前島と芸能事務所宛に『脅迫状メール』を送りつけたうえに、そのいくつかを実行する。
つまりは芸能事務所に襲撃を仕掛けるのさ。

だが、実被害を発生させたくはない。
俺様の内通者スパイとして立ち回り、被害が一切発生しないように手を回してほしい。



 これが天野からの要求だった。


 当然ながら、川口の返答は断固だんこ拒否きょひ


 いくら犯罪者を捕まえるためといっても、事務所への襲撃を容認することはできない。


 天野は何度も説得し、細かく作戦を伝え、時には甘い言葉で懇願こんがんしたり、時には「俺様はお前の命を救ってやったんだぞ。あの恩を忘れたとは言わせない」と脅したりと、さまざまな会話術を駆使くしした。


 それでも川口はなかなか首を縦に振らなかった。


 そこで天野は、



天野勇二

この通りだ。
頼む。
お前にしか頼めないんだ。



 と言って、土下座したのだ。



天野勇二

俺はなんとしても『遠隔操作トロイウイルス事件』終息しゅうそくさせたい。
それにはお前の協力が必要不可欠。
この通りだ。
どうか手を貸してくれ。



 そこまで言われてしまうと、もう川口は「ノー」と言えなかった。


 あの傲慢ごうまんな天才クソ野郎が土下座したのだ。


 しかも天野には命を救ってもらった恩がある。


 一生かかっても返せないほどの恩だ。


 天野のために一肌ひとはだ脱ごうと、川口は覚悟を決めていた。


(詳しくは『天才クソ野郎とアルカナの支配者』を参照)




川口由紀恵

事務所への襲撃を『餌』にして真犯人をあぶり出す、という天野様の作戦。
かなり荒いやり方かと思いますが、確かに真犯人が食いつく可能性は高いですね。
一種の『囮捜査おとりそうさ』とも言えるのでしょうか。

天野勇二

そうだ。
警察には『囮捜査』なんてできないが、俺様はモラルのない悪人だからな。
倫理観なんて知ったことではない。
それが俺様の強みだ。

前島悠子

相変わらず師匠はとんでもないですねぇ。
だけど、どうやって真犯人を釣り上げるつもりですか?
いつか私の前に現れたりするんですかね?


 前島がどこか不安気に尋ねる。


 天野は首を横に振りながら言った。


天野勇二

正直なところ、まだ何とも言えん。
だが、お前に接触する可能性は限りなく低いと踏んでいる。
真犯人は実被害を発生させるつもりがないからな。

前島悠子

そうなんですか?
あんなにトロイ経由で『脅迫状』を送ってるのに?

天野勇二

そうだ。
自らの犯行が『ネット経由のイタズラ』であることにこだわっている、とも言えるだろう。

もし本当に事件を起こすつもりなら、警察に『挑戦状メール』を送る前に何らかのアクションを起こしていたはず。
それがないのであれば、犯人の目的は『世間や警察への挑発』でしかない。
ただの迷惑な愉快犯ゆかいはんというワケだ。


 そこで天野は声のトーンを落とした。


 念を押すように言葉を続ける。


天野勇二

むしろ俺が警戒しているのは便乗犯びんじょうはん模倣犯もほうはんの存在だ。
真犯人以外の人間が、同じような事件を起こす可能性がある。
川口にはその点にも注意してほしい。


 川口は生唾なまつばを飲み込みながら頷いた。


川口由紀恵

私もその点を恐れております。
警察の方と連携して、悠子ちゃんの警護を強化させるつもりです。

天野勇二

ああ、頼んだぜ。
必要であれば俺様もSPを務める。
遠慮なく言ってくれ。

前島悠子

はぁ……。
師匠が襲撃してくるのに、師匠がSPを務めてくれるとか、なんだかワケがわからなくなりますね……。
次はどんな襲撃を仕掛けてくるんですか?


 天野は悪い笑みを浮かべながら言った。


天野勇二

次は優しいものにしてやるさ。
まず明日あたりに、

「前島悠子の芸能活動を破壊する」

という『脅迫状メール』が届くだろう。
それを確認させたあと、ズタボロに破壊した前島のCDを封筒で送りつける。

前島悠子

ひぃぃ……。
私の大切のCDちゃんを……。
ちゃんとリッピングしてから破壊してくださいね。

川口由紀恵

私はそれを開封してもよろしいのですか?
それとも未開封のまま警察に通報しますか?

天野勇二

開封してから通報してくれ。
そして中身をマスコミにリークするんだ。

川口由紀恵

かしこまりました。
今回は『火薬』はないですよね?
燃えたりしませんよね?

天野勇二

ああ、危険物は仕掛けない。
破壊したCDもエアキャップで梱包こんぽうしておく。
それでも開封時に指先を切ったりするなよ。

前島悠子

うふふ……。
怪我しないように気をつけろだなんて、随分とお優しい襲撃犯ですねぇ。

天野勇二

そうだな。
俺様は世界一優しい悪なのさ。
2人には迷惑をかけるが、よろしく頼むぜ。

川口由紀恵

はい。
どうせこの命、天野様からいただいたようなものです。
事務所を追放されても構わないと、覚悟も決めております。
それに私としても、悠子ちゃんに喧嘩を売った相手を許しはしません。


 川口の声は決意に満ちている。


 理不尽りふじん『脅迫状メール』を送りつけてくる真犯人への恨みもあるのだろう。


 天野は満足気に言った。


天野勇二

素晴らしい心構えだ。
本当に頼りにしている。
真犯人を捕まえたら、お前にも泣き顔を拝ませてやるぜ。





 前島たちとの通話を終えると、天野は大学に向かった。



 目的地は『電脳部』の部室だ。



 部屋の中では姫子が「電脳学博士」として、あらゆるSNSや掲示板を荒らし回っていた。



天野勇二

いよう姫子。
作戦は順調か?


 差し入れの『みかん』を放り投げ、お姫様に進捗しんちょくを尋ねる。


 姫子はVサインを送りながら答えた。


板垣姫子

もち……。
問題……ない……。


 電脳学博士の作業は順調。


 ネット上を荒らして回っているが、匿名化ソフトを駆使しているため、誰も姫子の居場所を特定することはできない。


 つまり警察も電脳学博士の正体を掴めてはいないのだ。


天野勇二

『釣り』に引っかかった獲物はいるか?

板垣姫子

いる……。


 姫子はいくつかの書き込みを画面に表示した。


 電脳学博士に反応した人間たちだ。





『なにが電脳学博士だよw 草生えるわw 真犯人に勝てると思ってるの?』


『雑魚は引っ込んでろよw』


『くだらない事件を起こすな。そんなヒマがあるならハロワに行ってカーチャンを安心させろ』






 これ以外にも「通報した」「逮捕待ったなし」などの非難レスも見受けられる。


 しかし、そこまで数は多くない。


 まだネットの住人たちは「電脳学博士なんてただのイタズラだ」と考えているのだ。


天野勇二

予想通りともいえる数だな。
炎上するほどの騒ぎにもなっていない。
賢い人間はちゃんと電脳学博士をスルーしているな。

板垣姫子

うん……。

天野勇二

だが、もうスルーはできない。
先ほど芸能事務所で爆発事件を起こしてやった。
ここからが『釣り』の本番だ。


 姫子は電脳学博士としてネットに降臨こうりんしているが、その目的は「それに反応してしまう真犯人」を釣り上げることだ。


 非難のレスなんて全て無視。


 注目すべきなのは「過剰反応する人間」や、「真犯人を擁護ようごしている人間」のみ。


 それだけを区別して追跡している。


板垣姫子

これ……。
ランク……つけてみた……。


 姫子は青白い指先でディスプレイを指さした。


 複数人のフェイスブックやインスタのアカウントがまとめられている。


 それぞれの名前の隣には「A」や「B」などのアルファベット。


 あまりに言葉数が少ないので理解しにくいが、


「電脳学博士に反応した怪しいヤツの個人情報をハックして突き止めた。もうプロファイリングソフトを使って解析もしてる。真犯人の可能性が高い人間は「Aランク」に設定してみたよ」 


 ……と告げているのだ。


天野勇二

これがお前が見つけ出した『容疑者』というワケか。
思ったより少ないな。
3人しかいないぞ。

板垣姫子

うん……。
そんなもの……だった……。

天野勇二

なるほどな。
こは電脳姫の分析能力を信じよう。
引き続き『釣り』を続けてくれ。

板垣姫子

まかせて……。
次は……どうする……?

天野勇二

『破壊したCD』を芸能事務所に送りつける。
爆発事件ほどのインパクトはないが、前島が狙われていることを示すには充分だろう。

その後の襲撃も準備中だ。
事件のスケールは徐々に大きくなる。
世間は『遠隔操作トロイウイルス事件』のことを忘れ、『電脳学博士による犯行』に注目するようになるだろう。


 不敵な笑みを浮かべながら言葉を続ける。


天野勇二

そこまできたら「全ての犯行はトロイの真犯人がやったこと」にしてやろう。
俺たちの罪を丸ごとなすりつけるんだ。
そうなれば真犯人も姫子を無視することはできない。
いつか必ず接触を試みてくるはず。
その尻尾を釣り上げる時が楽しみだな。



 この『釣り』が天野の作戦だ。


 真犯人は警察やマスコミに『挑戦状メール』を送るほど自己顕示欲じこけんじよくが強い。


 ところが、世間の注目が「電脳学博士」に集まることで、その自己顕示欲は叩き潰されてしまう。


 いつまでも「電脳学博士」を無視することは不可能。


 いつか必ず接触してくるだろう、と踏んでいる。


 これが天野の用意した作戦であり罠だ。


 真犯人に近づくことができないのであれば、『事件の形』を変えることにより向こうから接近してもらう、ということだ。



天野勇二

今頃、真犯人も迷っているだろうな。
電脳学博士を無視するべきか。
それとも接触するべきか。
だが、そう簡単に姿を見せることはないはずだ。
しばらくは電脳学博士として暴れ回ってくれ。

板垣姫子

おけ……。


 姫子はどこか誇らしげに頷いている。


 無表情で愛想のない娘だが、少しだけ高揚こうようしているようにも見える。


 ネットで暴れ回ることが楽しいのか。


 それとも『天才クソ野郎チーム』の一員として活躍していることが嬉しいのか。


 天野はその横顔を眺めながら言った。


天野勇二

それから姫子よ。
話が変わるが……。
お前に言っておくべきことがある。


 天野は急に声のトーンを変えた。


 姫子を真正面から見つめる。


板垣姫子

……ん?
なに……?


 姫子は小首を傾げながら天野を見上げた。


 随分と真剣な表情だ。


 先ほどまで浮かべていた悪の笑みも消えている。


天野勇二

お前のことは信用している。
これまで法に触れることをいくつも実行してもらったが、その全てが露呈ろていしていない。
お前という天才のおかげだ。
姫子が俺の仲間であることを誇りにすら思っている。

板垣姫子

なかま……。
いしし……。

天野勇二

だがな、お前は少しお喋りなようだ。


 その瞬間だった。


 天野の瞳が一気に険しくなり、全身から殺気が解き放たれた。


 電脳部に天野のピリピリとした殺気が満ちていく。



板垣姫子

……え、え……?



 姫子は驚いて天野を見つめた。


 怒りをあらわにした天才クソ野郎。


 何度も『映像』で見たことはあるが、生でお目にかかるのは初めてだ。


 このクソ野郎が放つ殺気は本当に怖い。


 そのすごみは常人が出せるものではない。


 姫子の身体は蛇に睨まれたカエルのように震えている。



天野勇二

これはお前への説教だ。
俺のことを他人に話したことがあるだろう?
誰に話した?

……いや、正確には誰に話したのか、それは知っているんだ。
その理由もある程度は想像できる。
問題なのは『どこまで話したのか』という点だ。



 指先をポキポキと鳴らしながら、青ざめる姫子を睨みつける。


 天野は処刑宣告のように言い放った。



天野勇二

それを言え。
返答によっては、お前でも容赦ようしゃなく処刑する。





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つばこ

相変わらず前島ちゃんはいい子ですねぇ。
なんだか天野くんと長く関わっているためか、ちょっと倫理観が壊れ始めてる気もしますけど、これだけ前向きに『囮』を演じてくれる女の子はいませんよ。
どんな脅迫や襲撃も師匠のためなら「ばっちこーい」なワケです。
さすがいくつもの修羅場を乗り越えたアイドル。
ダテに殺し屋に殺されかけたり、殺し屋にイスをぶん投げたりしてませんね。
いったいどんな「契約」を天野くんと交わしたのかしら(´∀`*)ウフフ
 
そんなこんなで次回はお説教(処刑)です!
グッバイ姫ちゃんフォーエバー姫ちゃん!
いつも応援やコメント、本当にありがとうございます!(๑•̀ㅂ•́)و✧

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コメント 15件

  • まこと

    あ、やっぱお父さんだった?

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  • ニル

    姫子ぐっぱいやだあ

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  • ファビオ

    姫ちゃん姫ちゃん(´・ω・`)

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  • べっちん

    犯人像があまり浮かんでこない。
    てか、ここまで登場してない人物だとしたら、ちょっとね…
    天野っちが、自分のことを「悪」だっていうのが、最近は、だんだん痛々しく感じるようになってきたわ。
    姫ちゃん、やっぱり親子なんかね。

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  • カボルイス世ハピ天クソ契約

    まさか1番被害受けるのが姫とは思ってなかった…(¬∀¬;)

    故意じゃなくて過失だと思うけどなー、どうなんだろうな。

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