『天才クソ野郎』『電脳姫』と出会い、動画の編集を依頼した翌日のこと。



 天野は『電脳部』の部室にて、姫子が『電脳の天才』と呼ばれる理由を知ることになった。



天野勇二

これは見事だ……。
俺様の存在が完全に消えている。
これほどの出来できになるとは思わなかったな。



 姫子が編集したストーカーの自白動画を眺めながら、天野は感嘆かんたんの声を漏らした。


 「自白の内容が減ってしまうかもしれない」と危惧きぐしていたのだが、姫子は天野を動画から綺麗に消し去り、ひとつも自白をカットせずに仕上げていた。


 抑止力よくしりょくとしては最高の出来栄え。


 しかも、姫子は天野の期待をはるかに超えるものまで用意していた。



板垣姫子

これ……おまけ……。
作って……みた……。

天野勇二

うん?
それはなんだ?

板垣姫子

ストーカー……個人情報……。
勤務先……家族……親戚……知人……。
ぜんぶ、ある……。


 姫子が別のディスプレイに表示させた情報を見て、天野はもううなるしかなかった。


天野勇二

お、おい……。
なぜこんなものがあるんだ?
俺はストーカーの情報なんて渡してないぞ。

板垣姫子

調べた……。

天野勇二

調べた、だと?
住所や勤務先はおろか、親族の連絡先まで揃っているじゃないか。

板垣姫子

ハッキング……したの……。
かんたん……だった……。
家のPC……年賀状送付リスト……あったし……。

天野勇二

ハッキングだと?
お、お前、そんなこともできるのか?

板垣姫子

もち……。
拡散……ソフトも……つくった……。


 姫子はどこかほこらしげに胸を張り、青白い指先をブンブン回している。


 あまりに言葉数が少なく、ジェスチャーも何を意味しているのか不明だが、


「自白動画を拡散する時のために、ストーカーの個人情報をハックして集めたの。一瞬で拡散するためのソフトも自作した。その気になればクリックひとつでストーカーの悪事を送信できる。これでストーカーを社会的に抹殺まっさつできるよ」


 ……ということを伝えたいのだ。


天野勇二

たったの1日でここまで準備したのかよ……。
お前はとんでもないヤツだな。
やはり世の中、上には上がいるものだ。
姫子よ、お前は天才だ。

板垣姫子

天才……?

天野勇二

ああ、電脳の天才だよ。
ここまでのスーパーハッカーとは思わなかった。
俺にはお前を超える自信がない。


 天野は心からの賞賛しょうさんを送った。


 姫子は自らの特技を褒められたことが嬉しかったのだろう。


板垣姫子

いしし……。


 右側の唇を歪めて、気味の悪い笑顔を浮かべた。


 見た目は不気味ブキミだが、中身はまぎれもない電脳の天才。


 しかもなぜか天野という『悪』に加担かたんする度胸どきょうまで持ち合わせている。


 変わった『電脳姫』の笑顔を眺めながら、天野は「とんでもない戦力を発掘してしまった」と思ったものだ。



天野勇二

姫子よ。
お前とはこれからも組みたい。
また何かあれば頼めるか?

板垣姫子

うん……。


 「こくん」と頷く姫子に、天野はひとつの紙袋を差し出した。


板垣姫子

ん……?

天野勇二

報酬だよ。
俺様が勝手に用意したものだ。
だがこれほどの腕前ならば、もっと良いものを準備するべきだったな。


 紙袋には包装紙に包まれた『報酬』が入っている。


 姫子が小首を傾げながらつつみを開くと、中から『みかん色の半纏はんてん』が出てきた。


 姫子はくたびれた半纏はんてんを羽織っていたので、天野が新調してやったのだ。


天野勇二

元々の半纏はんてんが好みならば使わなくても構わない。
だが、その半纏はんてんは一流の品だぜ。
暖かく通気性に優れている。
そして色もいい。
俺の大好きなみかんカラーだ。

板垣姫子

…………


 姫子はそっとみかん色の半纏はんてんを抱きしめた。


 無表情で「もぎゅもぎゅ」と生地を握りしめ、小さく頷く。


板垣姫子

悪く……ない……。
使って……みる……。

天野勇二

気に入ってくれれば何よりだ。
そんなもので悪かったな。

板垣姫子

ううん……。
ありがと……。

天野勇二

それはこっちのセリフだぜ。
ありがとうな、姫子よ。


 無表情な姫子の頬にかすかな赤みがさす。


 この時、姫子がどんな感情を抱いていたのか。


 自らの言動が『電脳姫』というプログラムにどんな影響を与えたのか。


 天野はまったく気づいていなかった。





 姫子と出会った後、天野は数々の依頼を解決して回り、やがて『天才クソ野郎』とも『学園の事件屋』とも『学園一の問題児』とも呼ばれるようになった。


 2人の立ち位置は微妙に変わったが、天野にとって『電脳姫』が頼れるバックアップ要員であることは変わらない。


 これまで姫子はずっと陰で天野を支え続けてきたのだ。




 姫子の役割はいくつか存在するが、最も大きな比重をめているのが、犯罪者やストーカーを記録したデータの編集と保存だ。


 全ての動画や音声は姫子が管理しており、いざという時の『証拠』や『切り札』になるよう加工している。


 天野がデータを多用できるのは、姫子という頼れる『スーパーハッカー』のおかげ。


 姫子はどんな無茶な要求も完璧に応えてみせた。



天野勇二

この男の悪事を勤務先にばら撒いてくれ。



 と頼まれれば、会社にハッキングして全社員の連絡先を集め、悪事を隠しきれないほど拡散してみせた。


 天野が『証拠』を集めて姫子に渡せば、完膚かんぷなきまでに暴露ばくろされてしまうのだ。



天野勇二

強力な武器が欲しい。
海外から調達できないか?



 と頼まれれば、人体を一撃で気絶させるほどのスタンガンや、テーザー銃を調達してみせた。


 姫子はまさに天才クソ野郎の武器庫ぶきこ


 日本国内では購入できない『凶器』を、どこからかお取り寄せしてしまうのだ。



天野勇二

銃火器を持った複数人を相手にしても、立ち回れる装備を揃えてくれ。



 と頼まれれば、動きやすくて丈夫な防刃ぼうじんシャツやグローブを取り寄せた。


 天野が様々な武装を揃えているのも、全て姫子のおかげだ。



天野勇二

政治家の裏献金うらけんきんリストを拾ってしまった。
いつでもリークできるように仕組んでくれ。



 と頼まれれば、リストを暴露するためのソフトを作成し、クリックひとつでメディアや公的機関に拡散できるように準備してみせた。


 姫子がワンクリックすれば、一人の政治家の人生が終焉しゅうえんを迎え、いくつかの企業に大打撃を与えることができるのだ。



天野勇二

涼太のバカが処刑動画をYoutubeに流出させやがった。
Web上から動画を完全消去し、それを所持している人間には制裁が与えられるようにしてくれ。



 と頼まれれば、Web上から処刑動画を消去するためのウイルスを仕込み、動画を保存しているハードウェアを破壊するように手配してみせた。


 このおかげで過去に流出した動画は根絶ねだやしにさせている。


 これも全て姫子という天才のおかげだ。



天野勇二

最近はヒマだな。
涼太のスマホをハッキングして遊ぼうぜ。



 なんて誘いを持ちかけられれば、涼太のスマホをハックして遠隔操作してみせた。


 おかげで涼太は「いきなりスマホのAIアシスタントが僕を罵倒ばとうしてきた! なんでなの!? ヘイシリ落ち着いて!」と涙目になってしまい、最終的にスマホを初期化するハメになった。


 残念ながら、涼太はこのことを知らない。




 とにかく姫子は『電脳姫』の名に恥じない天才のスーパーハッカーだ。


 彼女に会いたいのであれば、電脳部の部屋に行けばいい。


 そこにはちょっと古くなったみかん色の半纏はんてんを羽織り、天才クソ野郎の最終兵器として、陰から天野を支えている姫子の姿がある。


 彼女は天才クソ野郎に相応しい武器はないか、日々ネットの海を泳いでいるのだ。











 天野は改めてディスプレイに表示された姫子特製の『トロイプログラム』を見つめた。



天野勇二

話を戻そう。
姫子よ、このトロイプログラムは、お前のほどの腕がないと作れないのか?

板垣姫子

ううん……。
いがいと……かんたん……。

天野勇二

それなりの知識と技術があれば、誰でも作成可能というワケか。

板垣姫子

うん……。

天野勇二

そうなると、容疑者は山ほど存在することになるな……。
一度、事件を整理したほうが良さそうだ。


 天野は部屋の奥からホワイトボードを取り出した。


 事件の時系列を書きながら、涼太と姫子に語りかける。


天野勇二

3人の認識を共有するため、『遠隔操作トロイウイルス事件』の全体像を解説しよう。
特に涼太よ。
お前にとっては未知の領域りょういきが多い。
気になることがあれば遠慮なく質問しろ。


 涼太は安堵あんどの息を吐いた。


 涼太はPCやネットワークの知識がとぼしい。


 先ほどから難解な用語がいくつか登場してしまい、困り果てていたのだ。


佐伯涼太

それめっちゃ助かる。
僕の頭はパンク寸前だったよ。
事件のこともよく知らなかったしさ。

天野勇二

それが普通だよ。
俺たちのような大学生が関わる事件じゃないからな。


 軽く息を吐きながらホワイトボードを指さす。


天野勇二

『遠隔操作トロイウイルス事件』は、大きく分けると『4段階』のプロセスに分断できる。

まずは第1段階。
匿名掲示板に『トロイプログラムが仕込まれた画像』が投稿された。
これが全てのはじまりだ。

警察の公式発表を信じるのであれば、トロイを投稿した人間、投稿された場所、どのような匿名化ソフトを使ったのか。
全てが謎に包まれている。

板垣姫子

うん……。
そうなる……。


 姫子はホワイトボードを見ながら頷き、涼太も自らメモを取り始める。


佐伯涼太

はい!
先生、質問です!

天野勇二

なんだ涼太よ。

佐伯涼太

もうこの時点でおさらいさせてほしいんだけど……。
姫ちゃんほどのスーパーハッカーじゃなくても、トロイを作成するのは容易たやすいんだよね?

天野勇二

そうなる。
トロイを生み出せる人間は大勢いるだろう。

佐伯涼太

その出処でどころが不明なのは、えっと、『匿名化ソフト』ってやつ?
それで通信を秘匿化ひとくかしているからなんだよね。
それもある程度の知識があれば使えちゃうの?

天野勇二

ああ、その通りだ。

佐伯涼太

なるほど。
だから容疑者はたくさん存在するんだね。
僕たちはそれを追跡ついせきするために、ソフトを解析したりするのかな?


 天野はゆっくり首を横に振った。


天野勇二

いや、違う。
お前が想像している以上に、匿名化ソフトによる通信の秘匿化ひとくかは強い。
警察も追跡できていないんだ。
その線の捜査は諦めたほうが無難ぶなんだろう。

佐伯涼太

そうなると……。
僕は匿名化ソフトの正体とか、そんなややこしいものは考えなくていいのかな?

天野勇二

そうだ。
『真犯人』は何らかの手段で通信を秘匿化ひとくかしている。
その程度の認識で構わない。


 涼太は「ふんふん」と頷いた。


 メモに「ネットワークの難しいことは考えなくていい」と書きなぐる。


 天野はその表情を確かめながら言葉を続けた。


天野勇二

次に第2段階。
トロイプログラムの伝染と脅迫事件の発生だ。

トロイに感染したPCが『脅迫状メール』を送信し始めた。
警察が発表している脅迫事件数は17件。
昼に会ったCSPの話から推測すると、実件数はもっと多いと想定される。

佐伯涼太

これは電車やバスの破壊を宣言したり、芸能人を殺すとか言ったり、結構バリエーションが多いよね。
この宛先とか内容も、全部『真犯人』が考えてるのかな?

天野勇二

それはわからんな。
姫子よ、この脅迫状は事前にプログラミングされていたのか?
それとも宛先や内容をランダムに自動生成しているのか?


 姫子がコクコクと頷き、指を2本立てる。


板垣姫子

どっちも……ありえる……。

天野勇二

なるほど。
脅迫状は元々プログラムされていた可能性。
自動生成するプログラムの可能性。
どちらも想定できるワケか。

板垣姫子

そう……。

天野勇二

警察はトロイのソースコードや、脅迫状メールの中身を公開していない。
俺たちが入手することは困難。
トロイや脅迫状の正体なんて考えるだけ時間の無駄だ。
この線の捜査も諦めたほうが無難だろう。

佐伯涼太

ふぅん。
トロイプログラムや脅迫状メールのことも考えなくていいんだ。
僕ちゃんの精神的負担がどんどん減ってるよ。

天野勇二

次に第3段階。
警察が4人の人間を誤認逮捕ごにんたいほし、自白じはくを強要してしまった。
警察が第1段階と第2段階を想定していなかったからこそ、発生した事件といえる。


 涼太は神妙しんみょうな表情で頷いた。


佐伯涼太

それはマジで被害者の人たちに同情するよ。
きっと警察に「早く自白しないと罪が重くなるぞ」なんて脅されたんだろうね。

天野勇二

ああ、俺が被害者だったらブチ切れてるぜ。
狭い部屋に監禁し、期限ギリギリまで勾留こうりゅうし、睡眠も許可せず、脅しと甘い言葉を交互に持ちかけて自白を強要する。
それが警察の常套じょうとう手段だ。
被害者が罪を認めたのも無理はない。
これによって警察の『強引な捜査』という問題点が浮き彫りとなり、警察は自らのメンツを潰した。


 涼太は不思議そうに首を捻った。


 確かに事件に関わるキーポイントだが、わざわざ区別する必要があるのか、その意図いとが今ひとつ掴めない。


佐伯涼太

なんでそれを『第3段階』として分けるの?
警察の失態なんて無視していいんじゃない?

天野勇二

いや、これは無視できないんだ。
警察は4件の冤罪えんざいを生み出し、真犯人も捕まえられていない。
しかも罪を自白させるように、強引な誘導尋問ゆうどうじんもんを行ったことまで判明している。
この状況では『5件目の誤認逮捕』なんて絶対に許されない。
そうなると、どうなるのか?


 悪い笑みを浮かべながら言葉を続ける。


天野勇二

もう警察は『強引な捜査』に踏み込むことができないのさ。
『100%犯人である』と断言できる物的証拠が揃っていなければ、逮捕状たいほじょうを出すことさえも難しくなるだろうな。

佐伯涼太

そっか……。
なんかそれはそれで大変だね。
逮捕しなかったら『任意の取調とりしらべ』になるから、長期間勾留こうりゅうすることができない。
犯人に逃げられやすくなるよね。

天野勇二

その通りだ。
逮捕や起訴きそというものは、意外とロジカルなプロセスではない。
少しでも疑いがあれば、とにかく逮捕して叩きまくって『自白』という名のほこりが出るのを待つ。
この事件においては、そんな常套手段が使えない。
端的たんてきに言ってしまえば、警察は『犯人を逮捕することが難しくなった』ということさ。

佐伯涼太

なるほどねぇ……。
今の警察には「何となくお前が怪しい! 証拠は揃ってないけど間違いない! 逮捕だルパーン!」みたいな取調とりしらべができないんだ。

天野勇二

もし『4人』もバカみたいに誤認逮捕していなければ、そんな強硬きょうこう手段に出ることも可能だった。
だが、もう無理だな。
この事件においては真犯人を示す『決定的証拠』を用意した上で、裁判所まで連行しなければならない。
この点を押さえておけ。


 どこか楽しそうに告げて、ホワイトボードを叩く。


天野勇二

そして第4段階。
真犯人から警察やマスコミに『挑戦状メール』が送信された。
この行為が事件をさらに混沌こんとんとさせている。
真犯人は無能な警察を嘲笑あざわらうように『暗号パズル』を送りつけて挑発しているんだ。



 この『挑戦状メール』は潰れた警察の面子メンツをさらに粉砕ふんさいしてしまった。


 失態しったいを演じた上に、『真犯人』に喧嘩を売られたのだ。


 何としても事件を迅速じんそくに解決して汚名返上しなければならない。


 そのため警察は「犯人を捕まえた人間には報奨金ほうしょうきんを出す」と宣言している。


 その金額は300万円


 殺人事件でもなく、実被害も発生していないのに、ここまでの報奨金を出すのは異例中の異例だ。


 「絶対に犯人を捕まえてフルボッコにしてやる」という気迫きはくが伝わってくる。



天野勇二

警察の公式発表によれば、これまでに3通の『挑戦状メール』『暗号パズル』が送られている。
メールの発信元は掴めていない。
トロイプログラムを拡散した時と同じように、通信を秘匿化ひとくかさせていたのだろう。


 涼太がおずおずと手を挙げた。


佐伯涼太

ちょっとバカな質問していい?
実はずっと気になってたんだけどさぁ……。
その『暗号パズル』って、なんなのかな?

真犯人が「これが自分を見つけ出すヒントだ」とか言って送ったやつだよね。
「クロスワードパズル」みたいなやつをイメージすればいいの?


 天野は納得したように頷いた。


天野勇二

お前がイメージできないのも当然だったな。
現時点では『画像』に何らかの暗号をほどこしたものを『パズル』として使ったとんでいる。
何せトロイプログラムは『画像』に仕込まれていたからな。
犯人が似た手段を選んだ可能性は高いだろう。

佐伯涼太

画像のパズル?
例えば「お絵かきロジック」とか?

天野勇二

いや、ちょっと違うな。
過去に発生したサイバー犯罪では、画像に『文字データ』を隠したものが使われたりしたんだ。


 天野の言葉を補足するように、姫子が1枚の画像をディスプレイに表示させた。


 美味しそうな「みかん」の画像だ。


 それをひとつのソフトで変換すると、画像から『文字データ』が抽出される。


 天野はそのソフトを見ながら言った。


天野勇二

それは『Secret Messagerシークレットメッセンジャー』の亜種だな。
画像に隠されたテキストを抽出するソフト。
この手のソフトは腐るほど存在するし、通信の秘匿化ひとくかより簡単に準備できる。
真犯人が使用している可能性も高いだろう。

板垣姫子

そう……。
古いけど……ラブマも……ていばん……。

天野勇二

Love Machineラブマシーン』か。
警察が『パズル』と公表しているのであれば、複数の画像を結合するラブマもありえるな。
どちらにしてもそこまで難解ではない。

板垣姫子

うん……。


 「その通り」とばかりに姫子が頷く。


 2人はそれだけで納得しているようだが、涼太には意味がさっぱりわからない。


佐伯涼太

(うげぇ……。何それ? LOVEマシーンなんてカラオケで歌うやつじゃないの? ちょっと響きがエロいのに全然エロくない。そんなソフト、何のために存在するのよ……)


 おまけに文字データは「涼太はチャラ男のうつけもの」しるされている。


 涼太はため息を吐きながら尋ねた。


佐伯涼太

ちっとも楽しそうな『パズル』じゃないんだね。
僕じゃ一生解けなさそう。
そこに真犯人の痕跡こんせきが残ってたりしないの?

天野勇二

残っていれば最高さ。
だが、匿名化ソフトを駆使くしする犯人が、パズルに証拠を残すようなミスをするとは考えにくいな。

佐伯涼太

警察は実際の『暗号パズル』を公開してるのかな?
それを姫ちゃんが解析すれば、犯人が見つかったりするんじゃない?

天野勇二

いや、これも公開されていない。
俺たちは真犯人がどんな『暗号パズル』を送りつけたのか掴めないんだ。
真犯人のPCから『暗号パズル』を発見しても、それが事件に使われたものかどうか判断できないことになる。
そして何より、真犯人のPCを見つけ出すことが難しい。

佐伯涼太

それは真犯人が通信を秘匿化ひとくかしてるから……ってことだよね。
だけど、そうなるとさぁ……。


 ここで涼太はメモを放り投げた。


 頭をかきむしり、呆れたように肩をすくめる。


佐伯涼太

こんなのどうしようもなくない?
いくらなんでも情報が少なすぎるって。
トロイも、脅迫状も、挑戦状も、暗号パズルも、何ひとつわかんないじゃん。
僕たちが真犯人を捕まえるなんて不可能だよ。

天野勇二

まぁ……。
そういうことなんだ。

佐伯涼太

こりゃ無茶な注文だよ。
警察はよく勇二に依頼したね。
捜査権限も渡さないくせにさ。

天野勇二

ああ、そうだ。
納得できないのは、そこなんだよ……。


 天野は大きく息を吐いた。


 顔を歪めながら腕を組み、心の中で呟く。



天野勇二

(あの椎名しいなという変わり者の刑事……。なぜアイツは俺様に依頼したんだ? 俺が犯人を追跡できないことは理解しているはず。それでも依頼したということは、やはり俺の近くにいる人間が『容疑者』だと考えているのか……?)



 大きく息を吐く。


 無表情でたたずんでいる姫子を見つめた。



天野勇二

(だが、そんなヤツ……。姫子しか思い当たらんぞ……)



 この事件は姫子でも犯行におよべる。


 むしろ姫子という『スーパーハッカー』に適任の犯罪といえるだろう。


 しぶい表情を浮かべ始めた天野を見て、姫子がゆっくり口を開いた。


板垣姫子

ちょい……提案……ある……。

天野勇二

うん?
なんだ姫子よ。

板垣姫子

わたし……この犯人……お仕置きしたい……。


 天野と涼太は驚いて姫子を見つめた。


 この電脳姫は本当に根暗でシャイな女の子だ。


 表に出ることを極端に嫌がる。


 これまでの事件も積極的に参加表明したことがない。


 実に珍しい発言だった。


板垣姫子

……だめ?

天野勇二

いや、駄目ではないが……。


 期待に満ちた瞳を浮かべる姫子を、天野は複雑な心境で見つめていた。






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つばこ

作中で登場している『匿名化ソフト』ですが、これは「Tor」などをイメージしています。
もし通信を秘匿化しない場合、
 
A → Z
 
上記のように「A地点」から「Z地点」まで通信したことがすぐにバレてしまいます。
ところが匿名化ソフトってやつを使うと、
 
A→(B→C→D)→Z
 
複数のランダムな中継点(B・C・D)を経由して「Z地点」に到着するようになります。
しかも中継点ごとに別々の暗号化を施し、データの形さえも変えてしまうため、どうやっても「A地点」という始点を見つけ出すことができません。
警察は「Z地点からD地点までは追跡できたけど、その先がわからないよう(´;ω;`)」と泣くハメになるのです。
 
めっちゃ簡潔な説明になりましたが、作中の「通信の秘匿化」はこんな感じってことにしてください!
そんなこんなでいつも応援やコメント、本当にありがとうございます!(*∩ω∩)

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コメント 17件

  • ニル

    姫の「……だめ?」が可愛すぎた

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  • さすらいのももくり好き

    てっきりEXIFとか画像のHTMLカラーコードとか組み合わせて暗号になってるんかと思ったけどシークレットメッセンジャーってことはもっと簡単か
    そう言うことじゃない所で犯人を追ってく感じなのかな

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  • べっちん

    これで姫ちゃんが黒幕とか言われたら、ほんとに人間不信になりそうだわ。
    動機が知りたい。

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  • hide

    「ヘイシリ落ち着いて」で声出してワロタwww

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  • つー

    姫ちゃん好きなんだけど、回想の最後に天野に好意を抱いている描写があるから、天野と付き合っている優子が邪魔で標的にしている説も有り得なくはないのか…

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