世間を騒がせた握手会襲撃事件。



 『襲撃犯』である石田の逮捕。



 『自作自演』を企んだ今永と駒元の逮捕。



 衝撃的な事件の幕切れ。



 それから1ヶ月が過ぎた。




石田清史郎

……あのぉ……。
天野さん……。
その節は、本当にありがとうございました……。



 いつもの学生食堂2階テラス。


 天野は昼飯を食べながら、石田の情けない顔を眺めていた。


天野勇二

別にかしこまる必要はない。
俺様は『依頼』をこなしてやっただけさ。

石田清史郎

いやぁ……。
天野さんには、感謝しかありませんよ……。
もし、天野さんがいなかったら、僕はいったいどうなっていたのか……。


 呟きながら肩を落とす。


 涼太が励ますように言った。


佐伯涼太

マジで石田くんが『不起訴』になって良かったよ。
正直、どうなるか不安だったんだ。
さすがに『鉈』を振り回して逃亡したのはまずかったからね。

前島悠子

私も安心しました。
石田さんも七珠ちゃんに騙された『被害者』なんです。
むしろ私たちが迷惑をおかけし、本当に申し訳なく思ってます。


 殊勝しゅしょうな態度で頭を下げる。


 石田は恐縮しながら『天才クソ野郎チーム』の面々を見つめた。


石田清史郎

い、いや、そんな……。
前島さんが謝ることじゃないですよ……。

僕がバカだったんです。
ななみったんのことを想っているなら、あんな『計画』をするべきじゃないって、そう諭すべきだったのに……。

天野勇二

ああ、そうだな。
お前はバカだった。
『不起訴』で許されるなんて奇跡の極みだぜ。
『被害届』を取り下げた事務所の温情に感謝しろ。

それに、お前が駒元の誘いを拒否していれば、あの2人が道を踏み外すことはなかったんだ。
その事実を死ぬまで悔やみ続けろ。


 弁当を片手に持ちながら吐き捨てる。


 ちなみに天野が持っているのは高級料亭の弁当だ。


 『天才クソ野郎』に依頼する条件は、報酬として「昼飯」を捧げること。


 しばらくの間、石田から昼飯が献上けんじょうされることになっている。


佐伯涼太

いやぁ、それは難しいでしょ。
ななみったんは相当な役者だった。
彼女が本気を出したら、騙されるファンは1人じゃ済まなかったと思うよ。

前島悠子

そうですよ。
悪いのは七珠ちゃんです。
彼女が『自作自演』を考えなければ、今永さんも『告発』を計画しなかったかもしれないんです。


 天野は半眼で涼太と前島を眺めた。


天野勇二

ふぅん……。
お前たち、随分と石田をかばうんだな。

俺様は知っているぞ。
お前たちが石田の話を何ひとつ信じなかったこと。
陰で『妄想ゲス野郎』と呼んでいたことも。

佐伯涼太

あはは……。
それは許してよ。
にわかには信じられない話だったしさ。
マジで勇二が冷静で助かった。
今永さんの願いも、どうにか叶いそうだしね。


 涼太は苦笑しながら新聞を取り出した。


 一面に『東京オリンピックの保安体制見直し』という文字が踊っている。


 『IOC』が『検査システムの不備』に気づき、会場のセキュリティ体制を再構築するよう是正ぜせいを促してきたのだ。


天野勇二

今永も『やり方』が甘いんだよ。
なぜ『証拠』を有効活用しなかったのか。
あんな事件を起こす前にやるべきことがあったはずなんだ。

佐伯涼太

でも、国内のマスメディアは『証拠』を握り潰してたんでしょ?
企業や政治家に配慮したってことだよね。

天野勇二

それなら海外メディアに『証拠』を売ればいいじゃないか。
俺様がやったようにな。

前島悠子

いやぁ……。
さすがに師匠と同じことは、できないですよねぇ……。


 前島が呆れながら息を吐く。


 涼太も同感とばかりに頷いた。


佐伯涼太

マジで勇二は恐ろしいクソ野郎だよ。
今永さんの『過去』を引きずり出して、テロ行為ともいえる『告発』を『美談』に変えちゃうんだからさぁ……。
今回はどんな『コネ』を使ったの?

天野勇二

別にコネなんか使ってない。
『過去』に多少の脚色を加えて、外務省と医療関係から海外アメリカに流しただけさ。
ただ残念なことに、今回の事件がなければ、ここまでスムーズに話は進まなかったな。


 遠くを眺めながらため息を吐く。


 涼太は切なげに尋ねた。


佐伯涼太

いつ『過去』を知ったの?
今永さんのお父さんが、『銃乱射事件』に巻き込まれて殺されたこと……。
もし『検査システム』がしっかりしてれば、犯行を防げたかもしれないってことも……。

天野勇二

今永の元同僚から聞いたんだよ。
今永は自分と同じような被害者を出さないために、大日本セキュリティシステム株式会社に就職した。

犯罪を撲滅ぼくめつすることはできない。
だが、様々なやり方で防ぐことはできる。
そんな信念をよく語っていたんだとさ。


 涼太は冷たい瞳で天野を見つめた。


 その事実を知った上で、今永の心をえぐるような言葉を叩きつけたのだ。


 血も涙もないクソ野郎だ。


 天野は空の弁当箱を置きながら言った。


天野勇二

これは推測に過ぎないが……。
今永は恐らく企業に『良心』が残っていると信じたんだ。

いつか訴えを聞き届けてくれる。
『検査システム』の不備も正すはず。

しかし、その願いが叶うことはなかった。
それなりに苦悩したのだろう。
いつしか信念や正義感は消え去り、歪んだ復讐心だけが残った。

佐伯涼太

そんな時に、ななみったんが『自作自演』を持ちかけたんだね……。

ななみったんも本当にバカだよ。
あんな宣伝が成功しても、ドラマがヒットすると決まったワケじゃないのに。


 その言葉を聞き、石田が苦しげに顔を落とす。


 前島はため息を吐きながら言った。


前島悠子

別に七珠ちゃんを擁護するワケじゃないですけど……。
たぶん彼女は、もう限界だったんだと思います。

『握手会』はアイドルグループにとってかかせない活動です。
でも、みんながそれを望んで『アイドル』になったワケじゃありません。

天野勇二

そりゃそうだろうな。
好き好んでこんな男と握手するヤツはいない。
いるとすれば変態だけだ。


 ヘラヘラ笑いながら石田を指さす。


 石田はもう涙目だ。


石田清史郎

……やっぱり、ななみったんは、有罪になっちゃうんですか……?


 前島はゆっくり首を横に振った。


前島悠子

運営や事務所は七珠ちゃんを訴えないつもりのようです。
損害賠償を請求することもありません。
被害届も出してないんです。
たぶん、石田さんと同じように『不起訴』になるかと思います。

石田清史郎

そ、そうですか……。

前島悠子

でも、再起は難しいですね。
事務所をクビになることは確定してます。
何事もなかったかのように、ひっそりと解雇されるはずです。
芸能活動を続けることはないでしょうね……。

石田清史郎

そうですよね……。
もう引退しちゃうんですね……。


 石田の瞳から涙が落ちた。


 もう大好きな『ななみったん』を見ることはできない。


 改めてその事実を噛み締める。


 鼻をすすり、天野に尋ねた。


石田清史郎

あのぉ……。
僕の気のせいかもしれないんですけど……。

もしかしたら、ななみったんは、あえて僕に『酷いこと』を言ったのかなって、そう思うんです……。

僕が警察に本当のことを言えば、罪に問われる可能性が低くなりますから……。


 天野は冷静に石田を眺めた。


 タバコを取り出しながら尋ね返す。


天野勇二

それがどうした?
そんなことに意味があるのか?

石田清史郎

いや、もちろんありますよ……。
ななみったんは、僕をかばったんじゃありませんか……?
警察に正しい供述ができるように、あんな酷いことを言って突き放した……。

それはもしかすると、ななみったんの『優しさ』だったのかなって……。
なんだか、そんなような気がするんです……。


 涼太はじっと天野の横顔を見つめた。


 それは涼太も気になっていたことだ。


 駒元の演技を見抜いた天野ならば、その真実を知っているはず。


 天野はタバコに火をつけながら言った。


天野勇二

……くだらねぇな。
お前、まだそんな生温なまぬるいこと』を考えていたのか?


 怒りに満ちた声だ。


天野勇二

どうしようもない『妄想ゲス野郎』め。
少しは反省したのかと思ったが、それは見込み違いだったようだ。
先程も言ったが、お前が凶行に及ばなければ、駒元と今永が破滅を迎えることはなかったんだよ。


 全身から殺気が解き放たれる。


 飢えた肉食獣のような瞳で石田を睨みつけた。


天野勇二

もし、あれが駒元に残っていた僅かな『良心』が吐いた言葉であるなら……。

お前はどうするんだ?
駒元を許してやるのか?
以前のように推してやるのか?
それとも駒元につきまとうのか?

実にくだらねぇ男だ。
お前は今でも駒元の上辺だけしか見ていない。
はっきり言うが、俺様はお前がどうなろうと興味はないんだ。
例え刑務所にブチ込まれたとしても、自業自得だとしか思わんな。


 石田は震えながら天野を見上げた。


石田清史郎

そ、そんなぁ……!
それも嘘ですよね……!?
天野さんはこんな僕を、助けてくれたじゃないですか……!?

本当に、天野さんには、感謝してるんです……!
やっぱり『学園の事件屋』はすごいって……!
天才クソ野郎こそが本物のヒーローなんだって……!

天野勇二

俺様がヒーローだと?
どこまでお前の瞳は節穴なんだ。
助けた理由は単純明快だよ。
依頼人であるお前を助けないと、報酬である『昼飯』が手に入らない。
それだけさ。

石田清史郎

うぇぇ……!?
そ、そんな身勝手な理由だったんですかぁ……!?

天野勇二

当たり前だ。
いつから俺様が善人ヒーローだと誤認していた?
俺様は最低下劣のクソ野郎。
天才であることは否定しないが、それ以上のクソ野郎なんだ。

わかったならもう消えろ。
お前のふざけた顔を見ていると、食後の一服が不味くなる。


 石田は悲しげに肩を落とした。


 ゴシゴシと涙を拭う。


 慌てて立ち上がった。


石田清史郎

……す、すみません。

でも、だけど……!

本当に、本当に……!
ありがとうございました……!


 一礼してテラスから走り去る。


 天野は満足気にその背中を眺め、タバコの煙を空に吐き出した。


 涼太が苦笑しながら言った。


佐伯涼太

勇二はドイヒーだねぇ。
何もあそこまで言わなくてもいいじゃん。
結構、お高い弁当を買ってくれたのに。
あと1週間は昼飯を奢らせる予定なんでしょ?
持って来てくれないかもよ。

天野勇二

別に構わないさ。
俺様は医者のボンボンだ。
金ならある。
昼飯に困っていることもないんだ。

佐伯涼太

あはは。
そんなの知ってるよ。
勇二もななみったんも素直じゃないね。
性根が腐ってるからこそ、人間性が似通ってくるのかな?

天野勇二

クックックッ……。
そうかもしれんな。


 天野がニタニタと下品な笑みを浮かべる。


 「性根が腐ってる」と言われたのに、どこか嬉しそうだ。


 『クソ野郎』にとっては褒め言葉に等しいのだろう。


 涼太は話題を変えるように言った。


佐伯涼太

……あっ、そうだ!
ねぇねぇ前島さん。
またアルバイトを紹介してよ!

なんだかんだで『ボーナス』の30万円が白紙ナシになっちゃってさぁ。
お金に困ってるんだよねぇ。


 前島が「ぎょっ」として叫ぶ。


前島悠子

い、嫌ですよ!
なんか涼太さんにバイトを紹介すると、ロクなことにならない気がします!

佐伯涼太

今度は大丈夫だって。
僕も学んだよ。
例え『鉈』が出てきても、すぐに蹴り飛ばすべきじゃないって。

前島悠子

いや、それは蹴り飛ばしてくださいよ!
むしろ即座に蹴り飛ばすべきです!
でもバイトを紹介するのは嫌です!
もう絶対に紹介しません!

佐伯涼太

えー?
冷たいなぁ。
また握手会の『剥がし』がやりたいのになぁ。


 涼太が「ぴえん」となげく。


 天野は呆れて言った。


天野勇二

まだ『剥がし』をやりたいのか……。
お前の『邪魔』が事件をややこしくしたようなものだぞ。
少しは責任を感じないのか。

佐伯涼太

感じるワケないじゃん。
むしろなんで僕が感じるのよ。
感じるのはベッドの上だけで十分だよ。

言っておくけどね、結構『握手会』って面白いんだよ。
普段は目にしない人種がいっぱい集まるからね。

天野勇二

ふぅん……。
何が面白いのか理解できんな。

前から思っていたんだが、『握手会』ってのは何が楽しいんだ?
そんなに握手したいものか?


 小首を傾げながら尋ねる。


 どうやら『握手会』とは、性根の腐った人間には楽しめないイベントのようだ。


 前島が「むむっ」と不満気にうなった。


前島悠子

それは聞き捨てなりませんね……!
『握手会』は楽しいイベントなんですよ!
私は大好きです!

天野勇二

そうか?
無理してるんだろ?
駒元は心の底から嫌っていたぞ。

前島悠子

みんながみんな嫌いなワケじゃないですよ!
人それぞれです!
そんな先入観で物事を見るのはよくないと思います!

むしろ師匠も『握手会』に行きましょう!
私と握手しましょう!
もうグループを卒業しましたけど、師匠が来てくれるなら私もブースに立ちますよ!

天野勇二

まったく興味がないな。
『握手』に時間を割くほどの魅力を感じない。


 前島はプンスカして怒鳴った。


前島悠子

握手は大事なんですよ!?
むしろ握手って素晴らしいじゃないですか!
誰もが憧れのアイドルと握手できる時代なんて、素晴らしいと思いませんか!?
CDを1枚買うだけでいいんですよ!?
それに握手すると『幸せホルモン』がいっぱい出るらしいですよ!

天野勇二

『オキシトシン』のことだな。
お前に講義されなくとも知っている。
俺様は医学部の天才だぞ。

前島悠子

そうです!
さすが師匠ですね!
そういうワケで握手してみましょう!
ほら! どーぞ!


 鼻息を荒くしながら、前島が両手を差し出す。


 天野は心底嫌そうに言った。



天野勇二

おい、お前……。
ちゃんと手を洗っているのか?
汚い手だな。



 前島が慌てて両手を引っ込める。


 顔を真っ赤にして叫んだ。


前島悠子

ななっ……!?

そんなこと言わなくてもいいじゃないですか!?
『国民的アイドル』かつ恋人カノジョである私の手を……汚い!
汚いですって!?

……いや、そうだ!


 鞄からアルコールタイプの除菌ウェットティッシュを取り出す。


 入念に両手を拭く。


 般若の表情で両手を差し出した。


前島悠子

……はい!

どうですか!?
綺麗にしましたよ!
これで無問題もうまんたいですね!

さぁ私と握手してください!
もう逃しませんよ!
握手の素晴らしさを師匠に教えてみせますから!



 決死の表情で迫る前島。


 げんなりと顔を歪める天野。


 平穏なテラスの光景。


 涼太は2人を眺めながら「握手が腐った性根まで治してくれるといいんだけどねぇ」と、微笑ましく呟いていた。









(おしまい)





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つばこ

ご愛読いただきありがとうございました。
何かひとつでも心に残るものがあれば幸いです。
 
まさにアイドルとは修羅の道…!
それを追いかけるファンも命がけ…!
そして何より無事に東京オリンピックが開催されますように…!
 
 
さてさて、皆さまは『彼女を上手にインフルエンサーにする方法』を読んでいただけましたでしょうか。
あのエピソードの後日談にて、天野くんが持つひとつの顔が明らかとなりました。
『みかんの王子様』です。
次回はそれに絡んだエピソードを紹介すると同時に、これまでとは若干異なる視点での物語をお届けしたいと思います。
 
それでは次週土曜日、
『彼が上手に上司を殴る方法』
にてお会いしましょう。
 
つばこでした!ヾ(*´∀`*)ノ

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コメント 18件

  • 佐倉真実

    せいちゃん、すき

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  • LAMP

    涼太のぴえんが強すぎて後半内容頭に入らなかった

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  • ポンデリング

    ぴえん……

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  • app

    どうでもいいけど、20代前半の子にはモーマンタイ通じなかったな

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  • ニル

    勇二くんと前島ちゃんは早く結婚してくれ

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