石田と出会った翌日。



 天野は涼太と一緒に『芸能事務所』を訪れていた。



 受付で名前を告げ、オフィスに併設へいせつされたカフェに通される。



 涼太が感慨深く言った。



佐伯涼太

いやぁ、懐かしいねぇ。
ここに来たのは『クリスマス』の時だったな。
僕は『天才クソ野郎サンタ』に変装してたんだよ。



 涼太のテンションは高い。


 涼太はアイドル文化にも精通しているチャラ男だ。


 芸能事務所に招待されたとなれば、気分も高揚こうようするのだろう。



天野勇二

能天気なヤツめ。
俺様はあまり芸能事務所に良い思い出がないな。

佐伯涼太

そりゃそうだろうね。
飛び降りを目撃したり。
殺人犯と対峙したり。
時にはプロデューサーをやり込めたこともあるんでしょ?
良い思い出が遭難そうなんしてるね。

天野勇二

そんなことはどうでもいい。
今日は駒元七珠と会う。
調べてくれたか?

佐伯涼太

もちろん!
ちゃんとリサーチしてきたよ。

天野勇二

あまり『人気』がないらしいな。
原因はなんだ?
ルックスの問題か?


 涼太は「ふるふる」と首を横に振った。


佐伯涼太

いや、そんなことないね。
スタイルは悪くないし、顔立ちはキレイだし、愛嬌あいきょうもあってカワイイんだ。

ただねぇ……。
あらゆる掲示板やSNS、まとめサイトによると……。
『握手』の態度がイマイチなんだってさ。


 肩をすくめながら言葉を続ける。


佐伯涼太

どうも最近のななみったんは、『おにぎり』の話ばっかりするんだって。
初めての人も『おにぎり』。
常連さんも『おにぎり』。
『おにぎり』って「あだ名」をつけられた人が山程いるらしいよ。

天野勇二

ふぅん。
それが問題なのか?

佐伯涼太

そりゃ問題だよ。
ドルオタはアイドルとの『疑似恋愛』を楽しみたいんだ。
ライブに行っても「あの娘は僕のために踊ってる!」って錯覚したいの。
他のドルオタと同じ対応されたら、それはそれは興醒きょうざめしちゃうワケだね。


 天野は呆れたようにため息を吐いた。


天野勇二

ファンとは面倒な連中だな。
素直に『おにぎり』の話を楽しめばいいのによ。

佐伯涼太

うぷぷ……。
本当だよねぇ。

……あっ、見てよ。
ななみったんが来たよ。



 カフェに駒元七珠が現れた。


 かたわらには前島の姿もある。


 どうやら天野と駒元の『面会』に立ち会うつもりのようだ。


 天野と涼太は立ち上がって2人を迎えた。



駒元七珠

あぁ……!
佐伯さん……!
お会いしたかったです……!


 まず駒元が深く頭を下げる。


駒元七珠

あの時、佐伯さんがいなかったら、どうなっていたことか……。
佐伯さんは命の恩人です。
本当にありがとうございました!

佐伯涼太

いいんだってば。
僕は当たり前のことをしただけだから。
それより体調はどう?
事件のことを引きずってないかな?

駒元七珠

はい……。
私は大丈夫です。
佐伯さんのおかげで、怪我をすることもありませんでしたから。


 隣の前島が優しくフォローする。


前島悠子

七珠ちゃんは偉いんですよ。
しばらく休んでもいいのに、すぐにでも仕事に復帰したい、と言ってるんです。
また『握手会』にも参加したいって。
ここまで出来たアイドル、なかなかいませんよ。

駒元七珠

そ、そんなことありません……!
前島さんに比べたら、私なんて……!


 恐縮しながら頭を下げている。


 アイドルグループを卒業したとはいえ、前島は『絶対的センター』だった大先輩。


 立場は圧倒的に前島のほうが上だ。


天野勇二

俺は天野勇二というものだ。
涼太と前島の友人。
事務所のSPを務めたこともある。

まだ気持ちの整理はついていないと思うが……。
事件のことを教えてくれないか。


 駒元は素直に頷いた。


駒元七珠

はい、大丈夫です。
天野さんのことは噂で聞いてます。
何度もタレントの命を救った『伝説のSP』だって……。

川口さんからも「失礼のないように」と言われてます。
何でも訊いてください。


 また深々と頭を下げる。


 天野はその姿をじっと見つめた。





天野勇二

(ふぅん……。これが『人気のないアイドル』か……。まぁ、その辺りにいる女と何も変わらんな……)



 こほん、とひとつ咳払い。


 駒元の瞳や仕草を眺めながら尋ねる。



天野勇二

『襲撃事件』の様子は涼太から聞いている。
大体の状況は理解しているつもりだ。
君は『犯人』の顔を見たのか?


 駒元はすぐに首を横に振った。


駒元七珠

見てません。
マスクとサングラスで顔を隠していて……。
よくわかりませんでした。

天野勇二

性別はどうだ?
男だったか?

駒元七珠

たぶん……。
そうだと思います。

天野勇二

服装はどうだ?
どんな服を着ていたんだ?

駒元七珠

一瞬だったので、よく覚えてないんです……。
作業着のようなジャケットを着ていたと思うんですが……。


 肩を落としながら告げる。


 まだ『嘘』の気配は見当たらない。


天野勇二

見覚えはなかったのか?
『犯人』が君と初対面だった可能性は低い。
むしろ君と『握手』をしたことがあるかもしれないんだ。
同じような服を着ていたファンはいなかったか?

駒元七珠

同じような服ですか……。


 駒元は困惑しながら視線を逸らした。


 記憶を辿るように告げる。


駒元七珠

……覚えてないですね。
それほど特徴のある服ではなかったと思います。
それに顔が見えませんでしたから……。

天野勇二

まったく心当たりがない。
そういうことだな。

駒元七珠

はい……。

天野勇二

ならば質問を変えよう。
『犯人』は『なた』を取り出したそうだな。
それはどこから出てきたんだ?

駒元七珠

それはよく覚えてます。
『服の中』
から取り出してました。
いきなり服の中に手を入れたので、何をするつもりなのかな、と思ったんです。


 天野は軽く息を吐いた。


 駒元の顔を注意深く睨みつける。


天野勇二

『犯人』は指名手配されている。
すぐに捕まるだろう。

もし『犯人』が君の熱心なファンだった場合……。
君はどうするつもりだ?
厳罰を望むかい?


 涼太と前島に緊張が走った。


 天野が切り込んだ。


 駒元は軽く息を吐くと、強い口調で言った。


駒元七珠

仮に、私のファンだったとしても……。
厳しく処罰してほしい。
そう思います。

どんな理由があっても、握手会でメンバーを傷つけるなんて許せません。
私が毅然きぜんとした態度を取らないと、この手の事件は連鎖れんさすると思うんです。


 切なげに言葉を続ける。


駒元七珠

それに私自身も、今回の件で『TVドラマの出演』が見送られてしまったんです。
せっかくのチャンスだったのに……。
やっと掴んだ、初めてのチャンスだったのに……。

天野勇二

TVドラマの出演?
それはどういうことだ?


 天野の質問に前島が答える。


前島悠子

私もさっき知ったんですけど……。
七珠ちゃんは来季から始まる『TVドラマ』の準レギュラーに抜擢ばってきされていたんです。
それも日曜のゴールデンなんですって。

佐伯涼太

マジで?
それすっごいじゃん。
七珠ちゃんの演技力が認められた、ってことかな。

前島悠子

そうなんです。
ずっと様々なオーディションを受けていて、ようやくそれが実になったんですよ。


 天野は感心したように言った。


天野勇二

それは大したものだ。
だが、君は怪我をしたワケじゃない。
ドラマの撮影に支障が出るとは思えないぜ。

駒元七珠

はい……。
私も出たいとお願いしたんですが……。
事件の直後なので、スポンサーに迷惑がかかるかもしれないと、そう言われてしまったんです……。


 涙ぐみながら言葉を続ける。


駒元七珠

ずっとお芝居がしたいって……。
前島さんのような女優になりたいって……。
そう思って頑張ってきたのに……!
もう私には、チャンスが巡ってこないかもしれないんです……。

前島悠子

そんなことないってば。
あくまでスポンサーに配慮しただけだから。
またすぐにチャンスの順番がやってくるよ。


 前島が優しく励ます。


 そして「チラリ」と天野を見つめる。


 瞳は「あまりこの話題に触れないでください」と告げている。


 さらに「こんな事情があったのに、七珠ちゃんが『自作自演』なんて企むはずがない」とも。


 天野は頷きながら尋ねた。


天野勇二

君の事情は理解した。
もうひとつ尋ねたい。
『犯人』に刺された今永というスタッフのことだ。
君は『犯人』が今永を刺す場面を見たのか?


 駒元はゆっくり首を横に振った。


駒元七珠

いえ……。
それが見てないんです。
あの時、すごく慌てて……。
『ナイフ』を取り出していたのにも気づきませんでした。

天野勇二

今永のことは知っているか?

駒元七珠

知ってます。
最近の『握手会』では現場責任者を務めてました。
あまり、話したことはないんですけど………。


 急に駒元が口を閉ざした。


 どこか思いつめたような表情だ。


 前島が不安げに顔を覗き込む。


前島悠子

……どうしたの?
まだ事件のこと、思い出すのは辛かったかな?

駒元七珠

いえ、違うんです……。
あの……。
このことは、警察の方にも話してないんですが……。
聞いていただけませんか?

天野勇二

もちろんだ。
今永のことか?

駒元七珠

はい……。
私の勘違いかもしれませんが……。


 不安げに言葉を続ける。


駒元七珠

『犯人』は今永さんを刺してない……。
そんな気がするんです。
むしろ、『今永さんがナイフを自分に刺した』んじゃないかって……。


 涼太と前島の顔が驚きに包まれた。


 天野は「ほう…?」と呟き、


天野勇二

なぜそう思うんだ?
当たり前の話だが、ナイフを突き刺すと痛いぜ。
下手すれば死にかねない。
さすがに信じがたいな。


 冷静に問いかけた。


 駒元が青ざめながら頷く。


駒元七珠

そうですよね……。
おかしなことを言ってると思います。
でも実は、今永さん……。
よく私に『セクハラ』をしていたんです……。


 前島が驚愕きょうがくの表情を浮かべた。


前島悠子

そ、それって本当なの!?
いつから!?

駒元七珠

去年ぐらいから……。

もっとスカートを短くしろって言ってきたり……。
すれ違いざまにお尻を触ったり……。
もし、個人的に会ってくれれば、イベントの場所を優遇してやるとか……。

そんなことを言われたりしたんです。

前島悠子

はぁぁ!?
なにそれ!
最低じゃん!
そんなの断ったよね!?

駒元七珠

もちろんです。
だけど断った後、すごく態度が悪くなって……。
みんなのいない場所で、罵倒ばとうされたこともあるんです。

前島悠子

あ、ありえない……!
誰かに相談した!?
セクハラの記録はある!?
録音があれば一発でクビにできるよ!

駒元七珠

録音まではしてません。
誰にも相談できなくて……。
そんなことをすれば、私の立場が悪くなるかもしれないと思ったんです……。


 前島は大きく息を吐いた。


前島悠子

絶対に許せない。
私から社長とプロデューサーに伝えておくね。
安心して。
七珠ちゃんの立場が悪くならないようにするから。

駒元七珠

ほ、本当ですか……?
私、もう怖くて……。
まさか、私を困らせるために、ナイフで自分を刺すとか……。
こんなの、誰も信じてくれないって……。

前島悠子

大丈夫だよ。
私は信じる。
七珠ちゃんを信じるからね。


 前島が駒元の肩を抱き、優しく慰める。


 駒元の瞳からは涙が溢れている。


 天野はその様子を冷めた表情で眺めていた。



佐伯涼太

……あっ。
勇二、川口さんが来たよ。


 涼太がささやく。


 見ると遠くにマネージャーである川口が立ち、深々と頭を下げている。


天野勇二

川口が来たようだ。
少し抜ける。
涼太よ、気になることがあれば聞いておけ。

佐伯涼太

う、うん。
わかったよ……。


 天野はゆっくり立ち上がった。


 ため息を吐きながら川口に歩み寄る。


天野勇二

川口よ、久しぶりだな。
悪いが事件を調べさせてもらう。
ちょっとした事情があってな。
拒否は受け付けない。


 川口は苦笑しながら首を横に振った。


川口由紀恵

いえ、構いません。
天野様が決めたことを、私がくつがえせるはずありませんから……。

それに今回は涼太様に駒元を助けていただきました。
本当に感謝しております。


 川口の顔色は悪い。


 疲労が蓄積ちくせきしているようだ。


 あまり寝ていないのだろう。


川口由紀恵

それに正直なところ……。
今回は久しぶりに天野様のお力を借りたいと。
そのように考えておりました。

天野勇二

ほう?
お前がそんなことを言うとは珍しいな。

川口由紀恵

それほど今回の『握手会襲撃事件』は大問題なんです。
『犯人』も捕まっておりません。
また天野様に『SP』を依頼すべきかと検討もしております。


 やつれた表情で肩を落とす。


 川口は握手会などのイベントを主催する側の人間だ。


 駒元とは違った種類の問題に向き合っているのだろう。


 天野はその心情を察して言った。


天野勇二

俺様ができることなら協力してやるさ。
ただし、報酬はいただくぜ。
最低でも『昼飯』は奢ってもらうからな。

川口由紀恵

頼もしいお言葉です。
できればそのご相談もさせてください。
実は今から『被害者』の今永さんにお会いするんです。
天野様もご同行されませんか?

天野勇二

いいのか?
俺様は部外者だぜ。

川口由紀恵

部外者なんてとんでもございません。
もはや天野様は私共にとって、誰よりも頼れる『関係者アドバイザー』です。

天野勇二

フフッ……。
ならば、遠慮なく同行しよう。


 駒元からは十分な話を聞けた。


 質問を追加しても大した情報は得られないだろう。


 天野はそう判断し、駒元に声をかけた。


天野勇二

時間をいただき感謝する。
俺は今永に会って来る。
ここで失礼するよ。

前島悠子

えっ!?
本当ですか!?
じゃあ私も行きます!
説教させてください!

天野勇二

お前は来なくていい。
社長やプロデューサーに話を通しておけ。
涼太よ、行くぞ。

佐伯涼太

あ、ああ、うん。
僕はそっちについていくのね……。

じゃあ、ななみったん。
君が無事で本当に良かった。
これからも応援してる。
元気でね。

駒元七珠

はい……。
佐伯さん、本当にありがとうございました……。



 名残惜しそうな涼太を引きずり川口のもとへ。


 天野は最後に振り返り、駒元の姿を眺めた。


 前島に抱かれ、悔しげに拳を握り、涙を流しているアイドル。


 その姿を眺め、小さく息を吐く。



天野勇二

(いくつかの『嘘』が確認できたが……。あの悔しがり方は『真実』だな)



 駒元は本当に『チャンス』を掴んでいた。


 このタイミングで『自作自演』を仕掛ける『メリット』は存在しない。


 そのように考えて間違いないだろう。



天野勇二

(だがそうなると、あの小娘は何のために『自作自演』を仕掛けたんだ……? 誰かに脅されていたのか。致命的なミスでも犯したのか。想定外の事態が発生したのか。もしくは、この事件は『自作自演ではなかった』のか……)



 どれも決め手に欠ける。


 現時点では判断がつかない。


 天野は顔を歪めながら駒元に背を向けた。



天野勇二

(シンプルな事件だが、どうも事件の概要が掴めんな。特に『動機』が見えて来ない。今永とやらは、どんな供述をしてくれるのかね……)





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つばこ

ついに天野くんと『ななみったん』が接触!
私は「もしかしたら『おにぎり』の話でもするのかな?」と思ってましたが、おにぎりは皆無でしたね!
ノーおにぎりでフィニッシュです!
 
ちなみに「おにぎりによってアイドルの闇を垣間見た」という読者コメントがありましたが、実際のところ『おにぎり』はつばこの実体験をベースにしています。
ガチで『おにぎりトーク』を駆使するアイドルは存在するのです。
もし読者の皆さまがアイドルと握手し、その際に『おにぎりトーク』を振り回されたら、
 
「あっ! それ天クソで見ました! 天野くんと涼太くん、どっちが好みですか!?」
 
なんてトークで切り返してアイドルをキョトン顔(どうせ天クソのことなんか知るまいて)させましょう!
そんなこんなでいつも応援やコメント、本当にありがとうございます!ヾ(*´∀`*)ノ

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コメント 20件

  • ポンデリング

    おにぎりが一体どんな重要なキーワードになるんやろと思ってたのに、実情はつばこさんの実体験て笑

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  • nao

    つばこさん、ホント好きだわ

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  • まこと

    川口さんの心労が半端ないけど、
    締まりのないあ、ああ、うん。の返事に持ってかれた

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  • あゆ

    おにぎり

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  • ツシタケ

    絵柄が変わったね

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