石田清史郎

僕はスタッフさんを刺してないんです!
そもそも『ナイフ』なんかんですよ!

なんであんなことになったのか……!
本当にわからないんです!



 またテラスに石田の絶叫が響いた。


 テーブルに額をこすりつけるように、深々と頭を下げる。



石田清史郎

天野さん!
お願いします!
誰がスタッフさんを刺したのか、調べてくれませんか!?
そして僕の『無実』を証明してください!

今の僕が頼れるのは、『学園の事件屋』である天野さんしかいないんですぅ……!



 天野は深くタバコの煙を吸い込んだ。


 呆れたように吐き捨てる。


天野勇二

それは難儀なんぎな依頼だな……。
お前はなたを振り回してアイドルに襲いかかったんだ。
『殺人未遂』の罪に問われるだろう。
その意味は理解しているのか?

石田清史郎

は、はい……!
それは理解しています!
そのことで逮捕されるのは構いません!

でも、スタッフさんを刺すだなんて……!
そんなことはしてないんです!


 天野はゆっくり首を横に振った。


天野勇二

いや、何も理解していない。
お前はどうせ『駒元七珠に依頼されたこと』を警察に喋らないだろう。
そのことを隠し通した上で逮捕されたいと願っている。
そうじゃないか?

石田清史郎

えっ……。
そ、それは……。


 石田の顔が青くなった。


 俯き唇を噛みしめる。


 天野は厳しい表情で言った。


天野勇二

アイドルは自主的に襲うつもりだった。
『動機』なんて適当にでっち上げればいい。

『ずっと応援していたのに振り向いてもらえなかった……』


そんなことを言えば十分だろう。
しかし、スタッフは刺していない。
刺すつもりもなかった。
その点に関しては清廉潔白せいれんけっぱくである。


 肩をすくめながら言葉を続ける。


天野勇二

こんなバカな証言を誰が信じるんだ?
しかも、お前は逃亡したんだ。
警察の印象は最悪。
間違いなく、両方の『傷害事件』はお前がやったことにされるぜ。

石田清史郎

で、でも……!
佐伯さんは見ていたはずです!
僕は刺してないって!
そうですよね!?
僕が『無実』であることを知ってますよねぇ!?


 涙目で涼太を見上げる。


 涼太は困ったように顔を歪めた。


 石田は『目撃者』である涼太の証言。


 そして、いくつかの事件を解決した『天才クソ野郎』の知恵。


 両方にすがろうとしているのだ。


佐伯涼太

うーん……。
これは困ったなぁ……。
正直に言うと、僕は石田くんが刺した場面を見てないんだよね。


 頭をかきながら告げる。


佐伯涼太

たぶん、ななみったんも見てないと思う。
僕たちは現場を離れることを優先してたから。
気がついたらスタッフさんの胸に『ナイフ』が突き刺さってたんだよ。


 石田は興奮したように言った。


石田清史郎

そ、それを警察に伝えてください!
僕はやってないんですもの!
お願いしますよぉ!

佐伯涼太

いや、ちょっと待ってよ。
確かに決定的瞬間は見てない。
でも、状況的に『犯人』は君しかありえないんだ。
被害者のスタッフさんだって、『君に刺された』と言ってたしね。


 涼太はため息を吐きながら天野を見た。


 石田ではなく、天野に説明するように告げる。


佐伯涼太

石田くんが『鉈』を取り出して、僕のローキックにKOされて、刺されたスタッフさんに取り押さえられるまで……。

誰も石田くんとスタッフさんには近づかなかったんだ。
状況を見る限り、スタッフさんを刺せたのは石田くんだけ。
他の誰かが刺したなんてありえない。
もし『真犯人』がいるなら、石田くんが真っ先に気づくはずだよ。


 冷たい目で石田を眺める。


 天野は「ふむ…」と呟きながら腕を組んだ。


天野勇二

なんだ涼太。
それを早く言えよ。
そうなると状況は変わるぜ。

まず石田よ。
お前はスタッフを刺した犯人を見たか?
もしくは心当たりがあるのか?


 石田はブンブンと首を横に振った。


石田清史郎

ないんです……!
僕は取り押さえられて、逃げようともがいて……。
それで、気がついたら、もう『ナイフ』が刺さっていたんです……!

天野勇二

取り押さえられてから『ナイフ』が突き刺さるまで……。
どれだけの時間があった?

石田清史郎

えっと、た、たぶん……。
ほんの数秒じゃないかと……。


 天野は涼太を睨んだ。


 涼太がしぶしぶ頷く。


佐伯涼太

まぁ、そんなもんだろうね。
長くても30秒じゃないかな?
一瞬の早業はやわざだったよ。

天野勇二

そんな短い時間に、お前と石田と被害者の目を盗んで近づき、ナイフを突き刺して離脱する……。
そんな犯人がいたと思うか?

佐伯涼太

いるワケがないね。
さすがにそれは気づくよ。
僕はそこそこ冷静だったし。
どう考えても『加害者』は石田くんしかありえない。

天野勇二

本当に断言していいのか?
石田は『襲撃事件』がアイドルによる自作自演だった、と告げているんだぞ。
そもそも『加害者』が存在するのか。
そこを疑ってもいいんじゃないか?

佐伯涼太

はぁ?
なに言ってんのさ?
刺された『被害者』がいるんだから、当然ながら『加害者』も…………。


 涼太の言葉が途切れた。


 何かに気づいたように天野を見る。


佐伯涼太

……えっ?
そういうこと?
マジで?

……いや、ちょっと待ってよ。
僕はそもそも『自作自演』が信用できないんだ。
ななみったんがファンに握手会で自分を襲わせるなんて……。
その『妄想』が根本からありえないってば。


 前島がブンブンと頷く。


前島悠子

そうですよ!
もしそれが真実だったら、七珠ちゃんは芸能界を永久追放されます!
絶対に許されない行為です!
握手会というイベントを台無しにしたことで、多額の賠償金ばいしょうきんが請求されてもおかしくありません!


 石田を睨みつけながら叫ぶ。


 まるで脅すような口調だ。


 石田に対して「お前にも賠償金を請求するからな」と、間接的に伝えているのだろう。


 天野は頷きながら石田に言った。


天野勇二

弟子が怒るのも無理はない。
お前は大好きなアイドルに『自作自演』という冤罪えんざいを着せている。
そのようにも見えるからな。


 石田は慌てて首を横に振った。


石田清史郎

そ、そんなぁ……!
そんなつもりはないんですよぉ……!
ななみったんに迷惑をかけたくはありません!

天野勇二

ああ、そうだろうな。
だからこそ、警察に『自作自演』を証言することはないんだ。
お前はアイドルとのやり取りを黙殺したまま送検。
それで事件の幕は下りる。

後は反省の態度を示し、アイドルも嘆願書たんがんしょを出し、なおかつ弁護士が有能なら『執行猶予』を手にできる。
その後は、大好きなアイドルとの甘くハレンチな蜜月旅行に出かけてしまえばいいだけ。

つまり、お前は……。


 ヘラヘラ笑いながら言葉を続ける。


天野勇二

賠償金なんて知らない。
握手会が潰れても知ったことじゃない。
大好きなアイドルの期待に応えられればそれでいい。


そのように考えていたんだ。
ところが、スタッフが刺されてしまった。
これは一大事だ。
さすがに『実刑』を食らう可能性が高い。
それで焦っているのだろう?

石田清史郎

………っ!
そ、それは……。
そのぉ……えっと……。


 石田は困ったように黙り込んだ。


 もうまさにその通り。


 沈黙がそう告げている。


 前島が吐き捨てるように言った。


前島悠子

本当に最低の男ですね……。

握手会のために遠方から来てくれるファンも多いんです。
メンバーも握手会のためにコンディションを整えていたはずです。
もし『自作自演』が真実だったとしても、あなたはその全てを台無しにしたんですよ?

最低下劣の行為です。
真のクソ野郎です。
絶対に許せません。

天野勇二

ああ、私利私欲に走ったゲス野郎め。
同情の余地はないな。


 ため息を吐きながらタバコを灰皿に押し込む。


 涼太が念を押すように尋ねた。


佐伯涼太

それで……。
通報するんだよね?
僕はそれがベストだと思うけど。

天野勇二

いや、残念だがコイツは『依頼人』だ。
気乗りはしないが事件を調べる。
まだ通報するな。

佐伯涼太

マジで?
こんな『妄想ゲス野郎』を助けてあげちゃうの?

天野勇二

ああ、スタッフを刺して逃亡したのはまずい。
殺人未遂で実刑は確実。
もし『自作自演』ならば、重い『冤罪』を着せられていることになる。
さすがに無視はできんな。

佐伯涼太

じゃあ彼はどうするのよ?
このまま逃がすつもり?


 天野はニタリと悪い笑みを浮かべた。


 怯える石田の顔を睨みつける。


天野勇二

いや、軟禁なんきんするよ。
俺様は善良な一般市民だ。
『被疑者』を無傷で逃がすなんて、そんな人の道に外れたことはしたくないからな。





 その2時間後。


 天野は再びテラスに舞い戻った。


佐伯涼太

……あっ、おかえり。
石田くんはどう?
ちゃんと『軟禁』できた?

天野勇二

ああ、『神崎かんざき』のVIP室にぶち込んだ。
3日分の食料を与えてある。
警備員には「脱獄したら取り押さえろ」と伝えてやったよ。


 『神崎』とは天野がコネを持っている『神崎記念総合病院』のことだ。


 VIP室のセキュリティは優秀。


 政治家や特別な人間を保護するのに最適。


 逆にいえば、『軟禁』するための場所としても活用できる、ということだ。


前島悠子

むぅ……。
私はやっぱり納得できません。
どんな理由があっても、握手会を潰したのは間違いないんです。
証言も何ひとつ信用できないです。

天野勇二

まぁ、そう言うな。
俺様も別に信用しているワケじゃない。

それより首尾しゅびはどうだ?
何か掴めたのか?


 天野が石田を連行している間。


 涼太と前島は事件を調べる手はずになっている。


 まず前島が誇らしげに手を挙げた。


前島悠子

進展はありましたよ。
マネージャーの川口かわぐちさんが師匠と会ってくれるそうです。
七珠ちゃんとも引き合わせてくれると、約束してくれました。

天野勇二

ほう?
やるじゃないか。
被害者からの話は絶対に聞きたい。
褒めてやるよ。

前島悠子

ありがとうございます!
それでですね、川口さんが言ってたんですけど……。


 ため息を吐きながら言葉を続ける。


前島悠子

どうやら、芸能事務所は七珠ちゃんに『卒業』を迫ったりしてないそうなんです。
これからもメンバーの一員として頑張ってほしい。
アイドルを辞めさせるなんてとんでもない。
そんなことを言ってました。

天野勇二

ほう……。
そうなると、石田の証言と食い違うな。

前島悠子

そうなんです。
七珠ちゃんが『自作自演』する必要性がないんです。
やっぱり石田さんの証言は妄想ですよ。


 天野はチラリと涼太を眺めた。


 涼太が「待ってました」とばかりに手を挙げる。


佐伯涼太

僕ちゃんも進展があったよ。
今回のバイト先に電話したんだ。

まずありがたいことに『バイト代』は出るんだって!
しかも『ボーナス』まで出るんだって!
僕ちゃんの心配事が解消されたんだ!


 天野は呆れながら言った。


天野勇二

それはどうでもいいな。
本当にどうでもいい。
他にないのか?

佐伯涼太

おっと、結論を急ぐのは早いよ。
ボーナスがいくらなのか……。
興味ない?

天野勇二

興味ねぇよ。
本当に興味がない。

佐伯涼太

マジでぇ?
ボーナスが『30万円』って言っても?
興味ないって言えるのかなぁ?


 天野は半眼はんがんで涼太を見つめた。


天野勇二

なんだと?
30万?
随分と多いな。

佐伯涼太

そうなのよ。
ビックリしちゃった。
そもそも日給は『1万円』だったのに。
『30万円』もくれるんだよ。
その代わり、事件のことをマスコミに喋らないでほしいんだってさ。


 そこで涼太は真顔になった。


 腕組みをしながら口を開く。


佐伯涼太

『口止め料』を兼ねてるみたいだけど、これは違和感があるよね。
僕は怪我もしてない。
マスコミに喋って困ることがあるとも思えない。
それなのにボーナスが多すぎるんだ。
何か裏があるのかもしれないね。

天野勇二

そうだな……。
そういえば、被害者は何者なんだ?

佐伯涼太

今永春馬いまながはるまさんっていうイベント会社の社員だって。
結構、偉い人みたい。
当日は現場責任者を務めてたんだ。

天野勇二

そいつからも話を聞こう。
もし石田が『無実』ならば、『犯人』はその男である可能性が高いからな。


 前島が小首を傾げた。


前島悠子

その人が犯人?
どういうことですか?
今永さんは刺されたんですよ。
『被害者』じゃないんですか?

佐伯涼太

あはは。
そうだよね。
でも勇二は違うことを考えてるんだ。
石田くんがガチで『無実』なら、もうそのパターンしかありえないからね。

前島悠子

そのパターン?
ううん?
さっぱりわかりませんね……。

……あっ、いや、そうか!
もしかして……!


 前島がようやく気づいた。


 天野は頷き、偉そうに言い放った。


天野勇二

その通りだ。
『自作自演』だよ。
今永というスタッフは『ナイフで刺された』んじゃない。
『自らをナイフで刺した』可能性が高いのさ。




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つばこ

つばこ「うーん……。『妄想キモオタ野郎』かな……。いや、これまで『キモオタ』はたくさん出てきたな。もうキモオタはいらない。じゃあ『腐れオタクメガネブス』とか? いや別にメガネに罪はないんだ。いきなり人を『ブス』呼ばわりするのも酷い。じゃあどうしよう……。『キモキモ妄想クズ魔王』だと偉そうだし『ゲスオタハッピー野郎』はなんか違うし『アキバにいそうな人』はそのまんまだし『子供部屋オタク野郎』は流行に乗りすぎてる気がするし『進撃のドルオタ』だとカッコよくなっちゃうし……ああもうどうすりゃいいんだよ!!」
 
 
こんな感じの紆余曲折を経て、石田くんを『妄想ゲス野郎』と呼ぶことにしました!
シンプルイズベスト!
常にこんなことを考えてるせいか、最近口が悪くなった気がします!
みんなも気をつけて!
いつも応援やコメント、本当にありがとうございます!∠( ゚д゚)/

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コメント 15件

  • 凜嶺

    そもそも天野は人が嘘をついてるか見分けられるんだから妄想という線はなくないか?
    自作自演でしょ、でなきゃわざわざこのファンが依頼に来るはずがないし。
    前島ちゃんは同じアイドルだからかばいそうだな〜

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  • とおりすがりのモブ

    うろ覚えだけど、自分で自分を刺したり切ったりした傷は、どうしても浅くなるのでバレてしまうと某刑事もので言っていたような…。腕や脚ではなく胸ならなおさら…。

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  • モンピア

    つばこさんの5割はきっと天野くんでできている

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  • べっちん

    バイトのボーナス三十万円。
    破格値だね!
    ななみったん、何が目的なんやろな。

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  • phenyl

    善良な市民の意味がもうわからん

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