『ピカ厨』を揺るがした衝撃の生配信ライブ



 その後、忽然こつぜんと消えた『リトル★ピカルくん』のアカウント。



 この事件はしばらくの間、メディアやSNSを賑わせることになった。



 何せ『現役YouTuber』が謎の暴漢アンチに自宅を襲撃され、その様子がYouTubeで生配信されたのだ。




 YouTuberはもちろんのこと、芸能人などのタレントも無視できないショッキングな事件。


 世界中のYouTuberが事件に関するコメントを発信し、マスコミも狂ったように報道した。


 そのほとんどが『リトル★ピカルくん』への激励。


 そして「このような犯罪行為はテロであり断罪すべき」というものばかり。


 天野という『YouTuberムーン・ウォカー』は、ネットの犯罪史に残るほどの『伝説』を作ってしまったのだ。





 それから2週間が過ぎた。


 事件がようやく落ち着きを見せた頃。


 天野と涼太はいつものテラスでのんびりタバコを吸っていた。



佐伯涼太

……いやぁ。
これは驚いたよ。
完全に想定外だったね。
さすがの勇二も『喧嘩』は売らないと思ったのに。


 半笑いでスポーツ新聞を眺めている。


 そこには、


『静岡・約300キロの覚醒剤を押収し5人逮捕・暴力団関与か』


 というニュースが踊っていた。


佐伯涼太

このタイミングで麻薬組織が摘発とはねぇ……。
おまけに逮捕されたのは『伊野尾組の構成員』って書いてあるじゃん……。
これ、勇二がリークしたんでしょ?


 天野は何事もないように言った。


天野勇二

そんなワケないだろう?
俺様は『ただの大学生』だぜ。
組対5課そたいごか』を動かせるはずがない。
きっと以前から瀬取せどりによる『覚醒剤密輸』の情報を掴み、内定捜査も進めていたのだろう。


 ヘラヘラ笑いながら言葉を続ける。


天野勇二

とはいえ……。
伊野尾組の情報ネタぐらいは『外務省』の連中に流してやったよ。

なぜか外務省には俺様の頼みを聞いてくれる諜報員エージェントがいてなぁ。
奴らにとっても『密輸』なんて許し難い犯罪行為らしい。
『組対5課』と連携を取るとか言っていたが、実際に何をやったのかは知らんな。


 涼太は呆れ顔で尋ねた。


佐伯涼太

前から思ってたけどさぁ……。
いつの間に『外務省』とのホットラインを構築したの?
普通は諜報員エージェントなんかとお友達にならないよ?

天野勇二

いつか話してやるよ。
ややこしい話になるがな。

佐伯涼太

そこに美人のお姉様は出てくる?
映画シネマなんかじゃ『美人エージェント様』とお近づきになるのが鉄板だけど。

天野勇二

残念だが、女なんか見たこともない。

佐伯涼太

じゃあ別にいいや。
それはミステリアスな天才クソ野郎の秘密にしといて。


 どうせ聞いたところで得はない。


 厄介やっかいな事情に足を突っ込むのも面倒だ。


 そんなことを思いながら涼太が新聞を畳んだ時、



吉川賢人

……あっ、いた!
良かったぁ……。
オジさん、こんにちは!



 テラスに賢人が現れた。


 きっと大学生ばかりのキャンパスを怯えながら歩いたのだろう。


 「ほっ」としたような顔を浮かべている。


天野勇二

ほう?
賢人じゃないか。
どうしたこんなところに?

吉川賢人

オジさんに御礼を言いたくて。
思い切って大学まで来てみたんです。

本当はLIMEしようと思ったんですけど、色んな事情があって、メイちゃんには絶交されちゃったから……。
オジさんの連絡先を教えてもらえなかったんです。


 恥ずかしげに告げている。


 天野は納得したように笑った。


天野勇二

あっはっは。
それはメイから聞いたよ。
君たちは『別れた』そうだな。

佐伯涼太

えっ!?
そうなの!?
メイちゃんとピカルくん、終わっちゃったの!?


 涼太が驚いて尋ねる。


 賢人は頬を染めながら頷いた。


吉川賢人

そうなんです……。
色々と、喧嘩しちゃって……。
難しいですね。
付き合うって。



 メイと賢人は3週間ほどであっさり破局していた。


 天野はメイからその原因を聞いている。


 メイが言うには『価値観の相違』というもの。


 うんざりするほど「ピカルくん酷いんだよ。ちっとも女心をわかってくれないの」と愚痴られたものだ。


 恐らく大抵の男女が経験する『ありふれた破局』を迎えたのだろう。



佐伯涼太

そっかぁ……。
まぁ、男と女には色々あるからね。
ピカルくんは落ち込んでない?

吉川賢人

大丈夫です。
メイちゃんを泣かせちゃって、本当に悪いことをしました……。


 苦笑しながら言葉を続ける。


吉川賢人

それと、もう僕は『ピカルくん』じゃありませんよ。
YouTuberは引退しましたから。
『リトル★ピカルくん』のアカウントも消したんです。

天野勇二

そのようだな。
君は『引退』を拒んでいたのに悪いことをした。
その点は深く詫びよう。
すまなかったな。


 偉そうで気障キザったらしい謝罪の言葉。


 賢人の頬が軽く引きつる。


吉川賢人

よく言いますよ……。
あんなことをされたら、さすがに引退するしかないです……。

まさかお母さんまでグルだったなんて……。
ちょっとだけオジさんを恨みましたからね。


 責めるように告げる。


 それでも深々と頭を下げた。


吉川賢人

だけど……。
本当にありがとうございました。
あれから考えましたけど、『引退』するのが正解だったと思います。

お母さんにも叱られました。
僕は「調子に乗ってた」って。
いつかもっと炎上する動画を投稿したかもしれないって。
だからオジさんの作戦に協力したって。

それを聞いてわかったんです。
僕の『悪ふざけ』が、いつかお母さんを傷つけるかもしれないんだって……。
どれだけYouTuberでお金を稼いでも、お母さんに迷惑をかけたら意味ないですよね……。


 大きく息を吐く。


吉川賢人

僕はバカだったんです。
もう『炎上系YouTuber』なんてやりません。
オジさんが前に言ってた『辞め時』は、そういう意味でもあったんですね。


 天野はタバコを取り出しながら賢人を見つめた。


 どこかさっぱりした表情だ。


 『リトル★ピカルくん』を引退したことに悔いはないのだろう。


天野勇二

それからはどうだ?
危険な目には遭ってないか?

吉川賢人

はい。
今は大丈夫です。

お巡りさんが登下校時に立ってくれてますし、先生もよく家に来てくれるんです。
ちょっとだけ、マスコミの人が来て困ってますけど。

それに……。


 興奮したように言葉を続ける。


吉川賢人

芸能事務所の人が来て、僕に『タレントにならないか』って勧誘スカウトしてくれたんです。
YouTuberをタレントとして売り出す予定なんですって。

あれってもしかして、オジさんが紹介してくれたんですか?

天野勇二

ほう?
なぜそう思うんだ?

吉川賢人

だって前島悠子まえしまゆうこさんがいる事務所だったし……。
スカウトの人も『色々と話は聞いてるから安心していい』って言ってました。
ただのスカウトの人は、そんなこと言わないんじゃないかと思って……。

天野勇二

ふぅん。
俺はよく知らんな。
君の活躍が認められたのだろう。
良かったじゃないか。



 涼太は苦笑しながら天野を見つめた。


 軽くとぼけているが、間違いなく天野が芸能事務所を動かしたのだろう。


 事務所が賢人の面倒を見るように。


 あの手この手を使って脅したに違いあるまい。



佐伯涼太

(まったくもう……。何が『ただの大学生』なのよ。『極道』『外務省』から『芸能事務所』まで……。コネクションをフル活用してるじゃん)



 天野は平然とタバコを吸っている。


 涼太は腕組みしながらその横顔を見つめた。



佐伯涼太

(本当に恐ろしいクソ野郎だね。『極道』もこれだけの騒ぎになれば手を出しにくくなる。YouTuberのアカウントも消えちゃった。おまけに『密輸組織』が摘発。今から賢人くんを殺すのは悪手でしかないよ)



 『反社』といえども子供の殺害は大仕事だ。


 できれば避けて通りたい道。


 賢人が『反社』を強請ゆするネタを失った以上、もう手を出すことはないだろう。



佐伯涼太

(これに加えて『芸能界への道』まで用意するとはねぇ……。今は世間が『ピカルくん』を応援するムードになってる。賢人くんの知名度と好感度が高まってるんだ。ここで芸能事務所に入っちゃえば、保身を願う『芸人』が賢人くんを引き立てるかもしれないワケか……)



 賢人が『芸能人タレント』になった時、例の『大御所芸人』はどのような行動に出るのか。


 芸能活動を妨害ぼうがいする可能性もある。


 しかし、むしろ懐柔かいじゅうして身内に引き込んだ方が得策だろう。


 賢人の『後ろ盾』になることで、自らの秘密を暴露させないように仕向ける。


 その代償として、賢人は芸能界での地位を確立する。


 天野はひとつの『生配信ライブ』で事態を逆転させ、賢人が『リトル★ピカルくん』以上のスターになる可能性まで用意したのだ。



佐伯涼太

(まぁそれも……。『芸人』が薬物で捕まらなければ、の話だけどさ)



 クスクス笑いながら賢人に声をかける。


佐伯涼太

めでたい話じゃん。
君はイケメンだからね。
いつか『ヒカキン』を超えるほどの人気者になるかも。
まずはYouTuberに復帰するの?

吉川賢人

いえ、僕はしばらくYouTuberをやりません。
当分はお休みしようと思ってます。


 さっぱりした口調で言った。


 涼太が驚いて尋ねる。


佐伯涼太

な、なんで?
めっちゃ美味しい話だよ。
お金だって稼げるのに。

吉川賢人

お金はもういいんです。
お母さんが決断してくれました。
お父さんからの『養育費』を受け取ることにしたんです。


 頬を緩めながら言葉を続ける。


吉川賢人

お母さんは時々、お父さんと連絡をとってたんですって。
僕には蒸発じょうはつして生きてるか死んでるかもわからない」とか言ってたのに……。

それでも養育費の受け取りは断ってたそうなんです。
だけど、これからは受け取ることにするって。
僕も月に1回だけ、お父さんと会えることになったんです。


 天野は静かにタバコの煙を吐き出した。


天野勇二

そうか。
だが、君の父親は……。

吉川賢人

はい。
聞きました。
お酒が大好きで、手放すことができないって……。

お母さんは何度も殴られたことがあるそうです。
このままじゃ僕にも手を出すかもしれない。
そう考えて離婚したと教えてくれました。


 賢人の表情は落ち着いている。


 これまで浮かべていたのは『大人びた』表情。


 子供が背伸びをして、一生懸命『大人』を演じているような表情。


 今の賢人は違う。


 『大人』の表情だ。


吉川賢人

お父さんはきっと、1人で苦しんでいるんだと思います。
だから僕は……。
そんなお父さんを、助けられるような男になりたいんです。


 恥ずかしげに頭をかく。


吉川賢人

こう思えたのは『YouTuber』を始めたからだと思います。

僕の動画を見て誰かが笑ってくれたり。
励まされたって言ってくれたり。
毎週の楽しみだって言ってくれたり……。

こんな僕でも、誰かを楽しませたり、励ますことができたんです。
もしかしたら、僕は誰かの絆創膏ばんそうこうになれたのかなって……。

天野勇二

ふふっ……。
絆創膏ばんそうこうか。
面白い表現だな。
そういえば君の父親も、『リトル★ピカルくん』を見る時だけが楽しみだと言っていたよ。


 賢人が興奮したように頷く。


吉川賢人

僕もそれ聞きました!
お父さんはどんな動画を気に入ってくれたのかなぁ……。

もし、僕がお父さんを励まして。
それでいつか、お酒をやめることができたら……。
僕もお父さんといっしょに、暮らすことができるのかなぁ……って。


 頬を赤くさせながら呟いている。


 父親と暮らすこと。


 多くの人間にとっては当たり前の日常。


 それは賢人にとって頬を染めるほどの夢物語なのだ。



天野勇二

そうか……。
そうだな……。



 天野は優しげに賢人を見つめた。


 いつかの自分の姿が重なる。


 天野も過去に似たようなことを目指した。



 父親を変えることができれば。


 むしろ救うことができれば。


 そう願い、奔走ほんそうしたこと。


 そして、それは叶わぬ願いだったと悟り、諦めてしまったこと……。



 天野は偉そうに言い放った。



天野勇二

いいか賢人よ。
人とは変わりながら生きていく生物だ。
それでも変わるってのは簡単なことじゃない。

特に『アル中』を治すのは難しいぜ。
いつか今の『信念』を捨て去る時が訪れるかもしれない。
血の繋がった親子や兄妹であっても、人と人が手を取り合って生きるのは難しいことなのさ。

君の『初恋』成就じょうじゅしなかったようにな。

吉川賢人

はい……。
それはわかっているつもりです……。


 賢人がどこか暗い表情で頷く。


天野勇二

だがな、その時が訪れても、君は今の気持ちを忘れるな。
今、君が『父親を救いたい』と願ったこと……。

叶わなかったとしても、そんなことは問題じゃない。
その感情を抱いた君自身に価値がある。
それはいつか君の『本質』に変わるものなんだ。

吉川賢人

僕の……。
『本質』ですか……?

天野勇二

そうだ。
今は理解できなくてもいい。
とにかく今の感情を忘れるな。
時々、思い出せば十分だ。

吉川賢人

はい……。
わかりました。


 賢人が神妙な表情で頷く。


 涼太が笑いながら口を挟んだ。


佐伯涼太

そうだよねぇ。
『初恋』が叶わなくても。
例えその娘を忘れちゃっても。
誰かを好きになった『恋心』は消えることがないんだ。

生まれて初めて誰かの手を握りたいと思ったこと……。
むしろ抱きしめたいと感じたこと。
さらにキスもして。
そのままベッドに押し倒して。
ああ、本当にブラジャーをさりげなく外すのって難しいんだなぁ、とか思ったり……

天野勇二

お前は何を言ってるんだ。


 天野が涼太の向こうずねを蹴り上げた。


佐伯涼太

ぎゃん!

……あ、いけね。
そうだったね。
ピカルくんは小学生だったね。
いやぁ、あまりに大人っぽいこと言うから忘れてたよ。


 賢人は朗らかに笑った。


吉川賢人

あの涼太さん……。
前から言おうと思ってたんですけど……。
僕の『初恋』はメイちゃんじゃないんですよ。

佐伯涼太

えぇっ!?
マジで!?
誰なのよ!?

吉川賢人

えっと……。
そのぉ……。
美術の坂本さかもと先生』っていう人なんですけど……。


 涼太は驚いて手を叩いた。


佐伯涼太

おぉっ!?
それわかるよ!
やっぱり『初恋』といえば年上のお姉様だよね!

しかも坂本ちゃんなんだ!
わかってるねぇ!
地味ながらも脱がしてみたらダイナマイトバディのエチエチお姉様
特に右のおっぱいにあるホクロがセクシーで………。



……あっ、いけね。


 涼太は慌てて口を押さえた。


 しかし、遅かった。


 天野が憤怒ふんぬの表情を浮かべて立ち上がる。


天野勇二

この野郎……!
さっきからくだらねぇことばかり言いやがって……!
クソどうしようもないゲスのパコ野郎めが……!

佐伯涼太

ヒィィィィッ!?

ごめん!
ついうっかり!
いつもの癖で!

やめて!
怒らないで!
子供が見てるでしょぉ!?

天野勇二

貴様のようなヤツは……!
死にやがれ!

佐伯涼太

ひぃぎゃああああ!



 涼太の脳天がテラスの床に突き刺さる。


 天野が手加減なしのツームストンパイルドライバーを放ったのだ。


 パコ野郎を黙らせて賢人に向き直る。



天野勇二

賢人よ……。
もうひとつ覚えておけ。

コイツのような男にはなるな。
絶対になるな。
わかったな。



 賢人は「は、はい……」と頷くのが精一杯。


 残念ながら天野の願いが叶うことはなく、元々『美少年』だった賢人はそこそこの『チャラ男』に成長することになるのだが……。


 それはまた、別の物語だ。








(おしまい)


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つばこ

ご愛読いただきありがとうございました。
何かひとつでも心に残るものがあれば幸いです。
 
 
メイちゃん「あれ…? 私の出番はないの…?(´;ω;`)ウッ…」
 
 
天野くんは過去に父親の何を変えようとしたのか。
なぜそれを諦めたのか。
そこに彼が東原に「お前のような人間は死ぬほど嫌い」と吐き捨てた理由があるのでしょう。
そのエピソードも語る時かもしれませんね。
 
とはいえ、次回はちょっとしたアイドルの女の子が絡んだエピソードを紹介します!
つばこはアイドルが大好き!
今のアイドルの主流とか何ひとつ知りませんけど、アイドルは大好きなんです!
どんなアイドルちゃんが登場するのか。
どれだけカワイイ女の子なのかワクワクしますね!!!
 
それでは次週土曜日、
『彼女を上手に握手会で襲撃する方法』
にてお会いしましょう。
 
つばこでした!ヾ(*´∀`*)ノ

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コメント 35件

  • しろ

    賢人くんチャラ男になるのか〜楽しみだね

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  • メロンパンの皮欲しいです。

    また涼太が犬神家の一族ごっこやってるよ。

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  • まこと

    天クソ読んで自分の本質を見つけた読者もチラホラいるだろうね
    元々持ってたけど、命名されてより堅固な存在として感じられることに感謝します。

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  • かじもなか

    チャラ男になっちゃうの~?

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  • まりごるごんぞーら

    チャラ男にはならないでー!読んでみたいけど。笑

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