天野は大学に到着すると、真っ直ぐ教育学部の教授棟を目指した。


 前島も小走りで追いかける。


 教授棟では2人の仲間が天野の到着を待っていた。



天野勇二

涼太に富樫か。
教授共はどこにいやがる。



 涼太が親指でひとつの会議室を示す。


佐伯涼太

そこにいるよ。
教育学部の関係者が集まって長い会議をしてるね。
たぶん『眞下先生の後任』をどうするのか相談してるんだよ。


 天野は納得したように頷いた。


 眞下という『准教授じゅんきょうじゅ』の穴を埋めるのはなかなか難しい。


 そう簡単に適任者は見つからないだろう。


 天野が会議室の扉に手を伸ばすと、富樫が慌てて言った。


富樫和親

あ、天野さん!?
まさか、会議室に入るつもりですか!?

天野勇二

ああ、もちろんだ。

富樫和親

大丈夫なんですか?
西崎先生と接触して、何か言われたんじゃありませんか?


 富樫は『天野と西崎の会話』の中身を知らない。


 それでも西崎を尾行していた富樫は「きっと厳しい結果になったんだろうな」と察していた。


 何せテラスから下りてきた西崎はとても不機嫌で、おまけにどこか困惑した表情まで浮かべていたのだ。


天野勇二

何か言われたどころの話じゃないさ。
西崎は遠回しに俺様を脅してきやがった。

もう教育学部に手を出すな。
手を出せば眞下のように死ぬことになるぞ。

そんなことを言われたよ。


 涼太と富樫は震え上がった。


 おずおずと進言する。


佐伯涼太

や、やばくない?
その脅しは怖すぎるよ。
西崎先生は眞下先生を殺した犯人を知っている。
もしくは西崎先生が犯人である。
そんな可能性が高くなるじゃん。


 天野は何の躊躇ためらいもなく会議室のドアノブを掴んだ。


天野勇二

俺様を見くびるな。
天才クソ野郎はあんな脅しには屈しない。


 扉には鍵がかかっている。


 仕方なく扉を軽くノック。


 1人の教授が迷惑そうに顔を出した。


権藤哲也

すまない。
今は会議中……

……って、お前は!
天野じゃないか!?


 慌てて扉を閉めようとする。


 天野は素早く片足をねじ込んだ。


天野勇二

これはこれは……。
権藤教授ではありませんか。
その節はお世話になりました。
慰謝料いしゃりょうの支払いは終わりましたか?

権藤哲也

う、うるさい!
帰れ!
ここはお前の来る場所じゃない!

天野勇二

あっはっは。
それは聞き入れられませんね。


 権藤は必死に扉を閉めようとしている。


 しかし、天野の片足がそれを許さない。


権藤哲也

くそぉ……!
出て行けぇ!
入って来るな!

天野勇二

まぁ落ち着きましょう。
話がしたいんですよ。
女子大生との『不倫』を好むあなたではなく、ボスである須田教授と話したいんです。


 ニタリと悪い笑みを浮かべ、権藤の逆鱗げきりんを撫で回す。


天野勇二

……いや、そうだ。
もうあなたは『不倫』ができないんだった。
結婚生活は俺が崩壊させてしまったからなぁ。
生きがいともいえる『趣味』を取り上げてしまい、本当に申し訳ないことをしましたね。

権藤哲也

きぃぃ……ッ!
きさまぁぁァッ!


 顔を真っ赤にして怒鳴る。


 天野はそれよりも大きな声で叫んだ。


天野勇二

聴こえるか!
教育学部の教授クズ共!
貴様らがきらう天才クソ野郎のお出ましだ!

会議室に入れろ!
入れなければ権藤のスキャンダルを大声で講義してやってもいいんだぞ!

権藤哲也

だ、黙れっ!
出て行けぇッ!
出て行けと言ってるんだ!



 押し出そうとする権藤。


 それをけようとする天野。


 2人の揉み合いを眺め、1人の男が諦めたように告げた。



???

……権藤くん。
もうやめなさい。
天野くんを入れてあげなさい。

権藤哲也

し、しかしっ!

???

揉めるだけ時間の無駄だ。
これ以上、騒ぎは起こすのは御免なのだよ。



 権藤が舌打ちしながら扉から手を放す。


 その男は静かに告げた。



???

天野くん。
要件があるなら手短にお願いしたい。
我々も忙しいのだ。



 屈辱くつじょくにまみれた権藤を押しのけ、ゆっくりと会議室に足を踏み入れる。


 教育学部の教授たち。


 准教授や講師も集まっている。


 全員が憎しみに満ちた表情で天野を睨んでいる。


 上座には、教育学部長である須田龍之介すだりゅうのすけの姿があった。







須田龍之介

久しぶりだね。
また君の顔を見ることになるとは思わなかった。
要件はなんだね?


 須田は威厳いげんに満ちた声で尋ねた。


 頬に刻み込まれたシワが、長い教授としての人生を物語っている。


 天野は偉そうに口を開いた。


天野勇二

どうも須田教授。
お元気そうで何よりです。
俺もあなたと相対するなんて想定していませんでしたよ。
『天才クソ野郎』と『教育学部』の関係は最悪ですからね。


 須田は両手をあごの前で組み、冷静に天野を睨みつけている。


 静かな怒りに燃える瞳。


 メガネをさり気なく直しながら口を開く。


須田龍之介

何度も言うが手短に頼む。
要件はなんだ?

天野勇二

あなたに『お尋ねしたいこと』がありましてね。

須田龍之介

尋ねたいこと?
君から質問を受けるような講義はしていないがね。

天野勇二

とぼけないでくださいよ。
眞下准教授のことです。


 西崎がすかさず立ち上がった。


西崎篤史

ちょっと待ってくれ……!
もう僕たちは天野くんに手を出さない。
そう言ったじゃないか。

天野勇二

西崎教授は黙っていてください。
あなたに興味はないんです。

教えてくださいよ須田教授。
あなたは眞下准教授が殺害された時の『アリバイ』がありませんよね?
そのことをお尋ねしたいんです。


 会議室にざわめきが走った。


天野勇二

あなたにとって眞下准教授は『裏口入学』斡旋あっせんするための『手駒』だった。
あなたはそれを処分したんだ。
まさか刃物で口を塞ぐとは恐れ入りましたよ。


 教授陣は一気に殺気立った。


 他学部の大学生が会議に乱入し、学部長を『人殺し』呼ばわりしたのだ。


 罵声ばせい怒号どごうが嵐のように吹き乱れる。


 須田はあくまでも冷静に言った。


須田龍之介

そんな事実は存在しない。
私は夕方まで講義を行い、自宅に帰り、歌舞伎町かぶきちょうで西崎くんたちと飲んだ。
眞下さんを殺すことはできない。


 天野は「あっはっは」と嫌な笑い声をあげた。


天野勇二

それはおかしいですね。
実は先ほど、あなたのご近所さんから興味深い証言を入手したんです。

あなたは夕方前に帰宅し、すぐに外出した。


そんな目撃証言があるんですよ。
つまり『アリバイ』が矛盾しているんです。
ここから導かれる解はひとつしかない。
あなたは大学で『講義なんかしていなかった』ということです。


 須田は呆れたように顔を歪めた。


須田龍之介

無茶なことを言うものだ……。
私の講義に出ていた学生が、私のことを認識していなかったと言うのかね?

天野勇二

そうなりますね。
あなたは自らの『替え玉』を用意した。
それを『アリバイ』に変えたんです。
目的は眞下を刺殺しさつすること。
歌舞伎町で飲んでいたのも『替え玉』だったんでしょうね。


 須田の顔に若干の戸惑とまどいが走る。


 それを見て西崎が口を開いた。


西崎篤史

須田さん……。
これは全てデタラメです。
天野くんは『ブラフ』をばら撒き、『コールドリーディング』で須田さんを揺さぶっているんです。
目的は須田さんの『失言』を引きずり出すこと。
どうせ今も盗聴しているのだろう?


 天野はニタリと不敵ふてきな笑みを浮かべた。


 胸元からボイスレコーダーを取り出す。


天野勇二

正解です。
さすが優秀な若手教授。
この程度はお見通しですか。


 西崎は真正面から天野を睨みつけた。


西崎篤史

くだらない話をするなら帰ってくれ。
須田さんは眞下さんの事件に関与していない。
デマを吹聴ふいちょうするだけでも名誉毀損めいよきそんになるぞ。
君なら理解できるだろう?


 教育学部の関係者は頼もしげに西崎を見上げた。


 さすが教育学部のムードメーカー。


 天野は感心したように言った。


天野勇二

なるほど。
西崎教授の影響力は大きいようですね。
だが、俺はあなたと話すつもりはないんです。


 西崎を無視して須田に向き直る。


天野勇二

いいですか須田教授。
あなたは眞下准教授を殺した。
それはもうわかりきっているんですよ。
俺様はこの手に真実を掴んでいる。
これは『コールドリーディング』ではなく『ホットリーディング』なのかもしれませんよ?

西崎篤史

天野くん!
いい加減に……!


 言い返そうとする西崎を須田が制する。


 須田は自らの口で言った。


須田龍之介

誰に聞いたのか知らないが、その目撃証言は間違いだ。
私は帰宅後、20時半まで自宅にいた。
それから歌舞伎町へ向かったんだ。

天野勇二

ほう?
なぜ歌舞伎町などに?

須田龍之介

もちろん、西崎くんや権藤くんと飲むためだ。

天野勇二

なぜそんなはなのない2人と?
あなたが誘ったんですか?

須田龍之介

そうだ。
私が誘った。


 西崎が「まずい」という表情を浮かべ始めた。


天野勇二

2人を誘ったのは何時のことですか?

須田龍之介

そんなことを教える義務はない。
君は警察か探偵でも気取っているのかね?

天野勇二

俺様は『学園の事件屋』ですからね。
事件屋ってのはしつこいんですよ。
喧嘩を売られたら黙ってはいない。

須田龍之介

君に喧嘩を売った覚えはないがね。

天野勇二

何を言うんですか?
喧嘩を売ってきたのは教育学部のあなた達でしょう?
眞下准教授は俺様に「いつか殺してやる」と言ってましたよ。
それは教育学部の皆さんの総意でしょう?

しかも眞下准教授はその時、つい『余計なこと』を口走ったんです。



 会議室を静かな沈黙が包んだ。


 いったい眞下は何を口走ったのか。

 身体を「ピクリ」とも動かせないほどの緊張感が充満している。


 天野はボイスレコーダーをぶら下げ、極悪の笑みを浮かべた。



天野勇二

眞下准教授は俺様の挑発にあおられて、こんなことを言ってしまったんです。

『裏口入学』は存在する。
だが、その『証拠』を入手することは不可能だ。
須田教授の力を見くびるな。


……とね。


 須田と西崎の顔が大きく歪んだ。


 西崎が何度も大きく首を横に振る。


西崎篤史

ふざけるんじゃない……!
言ったはずだ。
デマを吹聴ふいちょうすると名誉毀損めいよきそんになる。
そんなことは絶対にない。
君の言葉は嘘だらけだ。

天野勇二

嘘だらけ?
それはおかしいな。
『裏口』が存在することは、西崎教授からも明言されていますがね。

西崎篤史

め、明言はしていない!
どれだけ『ブラフ』をばら撒けば気が済むんだ!
ハッタリとブラフとトラッシュトークでこちらの言葉尻を掴む、天才クソ野郎の卑怯なやり方め!

天野勇二

何をとぼけているんですか。
あなたがテラスで俺に教えてくれましたよ?
あの時の会話は録音してあります。
ここで再生しましょうか?


 西崎が苛立いらだち髪をかきむしる。


 唾を飛ばしながら叫んだ。


西崎篤史

そんな無駄なことはやめろ!
なぜ君はそこまで教育学部を敵視するんだ!?

僕は言ったはずだ!
もう教育学部は君に手を出さない!
僕たちが敵対する理由はない!
それなのに、いったい君は何を考えているんだ!?


 怒り狂って吠えている。


 天野は気障キザったらしく指先を振り回した。


 西崎に向かって中指を突き上げる。


天野勇二

俺たちを殺人の『歯車ダシ』に使ったからですよ。
クソ生意気な人殺しのクズ共め。
あんたたちに利用されるほど、俺様の悪は安くないんですよ。

西崎篤史

そんなことは知らん!
君に説教される覚えもないぞ!

天野勇二

あっはっは。
説教される理由は理解しているくせに。

俺様は眞下准教授のように殺されるのは御免なんです。
だからこそ須田教授の周囲を探らせてもらった。
その結果、『アリバイ』が矛盾していることが判明した。
これは決定的な弱点ウィークポイントだ。
そう思って突かせてもらってるんですよ。


 西崎は机を「ドン」と叩いた。


西崎篤史

いい加減にしろ!
昨晩の須田さんが何をしていたのか、君たちは尾行して知っているはずだ!
偽りの情報で侮辱ぶじょくするのであれば、法廷で争ってもいいんだぞ!

天野勇二

それは脅しですね。
学生を1日に何度も脅すなんて、あなたはとんでもない教授だ。

西崎篤史

君の行為が脅しそのものだ!
恥を知りたまえ!


 天野は両手を上げた。


 気障キザったらしく拍手。


 にやりと嫌な笑みを浮かべる。


天野勇二

わかりました。
じゃあ、もう終わりにしましょう。


 突然、白旗しろはたを上げた。


 須田も西崎も困惑しながら天野を見つめる。


天野勇二

西崎教授……。
あなたはとても口達者だ。
講義でもペラペラ喋り、学生から大人気。
テラスでも饒舌じょうぜつな姿を見せてくれましたね。
だからこそ、あなたが攻めやすいと思ったんですよ。


 西崎に指を突きつける。


天野勇二

あなたはうっかり、自らの発言に蛇足だそくをつけてしまう癖があるようだ。
ペラペラ喋るヤツは大体そうなんです。
余計なことを喋り蛇足をつける。
そして今、その蛇足を頂戴した。
俺の疑念は確信に変わりました。


 西崎の顔が一気に青くなった。


 震える唇で尋ねる。


西崎篤史

だ、蛇足だと……?
な、なんのことだ。
何も不自然なことは言っていない……。

天野勇二

今、あなたが言ったじゃないですか。


 天野は会議室の出入口に向かった。


 権藤が彫像のように硬直しているので乱暴に押しのける。


 そして不敵ふてきな笑みを浮かべた。


天野勇二

あなたが言ったように、俺様の発言は全て『ブラフ』だ。
だが、おかしいな。
なぜあなたは俺たちが『須田教授を尾行していたこと』を知っているんですか?


 西崎の背筋に冷たいものが走る。


 天野は大げさに両手を広げた。


天野勇二

いやはや不思議なことがあるものだ。
俺は『歌舞伎町の噂話は耳に入ってくる』としか告げていないのに。
なぜあなたは『尾行していたこと』を知っているのだろう?

ここからどんな解が導き出されるのか……。
実に楽しみですね。


 西崎はその言葉で自らの失言を知った。


 天野は極悪の笑みを浮かべ、ゆっくり会議室を出て行った。



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つばこ

先週までが『メスブタの問題編』でしたが、天野くんはひとつの作戦を閃いているため簡単には犯人を名指ししません。つまり、
 
涼太くん「はーい。事件の関係者を全員テラスに集めたよー」
天野くん「犯人はこの中にいる!(ドーン」
( ;・`д・´)ナ、ナンダッテー!!(`・д´・(`・д´・; )
 
みたいな展開にはなりません。
実際のところ、今は『メスブタの問題編(後期)』になるのだと思います(´∀`*)ウフフ
 
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5/22(水)から『マンガ版・天クソ』の先読み更新話にて、つばこ書き下ろしの新エピソードが始まります!
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気になるタイトルは『彼が上手にゲス不倫する方法』です!(ゲス不倫が好きな作者ですね)
1話目から過激なネタが目白押し! お見逃しなく!
 
いつも応援やコメント、本当にありがとうございます!ヾ(*´∀`*)ノ

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コメント 23件

  • ゆんこ

    ふィーカックイィ

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  • ポンデリング

    やっぱりメスブタちゃんが内通者かぁ、西崎教授となら釣り合いそう( ¯꒳¯ )

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  • ぷに

    天野くんに喧嘩を売ったら倍どころじゃなくて何百倍にもなってかえってくるんだから恐ろしい:(;゙゚'ω゚'):

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  • モンピア

    まあ天野くんの場合
    「犯人はこの中にいるー!!」って言うより

    一人がボコボコにされたと言う知らせが入る
    →犯人あいつだったのか

    だよねwww
    そんな親切な謎解きじゃないw

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  • じゅ

    メスブタがこの教育学部の事件に巻き込まれたのは天野君による偶発的なものだから犯人の可能性は低い気がするが…

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