西崎篤史

天野くんの言う通りだ。
うちには『裏口入学』の噂がある。
それは僕も知っている。
天野くんがこっそり調べていることも知っている。
全て、知っているよ。



 前島は驚いて天野の顔を見つめた。


 『裏口入学』


 今、確かに西崎は『裏口入学』という単語を口にした。


 そんな話は聞いてない。



前島悠子

(う、裏口入学……!? なんですかそれ!? そんなの聞いてませんよ! 師匠は何も教えてくれないんですね!)



 全力で愚痴りたくなったが、それでもとにかく純真無垢じゅんしんむくな笑顔を浮かべた。


 よくわからない場面はとりあえず笑っていよう。


 それが芸能界で身につけた前島なりの処世術しょせいじゅつだ。



天野勇二

……やはり、あるんですね。
教育学部に『裏口』が。



 舌なめずりしながら尋ねる。


 西崎は苦笑しながら笑った。


西崎篤史

それは僕の口から言えないよ。
例えあったとしても『存在しない』と答えるだろう。

天野勇二

そりゃそうでしょうね。
しかし、俺様は『黒い噂』としか告げてません。
一言も『裏口入学』とは言ってない。
『黒い噂=裏口入学』と証明したのはあなた自身だ。
それは『裏口』が存在するという自白に等しいですよ。

西崎篤史

その論理は破綻はたんしているね。
僕は自白した訳ではない。
『黒い噂』について言及げんきゅうしただけだよ。

……だけど、僕の考えは正直に打ち明けようかな。


 西崎の態度が変わった。


 薄い笑みを浮かべ、どこか冷たい瞳で天野を見つめている。


西崎篤史

僕はね、聞いてみたいんだ。
天野くんがどこまで『黒い噂』を調べているのか……。
実際のところそれは全くわからない。
教えてくれないかな。



 前島は西崎の横顔を驚いて見つめた。


 先ほどまでは『爽やかな笑みを浮かべる人の良いイケオジ教授』という印象を受けていたが、今はまるで『凄腕のギャンブラー』のような印象を受ける。


 腹黒さを感じさせる冷たい笑み。


 好戦的に輝く瞳。


 てのひらの上でチップを転がし、どこにベットすれば一番儲かるのか。


 そんな計算高い態度がにじみ出ている。



天野勇二

調査の進捗しんちょくが知りたいんですね。
ならば教えましょう。
俺は全てを知ってますよ。
全てをね。

西崎篤史

へぇ……。
『全て』ときたか。
天野くんは『全て以上』を明らかにしてしまいそうな気がするよ。
なぜそんなことを調べているのかな?

天野勇二

もちろん教育学部が俺を敵視するからですよ。
俺は大学を追放されたくはないんです。
そのための『保険』ですね。


 呆れたように両手を広げる。


天野勇二

正直なところ、俺は『裏口』なんかどうでも良いんです。
どこの誰が不正に入学しようが知ったことじゃない。

あなたも噂で耳にしている通り、俺は『学園の問題児』であり真性のクソ野郎。
まさに『悪』そのものだ。
同じ『悪』にはそれなりに同情してやってもいい。
そんなことも考えているんですよ。


 西崎は寂しげに笑った。


西崎篤史

それはまるで……。
僕たちが『悪』みたいな言い方だね。

天野勇二

そうですか?
そんなつもりはありません。
しかし、そう感じたのであれば、あなたは自らが『悪』であることを自覚しているんでしょうね。

自分は人様には言えないことをしている。
お日様のあたる場所は歩けない。
客観的に見れば『悪』そのもの。
あなたはそのことを自覚しているんです。

いや、立派なことですよ。
自らの『悪』から目を背けてはいけません。
『悪』は誰の心の中にもあるんですからね。


 偉そうに語りかけている。


 学生に説教する教授を気取っているかのようだ。


 西崎は諦めたように言った。


西崎篤史

そんな言い方は酷いな。
僕たちとしては何もない腹を探られたくはないんだ。
天野くんは以前、『学長選挙』をぶち壊したことがあったよね。

天野勇二

学長選挙?
随分と大昔の話をしますね。

西崎篤史

ふふっ……。
そんなに昔でもないだろう?
あれは僕にとって、一生忘れることのできない光景だったな。


 瞳を細めて虚空こくうを見つめる。


西崎篤史

勇敢ゆうかんで正義感溢れる学生が『ブラフ』『ハッタリ』を駆使して悪事をさらけ出し、2人の教授の人生を終焉しゅうえんに導いた……。

素晴らしい『ブラフの発表会プレゼンテーション』だと思ったものだよ。
あの時の君はまさしく『正義のヒーロー』だった。
『やり方』は褒められたものじゃなかったけどね。


 おどけたように苦笑する。


西崎篤史

あの時、僕は君が『クソ野郎』と呼ばれる真の理由を垣間見かいまみた気がしたよ。
君は『悪』を気取っているのに、この世に蔓延はびこる全ての『悪』を嫌っている。
実に変わった『クソ野郎ヒーロー』だ。
あんなことができる人間は、きっと天野勇二という青年だけだろうね。



 天野は唇を歪めながら西崎を見つめた。


 学長選挙に出馬していた教授の殺害を自白させた事件。


 あの時、西崎もその場にいたのだろう。


(詳しくは『彼が上手に愛人を捨てる方法』を参照)



天野勇二

もう名前も忘れましたが、あの2人の教授は外道そのものでしたからね。
外道にピッタリの最期を与えてやっただけですよ。

西崎篤史

君の言う通りだ。
君の行為は賞賛しょうさんに値する。
だけどね、あんなことを教育学部にされては困るんだよ。


 天野はコーヒーを飲みながら不敵に笑った。


天野勇二

それは自分たちの悪事を見逃してくれ。
『裏口』を暴くのは勘弁してほしい。
そんなメッセージですか?

西崎篤史

違うよ。
僕たちは君が疑うようなことはしていない。
だからこそ、手を出さないでほしいんだ。

天野勇二

手を出さないでほしい……。
そんな言葉では抽象的ちゅうしょうてきすぎて理解できませんね。
何が言いたいんですか?


 西崎もコーヒーを口にする。


 そして天野を真正面から見つめた。


西崎篤史

君が僕たちをぎ回っているのは『教育学部が君を敵視しているから』なんだよね?

それなら僕が責任を持って、そんな馬鹿げた行為をやめさせよう。
むしろ君の味方になると約束する。
君を追放しないよう全ての教授に進言しても構わない。
『天才クソ野郎』と『教育学部』が手を組むんだ。
僕たちの馬鹿げた争い事を終わりにしようじゃないか。



 天野は感心しながら西崎を見つめた。


 西崎は天野と『平和条約』を締結ていけつしたいのだ。


 ある意味、天才クソ野郎への『全面降伏』を宣言したにも等しい。



天野勇二

(ほう……。なかなか思い切った交渉に出たな。教授としてのプライドを捨てて、俺様に頭を下げるというワケか……)



 悪くない条件だ。


 教育学部が敵にならないのであれば、わざわざ『裏口』のことを調べる必要もない。


 しかし、次の西崎の言葉が蛇足だそくだった。



西崎篤史

眞下さんも不幸なことに亡くなられた。
本当に悲しい出来事だ。
そんな解決を望んではいないんだよ。



 天野のまぶたがピクッと震えた。


 瞳に殺気をともしながら告げる。



天野勇二

今の言葉……。
まるで『脅し』のようですね。
教育学部から手を引かなければ、眞下先生のように死ぬことになる……。
そう言いたいんですか?


 西崎が真顔で否定する。


西崎篤史

それは違う。
そんな言い方はないだろう。
眞下さんに失礼だ。

天野勇二

確かにそうですね。
でも俺にはそのように聞こえましたよ。
教育倫理では教えていないんですか?
発言や指導で大事なのは、発言者の自覚ではなくそれを聞いた人間の受け取り方だと。


 西崎は口元に手をやった。


 迷いの表情を浮かべている。


 絞り出すように言った。



西崎篤史

……それなら、そう受け取ってもらっても構わない。



 天野は思わず真顔になった。


 前島の純真無垢な笑みも消え去った。


 この発言は明確な『脅し』だ。


 それも生易なまやさしい『脅し』ではない。




 これ以上『教育学部』に手を出すなら殺す。




 そう宣言したことに等しい。


 西崎は怯えた前島の表情を見ると、苦笑しながら両手を広げた。



西崎篤史

……なんてね!
これは冗談だよ。
さすがに今の発言は眞下さんに失礼だったな。
僕が言い過ぎた。
そんなことになる訳がないのにね。


 天野は険しい表情で口を開いた。


天野勇二

あなたが眞下を殺した犯人ならば、今のは明らかな『殺害予告』だ。
冗談ですむ発言ではない。

俺様に宣戦布告したいのか?
天才クソ野郎を殺せると本気で考えているのか?
どこまでも愚かな男め。

今この場で、そのふざけた口を永遠に黙らせてやってもいいんだぜ?


 テラスに殺気が張り詰める。


 西崎はそれを見つめ、冷たい笑みを浮かべた。


 呆れたように言い放つ。


西崎篤史

やめてよ天野くん。
本当に失言だった。
許してほしい。

それにね、僕が眞下さんを殺していないことは知っているじゃないか。
僕には『アリバイ』があるんだ。
何せ歌舞伎町のスナックで飲んでいたんだからさ。
眞下さんを殺すことなんかできないよ。


 天野は顔を歪めた。


 西崎の発言に矛盾むじゅんがある。


 あからさますぎるほどの矛盾むじゅんだ。


天野勇二

これはおかしいな。
俺はあなたが飲んでいたのは『キャバクラ』だと言いましたが、あなたは『スナック』と言いましたね?
なぜそれを俺が知っていると思ったんですか?


 西崎は笑みを崩さない。


 年長者としての余裕がある。


西崎篤史

君が歌舞伎町の噂を耳にするならば、そこまで知っていると考えたんだよ。
ちなみに須田さんと権藤さんと飲んでいたんだ。

天野勇二

珍しい組み合わせですね。
3人で飲むほど仲が良いとも思えませんが。

西崎篤史

そんなこともないさ。
色々と学生には聞かせられない愚痴を言いあうんだ。
時には教育論議が白熱することもある。
珍しい話でもないんだよ。


 西崎はそう言ってコーヒーを飲み干した。


 空のカップをテーブルの上に置く。


 真顔で天野を見つめた。



西崎篤史

天野くん……。
お願いだ。



 何かを訴えるような眼差し。


 天野を若者としてあなどっているのではない。


 むしろ天野を深く理解し、自らの障壁しょうへきとなり得る厄介な存在だと認識している。


 天野にはそのように見えた。



西崎篤史

もう教育学部には手を出さないでくれ。
『黒い噂』や眞下さんの殺人事件などに手を出さないでほしいんだ。
もう教育学部は天野くんの敵ではない。
君の絶対的に味方だ。
全てを平和的に終わらせたいんだよ。



 西崎はそこまで言うと立ち上がった。


 爽やかな『イケオジ教授』の笑みを浮かべる。



西崎篤史

本当に伝えたかったのは『これ』なんだ。
機会があれば飲みに行こう。
君は酒好きという噂も聞いているからね。
いつか本当に席を設けるよ。



 そう言って天野に背を向ける。


 軽やかにテラスの階段を下りて行く。


 天野は黙ってその背中を見送り、新しいタバコを口に咥えた。


 いつの間にか火をつけたタバコは燃え尽きている。


 それに気づかなかったのだから、天野もかなり神経を使っていたのだろう。



前島悠子

し、師匠……?
ど、どうなってるんですか?


 前島が怯えたように尋ねる。


前島悠子

西崎先生の態度……。
明らかに不自然ですよ。
間違いなく師匠が『調査すること』を嫌がってます。
どうして、あそこまで師匠を恐れているんでしょう……?


 天野は困ったように首を傾げた。


天野勇二

ああ、そのようだな。
完全に『天才クソ野郎』という存在を警戒している。

だが実際のところ、俺はまったく『真相』に近づいちゃいないんだよ。
『裏口』も『眞下の殺人事件』も、何ひとつ証拠を掴んではいない。
それでも西崎は俺様との『和平交渉』を望んだ。
これ以上俺が動けば困ることになると確信しているんだ。

前島悠子

なぜ確信しているんですか?
どうして師匠をそこまで?

天野勇二

恐らく『敵視していた』からだ。
痛い目にあった経験もある。
だからこそ『厄介な外敵』になると確信しているのさ。
アイツらは俺様が思っていた以上に、『天才クソ野郎』のことを評価していたのだろう……。


 天野は舌打ちしながら西崎が残したコーヒーカップを見つめた。


 西崎はこれを回収する余裕がなかったのか。


 それともこれも何かのメッセージなのか。


 今の天野には判断がつかない。


天野勇二

……だが、収穫はあった。
『違和感』のほとんどが解消できたよ。

全ての謎が一本の線で繋がった。

……いや、それは言い過ぎか。
まだ肝心なことが明らかになっていない。
どうやってアイツらの尻尾を握り潰すべきかな……。


 天野はそこまで言うと立ち上がった。


 単車の鍵を取り出す。


 顔中に疑問符クエスチョンマークを浮かべる前島に尋ねる。


天野勇二

お前、この後は仕事が入っているのか?

前島悠子

えっ?
私ですか?
お仕事は夕方からなので、それまで講義に出ようと思ってますが……。

天野勇二

ならば代返を頼め。
俺様も午後の実習はサボる。
付き合えよ。


 単車の鍵をクルクル回しながら告げる。


 前島の頬がバラ色に染まった


前島悠子

えぇぇっ!?
今、私に『付き合え』って言いました?
言いましたよね!?

天野勇二

ああ、言ったぞ。

前島悠子

それってアレですか!?
『おデート』のお誘いですか!?
そうですよね!
いいんですか!?
本当に私と『おデート』してくれるんですか!?

天野勇二

そんなようなものだ。
行くぞ。

前島悠子

はい!
いやったぁ!


 前島が小躍こおどりしながら立ち上がる。


 天野は西崎の残したコーヒーカップを睨みつけていた。





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つばこ

イエェェェーイ!!!!!!
2019年4月23日(火)をもってcomicoノベルは4周年を迎えます!
つまりは『天才クソ野郎の事件簿』も連載4周年!!!
祝☆連載4周年でございます!!!!!
 
これもひとえに応援していただいている読者の皆さまのおかげでございます。
本当にありがとうございます。
どうかこれからも皆様の傍らに天クソがありますように。
何かひとつでも心に残るものをお届けできるよう、つばこはこれからも頑張っていきます!
 
ではでは、いつも応援やコメント、本当にありがとうございます!ヾ(*´∀`*)ノ

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コメント 33件

  • 紫燕

    コービーカップに何があるって言うんだ…(私には分からない)

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  • タク

    前島、お前

    だだの都合のいい女になっとるぞw

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  • ニル

    4周年おめでとうございます!!!!!!!

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  • らおりん



    この回で何かが動きだしたのはわかった

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  • りおー

    (絶対違うとわかってても)おデートって言い切っちゃう前島ちゃんすこ

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