前島悠子

……ふぅ。
師匠、お待たせしました。



 前島が助手席に乗り込むと、天野はすぐに車を発進させた。


 今夜は天野の愛車である『真っ赤なポルシェ』でお出かけ。


 過去の事件で金持ちから頂戴ちょうだいした日本に1台しかないポルシェだ。


 天野たちは『ポチ』と呼んで可愛がっている。


前島悠子

今夜もポチを使うんですね。
うふふ……。
クリスマスの夜に真っ赤なポルシェでデートとか、めっちゃ素敵ですよねぇ……。

天野勇二

それはいいが変装を忘れるな。
お前の顔は目立つ。
一般人に目撃されたら、その時点でデートは終了だからな。


 前島は慌てて変装道具を取り出した。


 分厚いメガネとマスクを装着する。


前島悠子

……わかりました!
これでOKだと思います!

天野勇二

念のため伏せていろ。
しばらく顔を上げるな。

前島悠子

了解です師匠!


 天野は一般人の目撃、そして記者の尾行を警戒しながら赤坂あかさかにあるホテルへ向かった。


 誰もが知る一流ホテルのひとつ。


 前島が驚いて言った。


前島悠子

うわぁ……。
すんごいホテルですね。
まさか師匠、お部屋を予約したんですか?

天野勇二

ああ、極上の『スイートルーム』を押さえてある。

前島悠子

えぇっ!?
スイートルームですって!?



 前島の頬がバラ色に染まる。


 前島は「きた」と思った。


 ついに「勝負の時」がきた。


 今はラフな私服姿だが、念のため「勝負用の下着」を装備している。


 その下準備をしていて正解だったと感じた。



天野勇二

……よし。
誰も尾行していない。
行くぞ。



 天野はホテルの地下駐車場に車を停めた。


 ダウンコートを取り出し前島に羽織らせる。


 そのままホテルの中に入り、エレベーターに乗り込んだ。


天野勇二

まずは最上階の更衣室に向かう。
ここまでくれば変装は必要ないだろう。

前島悠子

わかりました。
お部屋には行かないんですね。
まぁ、そうですよね。
さすがに『いきなり』はないですよねぇ……。

でも更衣室で何をするんですか?

天野勇二

お前の『ドレス』を用意しているんだ。
まずは着替えてくれ。

前島悠子

おおっ……!
ドレス……!
そこまで手配してくれたんですか!?


 天野は気障キザったらしく微笑んだ。


天野勇二

当たり前さ。
『極上のデート』で重要なのはドレスコードだ。
今宵こよいは少しめかしこんでやろうじゃないか。



 前島は期待に胸を膨らませながら最上階に向かった。


 この時点で気分は最高潮。


 天野が『デートプラン』を練ってくれたこと。


 これほどの一流ホテルを予約してくれたこと。


 自分のドレスまで手配してくれたこと。


 何もかもが最高だ。



前島悠子

うわぁ……。
ドレスも素敵じゃないですか。
おまけに師匠のタキシード姿……。
とんでもなくイケてますね!

天野勇二

当然だな。
元が良ければ何を着ても似合うのさ。
次は屋上に行くぞ。



 ドレスアップした後は屋上に移動。


 このホテルは屋上に『ヘリポート』を備えている。


 屋上では1機のヘリコプターが天野たちの到着を待っていた。


天野勇二

前島よ。
あれに乗るぞ。


 前島が嬉しそうに飛び跳ねる。


前島悠子

うっひゃぁ!
まさかヘリに乗って夜景を見るんですか!?
クリスマスデートの王道じゃないですか!

天野勇二

どうせ地上から眺めるのは困難だからな。
ただ、少しやかましいぞ。

前島悠子

全然構いませんよ!
うわぁい!
やったぁ!



 天野と前島はヘリコプターに乗り込んだ。


 このヘリコプターはカップルだけでなく、政治家などのVIPを乗せることもある。


 前島のことをSNSで拡散するような行為はしない。


 どんなVIPが誰とヘリに乗り込んでも、必ず秘密を守る。



前島悠子

うわぁぁ!
師匠!
すごい綺麗ですよ!



 ヘリが天野たちを乗せて東京の夜空に浮かび上がった。


 前島は天野の腕に抱きつき、窓から東京の夜景を見下ろす。


 ライトアップされた幾千いくせんもののタワーやビル。


 宝石箱をぶちまけたような美しい景色。


 ヘリは都内の空をしばし旋回し、前島に無限のきらめきを届けた。



前島悠子

すごい……!
あれはスカイツリーですよね!?
あっちは六本木ろっぽんぎヒルズでしょうか!?
ヘリから見る夜景って、こんなに綺麗なんですね!



 前島は夢のような笑顔で街を眺めた。


 『恋人カレシ』とヘリから見下ろすクリスマスの夜景。


 これ以上ないほどの絶景だ。


 しかし、天野はその程度で満足する男ではなかった。



天野勇二

前島!
あっちだ!



 天野が南の夜空を指さした。


 前島が小首を傾げながら見ると、そこに一発の花火が上がった。


 「どーん」と大きな音が響く。


 夜空に美しい円が描かれた。






前島悠子

うわぁぁぁ……!
花火ですか!
まさかこれも!?
これも師匠の仕込みなんですか!?



 天野は当然のように頷いた。


 今度は西の夜空を指さす。


 そこにもまた大きな花火が上がった。



前島悠子

うひゃああ!
スターマインじゃないですか!



 天野は花火を見つめながら満足気に頷いている。


 ヘリは花火を確認すると、ゆっくりとまた夜空を旋回し、ホテルに戻った。


 前島はヘリから飛び降りると、


前島悠子

すごいですよ!
クリスマスの夜に花火を打ち上げるなんて!
全部、師匠が手配してくれたんですか!?


 興奮を隠しきれずに叫ぶ。


 天野は何事もないように言った。


天野勇二

ちょっと花火職人の知り合いがいてな。
医者ってのは顔が広いのさ。
『医者のボンボン』とは大したものだろう?

前島悠子

い、いや、『医者のボンボン』ができる範疇はんちゅうを超えてますよ!
これはすごいです!
間違いなくこれは『極上のデート』です!

天野勇二

おいおい前島よ。
天才クソ野郎がこの程度で終わると思うのか?
まだデートは始まったばかりだぜ。


 前島は驚愕きょうがくして天野を見上げた。


 クリスマスの夜に東京の夜景を眺めるヘリを予約しただけで、クリスマスデートとしては合格点だ。


 おまけに花火までタイミングよく打ち上げている。


 ちょっと天野の懐事情が心配だ。



天野勇二

次はディナーだ。
このホテルのシェフは良い腕をしている。
期待していいぞ。

前島悠子

や、やっぱりお部屋ですか?
お部屋で2人きりですか?

天野勇二

それも悪くないが、レストランからの夜景が格別なんだ。
そこで乾杯しよう。

前島悠子

えっ……。
でも、レストランは人目につきませんか?

天野勇二

問題ない。
貸し切った。
行くぞ。



 前島は仰天しながら天野に続いた。


 確かにレストランの客は1人もいない。


 『クリスマスディナー』という一番儲かる時間帯なのに、完全にリザーブされている。


 ウェイターが待っているのは天野と前島だけ。


 天野が一番良い席に座ると料理長シェフが飛んで来た。


料理長

天野様。
お待ちしておりました。
私が本日のコースを提供させて頂きます。

天野勇二

ああ、宜しく頼む。
手はず通りやってくれ。

料理長

かしこまりました。


 料理長が厨房に戻ると、今度はソムリエが上質なシャンパンを運んで来た。


 丁寧かつ優雅な接客だが、若干の「怯え」が垣間かいま見える。


 天野が「前島のことを喋れば全員クビにしてやる」と脅しているからだ。


前島悠子

師匠……。
まさかここまでの『コネ』を持っているとは、知りませんでした……。


 夜景を眺めながらシャンパンを飲みこむ。


 20歳の前島にはシャンパンの味なんてわからない。


 シュワシュワするお酒だ。


 何となく美味のような気がする。


天野勇二

このホテルのオーナーの息子は小学校の同級生でな。
ちょっと縁があったのさ。
クリスマスを『大切な女』と過ごしたいと言ったら、喜んで席を設けてくれたよ。


 気障キザそのものの台詞を平然と言い放ち、優しく微笑む。


 このクソ野郎、『極上のデートプラン』というものを心底理解していた。


 今宵こよいは『理想の恋人』を演じきっている。


 野蛮な気配を引っ込め、不快感のある空間を作ろうともしない。


 前島に『流し目』を飛ばしまくりだ。


天野勇二

そういえば……。
先月発売された、お前の新曲を聴いたぜ。
久々にCDを買ったんだ。

前島悠子

えぇっ!?
師匠がCDを!?
め、珍しいですね!
どうでしたか!?


 天野は優しげに瞳を細めた。


天野勇二

素晴らしい歌だった。
心の底から感動したよ。
お前というアーティストの素晴らしさを改めて実感した。
これまでお前の歌を聴かなかったなんて、馬鹿なことをしたと思ったものさ。



 前島はフルコースの料理を食べながら、あまりにイケメンすぎる自らの恋人を惚れ惚れとした瞳で見つめていた。


 完璧だった。


 天野が前島の話を興味深そうに聞いてくれる。


 その全てに100点の相槌を打ってくれる。


 あまりに出来過ぎていて、前島は夢でも見ているのではないかと不安だった。




 やがてフロアに弦楽器げんがっきとピアノの生演奏が流れ始めた。


 天野たちだけのために演奏しているのだ。


 高級なフランス料理のフルコース。


 目の前には美しい夜景。


 耳からは生演奏。


 優しすぎる天才クソ野郎。


 あらゆる感覚の全てが満たされる。



天野勇二

次はデザートだ。
ケーキを用意している。



 食後に天野が指を「パチン」と鳴らした。


 それを合図に大きなクリスマスケーキがやって来た。


 小さな花火を添えたブッシュドノエル。


 前島は嬉しそうにケーキを頬張った。


前島悠子

これもすんごく美味しい……!

師匠、私は感激です。
私は師匠の弟子になって、これほど幸せを実感したことがありません。


 しみじみと前島が呟く。


 確かに『金』や『コネ』の力をフル活用しているが、下準備と演出が素晴らしい。


 それに天野が自分のためにそこまでしてくれること。


 それが何よりも嬉しい。


 今後、天野がどんな『悪の道』を走っても、前島は「どこまでもついて行こう」と心に決めた。



天野勇二

さて前島よ。
お前も知っている通り、俺様は天才だ。
天才がゆえの『特技』を初披露してやろう。
ちょっと一緒に来てくれ。

前島悠子

えっ!?
ま、まだ何かあるんですか。
まだ私の心を『キュン死』させるんですか。

天野勇二

当たり前だ。
それでなくては『極上』とは言えない。


 天野は前島の手を取り、グランドピアノの前に誘導した。


 演奏者が静かに席を譲る。


 2人は一緒にピアノの前に座った。


前島悠子

まさか師匠……。
ピアノを弾けるんですか?

天野勇二

そうだ。
一緒に演奏しよう。

前島悠子

で、でも、私はピアノなんて弾けませんよ?

天野勇二

大丈夫だ。
指1本あればいい。
適当に鍵盤を押してみろ。


 前島は人差し指で、恐る恐るひとつの鍵盤を押した。


 するとそれに合わせて天野がメロディラインをかなでる。


 クソ野郎には似合わない繊細せんさいな腕前。


 前島がその腕前に唖然あぜんしていると、天野が優しげに言った。



天野勇二

好きに弾くんだ。
俺が伴奏をつけてやる。

前島悠子

は、はい……!



 前島が一音を刻むごとに、天野がそれを美しいメロディに変える。


 本当に恐ろしい男だ。


 まさかこんな『特技』を隠し持っていたとは。


 前島は自らの指先が音楽に変わる様。


 天野の洗練された腕前。


 その精悍せいかんな横顔に何もかもが奪われた。


 天野が演奏を終わらせると温かい拍手が2人を包んだ。



天野勇二

さぁ、前島。
部屋に行こうか。



 前島は頬を染めながら天野に続いた。


 時計を確かめると22時。


 スケジュールラインは完璧。


 ここまでの演出も完璧。


 そして何より天野が『理想の恋人カレシ』で完璧。



 後はベッドで一緒に『聖夜』のひと時を過ごすだけ。



 前島の胸は、この夜一番の高鳴りを見せていた。





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つばこ

新年あけましておめでとうございます。
2019年も天野くんをよろしくお願いいたします。
今年も天クソが皆様のお傍にありますように。
 
年が明けましたが、本編ではどこまでもクリスマスでございます。
おまけに「天野くんはピアノが弾けちゃう」という特技が判明しました。
なんなんですかねこのクソ野郎( ゚д゚)
いったいどこまで引き出しがあるのか、もはや怖くなってきたのはつばこだけでしょうか( ゚д゚)
 
ちなみにクリスマスデートはここが折り返し地点です!
次回も天野くんの更なる特技が登場します! お楽しみに!
ではでは、いつも応援やコメント、本当にありがとうございます!( ´∀`)bグッ!

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コメント 53件

  • 田中

    甘々というか、甘美ってレベル

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  • rtkyusgt

    元が良ければ何を着ても似合うとか言ってみたいわw

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  • ねここ

    おぉ、さすが天野くん、完璧な演出じゃないですか。
    お金山ほど持ってるから出来る技駆使してるね♪

    …だからこそ次回怖いな。ドキドキ。

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  • ИДЙ

    トキメキが過ぎる(〃艸〃)
    期待しかない展開だけど、きっとベッドでの甘い夜はないまま帰されるんだろうなぁ……
    この流れはお泊まりしたい(´・ω・`)

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  • ポンデリング

    夢オチでは?って気がして恐ろしい

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