天野勇二

……なんだ。
誤解だったのか。
それは悪いことをしたな。



 湘南の由比ヶ浜ゆいがはま


 朝日に照らされた砂浜。


 天野は『豪華な花束』を置くと、呆れたように言った。



天野勇二

だが早く言えよ。
うっかり『クソ下衆ロリコンパコ野郎』が女子高生を襲っていると思い、数発蹴り飛ばしてしまったじゃないか。
つまらないものを蹴らせるな。
俺様に無駄なエネルギーを使わせるんじゃない。

佐伯涼太

…………

天野勇二

まぁ、これも『日頃の行い』が悪いせいだな。
お前ならやりかねない。
どこで女を押し倒しても不思議じゃない。
少なくとも女を泣かせる『クソ下衆パコ野郎』であることは真実なんだ。

それでも寛大かんだいな俺様はしっかり詫びよう。
すまなかったな。
許してくれ。

佐伯涼太

……もういいよ。
もう何も言わないで。
もうわかったから。



 涼太はげんなりと顔を歪めた。


 蹴り飛ばされた腹をさする。


 まさか『本気の蹴り』をぶちかましてくるとは。


 しかも天野の靴は『鉄板』を仕込んである特注品。


 大怪我にならなくて良かった、むしろ命があっただけで幸いだったと、涼太は何度もため息を吐いていた。



佐伯涼太

……それでさ。
君はなんで、あんなところにいたの?

小柄な女子高生

…………



 かたわらの小柄な少女に尋ねる。


 瞳を腫らした女子高生。


 今は制服の代わりに涼太の大きなシャツを羽織り、恥ずかしげに体育座りしている。


 如何いかんせん制服が濡れてしまったので、



佐伯涼太

制服が乾くまで僕の服を着なよ。
遠慮することないって。
子供の裸には興味ないし。
むしろ制服を乾かさないとブラが透けてハレンチマックスだよ。



 と言われ、しぶしぶ着替えているのだ。


 顔を赤くさせながら胸元を隠している。


佐伯涼太

何か悲しいことがあったのかな?
僕たちで良ければ話を聞くよ。
好きなだけ愚痴ればいい。
こっちのお兄さんは野蛮だけど、根はそこまで悪くないんだ。
少なくとも極道ヤクザよりは優しいよ。


 天野を指さしながら優しく告げる。


佐伯涼太

きっと僕たちは君の力になれる。
これも何かの縁だ。
遠慮せずに話してごらん。



 少女は黙って俯いた。


 唇は固く閉じられたまま。


 なかなか語ろうとしない。



佐伯涼太

……まぁ、言いたくないならいいけどさ。
人生色々あるからね。

でも君は若いんだ。
死んじゃうなんてマジでもったいないよ。
世界はハッピーエンドでできてるんだ。
それに、君は結構カワイイじゃない。

小柄な女子高生

………!


 少女が「はっ」と顔を上げた。


 どんどん顔が赤くなる。


 ぷるぷると小刻みに震え出す。


 瞳に涙をにじませて叫んだ。



小柄な女子高生

可愛くないですよ!
私なんか……。
ちっとも可愛くありません!



 天野と涼太が驚いて少女を見つめる。


 少女は更に声を振り上げた。



小柄な女子高生

だって……!
昨日、私は『カレシ』に捨てられたんですよ!?

それもすんごくみじめに捨てられたんです!
言葉通り捨てられたんです!
『ブス』とか何回も言われたんですよ!?

そんな私のどこが可愛いんですかぁ!!!



 少女がわんわん泣き始めた。


 涼太が困ったようになだめる。


 天野は呆れたように眺める。


 そして少女は泣きながら語り始めた。







 彼女の名前は河瀬結衣かわせゆい


 鎌倉かまくらの女子校に通う17歳の女の子。


 昨晩は交際して1ヶ月になる恋人カレシこと、安江将生やすえまさきとドライブデートを楽しんでいた。



 交際のきっかけは下校中のナンパ。


 車に乗った安江に声をかけられ、しつこく口説かれ、強引に押され、仕方なく『お付き合い』を始めたのだ。



 安江のことは別に好きではなかった。


 それでも河瀬は『車を持っている年上男子が魅力的に見える』お年頃。


 いつか本気で好きになるかもしれない。


 そんなことを思いながら、昨晩は湘南の海をドライブしていた。



 途中までは問題なかった。


 楽しいデートだった。


 問題は『安江が暗がりに車を停めた後』に発生した。



安江将生

なぁ……。
今日は、いいだろ?



 安江が運転席のシートを倒し、上着を脱ぎ捨てた。


 助手席の河瀬に迫る。


 これから何が起きるのか、安江が何を求めているのか、『初心ウブ』な河瀬でも理解することができた。


河瀬結衣

ちょ、ちょっと待って……。
イヤだよ……。
怖いってば……。
まだ付き合って1ヶ月なのに……。


 まだキスもしたことがないのに。


 手をつなぐだけでいっぱいいっぱいなのに。


 その先のことなんて想像もできない。


 心の準備もできていない。


 安江は舌打ちしながら言った。


安江将生

なに言ってんだよ。
もう1ヶ月だべ?
お前ガキすぎ。
いつになったらヤラせんだよ。

河瀬結衣

ヤラせるって……。
そ、そんなこと言われても……。


 安江の顔が怖い。


 野獣と化した男の顔。


 いつもどこか乱暴で粗野そやな男だが、それ以上にどこか鬼気迫ききせまるものがある。


河瀬結衣

まだイヤだよ……。
先生が言ってた。
高校生はそういうの、しちゃいけないって……。


 首を横に振りながら告げる。


 安江は軽く笑った。


安江将生

先生だぁ?
ガキみてぇなこと言うな。
みんなやってんじゃんか。
ほら脱げよ。

河瀬結衣

いや、でも、その……。
こういうの、あんまり好きじゃないし……。

安江将生

これから好きになんだよ。
じっくり教えてやる。
大人の女にしてやるからよ。


 そう言って太ももを撫で、スカートの中に手を入れる。


 河瀬の鳥肌が「ゾワゾワッ」と立った。


 言いようのない不快感。


 ものすごく気持ち悪い。


 涙目で手を振り払った。


河瀬結衣

ちょ、やめてって……!
ここじゃイヤ!
汗もかいたし……!
シャワーとか浴びてないし!

安江将生

ここでいいだろ。
ラブホなんて金がもったいねぇべ。

河瀬結衣

そんな……!
イヤだよ!
車の中とかもイヤだってば!

安江将生

かったりぃこと言うな。
じゃあ、お前の家ならいいのか?

河瀬結衣

む、無理無理っ……!
お父さんもお母さんもいるし!

安江将生

俺ん家も無理だ。
じゃあここでいいな。
大丈夫だって。
ウェットティッシュもあるからよ。


 安江がのしかかる。


 必死に逃げ出そうとするが、シートベルトがうまく外れてくれない。


 安江の荒い息が顔にかかる。


 太ももに何か固い物が当たる。


 安江の手が「がしっ」と胸を鷲掴わしづかみにした。



河瀬結衣

ひぃぃぃっ!?



 全身が飛び上がるほどの嫌悪感。


 河瀬は思わず腕を振り上げた。


 肘が安江のあごに当たった。


安江将生

いってぇ……!
てめぇ……!
何すんだこのブス!


 安江が激怒した。


 河瀬が涙目で弁解する。


河瀬結衣

ご、ごめん……!
叩くつもりじゃなかったんだけど……!

安江将生

ざっけんな!
ブスのくせに俺を殴りやがって……!
なんなんだよてめぇ!
ずっと我慢してやったのによ……!


 無理やり河瀬のシートベルトを外す。


 助手席の扉を開け放つ。


安江将生

もうお前みたいなブスとは付き合ってらんねぇ。
ここで降りろ。
帰れよ。
今すぐ帰れ。

何もしないなら帰れ!


 そして、思い切り河瀬を蹴り飛ばした。



河瀬結衣

きゃああっ!?



 河瀬が車から転がり落ちる。


 慌てて顔を上げる。


 助手席の扉が勢いよく閉まった。


河瀬結衣

えぇっ……!?
う、うそでしょ!?
ちょっと待ってよ!


 車が勢いよく走り出す。


 河瀬は青ざめて追いかけた。



河瀬結衣

待ってよ!
ごめんってばぁ!
待って!
こんなとこに置いてかないで!



 車は湘南の夜を走り抜け、あっさり見えなくなってしまった。


 呆然とその場に立ち尽くす。


 鞄は車の中に置きっぱなし。


 財布やスマホは鞄に入っている。


 ここがどこなのか、まるでわからない。


 見えるのは濃い闇に包まれた海岸線。


 波の音だけが聴こえる。



河瀬結衣

うぅぅぅ……。
酷い……。
怖いよぉ……。



 河瀬は暗がりにしゃがみこんだ。


 泣きながら安江を待ち続ける。


 やがて夜が明け、周囲が明るくなっても、安江は戻って来なかった。


 完全に河瀬を捨てて帰ってしまったのだ。



河瀬結衣

ありえない……。
私、何やってんだろ……。
なんで、あんな男に、こんなことされなきゃいけないの……。



 しょんぼりしながら海岸線を歩いた。


 何もかもがむなしい。


 あんな男に迫られたこと。


 あんな男と付き合っていたこと。


 あんな男に捨てられたこと。


 自分が情けなくてみじめで何の価値もない存在のように感じる。


 おまけにこのまま家に帰っても、両親から「無断外泊するんじゃない」と、こっぴどく叱られてしまうのだ。


 なんてバカらしい現実なのだろう。


 そんなことを思いながら水平線を眺めていたら、




佐伯涼太

ねぇねぇ。
そんなところで何してんの?




 涼太が声をかけてきたのだった。





河瀬結衣

……ひっぐ……。
もう、色んなことがむなしくて……。
何もかもバカみたいで……。
本当にムカついたし、すっごく悲しくなっちゃって……。


 泣きながら語っている。


河瀬結衣

だって酷いじゃないですか……。
あんなところで『ヤラせろヤラせろ』って……!

男ってみんなそうなんですか!?
みんなバカなんですか!?
でも、そんな男に捨てられた自分が、一番バカみたい……!

だからもう、いっそのこと死んじゃえば、全部ラクになると思ったんです……。


 グズグズと泣き続けている。


 涼太はハンカチを取り出しながら言った。


佐伯涼太

そっか……。
そんなことがあったんだ。
酷い男だね……。


 涼太は同情の言葉をかけているが、天野は違った。


 先ほどから顔を覆っている。


 小刻みに震えている。


 何かをこらえているようだ。


 やがて顔を上げると、



天野勇二

あっはっはっ!
なんだそりゃ!?
その程度なのかよ!?
お前はその程度のことで死のうと思ったのか!?



 豪快ごうかいに笑い飛ばした。



天野勇二

なんてくだらねぇ女だ!
お前も男もどうしようもないな!
バカな男に捨てられたバカな小娘!
最高に笑えるぜ!
あーーーっはっはっは!

河瀬結衣

………ッ!!!



 腹を抱えて爆笑する天野。


 それを殺すような目で睨みつける河瀬。


 涼太は2人の顔を眺めると、



佐伯涼太

……ごめんよ。
さっきの言葉を撤回する。

あのお兄さんはちっとも優しくない。
まだ極道ヤクザのほうが優しいかもしれない。
真性の『クソ野郎』だ。

頭のネジが数本飛んでるんだよ。
気にしないでね。



 優しげに河瀬を励まし、深くため息を吐いた。





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つばこ

【お詫び】
 
前回の作者コメにて「最終回を迎える直前あたりに紹介したい」と書きましたが、これはとても誤解を招く書き方でございました。
誠に申し訳ございません。
 
 
つばこはーーー!
天クソの連載をーーー!
やめへんでぇーーーーー!!!!
 
 
天クソはまだ続きます!
変な書き方をしてしまいごめんなさい!
1日でも長く色々な天野くんをお届けできるよう、つばこは精一杯頑張っていきます!
これからも応援よろしくオナシャス!!!!
 
ではでは、いつも応援やコメント、本当にありがとうございます(๑•̀ㅂ•́)و✧

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コメント 73件

  • こるく

    俺は2021年の未来から来たんだが、天クソ最終回フラグ後3年は続くから安心して欲しい(????)

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  • ゆたんぽ。

    クソ野郎は、笑い飛ばすやろなぁって
    思ったら、案の定で…w
    200~話も天野君視点で読んでるから、遂に思考が毒されつつあるわ

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  • 麒麟です。Queen親衛隊

    わわわ、よかった終わらないのか!!

    ここからどうなるんだろう?
    その男を天野くんが成敗する〜だけだと嘘と結びつかないし涼太が主役だし、やばいこの話めっちゃハマる予感( ˙ ꒳ ˙ )

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  • まこと

    1番大事な自分が守れて良かったよ。
    カードやスマホは契約会社に連絡して使えなくしてもらって、教材なんかも何とかなるとして…
    関係者への説明が1番惨めで嫌なんだろうなー、この場合

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  • ぬかづけ

    ビックリした、、
    終わらないって事でいいんだね

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