レイチェルが黒崎たちに確保され、『アメリカ大統領の娘』の暗殺計画が失敗に終わり、毒蛇 セルペント・ヴェレノーゾも無事に日本を発った翌々日。



天野勇二

……やっと、帰って来れたか……。



 成田なりた空港の到着ロビーに天野が現れた。


 まずコンビニへ立ち寄り、スマホの充電器を購入。


 電池が切れて大人しくなっていたスマホを起動させる。



天野勇二

……チッ。
とんでもない数の着信が入ってやがる……。



 不在着信の数は100件を越えている。


 留守電も保存できる件数をオーバー。


 メールの未読件数も多い。


 ほとんどが涼太によるもの。


 しかし、その中には弟子である前島悠子まえしまゆうこの名前もあった。



天野勇二

なぜ弟子が……?
まぁ、とりあえず病院に行くか……。



 天野はタクシーを走らせ、涼太が入院する病院へ向かった。


 車内ではずっと爆睡。


 この2日間、まともな睡眠を取ることができなかったのだ。


 タクシーは1時間半ほど走り、都内にある病院まで天野を運んだ。


 欠伸あくびを噛み殺しながらタクシーを降りると、



前島悠子

……あぁっ!

やっときた!
師匠!
今まで何をしてたんですか!?



 前島が血相けっそうを変えてやって来た。


天野勇二

弟子か。
久しぶりだな。
元気だったか?

前島悠子

はい!
もちろん元気いっぱい……じゃないですよ!

師匠はこの2日間、どこで何をしてたんですか!?
何度も電話したんですよ!


 天野は肩をすくめた。


天野勇二

悪いが、外部と連絡が取れる状況じゃなかったのさ。
俺は『横田基地よこたきち』まで移送されてな。
長い尋問じんもんを経てソウルへ。
そこでも色々あったんだ。
これでも相当早く帰って来たんだぜ。


 前島は目をぱちくりさせて言った。


前島悠子

よ、横田基地!?
それって、米軍基地べいぐんきちってことですか!?

天野勇二

そうだ。
そこからソウルへ飛んだ。

前島悠子

な、なんでそんなことに!?
『殺し屋』のレイちゃんが関係してるんですか!?


 天野は眉をひそめた。


天野勇二

……うん?
なぜそれを知っている?

前島悠子

涼太さんから連絡があったんですよ!
レイちゃんに『謎の毒物』を打たれたって!
師匠が『解毒剤』を探してるけど、全然連絡が取れなくて困ってるって!


 天野は小さなため息を吐いた。


天野勇二

涼太のヤツめ……。
できれば、お前には言いたくなかったんだがな……。

前島悠子

いやいや!
そういうことはちゃんと言ってください!
レイちゃんが『殺し屋』なのはショックでしたし、正直今でも半信半疑ですけど、その程度で凹むクソ女じゃないんですよ!


 前島は憤慨ふんがいしている。


 天野は素直に詫びた。


天野勇二

そうか……。
すまなかったな。
それで、お前は何をしているんだ?

前島悠子

涼太さんのお見舞いです!
『毒物』を打たれてもうすぐ48時間になるんです!
もう涼太さん、すっごく落ち込んでて……。
『解毒剤』は見つかったんですか?

天野勇二

その点は問題ない。
まずは病室に行こう。
案内してくれ。

前島悠子

わかりました!



 天野は前島を先導させ、涼太の病室へ向かった。


 涼太は最上階の個室にいた。


 病院の中でも特上といえるVIP室だ。



佐伯涼太

ああ、勇二ぃ……。

待ってたよぉ……。

絶対に、来てくれるって、信じてたよぉ……。



 涼太は弱々しい顔で出迎えた。


 ベッドに横たわり、白い顔をはかなげにほころばせている。



佐伯涼太

ほら、窓の外を見てよ。

桜が満開だよ。

病院の先生にお願いしたら、桜がよく見える部屋に移してくれたんだ……。

死ぬ前に、満開の桜を見ることができて、良かった……。



 遠い目で窓の外を眺める。



佐伯涼太

だけど、あの桜が散る前に、僕は死んじゃうんだよねぇ……。

悲しいねぇ……。

やるせないねぇ……。

せめて桜が散り終わるまで、生きていたかったなぁ……。



 天野は「ふわぁぁ…」と大きな欠伸あくびをしながら尋ねた。



天野勇二

『毒物』は見つかったのか?


 涼太はゆっくり首を横に振った。


佐伯涼太

さっぱり見つからないんだって……。

これから僕の身体に何が起きるのか……。

先生たちもわからないって……。

天野勇二

それは困ったな。
黒崎たちは来たか?

佐伯涼太

うん……。

勇二が手配してくれたんだよね。

外務省の人や、どこかの博士みたいな人がいっぱい来たよ。

天野勇二

黒崎は何か言ったか?
ちゃんと説明するように頼んでおいたのだが。


 涼太は小さく頷いた。


佐伯涼太

『大丈夫だから安心してくれ』って、言われたよ。

でも、詳しいことは教えてく
れなかったんだ。


勇二が帰って来たら聞いてくれって……。


 涙目で言葉を続ける。


佐伯涼太

しかもさ、もし僕が死んだら、身体をどこかの研究機関で調べさせてほしい、ってお願いされたんだ……。

遺体を解剖かいぼうして、どんな『毒物』が作用したのか、調べたいんだって……。

それを許可する感じの書類にサインさせられたよ……。



 天野は同情して涼太の顔を眺めた。


 廃人はいじんのような表情を浮かべている。


 きっとやるせない思いでサインしたのだろう。


 「大丈夫」「安心しろ」と言っているのに、「でも死んだら解剖させろ」と迫られたら、誰だってそんな気分になるだろう。



天野勇二

使えないスパイだな……。
身体の具合はどうだ?

佐伯涼太

それがね、ビックリするほど元気なんだよ……。


 涼太は儚げに微笑んだ。


佐伯涼太

昨日は38度まで熱が上がってね、ああ、いよいよ僕も死ぬんだな、って思ったよ。

でも今日は平熱まで下がったんだ。

気分もすごく良いよ。

これが『ロウソクの炎が燃え尽きる前の状態』っていうのかな?

死ぬ前って、ラクになるものなんだね……。

前島悠子

もう……。
そんなこと言わないでくださいよぉ……。


 前島が悲しげに天野を見上げた。


前島悠子

ねぇ師匠。
涼太さんは大丈夫ですよね?
『解毒剤』を持って来てくれたんですよね?

天野勇二

そうだな。
いくつか『土産』を買ってきた。
色々あって韓国かんこくに行ったんだ。



 天野はそう言うと『キムチ』を取り出した。



天野勇二

いくつか試食したが、これが一番だったな。
有機野菜を使った最高級品だ。
食ってくれ。



 病室に酸っぱい臭いが広がる。



天野勇二

あと今年の冬季オリンピックで話題になった『イチゴ』を買ってきた。
流行に敏感かつ女好きなお前のことだ。
話題になった『もぐもぐタイム』を味わいたいだろうと思って……。

前島悠子

ちょっと師匠!
何をやってるんですか!



 前島がじたばたしながら叫んだ。



前島悠子

『キムチ』や『イチゴ』なんてどうでもいいんですよッ!
こっちが欲しいのは『解毒剤』です!
早く『解毒剤』を出してください!!!

天野勇二

わかったわかった。
そんなに大声を出すな。
ほんの軽い冗談ジョークじゃないか。

前島悠子

冗談ジョークを言うような状況じゃないんです!
そんなのいりません!
クソいらないんですよ!



 前島は本気で怒っている。


 天野はしぶしぶキムチを冷蔵庫にしまうと、



天野勇二

仕方ない。
ならば説明しよう。
長い話になるぞ。



 涼太たちに事件の一部始終いちぶしじゅうを語って聞かせた。




 『美人探偵チーム』との合同捜査。


 黒崎との再会。


 『毒蛇 セルペント・ヴェレノーゾ』との接触。


 レイチェルの仕掛けた盗聴器。


 それを逆手に取って実行した作戦。


 リカルドを横田基地まで移送し、米国から尋問を受け、韓国へ飛び、リカルドに『毒物』について詰問したこと。


 『モサド』が絡んでいた事情も含め、全てを語って聞かせた。




佐伯涼太

……パレスチナ問題?
そ、そんなのが絡んだ大事件だったの……!?
これ、前島さんに聞かせても、大丈夫なやつ……?



 涼太の顔は真っ青だ。


 前島も同じように震えている。



天野勇二

ああ、意外にも口止めされなかった。
もしかすると、この程度の暗躍あんやくはアメリカじゃ日常茶飯事にちじょうさはんじなのかもしれん。


 天野は軽く言った。


天野勇二

レイの身柄はアメリカが引き取ったよ。

『ユダヤ系アメリカ人』の発言力は強いが、全てが『イスラエル』に賛同しているワケじゃない。
恐らく外交の『切り札』として使われるのだろう。

いくつかの司法取引を経て、釈放される可能性が高いな。

佐伯涼太

マジで?
じゃあ、また僕たちの前に現れることも、あるのかな……?


 涼太の言葉を聞きながら、天野はレイチェルが最後に残した言葉を回想した。



 『毒蛇』がいたホテルの一室。


 黒崎たちに取り押さえられた後。


 レイチェルは天野にいくつかの言葉を残した。









レイチェル

ユージ……。
あなたは本当に、恐ろしい男ね……。



 黒崎に組み敷かれながら、レイチェルは天野を見上げた。



レイチェル

盗聴器を捨てることも……。
私を捕まえることも……。
外務省に突き出すことも……。

その気になれば、いつだってできたんでしょ?
それなのに、あなたは私を『この場面』に誘き出すことを選択した……。

まさか……。

私のことを『救うため』だったの……?



 天野は黙ってレイチェルの顔を見下ろした。


 肯定も否定もない。


 レイチェルは口唇を歪め、どこか悲しげに笑った。



レイチェル

フフフッ……。
やっぱりユージは変わってる……。
不思議な男……。

『殺し屋』なんて嫌いなのに。
私のことも嫌ってるはずなのに……。

どうして……?
どうしてなのよ……?








天野勇二

……あくまで推測だが、レイが俺たちの前に現れることは、もう二度とないだろう。


 最後に見たレイチェルの顔を思い出し、天野は静かに言った。


天野勇二

外務省はレイを上陸拒否じょうりくきょひすることを決定したんだ。
要人の暗殺を企んでいたのだから、当然の決定といえるだろう。
もう来日することは困難。
日本で再会する可能性はゼロに等しいだろうな。


 涼太は念を押すように尋ねた。


佐伯涼太

えっとぉ……。
『毒物』は偽物ブラフなんだよね?
それじゃ、僕は死なないの?

天野勇二

そうだ。
安心しろ。
お前はまだ生きるぞ。


 天野は立ち上がり、大きく背を伸ばした。


天野勇二

さて、せっかくだから花見にでも行こうぜ。
桜を見ながら酒を飲みたい。
祝杯をあげたい気分なんだ。

佐伯涼太

ちょ、ちょっと待って!
僕はガチで大丈夫なの!?
本当だよね!?

天野勇二

大丈夫だと言ってるだろう?

そもそもリカルドが扱っていた『毒物』は想像以上に危険な代物でな。
『解毒剤』でどうこうできるレベルじゃないんだ。

ほら、行くぞ。
せっかくだからキムチを食べながら酒を飲むか。

佐伯涼太

ねぇ勇二!
もうちょっとだけ待って!
キムチの臭いは嗅がなくていいから聞いて!

信じていいんだよね!?
もっとしっかり断言して!
こっちは花見でカンパイする気分じゃないんだよぉ!?


 天野はジロリと涼太を睨んだ。


天野勇二

しつこいな……。
元はと言えば、今回の件はお前の『不注意』が招いた不幸だぞ。
お前がレイに『ハグ』『キス』をされて、デレデレと甘い顔をしなければ防げたんだ。


 涼太が「うぐっ」と口を押さえる。


 天野は偉そうに言い放った。


天野勇二

言っておくが、俺様はお前が女に騙されようが、その過程で毒殺されようが、何ひとつ気にしないんだ。

死にたければ勝手に死ね。
殺されたいのであれば『毒物』を精製して飲め。
俺様はお前を救うために奔走ほんそうしたワケじゃない。
レイのクソ生意気なツラに『屈辱』という名の泥を塗りたかっただけだ。

俺は誰が何を言おうと花見をする。
すると言ったらするんだ。


 そう言って前島に向き直る。


天野勇二

前島よ。
お前も花見に付き合え。
近くに良い八重桜やえざくらがあるんだ。


 前島は少々むくれていたが、


前島悠子

うぅむ……。
本当に、涼太さんは大丈夫なんですね?

天野勇二

ああ、問題ない。
断言しよう。

前島悠子

ならば行きます!

師匠とお花見!
すっごくしてみたいです!

むしろそういうのを待ってたんです!
そういう平和でキュンキュンする事件イベントを待ってました!


 嬉しそうに拳を突き上げる。


 涼太は慌てて起き上がった。


佐伯涼太

ちょい待ち!
それなら僕も行く!
なんだかすっごく健康な気がしてきた!
僕も花見したい!
今年はまだ花見してないんだ!

天野勇二

おいおい。
無理するなよ。
もうすぐ死ぬんだろ?

前島悠子

そうですよ。
寝てたほうがいいですよ。
さっきまで廃人だったんですよ。

佐伯涼太

あっはっは!
2人とも何を言ってるのさぁー!
この僕が死ぬワケないじゃん!



 布団を蹴り飛ばし、ベッドから飛び降りる。


 元気よくスクワットしながら叫んだ。



佐伯涼太

お花見は『天才的チャラ男』の得意分野だよ!
僕ちゃん『殺し屋』には弱いけど、『お花見』には抜群に強いんだ!

さぁ行こう!
誰が何を言っても僕は花見をする!
長い人生、もっと謳歌おうかしなくちゃね!



 天野が持っていたキムチを奪い、勢いよく病室を飛び出した。



前島悠子

あっ!
待ってください!
先生や看護師さんの許可を取らなきゃダメですよ!



 前島が慌ててそれを追いかける。



天野勇二

やれやれ……。
騒がしいヤツめ。



 天野は苦笑しながら窓の外を見つめた。


 満開に咲き誇る桜。


 ひらひらと風に揺れる花びら。


 窓に映る天野の顔には、どこか優しげな微笑みが浮かんでいた。







(おしまい)



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つばこ

ご愛読いただきありがとうございます。
何かひとつでも心に残るものがあれば幸いです。
 
前島「このイチゴ美味しいですね」
涼太「そだねー(*´∀`*)」
 
 
今回は非日常感満載のエピソードでしたが、「天野くんならありえそう」なんて感じていただけましたでしょうか。
次回は久々に大学へ戻り、大学生らしい(?)エピソードを紹介したいと思います。
また新たな天野くんの一面が見られると思います。
ご期待いただければ幸いです。
 
それでは次週土曜日、
『彼女を上手にインフルエンサーにする方法』
にてお会いしましょう。
 
つばこでしたヽ(*´∀`*)ノ.+゚ナイッスゥー

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コメント 34件

  • ИДЙ

    ふふ、この3人を見てるとほっこりするわ♡
    クソ野郎お疲れ様!
    涼太、悠子ちゃん、良かったね!
    あぁ、イチゴ食べたくなってきた(´・ω・`)

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  • fjimon@改悪やめてほしい

    ふと思った…涼太の単位は…( ̄▽ ̄;)

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  • にゃんこじろう

    クソ野郎は素がツンデレなので平常運転で安心したw

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  • LAMP

    「涼太が死のうが…」的なこと言っといて心配だったくせに天野くんはツンデレだなぁ(´∀`)

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  • ちいすけ

    せっかく前回黒崎ちょっと見直したのに今回無能すぎて笑った

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