天野勇二

お前は『マルコ』じゃない。
正しい名前は『リカルド・ヴェレーノ』
ホテルから逃げ出したのは『影武者』だ。

つまり、お前こそが毒蛇 セルペント・ヴェレノーゾなのだろう?


マルコ

……ッ!
テメェ…ェッ……!!



 マルコのうめき声が響く。


 天野はヘラヘラと口元を歪めると、


天野勇二

どうした?
そんなに情けない顔をするなよ。
『毒蛇』の名が泣くぜ?



 壮大そうだいなオーケストラを率いる指揮者マエストロのように指先を振り回した。


 偉そうで気障キザったらしいお馴染みのジェスチャー。


 その指先が自らの襟元えりもとに触れた時、マルコは困惑の表情を浮かべた。



マルコ

……なに?



 言葉を飲み込んで天野の全身を凝視ぎょうしする。


 気障キザったらしい笑顔。


 堂々とした立ち振る舞い。


 優しく撫でられた襟元えりもと


 そして、天野が右手に握っているものを見て、魂を奪われたように呟いた。



マルコ

テメェ……。
まさか……?



 蛇のような瞳を細める。


 何かを探るように天野の顔を睨みつける。


 そして、呆れたように頬を緩めた。



マルコ

……ハハッ。
こいつは、驚いたな…….。

単細胞クレティーノでワケのわからねぇ若造バンビーノだと思っていたが、想像以上に頭が回るってのかよ……。

おもしれぇじゃねぇか……!


 マルコはニタリと薄笑いを浮かべた。


マルコ

武器は何を持ってる?
丸腰じゃねぇだろ?
どんな拳銃ガンだ?


 天野はおどけたように両手を広げた。


天野勇二

本当のことを言うと、俺は工作員エージェントじゃないんだよ。
ただの民間人カタギだ。
拳銃なんか所持しちゃいない。


 あまりにあっさりとした告白。


 マルコは「ハハッ……」と乾いた笑い声をあげた。


マルコ

なんてイカれたヤツだ……。
オレが本物の『毒蛇 セルペント・ヴェレノーゾ』だと推定してるのに、丸腰で挑んできたってのか……?

呆れたな。
だが、おかげでオレも安心して話すことができる。


 芝居がかった口調で言葉を続ける。


リカルド・ヴェレーノ

まずは改めて自己紹介しよう。

オレの名前は『リカルド・ヴェレーノ』

通称毒蛇 セルペント・ヴェレノーゾと呼ばれるケチな殺し屋だ。


 大げさに両手を広げる。


リカルド・ヴェレーノ

お前を安心させるために言うが、オレも拳銃ガンは所持しちゃいねぇ。
日本は銃火器の所持に厳しいからな。
もし足がつけば一発で国外退去。
この国は丸腰で歩くのがオレたちの常識なんだ。

天野勇二

本当だろうな?
下手な嘘はタメにならんぞ。
俺様は腕力に自信がある。
数秒もあれば貴様の骨をバラバラにすることができるぜ。

リカルド・ヴェレーノ

よせって。
恐ろしいこと言うな。
こっちはバンビーノと喧嘩するほどガキじゃねぇんだ。

それに日本政府に救援SOSを出したからな。
余計な荷物は捨てちまったよ。


 マルコ改めリカルドが肩をすくめる。


 おどけた口調で尋ねた。


リカルド・ヴェレーノ

どうせまだ時間があるだろ?
どうだ?
カプチーノでも飲むか?
本場の味を教えてやるぜ。

天野勇二

遠慮しておくよ。
『殺し屋』が出す物なんか飲みたくもない。

リカルド・ヴェレーノ

ハハッ。
その通りだな。
じゃあこのまま『世間話』でもしようじゃねぇか。



 リカルドは真正面から天野と向き合った。


 今のところ戦意は感じられない。


 それでも相手は『毒蛇』と呼ばれる殺し屋。


 警戒を解くには早いだろう。


 天野は全身に力をこめながら言った。



天野勇二

世間話ねぇ……。
俺様と何を話したいんだ?

リカルド・ヴェレーノ

まず教えろ。
なぜオレが『毒蛇 セルペント・ヴェレノーゾ』だと気づいた?

オレが『本体』だと見破ったヤツがいないワケじゃねぇが、これほどの短時間で見破られたのは初めてだ。
いつ気づいたんだ?

天野勇二

簡単なことだ。
お前は『影武者』に握手をさせたよな。
あの時に見破ったよ。


 指先を「パチリ」と鳴らし、リカルドの『手』を指さす。


天野勇二

ウイルスや細菌を扱う科学者にとって、自らの『手』とは最も重要な商売道具だ。
繊細せんさいな指先の動きを求められるが故に、無防備にさらすことを避ける傾向がある。

しかも相手は外国人の男。
敵か味方か判断できない状況だ。
それなのに『素手』で迷いなく握手を求めやがった。

あの行動は違和感を与えるに十分だったよ。

リカルド・ヴェレーノ

なるほどねぇ……。
よく見ているもんだな。


 リカルドが苦笑しながら顎ひげを撫でる。


 天野は偉そうに言葉を続けた。


天野勇二

そして、いくらなんでも『影武者』の『体格』が良すぎる。

基本的に『毒物』を好む殺人犯とは『女性』である確率が高い。
つまり、肉体的に弱い人間ほど『毒物』を頼るんだ。

『影武者』の体格はそんな犯罪統計プロファイルに矛盾している。
お前を守る護衛ボディガードの役割を果たしているからだと思うが、もっと貧弱な人間を『影武者』に選ぶべきだったな。

リカルド・ヴェレーノ

カンの鋭いバンビーノだ。
それだけじゃねぇよな?
オレの『反応リアクション』を確かめたよな?

天野勇二

その通りだ。
お前は一瞬で見破った。
あれで『本職プロ』はお前のほうだろうと確信したよ。

リカルド・ヴェレーノ

素晴らしいブラーヴォ
お前、悪くないプロファイラーになれるぜ。


 リカルドは称賛の拍手を送った。


 仕切り直すように尋ねる。


リカルド・ヴェレーノ

それで……。
オレをどうするつもりだ?
お前が欲しいのは『解毒剤』だったか?

天野勇二

そうだ。
レイチェルが持っていた『毒物』。
その『解毒剤』をいただきたい。

リカルド・ヴェレーノ

悪いが、今のオレはそんなものを持ってねぇ。
作ってやるのはワケねぇが、ある程度の設備と時間が必要だな。

天野勇二

それは理解している。
だから俺はお前と一緒に日本を出るつもりだ。
海外で必要なものを取り寄せる。
そこで精製してもらいたい。


 リカルドは納得したように頷いた。


リカルド・ヴェレーノ

なるほどね……。

それで『影武者リカルド』ではなく、オレ自身を確保するために、この部屋に飛んで来たのか。
お前としては絶対にオレを日本政府へ引き渡す必要があるからな……。

悪くねぇな。
スジは通ってる。
マジで悪くねぇ男だぜ……。

天野勇二

俺からも尋ねたい。
なぜ、リカルドを外に出した?
アイツはお前が長いこと使っていた『影武者ボディガード』だろう?

リカルド・ヴェレーノ

ああ、もう数年の付き合いコンビだ。
影武者アイツの名は『ベニート』
なかなか頼れる男だったよ。
毒蛇 セルペント・ヴェレノーゾ』の『表の顔』として働いてもらった。

だが、それも今日までの話だ。
ベニートはこのオレを裏切りやがったのさ。


 舌打ちし、忌々いまいましげに顔を歪める。


リカルド・ヴェレーノ

そもそも今回の『取引ビジネス』はイヤな予感がしてたんだ。
もし『取引相手』が『アメリカ大統領の娘』を狙うと知っていたら、オレは絶対に取引しなかったよ。

天野勇二

ほう……。
それはなぜだ?

リカルド・ヴェレーノ

単純な理由だ。
このオレ自身も『ユダヤ』であるからさ。


 天野は軽く息を吐いた。


天野勇二

お前は『ユダヤ人』なのか……。
ならば絶対に『パレスチナ』に毒物を売るべきではない。
同族ユダヤ』を殺す裏切り者になってしまう。
お前が味方すべきなのはユダヤ人の国家である『イスラエル』だからな。


 リカルドは苦笑した。


リカルド・ヴェレーノ

バカを言うな。
ユダヤ人の全てが『イスラエル』のやり方に賛同してるワケじゃねぇ。
少なくともオレは興味ない。

天野勇二

お前自身がそう考えていても、他のユダヤ人は違うだろう?

リカルド・ヴェレーノ

まぁな。
パレスチナに『毒物』を売り、それが『アメリカ大統領の娘』を殺したとなれば、オレは最低最悪の『ユダヤの背信者』だ。
この商売もやり辛くなる。

だから、オレは寸前のところで『毒物』をすり替えたのさ。


 得意げに言葉を続ける。


リカルド・ヴェレーノ

つまり、オレは『取引相手』に『偽の毒物』を売りつけてやったワケよ。

毒ですらねぇただの液体。
まぁ、しばし発熱し風邪のような症状を引き起こすが、数日たてば消えちまう。
その程度のウイルスだ。
『アメリカ大統領の娘』が死ぬことはない。

これで『ユダヤ』や『イスラエル』、ついでに『アメリカ』の機嫌をとるつもりだったんだが……。


 疲れたように息を吐いた。


リカルド・ヴェレーノ

ベニートがそれを『取引相手』にチクった。
裏で通じてやがったんだ。
それで『取引相手』がオレを狙い始めたのさ。

天野勇二

ベニートは、お前をパレスチナに売るつもりだったのか?

リカルド・ヴェレーノ

いや、違うな。
その程度の話なら、オレも日本政府を頼ることはなかった。

そもそもおかしな『暗殺計画』だと思わねぇか?
なぜ『パレスチナ』の人間が『アメリカ大統領の娘』を殺すんだ?


 腕を組みながら首を横に振る。


リカルド・ヴェレーノ

確かに『大統領の娘』の夫はユダヤ人だ。
殺せばユダヤ人に大打撃ショックを与え、パレスチナを軽んじるアメリカに一矢報いっしむくいることができる。
大統領の『エルサレム首都発言』に関する報復ほうふくとしても悪くねぇ。

だけどよ、それで『パレスチナ問題』が解決するか?
しねぇだろ?
むしろ泥沼化どろぬまかするだけ。
パレスチナにとってプラスの行動じゃねぇんだよ。


 天野は同感とばかりに頷いた。


天野勇二

俺もその点が気になっている。
『アメリカ大統領の娘』を暗殺しても、その先にある未来は『アメリカによる激しい報復』だけだからな。

リカルド・ヴェレーノ

その通りだ。
アメリカ大統領は怒り狂うぜ。
パレスチナの国土全てを焼き尽くしちまう。
だからオレはベニートに問いただしたのさ。

テメェは誰と通じてんだ?
本当に『取引相手』はパレスチナか?
裏で操る『黒幕』は誰なんだ?


……ってな。
その結果、アイツは脱兎だっとの如く逃げちまいやがったのさ。



 天野は鋭い瞳でリカルドを睨んだ。


 影武者ベニートはかなり体格が良い。


 格闘技にも精通している。


 目の前にいる本物リカルドは華奢で小柄。


 直接対決すれば間違いなく影武者ベニートが勝つだろう。


 それでも本物リカルドの前から逃げ出すしかなかった。


 つまり、リカルドはベニートが逃げ出すほどの『何か』を所持しているのだ。



リカルド・ヴェレーノ

これが全てのあらましだ。
オレはお前を信じた。
だから話してやったんだぜ。



 リカルドが息を吐き、額に浮かぶ脂汗を拭った。


 平然と喋っているように見えるが、リカルドとしても緊張しているのだろう。



リカルド・ヴェレーノ

日本政府にも同じ内容を告げることになる。

オレは『毒物』を売らなかった。
パレスチナに加担する気もない。


この事実を日本政府から『
アメリカ』と『イスラエル』に伝えてもらう。
それがオレの望みだ。


 天野は強く頷いた。


天野勇二

いいだろう。
スジの通った話だ。
このまま外務省の到着を待とう。
『解毒剤』のことも忘れるなよ。

リカルド・ヴェレーノ

まぁ、仕方ねぇか。
とはいえ、いったいどんな『毒物』に対応できるものを作ればいいのかね……。


 リカルドがそう呟いた時だった。





 パァン!





 廊下から激しい破裂音が響いた。


 天野とリカルドが驚いて扉を見つめる。


 銃声だ。


 誰かが廊下で発砲した。


 2人が動き出す前に、





 パァン!





 再び銃声がとどろき、扉のドアノブが吹き飛んだ。


 廊下にいた人物が扉を蹴り飛ばし、素早くホテルの室内へ駆ける。


 そして、天野とリカルドの姿を見ると、即座に持っていた銃を突きつけた。







レイチェル

ハーイ。
ユージ、調子はどう?
待たせて悪かったわね。



 レイチェルが現れた。


 両手の2丁拳銃が天野たちの頭部を狙っている。


 レイチェルは悪魔の笑みを浮かべ、リカルドの顔を眺めた。



レイチェル

あなたが『毒蛇 セルペント・ヴェレノーゾ』だったのね。
残念だわ。
私は『影武者ベニート』のほうが好みだったのに……。

でもいいか。
死体BODYになれば、どんな男も一緒なんだから。



 天野は破壊された扉を睨んだ。


 部屋の出入口はそこだけ。


 ドアノブは銃撃で吹き飛んでいる。


 扉は半開きのままだ。



天野勇二

(仲間を連れているのか? 単独だと思うが……)



 天野が廊下からの追撃を警戒していると、



レイチェル

動かないでフリーズ




 パン!




 乾いた発砲音が鳴った。


 足元の絨毯じゅうたんが弾け飛ぶ。


 レイチェルの威嚇射撃いかくしゃげきだ。


 リカルドが「Noo!!」と両手を上げながら叫んだ。



リカルド・ヴェレーノ

や、やめてくれぇ……!
撃たないでくれ!
オレは痛ぇのが嫌いなんだ!

レイチェル

ハッ……。
情けない男。
やっぱり好みじゃない。


 ニタリと口唇を歪める。


 非情な殺し屋の冷たい微笑。


 レイチェルは天野を睨み、吐き捨てるように言った。


レイチェル

ユージ……。
あなたのことは好きよ。
でも、顔を見るのはこれが最後。

リカルドと一緒に死んでもらうわ。




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つばこ

『毒蛇編』もクライマックスを迎えました!
 
しかもここでレイチェルが乱入です!
『天才クソ野郎』vs『毒蛇』vs『キラービー』のトリプルスレッド!
ホテルの部屋はまさに闘いのワンダーランド!
会場のファンからは激しい天野コールの雨嵐!
渇き切った時代に送る、まるで雨乞いの儀式のように、天野に対する悲しげな、ファンの声援が飛んでいます!
どうか勝ってくれ天野!
メスをブンブン振り回して「くらえ必殺エターナルフォースブリザード! 相手は死ぬ!」ぐらいの圧勝逆転劇を見せてくれ!!!!!!
 
ではでは、いつも応援やコメント、本当にありがとうございます(*´∀`*)

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コメント 49件

  • ИДЙ

    リカルドが可愛く見える…(汗)
    やっぱりトップに立つような人は、どんな業界であれ話が通じる人 ってイメージだなぁ。
    話にならないのは半端なチンピラ

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  • ゆず@彼と彼女の魔法契約

    エターナルフォースブリザードで厨病激発ボーイ思い出したww

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  • 今回の挿し絵、めっちゃ好きだ

    読者よりもアツい作者コメントwww

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  • 改めてこの回を読み返したけど伏線がたくさん貼られてる( °▾°)つばこさんほんとすげぇ....!!

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  • たか

    レイチェルはやっぱりただの悪党だね。

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