黒崎の入電から30分後。


 天野は六本木ろっぽんぎにあるホテルのロビーに立っていた。


 日本でも有数の超高級ホテル。


 そこで黒崎との再会を果たしていた。



黒崎

よく来てくれた。
久しぶりだな。



 黒崎は険しい表情で現れた。


 顔色が青い。


 頬はこけ、目の下には深いクマ。


 かなり疲労が蓄積ちくせきしている様子だ。



天野勇二

お疲れのようだな。
米国アメリカの対応に追われているのか。

黒崎

そんなところだ。
1人だろうな?

天野勇二

お前が電話で『絶対に単独で来い』と命じたからな。
ここにヤツがいるのか?

黒崎

ああ、そうだ。


 頷く黒崎を見て、天野は小さく舌打ちした。


 ここは『五つ星』と呼ぶに相応しい超一流ホテルだ。


天野勇二

こんな目立つ場所に潜んでいたのか……。
『殺し屋』とは随分と儲かる商売なんだな。

黒崎

あまり物騒な単語を出すな。
誰が聞いているかわからん。


 周囲を警戒しながら口を開く。


黒崎

電話でも話したが、リカルドの要求はただひとつ。

『自らの身の安全の保障』だ。

どうやら厄介な敵に追われているようでな。
逃げ切れないと判断し、日本政府に救援SOSを飛ばしたんだ。

天野勇二

『厄介な敵に追われている』とはどういう意味だ。
リカルドは『殺し屋』だろう?
追う側の人種ではないのか。

黒崎

リカルドは国際指名手配されている男ではない。
あくまで『そんな噂を持つ人種』というだけだ。

それにどちらかといえば『毒物クスリ』を供給する『行商人ビジネスマン』のような男でな。
日本にとってはただの『民間人』ともいえるのさ。

天野勇二

くだらねぇ理屈だな。
だから外務省は救助要請SOSに反応したワケか。
場合によっては、リカルドから『何らかの見返り』が得られると期待しているんだな。

黒崎

その通りだ。
世の中は様々な政治的要因が絡む。
お前も勉強になるだろう。


 黒崎は達観した表情を浮かべている。


 天野は呆れながら尋ねた。


天野勇二

外務省はリカルドを保護するのか?

黒崎

それを判断するのが俺の仕事だ。
だが、俺としても単独で『毒蛇』に接触するのは心もとない。
そのためお前に『バックアップ』を頼みたいんだ。


 天野はひとつ息を吐いた。


天野勇二

バックアップねぇ……。
俺様が同席していいのか?
善良な『民間人』だぞ?
お前のボスはやかましくならないのか?

黒崎

ああ、やかましくなるな。
お前のことはボスに秘密だ。
もし秘密が漏れるようなことがあれば、その時は『捨駒すてごま』として散ってくれ。


 天野は「無茶を言いやがるぜ」と呟きながら黒崎の横顔を睨みつけた。


 真剣味を帯びたスパイの横顔だ。



天野勇二

(黒崎め……。何を考えているんだ……?)



 心の中で舌打ちする。



天野勇二

(随分と安い『ブラフ』じゃねぇか。コイツは俺様に『バックアップ』を依頼するような男じゃない。何か企んでやがるな……)



 黒崎は天野の視線を無視するかのように言った。


黒崎

行こう。
リカルドの部屋は最上階だ。



 エレベーターに乗り込み、ホテルの最上階を目指す。


 高級ホテルの中でもVIPが集うフロア。


 スイートルームのみが並ぶフロアだ。



黒崎

……だが、『キラービー』と『毒蛇 セルペント・ヴェレノーゾ』が組んでいたとは、正直驚いたな。


 エレベーターの中で黒崎が呟く。


黒崎

リカルドは一匹狼のような流れ者の商人だ。
チームを好まないことで知られている。
それが『キラービー』ごときの小物と組んでいたとは……。

天野勇二

ほう……。
レイチェルは小物か。

黒崎

小物さ。
本職プロ』はお前のような素人に仕事を依頼しない。


 天野は思わず笑ってしまった。


天野勇二

偉そうによく言うぜ。
今、素人に『仕事バックアップ』を依頼したのはどこのどいつだ?

黒崎

……フフッ。
そういえば、そうだったな。



 エレベーターが最上階に到着した。


 分厚い絨毯じゅうたんが敷かれた廊下を歩く。


 目指す部屋は一番端の角。


 黒崎が4回ノックすると、扉が僅かに開き、金髪頭の外国人が顔を出した。



???

……アンタは誰だ?



 イタリア訛りの英語で尋ねている。


 黒崎は身分証を掲げ、流暢りゅうちょうな英語で言った。


黒崎

外務省の黒崎と申します。
日本政府からの使いです。


 金髪頭の外国人は身分証を確かめると、笑顔で扉を開けた。


???

いいだろう。
待ち侘びたぜ。
入りな。



 男に先導され、天野と黒崎が室内に足を踏み入れる。


 かなり広いスイートルームだ。


 大きな窓から東京の夜景が一望できる。



 部屋の中央にはスーツ姿の男が1人。


 天野はその男を鋭い瞳で見つめた。


 長髪のラテン系外国人。


 レイチェルが持っていた写真の男。


 『リカルド・ヴェレーノ』だ。



リカルド・ヴェレーノ

よく来てくれた。
私はリカルド・ヴェレーノ。
日本政府の寛大な対応に感謝する。



 イタリア訛りの英語で名乗る。


 右手を差し出し、天野たちに握手を求めた。



天野勇二

(これが『毒物』を生み出す科学者サイエンティストか……。レイの言う通り、かなりの武闘派だな……)



 彫りの深い精悍せいかんな顔立ち。


 背丈は天野より頭ひとつ分は高い。


 筋肉質で胸板も厚い。


 拳には人を殴り慣れた拳ダコ。


 握手を交わしただけで、何かの格闘技に精通していることが理解できた。



リカルド・ヴェレーノ

彼はマルコ。
私の助手だ。
詳しい話は彼から聞いてくれ。



 ソファに腰掛け、天野たちを先導した金髪外国人を指さす。


 『マルコ』はニヒルな笑みを浮かべ、蛇のような瞳で天野を眺めた。







マルコ

その若造グリーンボーイはなんだ?
外務省の子分には見えねぇが。


 黒崎が平然と答える。


黒崎

彼は天野といいます。
頼れる助手エージェントです。
今回はバックアップのため同行を頼みました。


 マルコは呆れたように言った。


マルコ

こんなガキがエージェントなのかよ?
日本ジャポネは人手不足だな。
それともアレか?
オレたちの相手は『ガキの使いバンビーノ』で十分と考えてんのか?

黒崎

そんなことはございません。
彼の腕は一流です。
そちらを軽んじている訳ではございません。

マルコ

そうであることを願うよ。
何せ、こちらのリカルド様は『毒蛇 セルペント・ヴェレノーゾ』と呼ばれる御方だ。


 ニタリと口唇を広げる。


マルコ

『毒蛇』は怖いぜ。
この『交渉』が決裂したら、アンタたちに噛みつくかもしれねぇ。
気をつけてくれよ。
オレたちは金にならねぇ死体を並べる趣味はないんだ。



 マルコは芝居がかった口調で喋っている。


 筋肉質なリカルドとは違い、華奢で背丈の低い男だ。


 腕っ節も強くないだろう。


 虎のる狐のような印象を受ける。



マルコ

まぁ、今のアンタらは『米国アメーリカ』のことで忙しいんだろうな。
『お姫様』の様子はどうだい?
外遊をお楽しみか?

黒崎

その点はご心配なく。
本題に入りましょう。
そちらも、何かとお忙しい身分でしょう。


 黒崎が強い口調で話を進めた。


 マルコも頷いて言った。


マルコ

オーケー。
いいだろう。

要件は電話で伝えた通りだ。
俺たちは命を狙われている。
出来るだけ早く日本を発ちたい。
出国までボディガードをお願いできるか?

黒崎

誰に命を狙われているんですか?

マルコ

それはわからねぇ。
相手がどんな『手駒』を用意しているのか。
何も掴んじゃいねぇのさ。

黒崎

『取引相手』のことを教えていただければ、こちらも対処しやすくなるのですが。


 マルコがニヤリと口唇を歪めた。


マルコ

おかしなことを尋ねるな。
黒崎といったか?
もしアンタがカフェの店員だったら、カプチーノを売った相手の名前を細かく覚えてるもんか?
覚えちゃいねぇだろ?
それと同じことだよ。


 ヘラヘラとあざ笑い、黒崎の顔を蛇のような瞳で眺める。


 天野はその表情を観察しながら口を開いた。


天野勇二

……なぜ、日本政府を頼る?

マルコ

……おっ?
若造バンビーノが喋りやがった。
何が聞きてぇんだ?

天野勇二

お前にも『仲間』がいるはずだ。
わざわざ日本政府に助けを求めた理由を教えろよ。
仲間には頼れないワケでもあるのか?

マルコ

仲間?
誰のことだ?

天野勇二

レイチェル・オースティン。
『キラービー』のことだよ。


 マルコはWhat?」と声をあげ、心底呆れたように天野を見た。


マルコ

キラービー?
誰だそれは?
おいバンビーノ。
オレたちが『養蜂業者』にでも見えるってのか?


 ケタケタ笑いながら言葉を続ける。


マルコ

オレたちが扱ってるのは『蜂蜜ミェーレ』なんてものじゃない。
もっと甘いものさ。
ひと舐めすれば、すぐに天国まで飛んで行けるような……。
それすら知らねぇのか?

天野勇二

おいおい……。
下手な嘘を吐くなよ。


 天野もヘラヘラとあざ笑うような笑みを浮かべた。


 リカルドとマルコの顔を眺め、偉そうに指先を振り回し、気障キザったらしく襟元えりもとを直す。


 リカルドは静観しているが、マルコはその仕草を見て瞳を細めた。


天野勇二

レイチェルはお前の同業者じゃないか。
知らないワケがないだろう?
まだ若いだろうに痴呆が始まっているのか?
それともあれか?
お前はカプチーノの入れ方は覚えられても、客の顔は1人も覚えられないようなマヌケなのか?

なんて使えない店員バリスタだ。
お前のようなマヌケなバリスタコッリョーニが助手だなんて、『毒蛇』も苦労しているのだろうなぁ。

マルコ

……チッ。


 マルコは嫌そうに舌打ちした。


マルコ

思ったより生意気なバンビーノじゃねぇか。
オレたちに『トラッシュトーク』を飛ばすとは、いい度胸をしてやがるぜ……。


 マルコはリカルドに近づき、耳元で何かを囁いた。


 リカルドが小さく頷き、天野の顔を睨みつける。


 若干の動揺が浮かんでいる。


リカルド・ヴェレーノ

……なぜ、レイチェルのことを尋ねる?


 リカルドが低い声で尋ねた。


リカルド・ヴェレーノ

確かに彼女のことは知っている。
だが、この場で話すことでもない。
彼女とは『チーム』を組んだことがないのだ。

天野勇二

それは真実か?
俺はあの女狐めぎつねに『毒物』を喰らわされてな。
毒蛇 セルペント・ヴェレノーゾ』お手製の『毒物』だと、得意げに語っていたんだぜ。

マルコ

なに……?


 マルコがリカルドを睨みつけた。


マルコ

おいリカルド……。
てめぇまさか、あの女と通じてるワケじゃねぇだろうな……?


 リカルドは首を横に振った。


リカルド・ヴェレーノ

誤解だ。
私には彼女と会うメリットがない。

マルコ

……だと思うがよ。
それが嘘だったらマジでありえねぇぜ。


 リカルドとマルコは何かを探り合うように互いの顔を睨んでいる。


 黒崎が小声で天野をたしなめた。


黒崎

天野……。
あまりヤツらを刺激するな。
これはあくまで『救援SOS』に関する交渉だ。

天野勇二

知ったことじゃないな。
それはお前らの仕事ビジネスだ。
俺様の仕事ビジネスじゃない。


 天野は黒崎を押しのけ、リカルドとマルコに告げた。


天野勇二

日本政府に護衛を依頼したいのであれば、レイチェルに渡した『毒物』の『解毒剤』を出せ。

これが絶対条件だ。
この条件が飲めないのであれば、貴様らの身柄なんか知ったことじゃない。

黒崎

お、おい天野……!


 黒崎が困惑している。


 リカルドとマルコも同様だ。


マルコ

『解毒剤』だと……?
ふざけんじゃねぇ。
どんな『毒物』の『解毒剤』を用意しろってんだ。
お前、言ってることが無茶苦茶だぜ。

天野勇二

ならばレイチェルに会ってもらおうか。
あの女に会えば、どんな『毒物』を渡したのか思い出せるだろう?

マルコ

なんだと……?


 マルコは青ざめなから黒崎を睨みつけた。


マルコ

おい黒崎ジャッポネーゼ
どうなってんだ。
若造バンビーノはイカれてんぞ。
それとも、これが日本政府のアンサーなのか?

黒崎

い、いえ。
そうではありません。


……おい天野。
少し下がってろ。


 今度は黒崎が天野を押しのけ、リカルドたちの前に立った。


黒崎

結論から言いましょう。
日本政府はあなたたちを保護するために動きます。
すぐにでも護衛を手配しましょう。
お2人が問題なければ、今日の便で出国することも可能です。


 リカルドが小さく息を吐いた。


リカルド・ヴェレーノ

その言葉を待っていた。
我々は問題ない。
すぐにでも日本を発ちたい。

黒崎

しかし無条件という訳にはいきません。
『モサド』がお2人を追っている……。
そんな噂もありますからね。


 マルコが疲れたように言った。


マルコ

ああ……。
それは仕方ねぇな。
その『条件』は飲んでも構わねぇ。
護衛がここに来るのは何時だ?

黒崎

1時間後でいかがでしょう。
車も手配いたします。


 リカルドが腕時計を見ながら言った。


リカルド・ヴェレーノ

いいだろう。
それで頼む。

黒崎

わかりました。
では、これで失礼します。


 黒崎は軽く頭を下げ、何か言いたげな天野の腕を掴んだ。


黒崎

天野……。
ここは引け。
どうせ今のコイツらは『解毒剤』なんか持っていない。

事態はお前が想定している以上に複雑だ。
頼むから引いてくれ。



 黒崎の指先が、天野の腕に深く食い込んでいる。


 天野は舌打ちしながら言った。



天野勇二

……いいだろう。
だが、引くのは今だけだからな。

黒崎

それでいい。
行くぞ。



 天野はリカルドとマルコの顔を睨みつけた。


 2人は黒崎ではなく、天野の姿だけを見つめ、小声で何かを話している。


 怯えているような表情だ。


 その表情を確かめ、天野は『毒蛇』の部屋を後にした。




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つばこ

【つばこによる今週のイタリア語講座】
 
今週は天野くんが『コッリョーニ』というイタリア語を用いて「マヌケなバリスタ」を表現しました。
これはイタリア語で「マヌケ」を表すスラングなんですが、実は「キン○マ」という意味を持つ単語なのです。
なので『ロンピコッリョーニ!』とか言うと「あんたのキン○マ潰しちゃうから!」なんて罵声になるのでお気をつけください。
とってもお下品ですね。
良い子のみんなは使っちゃダメですよ!!!
 
ではでは、いつも応援やコメント、本当にありがとうございます!ε≡≡ヘ( ´Д`)ノ

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コメント 32件

  • ハヤ

    ロンピコッリョーニ!()

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  • このあ

    2位コメさんみたいに涼太遊んでるのもありだけど、

    かつてない命の危機に怯えて何もできなくなって
    女の子なんかより天野のことずっと想い続けて
    ひたすら帰りを待ってるのも好きです…笑

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  • にゃんこ

    そうか、旦那が浮気したら包丁持って「ロンピコッリョーニ!!」って言ってヤればいいわけね!あ、いかん、イタリア語分かんないわ( ̄д ̄)

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  • まさむね

    レイとリカルドは仕事以上の関係を持っていた&お互い利用しあっていた?
    アメリカ嬢ちゃんの暗殺計画にリカルドが絡んでいたが、なにかミスしてモサドに狙われている?

    黒崎はレイをしきりに小物扱いしてるけど、ヤクザ狙ったり実際はかなり大物なのでは?

    ないと思うけど、
    リカルド護衛失敗で毒物のプロ減る
    実は裏で日本とモサドが取引してる
    モサドとレイ撤退
    日本万歳

    護衛と黒崎捨駒が本来の筋書き

    天野加入
    リカルド肉体的にフルボッコ
    レイも精神的にフルボッコ
    モサドの諜報員フルボッコ
    黒崎してやったり♪
    天野とりあえず…気分すっきり
    涼太…忘れられるが結局無事

    まさかね(笑)

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  • らんぽー

    何回か見直したけど、リカルドが黒崎さんの進化系に見えてしまう…!

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