真冬の深夜2時。


 池袋いけぶくろにある小さなスナック。


 その近くに停められた1台の車。


 天野と涼太はその中にいた。


 毛布にくるまり、暗闇に潜み、スナックの扉を睨みつけている。



天野勇二

……出てきたな。



 扉が開かれ、1人の女性が現れた。


 大和の母親だ。


 笑いながら店内にいる誰かに「もうお客さん来ないって」と告げ、店を後にする。


 先日会った時は質素な服装だったが、今は濃い化粧を塗りたくり、派手な毛皮のコートを羽織っている。



天野勇二

このまま追ってくれ。

佐伯涼太

オッケー。



 母親は大通りからタクシーに乗り込んだ。


 涼太が車を操り、慎重に尾行する。


 タクシーは北区きたくにあるアパートの前で停車。


 母親は鍵を取り出し、2階にある部屋に入って行った。



天野勇二

なるほど。
ここが毒親の家か。

佐伯涼太

完全に『同棲どうせい』してるんだ。
もうすぐ『男』も帰ってくると思うよ。



 涼太の言葉通り、30分後には1人の男がアパートの前に現れた。


 40代の男性。


 小柄だが、がっしりとした体躯たいくの持ち主。


 黒のスーツ姿だが、かなりガラが悪く、カタギの人間には見えない。



佐伯涼太

あれが母親の『恋人』だよ。
もう色々と調べてある。
赤羽あかばねでキャバクラのキャッチをやってるんだ。



 涼太が欠伸あくびを噛み殺した。


 目元にはクマがぎっしり。


 最近の涼太は不眠不休で『張り込み』と『素行そこう調査』に励んでいるのだ。



佐伯涼太

同棲を始めたのは半年ほど前。
母親が男のアパートに転がりこんだ、ってことだね。

天野勇二

カタギには見えんな。

佐伯涼太

その通り。
タチの悪いチンピラだよ。
でも極道ヤクザってワケじゃないね。
半グレってところかな。


 ため息を吐きながら言葉を続ける。


佐伯涼太

夜の街でも評判は悪いよ。
短気で喧嘩けんかぱやいんだって。
何度か傷害事件で捕まってる。
大麻たいま所持でパクられたこともあるんだ。
根っからの小悪党だね。

天野勇二

どうしようもないな。
クズ親には似合いの相手だ。
大和のことは知っているのか?


 涼太は肩をすくめた。


佐伯涼太

それはわかんない。
でも、母親はスナックの同僚に『子供がいる』ことを話してないんだ。
男にも隠してるんじゃないかな。

天野勇二

ありえるな。
あの毒親は物事を深く考えない。
その場しのぎの言動を重ね、大切なことを先延ばしにして、現実から逃避とうひし続けてやがる。
男に大和のことを告げていない、という可能性が高いな。

佐伯涼太

それなのに世間から『悪い母親』だって、非難されることはイヤなんだよね。

天野勇二

そうだ。
だからこそ厄介なんだ。
誰も責めきることができない。
本人が現実と向き合うこともない。
状況は悪い方向へ転がり続けるだけだ。

佐伯涼太

どうしようもないね。
かといって、あんなチンピラを『お義父とうさん』って呼ぶのもイヤだろうしなぁ……。

大和くんのほうはどう?
あれから何か話した?


 今度は天野が肩をすくめた。


天野勇二

ダメだ。
あれ以来、俺たちと顔を合わせようとしない。
桃太郎の散歩も拒否だ。
母親から「接触するな」と、キツく命じられたのだろう。


 涼太は悲しげに肩を落とした。


佐伯涼太

そっか……。
困ったもんだね。
母親の『洗脳』がきいてるんだ。

天野勇二

だが、もう『世論せろん』を動かしてしまった。
児相じそうも重い腰を上げたぞ。
病院に大和の病状について、問い合わせが入ったんだ。


 涼太は興奮したように言った。


佐伯涼太

きたね。
ついに動くんだ。
大和くんを保護するためだよね。

天野勇二

そうだ。
まず強制的に保護。
その後、母親と協議する流れになる。
警察が『傷害事件』として捜査する可能性も高い。

だがな……。


 天野は悔しげに呟いた。


天野勇二

それでは何も解決しない。
育児放棄ネグレクト』が傷害事件に発展し、親が逮捕されることがあっても、まず起訴きそされないのさ。
大和のケースは間違いなく不起訴ふきそになる。
あの母親なら、施設から大和を取り返すことも容易いだろう。


 苛立いらだちながら車内を叩く。


天野勇二

しかも状況とタイミングが悪すぎる。
俺は大和との関係を築き上げられなかった。
これでは『洗脳』を解くことができない。


 涼太が励ますように言った。


佐伯涼太

仕方ないよ。
僕たちみたいな『第三者』には限界がある。

それに母親はどこかで『横槍』を入れてきたよ。
平然と「うちの愛息子まなむすこに手を出すな!」とか言うんだ。

『虐待』してたくせに、児童養護施設が保護したら「子供を返せ!」って怒鳴り込む親は少なくない、って聞くし。

天野勇二

ああ、そうだな。
それは理解してるんだがな……。


 天野はタバコを取り出した。


 火をつけながら呟く。


天野勇二

明日、伊藤が退院する。
大和と会わせてみるつもりだ。
大和も伊藤の言葉なら聞くかもしれない。

佐伯涼太

それいいね。
大和くんは伊藤さんに懐いてたみたいだし。

天野勇二

伊藤は丁寧に関係を築いたはずだ。
時間もあった。
伊藤ならば説得できるかもしれん。

そして俺たちは……。


 タバコの煙を吐き出しながら、アパートを睨みつける。


天野勇二

あのクズ共をどのように攻めるか……。
じっくり考えてやろうじゃねぇか。





 翌日の午後。


 天野は伊藤と一緒に、大和が住むアパートの前に立っていた。


 天野がここまでの経過を語ると、伊藤は苦しげに肩を落とした。



伊藤文也

……そうですか。
やはり大和くんは、母親のことをしたっているのですね……。
そして、まだ『育児放棄ネグレクト』は続いている……。



 2人はアパートの前で大和を待ちぶせしている。


 家を訪ねても大和は応答しない。


 そのため学校帰りを狙っているのだ。



天野勇二

大和にとって母親だけが唯一の家族だ。

それが毒にまみれていても。
人の心を持たない獣でも。
自分が捨てられていると理解していても。

失うことは考えられない。


 嫌そうに吐き捨てる。


天野勇二

今のアイツに必要なのは、自分を保護してくれる施設じゃない。
『友達』や『仲間』でもない。
極論を言えば『母親』ですらない。


 伊藤は口唇を噛みしめた。


 足元には桃太郎の姿。


 天野と伊藤の顔を見上げている。


 きっと2人が何を喋っているのか、桃太郎は理解していないのだろう。


天野勇二

伊藤よ。
お前はそのことを理解しているはずだ。

いや……。
違うな。


 天野は首を横に振った。


 足元の桃太郎を見つめる。


天野勇二

きっと理解しているのは桃太郎だけだろう。
仮に理解していても、そのために行動できないのであれば、それは『理解していないこと』に等しいからな。


 嫌そうに呟き、タバコに火をつけた時。


 路地に小さな足音が響いた。


 大和だ。


 ランドセルを背負い、伊藤の顔を驚いて見つめている。



長谷部大和

伊藤のおじいちゃん……。
こんにちは……。
退院、したの……?



 伊藤は顔をほころばせた。


伊藤文也

そうだよ……。
久しぶりだね。
元気だったかい?

長谷部大和

うん……。
おじいちゃんは、元気になった?
死んだりしない?
ずっと、心配だったんだ……。


 伊藤は目頭めがしらを押さえた。


伊藤文也

うん、うん……。
死んだりしないよ。
私は元気になったんだ……。

長谷部大和

そっか……。
良かった……。


 大和は悲しげに呟いた。


長谷部大和

ごめんね……。
もう、伊藤のおじいちゃんと、会っちゃいけないんだ……。
ママがダメだって……。
桃太郎にも会うなって……。

伊藤文也

そ、そうかい……。
だけど、時々ならいいだろう?
前のように、ママには内緒で遊びにおいで。


 大和はふるふると首を横に振った。


長谷部大和

ママが怒るんだ……。
ママはぜんぶわかるんだって……。
だからもう、僕に会わないで……。

伊藤文也

で、でも、寂しいじゃないか。
大和くんに会えないのは、寂しいよ……。


 大和が苦しげに俯く。


長谷部大和

でも、でも……。
ママが伊藤のおじいちゃんや、勇二さんにイジメられたって……。
僕と会うから、イジメられるんだって……。

伊藤文也

そんなことない。
私たちはママをイジメたりしないよ。


 大和は涙目で伊藤を見上げた。


 神にでもすがるような瞳だ


 それでも首を横に振った。


長谷部大和

ダメだよ……。

もし会えば、ママは僕のことを捨てるって……。
僕とママが、いっしょに暮らせなくなるって……。
そんなのいやだよ……。

だから、もう……。
さよなら……!


 目元を拭う。


 天野たちに背を向ける。


 アパートに駆け込もうと走る。


 そんな大和のズボンのすそを、桃太郎が噛んだ。


長谷部大和

も、桃太郎?
やめて……!
離してよ!


 桃太郎は強くズボンの裾を噛んでいる。


 じっと大和を見上げた。



桃太郎

………

長谷部大和

離して……!
やめてよ!
離せってば!

桃太郎

………



 桃太郎は何も答えない。


 それでも天野は、その姿に桃太郎の『強い意思』を見た気がした。


 大和を行かせない。


 1人にさせたくない。


 そんな意思だ。



長谷部大和

どうして、言うことを聞いてくれないの……!?
桃太郎と会えば、ママが怒るんだよ……!
桃太郎は、僕がママに捨てられればいいって、そう言うの……!?

桃太郎

………

長谷部大和

もうやめてよ……!

離せ……!

離せってば!


 大和が拳を握った。


 空に向かって突き上げる。


 そして、桃太郎の背を叩き潰すかのように、勢い良く振り落とした。



桃太郎

キャン!

天野勇二

や、大和!
何をするんだ!?



 背を殴られ、桃太郎は驚いたように身を震わせた。


 大和から離れる。


 それでも、また大和に駆け寄ろうとするが、



長谷部大和

来るな!!!

桃太郎なんか……。

嫌いだ……!

大嫌いだ!!!



 桃太郎の足が止まる。



長谷部大和

僕は、いやだ……!
おまえみたいに、捨てられるのはいやだ!
ママと会えなくなるのなんていやだ!

近くに来れば、もういっかい、こうだぞ!



 拳を振り上げる大和の顔を、桃太郎はじっと見つめた。


 吠えることもなく、唸ることもなく。


 かといってびることもなく。


 ただ冷静に大和を見ている。



長谷部大和

なんだよ……!
見ないでよ……!
ぜんぶ、おまえのせいじゃないか……!



 大和は顔を歪めながら叫んだ。



長谷部大和

おまえが、きたから……!
伊藤のおじいちゃんや、勇二さんを連れてきたから……!

ママと僕が、イジメられるんだ……!
ママと、会えなくなるかもしれないんだ!

ぜんぶ、おまえのせいじゃないか!



 桃太郎が小さく吠えた。



桃太郎

ワフッ!



 尻尾を振りながら駆ける。


 もう一度、大和へ向かって行く。



天野勇二

やめろ桃太郎!
もう離れろ!
大和も落ち着くんだ!



 天野が叫ぶ。


 その声も、大和と桃太郎の耳には届いていない。


 大和は目元を拭うと、路地に落ちていた『小石』を手に取った。


 天野と伊藤の顔が青ざめる。



天野勇二

大和……!?
やめろ!
バカな真似はよせ!

伊藤文也

大和くん!
それはいけません!
石を置きなさい!



 天野と伊藤が駆ける。


 だが、一歩遅かった。


 大和は大きく振りかぶると、



長谷部大和

うわああああああ!



 路地に大和の絶叫が響いた。


 投げられた石が空気を切る音。


 ガツン、という鈍い衝突音。


 桃太郎が小さな悲鳴をあげた。











 糸のような血飛沫ちしぶきが桃太郎の頭部から散った。


 桃太郎はぐったりとまぶたを閉じ、そのまま地面に倒れ込んだ。






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つばこ

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桃太郎……(´;ω;`)
大和くん……(´;ω;`)

どうか桃太郎が無事でありますように……。

いつも応援やコメント、本当にありがとうございます(´;ω;`)ウッ…

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コメント 89件

  • メロンパンの皮欲しいです。

    現実的にここまで歪むのかは疑問だけど、相当きつい洗脳してるな

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  • リサリサ

    読み返しコメント。
    大和許せないっていってる人たちの考えが理解できない。
    背景まで描かれた大和の精神状態が理解できないということは、きっと現実追い詰められている人のことなんて理解できないだろうと思う。

    怒る感情は否定はしないよ。大和がやったことは悪いこと。でも大和がとても追い詰められている大事な場面だってことが読めないのかな。ここで大和を責めることは、弱っている人を余計に追い込み孤立させることになると理解が出来ないのかな。
    そんな人が多いことが不思議でならないし、悲しい。

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  • まばたき

    虐待された子供がひたすらにかわいそうじゃないと助けてあげない、同情してあげない、みたいな意見に一番ゾッとした
    間違えてしまった子供を正し道に導くのは大人の役目だろう
    むしろここで見捨てたら状況が更に悪化するだけじゃん…天野くんにそんな義務なんかないけどね

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  • 焼きましゅまろ

    やだやだ!!!!!!!!
    桃太郎死んじゃやだあああああああああああ!!!!
    (´•̥ω•̥`)うぅ

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  • 思いとどまって欲しかったっていうのが本音だな。

    クソ野郎も子どもには甘過ぎる。

    家庭環境を受け入れられる年ではないとはいえ、歪むやつはいつ告げられても歪むもの。

    「先送りにして現実から逃避している」って言葉は、今回はクソ野郎にも言えることだな

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