都内にある一流私大。


 学生食堂のテラス席。


 その日、天野は『弟子』である前島悠子まえしまゆうこと一緒にいた。



前島悠子

ちょっと師匠!
どういうことですか!?



 前島が烈火れっかの如く怒り、天野を激しく詰問きつもんしている。



前島悠子

私という『弟子』がありながら『ポチ』の助手席に美少女を乗せてドライブだなんて!?

しかもコスモス畑でおデート!
ズルいじゃないですか!

私も一緒に行きたかったですよぉ!



 天野はタバコの煙を吐き出し、呆れたように言った。



天野勇二

芸能人アイドルのお前を連れて行くなんて無理に決まっている。
どうせ仕事が入っていただろう?

前島悠子

そ、それはそうですけど……。

天野勇二

しかもドライブしているところを記者に撮られてみろ。
またスキャンダルになるぞ。

前島悠子

そ、それもそうですけど!


 前島はテーブルを叩きながら叫んだ。


前島悠子

だからって『おデートした写真』を自慢げに見せなくてもいいじゃないですか!?

なんですか!?
もしや私に嫉妬しっとしてほしいんですか!?
もしかして『恋の駆け引き』を仕掛けてるんですか!?

天野勇二

違ぇよ。
ほら見ろ。
綺麗なコスモスじゃないか。

前島悠子

コスモスは綺麗ですよ!
それはそれでいいんです!
問題は師匠にベッタリくっついている美少女のことです!


これは誰ですか!?
なんで師匠と『おデート』してるんですか!?

天野勇二

デートではない。
ほれ見ろ。
涼太もいるぞ。

前島悠子

涼太さんなんかこの際、どうでもいいんですよぉ!



 前島が叫んだ時、ちょうど噂の人物こと涼太がテラスに現れた。



佐伯涼太

なになにー?
また痴話喧嘩ちわげんかしてるのー?
相変わらず仲良しだねぇ。


 涼太はヘラヘラと笑みを浮かべ、テラスに大きなダンボール箱を「どすん」と置いた。


佐伯涼太

はい勇二。
お届けものだよ。
また『献上品』だよ。


 天野はげんなりと顔を曇らせた。


天野勇二

おい……。
まさか、平泉からか?

佐伯涼太

正解!
今回は何かなぁ……。

おっ!
やっぱり『みかん』だ!


 箱いっぱいに天野の好物である『みかん』が入っている。


 天野は吐き捨てるように言った。


天野勇二

まったく……。
こんなに送るな、と伝えてくれ。

佐伯涼太

自分で言えばいいじゃん。
ほら手紙も入ってるよ。
さくっと電話すればいいのに。


 手紙らしき封筒をひらひらと揺らす。


天野勇二

興味ないな。
そこまでの依頼を受けた覚えはない。


 天野はダンボール箱から『みかん』をひとつ掴み取ると、驚愕きょうがくの表情を浮かべている前島に言った。


天野勇二

俺は実習に行く。
前島よ、その箱に入っているものは好きに食べていいぞ。

前島悠子

え、えっ?
こ、これはなんですか!?

天野勇二

詳しい話は涼太から聞いてくれ。
じゃあな。


 天野はあっさりテラスを後にした。


 前島はダンボール箱を睨みつけると、


前島悠子

涼太さん!
これはなんですか!?
まさか『コスモス畑でおデートした美少女』からのみつぎ物じゃないでしょうね!?

佐伯涼太

あれ?
なんでそれ知ってるの?

前島悠子

さっき師匠が写真を見せてきたんです!

すっごく綺麗なコスモス畑!
そこに立つ師匠と美少女!

訊いてみたら師匠と『ポチ』に乗って『おデート』したらしいじゃないですか!


 涼太は「はぁ」と肩を落とした。


佐伯涼太

前島さんにはナイショにしようって言ったのになぁ……。
いや、デートじゃないよ。
僕もその場にいたし。

前島悠子

それは知ってます!
でもそれが問題じゃないんです!
なんか師匠にベッタリくっついてたんですよ!
めっちゃ『恋する乙女』の顔をしてました!
あれは誰なんですか!?

佐伯涼太

まぁ、落ち着いてよ。
ちゃんと説明するから。



 涼太は苦笑しながら平泉のことを語って聞かせた。


 『涙活るいかつコンパ』での出会い。


 天野に依頼し『天才クソ野郎流の涙活るいかつ』を実行したこと。


 コスモス畑で平泉が号泣できたこと。



佐伯涼太

……その後は、百合香ちゃんのお父さんの『お墓参り』に行ったんだ。
コスモスを手向たむけてね。
百合香ちゃんは晴れ晴れとした顔をしてたよ。
それで僕たちの依頼ミッションはコンプリートしたってワケ。


 「てへぺろ」しながらダンボール箱を指さす。


佐伯涼太

だけどアフターフォローが問題でさぁ。
案の定って言うのもアレなんだけど、百合香ちゃんが勇二に惚れちゃってね。

まぁ、あの勇二なら誰が惚れてもおかしくないよ。
おかげで『また会ってほしい』っていう『依頼』のバイブスが激しいんだ。



 前島は「むぅ……」と唸った。



前島悠子

それは……。
思ったより、重い話ですね……。
涼太さん、珍しく良いことをしましたね……。

佐伯涼太

まぁね。
この僕が一切手を出さず、ガチでしっかり『涙活るいかつ』したからね。


 前島は素直に感心した。


前島悠子

美少女なのに涼太さんが手を出さない……!
立派じゃないですか。
今回はチャラ男の涼太さんじゃなかったんですね。

佐伯涼太

いやほら、僕にも好みってのがあるから。
百合香ちゃんはウブすぎるしスタイルも物足りなくてさぁ。
僕は『まきりん』みたいなグラマラスバディのガールとパコパコぷちょへんざしたいんだよね。

前島悠子

感心して損しました。
サイテーでした。
やっぱり涼太さんは変態パコ野郎です。


 涼太への好感度を叩き落とすと、前島は責めるように言った。


前島悠子

でもちょっと、酷いと思います。

佐伯涼太

えっ?
なにが?

前島悠子

何も師匠に相談しなくてもよかったじゃないですか。


 小さく口唇を尖らせる。



前島悠子

私の両親は優しい人ですから、機能不全家庭きのうふぜんかていの悩みとかは実感できません……。
だけどAC アダルトチルドレンがどんなものか。
般教ぱんきょうの講義で聞いたことがあります。



 AC アダルトチルドレンとは「機能不全家庭で育ったことにより、大人になってもトラウマを持つ」という人を指す考え方だ。


 家庭問題によって種類は異なるが、存在意義が希薄、自己評価が低い、破滅的といった特徴がある。



佐伯涼太

そっか。
前島さんは『教育学部』だったね。
無関係ってワケでもないんだ。

前島悠子

そうです。
師匠はきっと、平泉さんが幼少時に受けた心の傷……。
つまりは『インナーチャイルド』を癒そうとしたんですよね?


 涼太は「たぶんね」と頷いた。


佐伯涼太

勇二に言わせれば『親殺し』をすることが、『インナーチャイルド』を癒やす手段そのものだったんだね。

まず親を憎んだ感情を認めること。
そして誰かが「君は悪くないんだよ」って言ってあげること。

百合香ちゃんの場合、そこから始めないと自分自身と向き合うことさえできなかったんだ。

前島悠子

そのためにブラフのアレルギー検査結果』まで用意したんですか?

佐伯涼太

おっ?
それ見抜いちゃう?

前島悠子

そりゃ見抜きますよ。
師匠の常套じょうとう手段ですもん。

佐伯涼太

さすがは弟子だねぇ。
そうなの。
キク科のアレルギーなんて存在しなかったんだ。

でもさ、そんなブラフもアリじゃない?
僕たちは真実だけを見て泣くワケじゃないんだ。
まがい物フィクションだから素直になれる時だってあると思うんだよね。


 ヘラヘラ笑いながら言葉を続ける。


佐伯涼太

とはいえ、僕は正直なところ『アドラー心理学派』でさ。
トラウマなんか存在しないし、とらわれるのもつまんないと思ってる。

前島悠子

そっか……。
アドラー心理学はトラウマや『AC』を否定するんでしたっけ?

佐伯涼太

そうそう。
『どうして泣けないのか』よりも『どうやったら泣けるか』ってことだけを考えるの。
『原因』よりも大事なのは『目的』ってこと。

ただこれを百合香ちゃんに落とし込むのは困難を極めそうだったからね。
勇二を頼ることにしたんだよ。



 前島はじっと涼太を見つめた。


 『変態パコ野郎』の側面が強すぎて忘れがちだが、涼太は基本的に努力家の秀才だ。


 これに『イケメン』と『たぐいまれなコミュ力』まで追加されるのだから、なかなか反則級チートのリア充だ。



前島悠子

涼太さん……。
もしかして……。



 前島は真面目な顔で尋ねた。



前島悠子

涼太さんが本当に『涙活るいかつ』したかったのは……。
平泉さんじゃなくて、師匠だったんじゃないですか?



 涼太が「おっ?」と呟いた。



佐伯涼太

勇二を?
どういう意味かな?

前島悠子

実は以前、師匠のお兄様を紹介してもらったことがあるんです。
涼太さんもご存知ですよね?


 涼太は静かに頷いた。


佐伯涼太

もちろん。
子供の頃は一緒に遊んでくれたよ。
ありえないほど立派なお兄さんだったね。

前島悠子

師匠もすごく自慢してました。
その時、お父様のことを嫌っていると間接的に教えてくれたんです。


 前島は悲しげに言葉を続けた。


前島悠子

今でも詳しいことは教えてもらってません……。
でも涼太さんなら、もっと深いところを理解しているはずです。
それを考えれば、師匠に平泉さんの件を持ち込むことを避けるはずなんです。

だけど……。
涼太さんはあえて、師匠に『依頼』を持ちかけた……。


 涼太を見つめて言葉を紡ぐ。


前島悠子

平泉さんの『依頼』を受け、実際に泣かせてみせることが、師匠にとっての『涙活るいかつ』になる……。

そう考えたんじゃありませんか?
涼太さんは平泉さんを通して、師匠の心を癒そうとした……。
そんな気がするんです。



 涼太はじっと前島を見つめた。


 明るいアイドルとしての側面が強すぎて忘れがちだが、前島は基本的に独学で一流大学へ進学した才色兼備さいしょくけんびのスーパースターだ。



佐伯涼太

なかなか鋭いね。
さすが弟子じゃん。
でもまぁ、それは勇二に見破られてたしなぁ……。
ちょっとお節介だったかなって反省してるんだ。


 にやけながら肩をすくめる。


佐伯涼太

だけど、前島さんの推理は半分アタリで、半分ハズレかな。
確かに勇二のためってのもあるよ。

でも、それだけじゃない。
僕も教えてほしかったんだ。
どうすれば『泣くことができるのかな』って。

前島悠子

えっ……?
涼太さんも、お家のことで……?

佐伯涼太

いやいや。
僕の家は立派な中流家庭。
一人っ子だし甘やかされて育ったよ。


 前島は小首を傾げた。


前島悠子

ど、どういうことですか?
涼太さん、結構、泣いてませんでした?

佐伯涼太

それがねぇ。
そうでもないんだよ。


 涼太は深いため息を吐いた。



佐伯涼太

ねぇ……。
前島さん。
僕はね、あれから一度も、本気で泣いたことがないんだよ。



 虚空こくうを眺めながら呟く。



佐伯涼太

きっと、僕は『あの時』に一生分の涙を流しちゃったんだ。

だからかもしれないけど、本気で笑うことも少ない。
何をやっても本気で楽しめないんだ。

僕の涙はね、ビックリするほど透明なの。
からっぽの涙なんだ。



 前島は驚いて涼太を見つめた。


 見たことのない表情だ。


 信じられないほどアンニュイな表情を浮かべている。



佐伯涼太

そうなった『原因』も、克服するための『目的』も理解してる。
自分がどうすればいいのか。
その答えもしっかり見えてる。
だけど、それがなかなか難しくてさ。


 涼太は小さく笑うと、両手を広げながら立ち上がった。


佐伯涼太

今言ったこと、勇二にはナイショね。
こんなの恥ずかしいからさ。

前島悠子

え、えっと……。
でも……!

佐伯涼太

ああ、そんな顔しないでよ。


 涼太はニンマリと微笑んだ。



佐伯涼太

僕は『天才パコ野郎』だからさ!
僕ちゃんにまかせちゃえば何もかもオールオッケー!
だから大丈夫!
気にしないで!



 軽やかにテラスを去ろうとしている。


 前島は思わず声をかけた。



前島悠子

あ、あの!
ちょっと待ってください!

佐伯涼太

んー?
なぁに?

前島悠子

え、えっとぉ……。
そのですね……。
うーん……。

佐伯涼太

どしたの?
随分とエモい顔しちゃって。



 前島は少々迷ったが、思い切って告げた。



前島悠子

……実はですね。
今度、まきりんたちと一緒に、伊豆いずの温泉旅館でロケをするんです……。
もし涼太さんがお暇なら、また『SP』のバイトをしませんか……?



 涼太が驚いて目を丸くする。


 前島は慌てて言葉を付け足した。



前島悠子

で、でも、まきりんたちを口説くのはダメですよ!
連絡先も聞いちゃダメです!
もし手を出したら一生絶交ですからね!



 涼太は優しげに前島を眺めた。


 苦笑しながら答える。



佐伯涼太

気を使ってるの?
なんか悪いね。
でも、遠慮しとく。
それは勇二に譲るよ。

前島悠子

えぇっ!?
まさかのお断りですか!?


 涼太はウインクしながら微笑んだ。


佐伯涼太

だってもうすぐクリスマスじゃん!
年末の僕はデートナンパコンパにと予定ビッシリなワケ!
まきりんには会いたいけど、また今度にするよ!


 涼太は今度こそ軽やかにテラスを後にした。


 前島はその背中を複雑な心境で見送った。



前島悠子

あの涼太さんが『泣けない』なんて……。
いったい何があったんでしょう……。

あとそれから……。
この『みかん』……。


 恨めしげにダンボール箱を覗く。



前島悠子

どうやって処理すればいいんですかねぇ……。
こんなに食べれませんよ……。

はぁ……。
どうして私が、恋敵ライバルの貢ぎ物を処分しなくちゃいけないんですかねぇ……。



 ふわりと冷たい風がテラスに吹く。


 かすかな柑橘類の香りが揺れる。


 前島はため息を吐きながら、冬の訪れを告げるテラスの空を見上げていた。








(おしまい)




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つばこ

ご愛読いただきありがとうございます。
何かひとつでも心に残るものがあれば幸いです。
 
涼太くんはほんの時たま『闇』を見せる時がありますね。
抱えているのは、やっぱり初恋のことなんですかねぇ(´・ω・`)
 
 
さてさて、次回は『152. 彼を上手にチャラ男にする方法 -9- 「天野くんのWデート」』に登場した脇役さんが再登場します。
私としては「この人はいつか出てくるだろうな」と感じていた人であり、天野くんの違った一面を知る重要人物ではないかと思っております。
天野くんとどうやって絡むのか、ご期待いただければ幸いでございます。
 
それでは次週土曜日、
『彼が上手に犬を捨てる方法』
にてお会いしましょう。
 
つばこでした!ヽ(*´∀`*)ノ.+゚

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コメント 45件

  • 飛鳥

    ブラフかよ!!!私の感動を返せ!!!!

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  • ゴミコ

    んんんんんん!難しい言葉が多くてよくわかろんずぅぅぅぅ!!3行でうpよろ

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  • そら

    機能不全家庭…私もそこまでなりかけたのかな?と思ってしまいました。

    気づいた頃には、
    ただ近くに歪んだ愛なのか…歪んだ魔法があって色々あって…多分学生中は機能不全家庭だったかもしれない…
    今でも自分を認めること褒めることが苦手…
    だから自己評価はいつも凄く低い。仕事場の人にもよく「もっと自己評価高くしてあげたらいいのに…自分かわいそうやで」って…

    自分を傷つける事は慣れてる。自分が傷つけば、周りに何もされない、迷惑かけないから…
    自分一人が我慢すれば大丈夫。大丈夫…。大丈夫……。心が痛いのは今だけ…。
    ってよく思いながら今まで過ごしてきました。
    だから今回の 涙活話 何だか心に凄く滲みました。

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  • バルサ

    意外とシリアスな後日談になったな…。

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  • ふじこ

    なんだかんだで涼太よりクソ野郎のほうが優しいんだよね。ACかぁ。自分もそうだけど、この気持ちはどうしようもないなぁ。一生抱えていくしかない。

    涼太の初恋の話また読んで涙活しよう。

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