検査から数日後。


 天野は平泉と涼太をテラスに呼び出した。



天野勇二

検査の結果が出た。
好きなだけ見るといい。



 テーブルの上に結果の用紙を置く。


 平泉がおそるおそる開き、涼太も隣から覗き込む。



平泉百合香

……これは……?
ど、どういうことでしょうか……?



 困り顔で天野を見上げる。


 検査項目は難解かつ恐ろしいほど多い。


 平泉では理解できない。



天野勇二

どうもこうもないさ。
君は『健康かつ正常そのもの』ということだ。

全ての値は正常値。
若干、アレルギー反応が高い項目があるが、『泣けないこと』には直結しない。
つまり……。


 天野はあっさり言い放った。


天野勇二

君が『泣けない』のはメンタルの問題』だということだ。


 平泉はしょんぼりと肩を落とした。



平泉百合香

やっぱり……。
私の『心』はおかしいんですね……。
そうじゃないかとは、思ってたんです……。



 陰鬱いんうつな表情で呟いている。


 『身体の問題』と言ってくれたほうが気も楽だった、と言いたげな顔だ。


佐伯涼太

そんなことないって。
難病じゃなくて良かったよ。
『いつでも泣くことはできるんだ』って、前向きに考えればいいんだよ。


 涼太が明るくフォローする。


 天野も追撃するように言った。


天野勇二

そうだ。
まず『基礎分泌きそぶんぴつ』や『反射性分泌はんしゃせいぶんぴつ』に問題がなかったことを喜ぶべきだ。
いくら『涙活るいかつ』しても、身体に問題があれば無意味だからな。

平泉百合香

そ、そうかもしれませんけど……。

天野勇二

君はようやく『涙活るいかつ』のスタートラインに立った。
そう認識を改めてしまえ。
検査は君が『泣くことのできる身体を持っている』と証明してくれたんだ。

佐伯涼太

そうだよね。
改めて『涙活るいかつ』してみよう。
僕たちも全力でバックアップするからさ。
ここまで来たら、百合香ちゃんがギャン泣きするまで付き合うよ!



 平泉はおどおどしながら天野と涼太の顔を見つめた。


 2人の男は堂々した表情を浮かべ、底知れぬ自信に溢れている。


 平泉はそんな2人の言葉を信じた。



平泉百合香

わ、わかりました……!


 迷いを吹っ切るように頷く。


平泉百合香

私も頑張ります……!
お2人のためにも、絶対に泣いてみせます……!


 天野は指を「パチリ」と鳴らすと、


天野勇二

良い返事だ。
ではこれから『天才クソ野郎流の涙活るいかつを始める。
最初に君の『泣けるポイント』を確認したい。
まずは『これ』だ。


 一冊の『絵本』を取り出し、気障キザったらしく微笑んだ。





 それから夜になるまで。


 『天才クソ野郎流の涙活るいかつは続けられた。









佐伯涼太

それからぁ……。
ネコはぁ……。
もう生き返ることがぁ……。

グスッ……。

ありまぜんでしたぁってぇ……!




 涼太に『感動的な絵本』を読ませてみたり。




佐伯涼太

このアニメはまさに人生……!

ヒッグ……。

奇跡が起きてぇ……。
よがったねぇ……!




 テラスで『感動的なアニメ』を鑑賞したり。




佐伯涼太

そうかぁ……。
彼女はそんなことを思っでぇ……。

うぇっぐ……。

手紙を残したんだねぇ……!




 話題の『感動的な映画』を観てみたりと。


 まさにスタンダードな『涙活るいかつ』づくしの1日を過ごした。



 どんな『題材テーマ』でも涼太はボロ泣き。


 天野は興味もなく『題材テーマ』を眺めつつ、平泉の表情をチェック。


 平泉は終始、これまで以上の気合いを入れて鑑賞していたのだが……。



天野勇二

……泣いてないな。
今の映画もダメか。



 天野が平泉の眼球を確かめ舌打ちする。



平泉百合香

ご、ごめんなさい……。
気分的には号泣したいぐらいなんですけど……。



 平泉の表情を確かめ、天野はまた舌打ちをした。


 嘘を吐いている顔ではない。


 本人は『涙を流したい』と願うほどの感動を覚えている。


 それでも何かがブレーキをかけてしまっているのだ。



天野勇二

(今日の『涙活るいかつ』で披露したジャンルは『親子』『動物』『恋愛』だったな……)



 嫌そうにため息を吐く。



天野勇二

(平泉に一番刺さったのは『親子』だ……。かなり感情が揺らいでいた。気乗りしないが、やはりそこを攻めるべきだろうな……)



 天野が思案する隣では、涼太が晴れやかな表情を浮かべている。



佐伯涼太

いやぁ、泣いたねぇ。
スッキリしたなぁ。
次の『涙活るいかつ』は何かな?
もう一本映画いっとく?


 天野は涼太にアイコンタクトを送りながら言った。


天野勇二

いや、もう夜も遅い。
今日はここまでにしよう。
だが、帰る前にコーヒーが飲みたいな。

佐伯涼太

あっ!
それなら僕が買ってくる!
パシリならまかせて!


 涼太がウインクしながら走り去る。


 平泉は涼太の背中を見つめ、どこかねたましげに呟いた。


平泉百合香

涼太さんはいいですよね……。
すぐに涙を流すことができて……。
あんな風に生きられたら、もっと人生が楽しくなるんですかね……。


 天野は肩をすくめた。


天野勇二

それはどうかな。
アイツを見かけだけで判断しないほうがいい。
君とは若干異なるが、涼太も似たようなことで悩んでいるからな。

平泉百合香

えっ?
あの涼太さんが……?
どんな悩みなんですか?

天野勇二

それは本人から聞いてくれ。
それより中庭を歩かないか?
外の空気を吸いたいんだ。

平泉百合香

は、はい……。



 天野たちがいるのは日比谷ひびやにあるオープンしたばかりのシネコン。


 ビルの7階には中庭があり、隣接する日比谷公園ひびやこうえんを見下ろすことができる。



平泉百合香

うわぁ……。
素敵な眺めですね……。



 心地良い秋の夜風。


 キンモクセイの香りを嗅ぎながら、ライトアップされた日比谷公園を眺める。


 天野は唐突に切り込んだ。



天野勇二

……涼太から聞いたが、君は父親の葬式で泣けなかったらしいな。



 平泉の顔が一気に青くなる。



天野勇二

それから『泣けないこと』について、本気で悩み始めたそうだな。
父親の死をいためない自分がイヤにでもなったのか?



 平泉は青い顔のまま頷いた。



平泉百合香

……そうなんです。
酷い娘ですよね。
お父さんが亡くなって、すごく悲しかったのに……。
そんな自分が、心底嫌いになってしまって……。



 平泉は夜空を見上げた。


 よく晴れた夜だ。


 だが、星の輝きなんて数えるほどしか見当たらない。


 天野はその横顔を見つめながら言った。



天野勇二

俺はそれの何が酷いのか。
あまり理解できないな。

平泉百合香

どうしてですか?
親が死んだら泣くべきじゃないですか。

天野勇二

そんなことはない。
俺は親父が死んでも泣くことはないだろう。
これは予想じゃない。
確信だ。
俺は泣くほどの情を親父に抱いてはいない。


 平泉が驚いて天野を見上げる。


 しかしすぐに表情を落とし、悲しげに口を開いた。


平泉百合香

……それは悲しいですね。
お父さんとは仲が悪いんですか……?

天野勇二

ああ、親子関係は最悪だ。
話せば長くなるが、色々なことがあってな。
俺と親父の間には埋めることのできないみぞができてしまった。


 秋風に吹かれながら、天野が笑う。


天野勇二

とはいえ、感謝をしてないワケじゃない。
育ててもらった恩義もある。
親父のスネもしゃぶりつくしているからな。
その辺りはうまく割り切っているよ。


 平泉は興味を惹かれたようだ。


 詰め寄るように尋ねる。


平泉百合香

どうして割り切ることができたんですか?
たぶん私、天野さんと似ているんです……。
どうしてもお父さんのことで、心の奥がモヤモヤするというか……。


 天野は「ほう?」と呟き、平泉の顔を覗き込んだ。


天野勇二

君も父親と仲が悪かったのか。
どんな父親だったのか、訊いても構わないか?


 平泉は迷ったように顔を伏せた。


 しばらく黙り込んでいたが、



平泉百合香

……私の、お父さんは……。
厳しい人だったんです……。



 ぽつりぽつりと言葉を吐き出した。


平泉百合香

仕事一筋の真面目なお父さん……。
一生懸命働いて、私を育ててくれて……。
だけど、厳しくて、すごく怖い人だったんです……。


 ぎゅっと胸の前で手を組む。


平泉百合香

私が少しでも大きな声を出すと、機嫌が悪くなって怒鳴る人で……。
だからいつも、家にいると落ち着きませんでした。
ただお父さんが怖くて……。
怒鳴られないように気をつけてばっかり……。


 天野は少し優しげに言った。


天野勇二

君にとって、それが『普通の父親』だったのだろう?
友人の父親を見て驚いたりはしなかったか?


 平泉が大きく頷く。


平泉百合香

はい……!
友達がお父さんと遊んだり、お風呂まで一緒に入ったりするとか聞いて、本当にビックリしました。
お父さんと楽しい時間を過ごすなんて、考えたこともなかったんです。

天野勇二

よくわかるよ。
俺も父親とは『厳格で恐ろしいだけの生物』だと思っていた。
世間にそうじゃない父親もいると知った時は、心底驚いたな。

平泉百合香

私もです……!
ああ、うちのお父さんは普通じゃないんだ……。
そう知った時はとてもショックでした……。


 辛そうに顔を伏せる。


平泉百合香

だけど……。
嫌いかと訊かれれば、そうじゃないって言いたいんです……。

だって、お父さんは私を育ててくれたんですよ……?
感謝しないとダメじゃないですか……。


 天野はひとつ息を吐き、平泉に尋ねた。


天野勇二

何か父親との楽しかった『思い出』はあるか?
どこか出かけたりとか。


 平泉は即座に首を横に振った。


平泉百合香

ありません。
お父さんと一緒に遊んだことなんて……。

あっ……。
でも、そういえば……。


 遠い記憶に触れながら呟く。


平泉百合香

一度だけ……。
公園に連れて行ってほしいって、お願いしたことがあります。
ちょうど今頃の季節で……。
私が『コスモスを見たい』って言ったんです……。

天野勇二

父親にねだってみたのか。

平泉百合香

はい……。
今が見どころだって、テレビで観たんです。
遠いところにある公園だったので、連れて行ってほしいとお願いしたんです。

天野勇二

どうだった?
一緒に出かけたのか?


 平泉は切なげに首を横に振った。


平泉百合香

それが……。
お父さんは日曜日になっても、なかなか一緒に出かけてくれなくて……。

疲れてるから寝かせろとか。
しつこく言うなって怒鳴られて……。

でも私、どうしても行きたくて。
何度も何度もお願いして。
ようやく連れて行ってもらったんですけど……。


 苦しげに言葉を紡ぐ。


平泉百合香

コスモスはすっかり枯れてて……。
ひとつも咲いてませんでした。
間に合わなかったんです……。

天野勇二

そうか……。
父親に文句は言ったか?

平泉百合香

そんなの、言えませんよ……。


 平泉は乾いた笑みを浮かべた。


平泉百合香

ずっと必死に

『楽しかった』
『お出かけできて嬉しい』
『連れてきてくれてありがとう』


と言いました。
お父さんの機嫌が悪くならないことだけを考えたんです。

たぶん……。
それからお父さんに、何かをお願いすることを、やめたんだと思います……。



 平泉は眼下に広がる日比谷公園を見つめた。


 秋のバラが美しく咲き誇っている。



平泉百合香

あの時見た公園は、こんなに綺麗じゃありませんでした……。
寂しくて……。
ひとつも色がなくて……。
まるでモノクロームの世界のようでした……。



 苦しげに天野を見上げる。



平泉百合香

天野さん……。

私が『泣けない』のは、お父さんのことが関係してるんでしょうか……?

天野さんはそう思ったから、お父さんのことを訊いたんですよね……?


 天野は冷静に告げた。


天野勇二

君はそう思っているのだろう?
ならばきっと、それが答えさ。


 平泉が小さく頷く。


平泉百合香

泣いたりしたら、お父さんに怒鳴られる……。
だからずっと我慢してました。

だけど、もう我慢する必要はないのに……。
お父さんのことも、心から好きにならなくちゃいけないのに……。

でも、そんな風に考えられなくて……。
いけないことだって、わかってるのに……。


 そこまで言うと、平泉は慌てて頭を下げた。


平泉百合香

ご、ごめんなさい。
私ばかり喋っちゃって……。
嫌な話をしました……。

天野勇二

いや、そんなことはない。
興味深い話だった。


 軽く首を横に振る。


天野勇二

俺もかつては、父親との関係に悩んだ。
どのように嫌っている父親と向き合えばいいのか。
その方法がわからなかった。


 じっと平泉を見つめる。


天野勇二

だが、俺はひとつだけ『決定的なもの』を持っていた。
それが俺に『愛憎』を割り切る方法を教えてくれた。
それがなければ、俺は父親の呪縛じゅばくから解放されなかったと思うよ。


 平泉がすがるように尋ねる。


平泉百合香

そ、それはなんですか?
教えてください!
私も天野さんのように、割り切ることができますか!?


 天野は静かに首を横に振った。


天野勇二

かなり野蛮なやり方だ。
君が真似できるかどうか判断できない。
自分を変えるために、俺のようなクソ野郎を信じること……。
君にはそんな『覚悟』があるのか?



 強い瞳で尋ねる。


 平泉は迷ったように口を閉じたが、すぐに力強く頷いた。



平泉百合香

……信じます。
信じたいです。

少しでも自分を変える可能性があるなら……。

なんだって試してみたいです……!



 天野はニタリと悪い笑みを浮かべた。



天野勇二

ならば体験してもらおう。
俺様の野蛮かつ乱暴で、果てしなく過激涙活るいかつをな。






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つばこ

コーヒーを持ってシネコンをウロウロする涼太くん「あっれぇー? 勇二と百合香ちゃんはどこに行ったの? 僕に『2人きりにさせろ』ってアイコンタクトして消えちゃうとか、まさかパコパコぷちょへんざしちゃってるのかなぁ(´・ω・`)ションボリ」
 
 
今回の『涙活編』は短めのエピソードなので、次回クライマックスを迎えたりします。
天野くんはどんな『涙活』を仕掛けるのか。
後日談までお付き合いいただければ幸いでございます。
 
ではでは、いつも応援やコメント、本当にありがとうございます!(*- -)(*_ _)ペコリ

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コメント 50件

  • ハヤ

    パコパコぷちょへんざwww

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  • あっさー

    見どころじゃなくて、見頃じゃあ…?

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  • おまろ

    平泉さんは「~しなければ」の呪縛にはまっているみたい。
    できない自分に責任を感じて感情をがんじがらめにして身動きが取れなくなってしまったのかな?

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  • D

    な、何やらせるつもりなんだ…w

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  • あろまる

    泣けないってのは辛そうだなぁ

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