その日の涙活るいかつコンパ』は上々の仕上がりだった。


 全員の女の子と連絡先を交換したし、何人かと『後日デート』の約束も取り付けた。


 場も程よく温まっている。


 当然ながら「二次会で飲み直そう!」という話になった。



佐伯涼太

……あれ?
あの娘、帰っちゃうの?



 先ほど話したショートボブの女の子。


 平泉百合香ひらいずみゆりかが帰ろうとしている。



ボロ泣きしていた女の子

平泉さん?
なんか疲れちゃったみたい。
お酒も飲めないし帰るって。

佐伯涼太

ありゃま。
残念だな。
もっと話したかったのに。



 現在のところ二次会のメンツは半分。


 細かく説明するまでもないが、何人かの男女カップルはこっそり離脱りだつしているからだ。


 涼太が平泉の背中を目で追っていると、



ボロ泣きしていた女の子

ねぇねぇ。
あんな暗い子どうでもいいよ。
それよりさぁ……。
2人だけで飲まない?
近くにいい感じのバーがあるんだ。
行こうよぉ。


 ボロ泣きしていた女の子が涼太の腕を抱き、甘ったるい声でささやいた。


 『離脱りだつ』のお誘いだ。


 普段なら二つ返事で了承する場面だが、その日の涼太は違った。


佐伯涼太

今日はやめとく。
ちょっと用事ができてさ。
僕も帰るよ。

ボロ泣きしていた女の子

えっ!?
嘘でしょ!?
ちょっと待ってよ!

佐伯涼太

また今度ね!
それじゃあバイバイ!



 口を尖らす女の子に別れを告げ、涼太は平泉を追いかけた。


 渋谷の雑踏ざっとうに平泉の背中が揺れている。


 夜の街には慣れていないようだ。


 何度も人混みに流され、ゆっくり駅までの道を歩いている。



佐伯涼太

やっほー!
平泉さん!
どうしたのこんなところで!

平泉百合香

えっ……?
りょ、涼太さん……?


 驚いて涼太を見上げる。


佐伯涼太

そんなにビビらないでよ。
さっきの『涙活るいかつコンパ』にいた男だよ。
変なナンパかと思った?

平泉百合香

あ、いや……。
そんなことは……。


 もじもじと両手を胸の前で組み、恥ずかしげに告げる。


平泉百合香

わ、わたし……。
もう帰ろうかと思って……。
付き合いが悪くて、ごめんなさい……。

佐伯涼太

別に謝ることじゃないよ。
僕も帰ろうと思ってさ。

平泉百合香

そうなんですか……?
でも、二次会の幹事だったんじゃ……?

佐伯涼太

そんなの誰かがテキトーにやるって。
僕は君のことが心配でさ。
迷子になりそうだから駅まで送らせてよ。


 平泉の頬が「かぁっ」と赤くなる。


平泉百合香

こ、子供じゃないんですよ!
迷子になんかなりません!
1人で帰れます!

佐伯涼太

まぁまぁいいじゃん。
君ともっと話したくてさ。
ホントに駅まで送るだけ。
それならいいでしょ?


 両手を広げ、爽やかに微笑む。


 一見では恐ろしいほど誠実で屈託くったくのない笑顔。


 あらゆる女子の警戒心を一段階下げてしまう、チャラ男の『兵器ウエポン』とも呼べるスマイルだ。


平泉百合香

……じゃ、じゃあ……。
駅まで、ですよ……?


 平泉もさすがに了承するしかない。


 涼太は小躍りしながら言った。


佐伯涼太

うん、行こう!
この時間は酔っ払いがうるさいからさぁ。
何かあったら側においでよ。

平泉百合香

は、はぁ……。

佐伯涼太

今日のコンパは楽しめた?
ていうか、平泉さんはよくコンパに参加するの?

平泉百合香

私はあんまり……。
結構、人見知りするんです……。
それにお酒も飲めないし……。

佐伯涼太

そうなんだ。
だったら今日はレア出勤だったんだね。

平泉百合香

まぁ、そうなりますね……。

佐伯涼太

誰かに誘われたの?
クリスマスやハロウィンに備えて、カレシを見つけておこうとか?



 季節は秋。


 まだ本格的な寒さは訪れていないが、徐々に街路樹が色めき始め、年末に向けて世間がざわめき始める季節。


 楽しいクリスマスを過ごすつもりなら、この時期から恋人を探したほうが賢明だ。



平泉百合香

いえ、違うんです……。
そりゃもちろん、カレシがいたらいいなとは思うんですけど……。


 首を横に振り、思い詰めたように言った。






平泉百合香

涙活るいかつに……。
興味があったんです……。

あの涼太さん……。
私がコンパで言ったこと、覚えてますか?


 涼太は軽く頷いた。


佐伯涼太

あれでしょ。
人生で一度も『泣いたことがない』ってやつ。


 こくんと、平泉が恥ずかしそうに頷く。


平泉百合香

はい……。
あんまり信じてもらえないんですけど……。
そんなの……。
おかしいですよね……?


 肩を縮こませ、涼太の顔色を伺っている。


 もしかすると、本人としてはかなり恥ずかしいことを告白カミングアウトしたのかもしれない。


 涼太はあえて明るく言った。


佐伯涼太

まぁ、ちょっとだけおかしいね。
だって、人間は産まれた時に泣くものだもの。
赤ちゃんがお母さんのお腹から出てきた時に

「おや、産まれましたか。それでは『へその緒』を切っていただけますかねぇ」

なんて顔してたらさ、みんなビックリしちゃうよ。


 おどけた口調を聞き、平泉は思わず笑みを浮かべた。


平泉百合香

うふふ……。
確かにそうですね……。


 口元に手を当て、照れくさそうに頭を下げる。


平泉百合香

ごめんなさい。
言い方が悪かったですよね。

物心ついてから、一度も泣いたことがないんです。
正確には『泣いた記憶がない』と言えばいいんでしょうか……。

佐伯涼太

それはそれですごいね。
小さい頃でも泣かなかったんだ?

平泉百合香

はい。
そうなんです。

佐伯涼太

タンスの角に小指をぶつけたりしても?

平泉百合香

ええ、どんなに痛くても泣きませんでした。

佐伯涼太

我慢強いねぇ。
お母さんやお父さんは「手がかからない」って喜んだでしょ?


 涼太が尋ねると、平泉の顔が曇った。


平泉百合香

……そうかもしれません。
お父さんは私に「泣くな」って、よく怒鳴ってましたから……。

佐伯涼太

えっ?
ど、どうして?

平泉百合香

お父さんは子供の『声』を嫌う人だったんです。
大声を出したり、歌ったり、普通に喋ることまで嫌いな人で……。
その中でも『泣き声』が一番嫌いでした。
だから家では小声で喋ることが多くて……。


 声のトーンがどんどん下がっていく。


 平泉の感情まで落ちていくようだ。


 涼太はおどけたように尋ねた。


佐伯涼太

あれかな?
お父さんが厳しく育てたから、今の平泉さんみたいに美人かつ、清楚で礼儀正しい女の子に成長したのかな?

平泉百合香

そんな……。
美人なんかじゃありません……。

佐伯涼太

またまたぁ。
こんなにしっかりした18歳いないよ?
お父さんも自慢の娘だって喜んでるでしょ?


 また平泉の顔が一気に曇る。


平泉百合香

……お父さんは……。

先月に……。

病気で、亡くなったんです……。

佐伯涼太

えっ?
マジで?

平泉百合香

はい……。
心筋梗塞しんきんこうそくで……。
突然のことでした……。

佐伯涼太

そ、そうなんだ……。
ごめんね。
変なこと言って……。

平泉百合香

いえ……。
こちらこそ、ごめんなさい……。



 重苦しい沈黙が2人を包んだ。



 黙って渋谷駅までの道を歩く。



 周囲では浮かれた渋谷の住人たちが騒いでいるのに、2人の間だけ別世界のような静けさ。



 スクランブル交差点に立った時、平泉がぽつりと呟いた。



平泉百合香

……『涙活るいかつ』に興味を持ち始めたのは……。
お父さんのお葬式が、きっかけだったんです……。


 涼太が慌てて尋ねる。


佐伯涼太

それ、話しても大丈夫?
違う話でもいいんだよ?

平泉百合香

いえ、いいんです。
もう済んだことですから。

それに私……。
お父さんのお葬式でも、泣くことができなかったんです……。


 照れくさそうに微笑む。


 恐らくあえて笑顔を作っているのだろう。


 涼太は「僕なんかに気を使わなくていいのに」と、少し申し訳ない気分になった。


平泉百合香

お母さんや親戚の人たちはみんな泣いてたのに、ちっとも涙が出なくて……。

お父さんのこと、すごく嫌いってわけじゃなかったんです。
悲しいとも思いました。
それなのに泣けなくて……。

自分は何かが「おかしい」って、改めて思ったんです……。


 涼太は納得したように頷いた。


佐伯涼太

それで疑問に思ったんだね。
「どうして自分は泣けないんだろう」って。

平泉百合香

はい……。

佐伯涼太

むしろ「泣いてみたい」と思ったのかな?
だから『涙活るいかつ』に興味を抱いた。
そんな時にたまたま、友達から『涙活るいかつコンパ』の誘いがあった……ってとこかな?


 平泉は感心したように言った。


平泉百合香

涼太さんってすごいですね。
その通りです。

佐伯涼太

今日はどうだった?
感動できた?

平泉百合香

はい!
できました!


 平泉は興奮したように言った。


平泉百合香

すっごく感動しましたし、胸がちぎれそうなくらい悲しかったです!
あれは涼太さんが選んだんですか?

佐伯涼太

うん……。
そうだけど。

平泉百合香

素晴らしかったです。
みんな泣いてましたよね。

佐伯涼太

でも君は泣けなかったんだね。

平泉百合香

はい……。


 平泉の肩が「しゅん」と下がる。


平泉百合香

どうして泣けないのか……。
本当にわからないんです。
涙活るいかつコンパ』では泣けない人もいるんでしょうか?

佐伯涼太

もちろんいるよ。
人前で泣くのは恥ずかしいし。

平泉百合香

それは女の子だけ、ですか?

佐伯涼太

いや、男のほうが泣かないね。
バカみたいにカッコつけて泣かない。
でもそれは『涙活』に使う『題材テーマ』によっていくらでも変わるんだ。
人それぞれ泣くポイントは違うからさ。


 平泉は「なるほど…」と頷き、涼太を羨望せんぼうの眼差しで見上げた。


平泉百合香

すごいですね……。
涼太さんって『涙活るいかつ』の達人みたいです……。

佐伯涼太

達人かぁ。
そうとも言えるかも。

……あっ、駅に着いたね。


 いつの間にか渋谷駅前に到着していた。


 近くでは『ハチ公』が涼太たちを優しげに見守っている。


佐伯涼太

ここからなら1人で帰れるかな?

平泉百合香

あっ……。
は、はい……。
大丈夫です……。

佐伯涼太

じゃあ気をつけて。
変な男に引っかからないようにね。



 健全な別れを告げる涼太を見て、平泉はようやく「ほっ」と安堵あんどの息を吐いた。


 駅に到着するまで「どこかに連れ込まれたらどうしよう」と不安だったのだろう。


 女子大生とはいえ、あどけなさが残る少女の横顔。


 涼太は「これが彼女の素顔なんだろうね」と感じた。



平泉百合香

涼太さんって……。
もっとチャラい人かと思ってました……。
本当は優しい方なんですね。
私の話も、しっかり聞いてくれましたし……。



 そこまで言うと、平泉は迷ったように顔を伏せた。


 何かを考え込んでいる。


 涼太が首を傾げながら眺めていると、平泉は恥ずかしげに言った。



平泉百合香

あの……。
もし宜しければ……。
また、誘ってくれますか?

佐伯涼太

誘う?
それは『コンパ』に?
それとも『涙活るいかつ』?
もしくは『2人きりのデート』かな?


 チャラチャラしながら尋ねる。


 平泉の頬が赤くなった。


平泉百合香

る、涙活るいかつですよ……。
ダメですよ。
からかわないでください……。

佐伯涼太

からかってるワケじゃないけどなぁ。
でもまぁ、いいよ。
もう一度チャレンジしたいんだね。


 平泉が力強く頷く。


平泉百合香

はい……。
どうしても、泣いてみたいんです……。
もう18歳なのに、涙を流せないなんて、自分が欠陥品みたいでイヤなんです……。

それに……。
もし泣くことができたら、何か変わるかもしれないって……。

だから……。


 深々と頭を下げる。


平泉百合香

もしご迷惑じゃなければ……。
また『涙活るいかつ』に、誘ってくれませんか……?



 涼太は「ふぅん」と呟きながら平泉の全身を眺めた。


 「泣いてみたい」と願う女の子。


 涼太の好みではないが、かなりの美少女だ。



佐伯涼太

(この娘は逸材いつざいだよ。女子高生でも通じちゃう幼さと、大人顔負けの礼儀正しさを兼ね備えてる……)



 平泉ほどの美少女が『涙活るいかつコンパ』に参加すれば、男子のテンションが上がること間違いなし。


 それに何より、平泉の持つ『悩み』が気になる。


 涼太は自らの胸を「どん」と叩き、明るく叫んだ。



佐伯涼太

いいよ!
涙活るいかつコンパ』があったら必ず呼ぶね!

むしろ絶対に君を泣かせてみせると約束するよ!

僕ちゃんにかかれば、何もかもがオールオッケーだからさ!





 場面は移り変わり。


 いつもの学生食堂テラス席。


 涼太はげんなりと顔を曇らせ、自らの判断が甘かったことを悔やんでいた。



佐伯涼太

正直さぁ……。
楽勝だと思ったんだよねぇ……。



 さめざめと重いため息を吐いている。



佐伯涼太

ノリで約束しちゃった僕も悪いんだけどさぁ。
この子、マジで泣けないの。
ビックリするほど泣けないの。
これどうしたもんかなぁと思ってさぁ……。

あっ、紹介が遅れたね。
こちらがその『泣けないガール』こと、平泉百合香さんです。


 涼太がテラスに呼び寄せた少女。


 平泉が深々と頭を下げる。


平泉百合香

はじめまして……。
平泉百合香と申します。

佐伯涼太

こちらのガラの悪い白衣のお兄さんが、僕ちゃんの親友こと天野勇二ね。
飢えた肉食獣みたいな顔してるけど気にしないで。
女の子に手を上げるのはまれだからさ。

平泉百合香

え、えぇぇ……?

佐伯涼太

そんじゃ。
改めて依頼しちゃおうかな。


 涼太は「パン!」と両手をあわせて叫んだ。



佐伯涼太

天才クソ野郎様!

どうかお願いします!

ご自慢の灰色の脳細胞をフル回転させて、百合香ちゃんをギャン泣きさせてください!


天野勇二

…………



 天野はチラリと平泉の顔を見つめた。


 可哀想なことに、完全に怯えきっている。


 捕食の危機を感じた草食動物のような表情。


 天野はげんなりとため息を吐いた。






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つばこ

今回のテーマは「泣くこと」なんですが、同時に「親子関係」もテーマになりそうです。
天野くんがどうやって平泉ちゃんの『悩み』と向き合うのか。
そもそも向き合うことになるのか。
これはクッソ気になりますねぇ。
天クソらしい尖った賛否両論エピソードになる気配がビンビンしますが、お楽しみいただければ幸いでございます(*- -)(*_ _)ペコリ
 
ではでは、いつも応援やコメント、本当にありがとうございます!く(`・ω・´)

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コメント 59件

  • ピカルディの3度

    感情を表に出してはいけないという刷り込みを長年されてた事が一番の要因だよねぇ
    自分が悪いんだと思い込んじゃってるように見えて辛いな
    表に出せるようになると良いね

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  • しはりよりまる

    「一見では恐ろしいほど誠実で屈託くったくのない笑顔」って涼太の説明されてるけど話してる時のアイコン見る限り下心丸出しの緩みきった顔にしか見えないんだけどwww

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  • 佐倉真実

    涼太くんがメイン張る回はやっぱりワクワクするなー(● ´ ω`●)!
    天野くんにはなかなか難しい以来のような気もするけど、どうなるんだろう??

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  • remi

    灰色の脳細胞ってかの有名なエキュール・ポアロですね!!!

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  • ユリタム

    突然のマデューww
    辞めてw腹筋崩壊しちゃうよww

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