【結婚式当日】

◆時刻:AM9:00

◆現在地:名古屋市なごやし中区なかくにしき3丁目





天野勇二

さて……。
困ったことになった。



 天野と奥田はベッドの上でため息を吐いていた。


 床にはすっかり懐いた土佐犬とチワワが尻尾を振っている。



奥田和彦

そうだね。
犬4頭を散歩させるのは大変だお。
きっとそろそろ、おトイレにも行きたいはずだお。

天野勇二

犬のことじゃねぇよ!
宮内川島
そして小谷野だ!



 天野はげんなりしながらスマホを見つめた。


 もう9時になろうとしている。


 わずかに発見された部屋の残骸ざんがいから、ここは『にしき』にあるホテルだということがわかった。


 しかし、天野も奥田も、昨晩の中華料理屋を出た後の記憶がない。


 中華料理屋から錦まではそれなりに距離があるのに、移動した覚えもない。



天野勇二

とりあえず適当な服を着るぞ。
しかし、なぜこんなに無駄な衣服があるんだ。

奥田和彦

わからないお……。
僕はとにかくタトゥーを消したいお……。

天野勇二

切除しなきゃ無理だろうな。
しかも一度の手術じゃ消えない。
半ケツにタトゥーを彫るなんて骨頂こっちょうだ。

お前はケツに『リシア』を背負って生きていけ。
死ぬまで独身でな。
そんな末路がブタ野郎にはお似合いだ。

奥田和彦

うぅぅ……!
なんて日だお……。
リシアって誰なんだお……?



 天野と奥田は適当な服を着ると、「とにかく犬を連れてホテルから逃げ出そう」という話になった。


 何せ部屋はとんでもない状況だ。


 鏡や窓は叩き割られ、照明や机はバキバキに破壊され、壁紙も半分が剥がれ落ちている。


 莫大ばくだいな損害金を請求される前に逃げてしまおう、ということだ。



天野勇二

ふぅ。
俺様の靴はあったか。
奥田、お前の靴はあるか。

奥田和彦

僕の靴もあるよ。
でもなんか、変なものが入ってるんだ。

天野勇二

『変なもの』だと?

奥田和彦

うん。
これなんだけど。



 奥田は靴の中から、『乾燥した大麻マリファナを取り出した。



天野勇二

お、お、お前!
それ大麻マリファナだぞ!
なんでそんなものを持ってんだ!?

奥田和彦

え、えぇっ!
こ、これがテトラヒドロカンナビノール!?

天野勇二

そうだよ!
しかもすげぇ量じゃねぇか!
お、おい、ちょっと部屋をあされ!



 2人は急いで部屋を調べ始めた。


 大量の衣服をベッドに積み上げて床を調べる。


 それはベッドの下に隠れていた。



奥田和彦

あ、天野くん……。
大変だお……。
ベッドの下から、アタッシュケースが5個も出てきたお……。



 天野はゴクリと生唾を飲み込み、5つのアタッシュケースを見つめた。


 真っ黒で頑丈なケースだ。


 かなり重い。


 ぎっしり何かが詰まっている。



天野勇二

ま、まさか……。
中に『現金』なんて、入ってねぇだろうな。

奥田和彦

ど、どうしよう……。
これ、1個につき、1億は入るお。

天野勇二

5億か。
それだったら即座に持ち逃げするぞ。



 天野はもうネコババすると決めていた。


 別に金に困っている訳ではないが、あれば何かと役に立つ、それが現金だ。


 ケースには鍵がかかっていない。


 慎重にケースを開けると、2人は「あぁ、こんなもの開けずに燃やせば良かった」と、後悔することになった。



天野勇二

じょ、冗談じゃねぇ……。
金より価値のあるものが出てきたぞ……!

奥田和彦

こ、これ、なんだお……?
美味しいホットケーキが作れるヤツかお……?

天野勇二

こ、こんなもので、ホットケーキが作れるワケないだろ!



 アタッシュケースには、小分けにされた『白い粉』がぎっしり詰められていた。


 まるで小麦粉のような白い粉だ。



天野勇二

これはたぶん『コカイン』だ……。
俺様もこれだけの量は初めてお目にかかるぜ……。



 アタッシュケースいっぱいのコカイン。


 まともな生活を送っていれば、まず目にすることもない代物だ。


 奥田がガタガタ震えながら言った。



奥田和彦

ど、どうするお!?
舐めてみるかお!?

ペロッ、これは麻薬!

ってするかお!?

天野勇二

バ、バカ野郎!
お前は『天才ブタ野郎』だった男だろうが!
C17H21NO4コカインを摂取したら、人体にどんな影響が出るかわかるだろ!?


 奥田は汗をダクダク流しながら頷いた。


 天野は他のアタッシュケースを開けてみた。


天野勇二

これもコカイン。
これもコカイン。
これは大麻がぎっしり。
これは……。


 天野は最後のアタッシュケースを見て、もうさすがに嫌気がさしてきた。


天野勇二

拳銃かよ!
これは、トカレフだ……。
10挺以上も入ってやがる……。



 コカイン、大麻、銃火器。


 5億円なんて価値を遥かに超えたブツだ。


 なぜこんなものがここにあるのか、2人ともさっぱりわからない。



天野勇二

まずい。
これはまずい。
このアタッシュケースは放置できない。
警察に持って行くしかない。

奥田和彦

で、でも、僕らが逮捕されちゃうお……?

天野勇二

だが見過ごすワケにもいくまい。
くそっ。
なんでこんなものがここにあって、俺様はその上で寝ていたんだ。


 天野はそこまで言って気づいた。


天野勇二

お、おい奥田……。
お前、これを吸引してないよな?


 奥田も天野の意図に気づいた。


 2人とも医学部出身だ。


 お互いの瞳をじっと見る。


 まぶたを大きく開いて、眼球をチェックする。


奥田和彦

う、うん。
天野くんは大丈夫だよ。
出血もしてない。
網膜も正常だよ。

天野勇二

お前もだ。
俺たちはこれをやってないな。
そ、そうと、信じるしかないな……。


 これだけの麻薬を警察に届ければ、確実に毛髪などを検査されてしまう。


 もし麻薬を吸引していれば、最悪の事態が訪れてしまうのだ。


天野勇二

お、奥田……。
まさかお前、ドラッグをやったから、全身の毛を剃ったんじゃないだろうな……?


 奥田が涙目でプルプルと首を振る。


奥田和彦

わ、わかんないお!
覚えてないお!
なんにも覚えてないんだお!

天野勇二

俺様も覚えてない……。
なんてことだ……。
これはまずいぞ……。


 天野は少し思案すると言った。


天野勇二

やはり警察に届けるのはやめよう。
警察署の前に、全て投げ捨てて逃げよう。


 奥田はコクコクと頷いた。


 互いの眼球は正常だが、麻薬を摂取していないとは断言できない。


天野勇二

こんなホテルは早く脱出するぞ。
俺様はレンタカーを借りてくる。
お前はその間にワンコを散歩させてウンコでもさせて来い。

奥田和彦

わ、わかったお!



 天野はホテルを飛び出し、近くにあるレンタカー屋に飛び込んだ。


 適当な車を借り、ホテルの前に横付けする。


 その間に奥田は4頭の犬を連れ、錦をぐるぐると歩き回った。


 リードなんて便利なものはなかったが、それぞれの犬は首輪をしていたので、適当な衣服で紐を作って散歩させた。



天野勇二

奥田!
ワンコの散歩は終わったか!

奥田和彦

終わったお!
みんな元気よくウンコしたお!

天野勇二

よし!
ワンコどもを後部座席に放り込め!



 土佐犬とチワワは良くしつけされているようで、天野がギロリと睨みつけると、自分たちから率先して後部座席に乗り込んだ。


 天野たちはホテルの部屋に戻り、重たいアタッシュケースを車のトランクに投げ入れた。



奥田和彦

こ、これからどうするの?
け、警察に行くの?

天野勇二

その前に宮内と川島と小谷野だ。
アイツらどこにいるんだ。
もしアイツらの失踪が、ドラッグと関係しているのであれば……。



 天野の脳裏に最悪の展開がよぎった。


 なぜか知らないが大量の麻薬を所持している。


 宮内も川島も小谷野もいない。


 誰に電話しても圏外。



天野勇二

もしかすると……。
小谷野たちは、麻薬の持ち主に拉致らちされているのか……?


 天野の呟きを聞き、奥田の顔が一気に青くなった。


奥田和彦

そ、それは大変だお!
みんな殺されちゃうお!
小谷野くんはもうすぐ結婚式だお!

天野勇二

くそっ……。
麻薬を警察に届けるのはまだ早い。
お前、昨日の記憶はどこまである?

奥田和彦

ちゅ、中華料理屋だお。
杏仁豆腐あんにんどうふを食べて店を出た……。
そこまでだお。

天野勇二

俺もだ。
そこまでしか記憶がない。
まずは中華料理屋に行くぞ!





【結婚式当日】

◆時刻:AM9:45

◆現在地:名古屋市なごやし中区なかく大須おおす1丁目





 天野は車を走らせ、大須にある中華料理屋へ向かった。


 店はまだ開店前だ。


 天野は裏口を蹴り飛ばすようにノックした。


天野勇二

開けろ!
聞きたいことがある!


 乱暴に店内へ入ると、厨房から迷惑そうに1人の男がやって来た。


厨房にいた男

開店前だよ!
まだやってないよ!

天野勇二

ああ、すまない。
少しだけ話を聞かせてくれ。

昨晩、俺はこの店にいたんだ。
俺たちのことを知るヤツはいないか?
男の4人組だったんだが。


 厨房の男は困ったように首を捻った。


 昨日は閉店まで厨房で料理を作っていたが、店内の客のことは知らない。


厨房にいた男

悪いがちょっとわからないね。
店内はあまり見てないよ。

天野勇二

そうか。
だが昨晩、虎頭タイガーヘッドが客として訪れていたことは知っているだろう?



 厨房の男は「ぎょっ」とした表情を浮かべた。


 虎頭タイガーヘッドとは運び屋を専門とする黒社会チャイニーズマフィアのひとつ。


 昨晩、天野たちの背後で騒いでいた、上海しゃんはいマフィアの名前だ。



厨房にいた男

なんで、それを知ってるんですか!?
お、お兄さん、暴力団の方?
う、うちは、迷惑かけてないですよ!

天野勇二

やはり虎頭タイガーヘッドのことは知っていたか。
デカい声でヤクの取引を喋っていたからな。
俺様はな、中国語がわかるんだよ。


 厨房の男は慌てて頭を下げた。


厨房にいた男

ご、ごめんなさい!
あれは私たちの手違いだったんです!

天野勇二

手違い?

厨房にいた男

はい!
あの人たちに脅されて、仕方なく出しただけなんです!


 天野は「妙な話になってきやがった」と思いながらも、何もかもわかっているかのようなスタンスを取ることにした。


 偉そうに腕組みをして、気障キザったらしい言葉を吐き出す。


天野勇二

やはり貴様らのせいだったか。
そんなことだろうと思ったよ。
まったく……。
酷い目にあったぞ。


 厨房の男は観念して頭を深く下げる。


厨房にいた男

ほ、本当にすみません!
私たちはイヤだったのに、店で暴れると脅されまして……!
だから仕方なく出したんです!

天野勇二

ほう……。
何を出したのか、正確に、貴様の口から聞きたいな。


 ガンガン壁を蹴りながら脅す。


 厨房の男はすまなそうに口を開いた。



厨房にいた男

いや、あれは困りましたよ……。
大麻マリファナ入りの杏仁豆腐』を作れ、なんて脅されたものですから……。



 天野と奥田の顔が一気に青くなった。



天野勇二

マ、マリファナを、杏仁豆腐に入れただと……!?

厨房にいた男

はい……。
あと、揚げ団子にもしてしまいまして。


 天野は思わず男の胸ぐらを掴んだ。


天野勇二

き、貴様ぁ……!

あれは確かに「草っぽいな」と思ったんだよ!
草臭くて不味いと思ったんだ!
『スペースケーキ』にしていたのか!?

厨房にいた男

そうなんですぅ!
本当にすみません!
私たちの手違いで、他のお客様にも誤って出してしまったんですぅ!



 さすがの天野も愕然がくぜんとした。


 昨晩は酒を大量に飲んでいた。


 そこに大麻マリファナなんてぶちこまれたら、記憶が飛んでも全くおかしくない。



天野勇二

……この野郎ッ!

厨房にいた男

うげぇ!



 厨房の男を拳で処刑。


 天野は急いで奥田と共に店を出た。


天野勇二

ま、まずいぞ。
俺たちは『杏仁豆腐スペースケーキ』を食べている。
お前なんて10個以上の揚げ団子をバカバカ食ってたぞ。
ダメだ。
これは絶対に検査で引っかかる。



 『スペースケーキ』とは麻薬ドラッグが混在している菓子のことだ。


 大麻マリファナの場合は焼き菓子になることが多い。


 中華料理屋はよりにもよって、杏仁豆腐と揚げ団子に大麻マリファナをぶちこんだのだ。



奥田和彦

ど、どうするお!?
みんな確実にラリってるお!
だけどなんで、その麻薬を僕らが持ってるんだお!?

天野勇二

知らねぇよ!
くそっ!
どうすりゃいいんだ!


 天野と奥田が困惑していると、突然、中国語の声があがった。



???

いたぞ!
アイツらだ!



 2人の中国人らしき男が駆けてくる。


 その手には拳銃が握られている。


 天野たちも持っているトカレフだ。


天野勇二

な、なんだアイツら!?
とにかく逃げるぞ!

奥田和彦

う、うん!


 天野たちは車に乗り込み、急いで後方にバックした。


 運が悪い時は本当に悪いもので、たまたま後方には車が来ていた。


 まったく無関係の車だ。


 天野が車を停めた路地は狭い一方通行で、後方に車があればバックできない。


 そして中国人たちは前方からやって来る。



天野勇二

くそったれが!
うまく避けやがれ!



 天野は全力でアクセルを踏み込んだ。


 車が勢い良く前方に走る。


 それを見て中国人たちは青ざめた。


 車は迷うことなく、自分たちを轢き飛ばすつもりだ。



中国人の男

に、にげっ!
う、うぎゃあああぁぁぁ!



 中国人たちは慌てて真横に飛び、なんとか車の直撃を避けた。


 その間に天野が脱兎だっとの如く逃げ去る。


 中国人たちにトカレフを撃つ隙すら与えなかった。



天野勇二

まずいぞ!
なんだこの現実は!?
一体どうなってやがるんだ!?



 時刻はもう10時になろうとしている。


 小谷野の結婚式まで、あと4時間しかない。





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つばこ

※注意補足※
 
本作はフィクションです!
マフィアに脅されてスペースケーキを出しちゃう中華料理屋なんて存在しません!
ドラッグはダメ! ゼッタイ!
 
あと、天野くんは「スペースケーキを食べちゃった(´;ω;`)」と嘆いてましたが、本当に食べたのかどうか、それは永遠の謎ということにしてください。
いくら不可抗力とはいえ、ドラッグを食べちゃった主人公とか良くないもん( ゚д゚)
たまたま天野くんの杏仁豆腐には大麻が入ってなかった……。そんな可能性だって十分あります! グレーゾーン! そういうことです!!!!
 
ではでは、いつも応援やコメント、本当にありがとうございます!ヽ(*´∀`*)ノ.+゚

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コメント 105件

  • 麒麟です。Queen親衛隊

    お姫様を守るドンパチとはまた違うハラハラドキドキでほんとこれ好きww

    カオスすぎる。

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  • 焼きましゅまろ

    天野くんがワンコって言ったの可愛かった(違うそこじゃない)

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  • るー

    ワンコ散歩させて連れてってあげるあたり優しい

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  • まこと

    うまく避けやがれ!www
    すごい覚悟だ

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  • ゆんこ

    これもドッキリであってほしい

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