天野勇二

……うん?




 天野はガンガンと痛む頭をさすりながら、ゆっくりと目を覚ました。


 どこかの安ホテルの一室にいるようだ。


 薄いカーテンからかすかな陽の光が差し込み、薄暗い部屋を照らしている。


 天野を起こしたのは枕元にあったスマホだった。


 着信を受けて振動している。



天野勇二

なんだよ……。
うるせぇな……。



 欠伸あくびをしながらベッドから起き上がる。


 なぜか全裸だ。


 下着パンツさえ履いていない。


 天野は首を傾げながらスマホに手を伸ばした。



天野勇二

ふわぁぁ……。
天野だが?



 電話に出ると、スマホの向こうから切羽詰せっぱつまった女性の声が響いた。



宇佐美梨花

あぁっ!
天野さん!
やっとつながった!
天野さんですよね!?

天野勇二

うん?
お前は誰だ?
ふわぁ……。
ねみぃな……。

宇佐美梨花

宇佐美うさみですよ!
起きてください!

天野勇二

うさみ……?


 何度も欠伸しながら首を捻り、宇佐美という名を思い出す。


天野勇二

ああ……。
小谷野の『嫁』か。

宇佐美梨花

そうです!
小太郎こたろうさんはそちらにいますか!?

天野勇二

こたろう?
誰だそれ?

宇佐美梨花

小谷野こやのさんのことですよ!
小谷野さんはいますか!?

天野勇二

ああ、小谷野か。



 そういえば小谷野は『小太郎こたろう』という名前だった。


 あんな『フランケン』にしか見えない大男なのに、なぜ『小太郎』という名前をつけたのか。


 天野は不思議で仕方なかったが、赤子の時は『フランケン』に進化するなんて想像できなかったのだろう。


 天野は近くにあったペットボトルの水を飲みながら言った。



天野勇二

小谷野のことなんて知らんぞ。
小谷野とは会ってない。

宇佐美梨花

はぁっ!?
な、なにをバカなこと言ってるんですか!?
昨晩、無理やり小谷野さんを連れ出したじゃないですか!?

天野勇二

うん?
誰がだ?

宇佐美梨花

あなたですよ!
天野さんたちです!

天野勇二

俺?
俺が連れ出したのか?

宇佐美梨花

そうですよ!

天野勇二

ふーん。
そうなのか。



 天野はベッドに腰掛けながら周囲を見回した。


 チェックインした名古屋駅のホテルではない。


 しかもなぜか、部屋がもの凄く荒れている。


 ベッドは中綿やスプリングが飛び出し、床には様々な衣服が散乱し、照明やテレビや鏡などはズタボロに破壊され、壁紙は半分ほどがれ落ちている。


 天野は「いくら安いホテルにしても、もっとまともな内装があるだろう」と呆れながら言った。



天野勇二

小谷野のことなんか覚えてないな。
もう帰ったんじゃないのか?

宇佐美梨花

帰って来ないんですよ!
電話もつながらないんです!
6時間後には結婚式が始まるのに!

天野勇二

ふぅん。
今は何時だ?

宇佐美梨花

朝の8時ですよ!
天野さんしっかりしてくださいよ!
結婚式は14時からです!

天野勇二

8時?
もうそんな時間なのか?


 天野は何度も首を傾げながら窓に近づき、カーテンを開けた。


 窓ガラスはバリバリに割れており、湿った夏風を室内に運んでいる。


 外は確かに明るい。


天野勇二

あれ?
もう朝じゃねぇか。
おかしいな。
昨晩、中華料理屋にいたはずなんだが。

宇佐美梨花

な、何を言ってるんですか!
そこに小谷野さんはいないんですか!?


 天野は大して広くもない部屋を見つめた。


 クイーンサイズのベッドが置かれた一室だ。


 もの凄く荒れているが、恐らくラブホテルだろう。


天野勇二

いない。
どこにもいないぞ。

宇佐美梨花

えぇっ!?
どこに行ったのか知りませんか!?

天野勇二

知らんな。

宇佐美梨花

うぇぇ!
な、なんでぇ!?
見つかったらすぐに連絡をください!

天野勇二

ああ、わかった。


 電話を切り、スマホに表示された時刻を確かめる。


 確かに朝の8時だ。


 日付は結婚式の当日を示している。


天野勇二

なんだ?
まるで記憶がねぇなぁ。
身体は別に怪我してないか。


 全裸の身体を確かめる。


 多少、拳や肘にスリ傷があるが、目立った外傷はない。


天野勇二

ふわぁぁぁ……。
この俺様が記憶を失くすほど酔うとは……。
珍しいこともあるものだ。


 天野は酒好きのザルだ。


 どれだけ酒を飲んで酔っ払っても、記憶を失うほど酔い潰れることは珍しい。


 大きな欠伸をしながら下着パンツを履き、天野はとりあえず風呂場へ向かった。


 顔を洗ってヒゲでも剃るか、と考えていると、バスタブに横たわる1人の男を発見した。



天野勇二

……うん?



 バスタブに太った全裸の男が丸まっている。


 穏やかな寝息を立てている。


 天野はその顔と姿を見て仰天ぎょうてんした。



天野勇二

お、奥田!
奥田じゃないか!
おい!
起きろこのイベリコ!



 天野は頭を「パンパン」と叩きながら奥田を起こした。


奥田和彦

……う、ううん?
天野くん?
もうボクは飲めないんだお……。

天野勇二

いいから起きろ!
なんだよその姿は!?

奥田和彦

ふわぁ……。
やっぱり天野くんだお。
もう飲めないお。

天野勇二

飲ませねぇよ!
とにかく起きやがれ!


 奥田は目をこすりながら起き上がり、不思議そうに自らの体を眺めた。


奥田和彦

……あれ?
全裸なんだお。
生まれたばかりの姿だお。
それになんだか違和感があるお。

天野勇二

そ、そんなことより、頭!


 奥田が頭に手をやると、その顔が真っ青になった。



奥田和彦

な、なんだお!?



 奥田は慌てて立ち上がり、洗面所の鏡を見て絶句した。


 天野はその姿を見てゲラゲラ笑い出した。







天野勇二

ぎゃははははっ!
なんでお前、頭を丸剃りにしてるんだよ!?

アッハッハッハッ!
眉毛もねぇ!
なんでそんな姿になってんだ!

奥田和彦

な、なんでなんだお!
こんなの知らないお!!!



 奥田の髪にはお洒落なパーマがあてられていたが、今は綺麗な丸剃り。


 完全なるスキンヘッドだ。


 しかも異変はそれだけではなかった。


 奥田は自らの股間を見ると、これ以上ないほどの絶叫をあげた。



奥田和彦

うきゃぁぁぁぁ!
股間の毛もないお!

天野勇二

フハハハハハ!
マジだ!
スネ毛や腕毛も消えてるじゃないか!
全身の毛がないぞ!


 奥田は慌てて脇を確かめた。


 両方ともツルツルだ。


奥田和彦

うそぉぉ!
ワキ毛もないお!
ジャ○ーズみたいにツルツルだお!

天野勇二

あっはっは!
似合うなぁ。
出荷前の養豚ようとんのようだ。
ジャ○ーズに豚専門のユニットがいればお前がセンターだな。


 天野は奥田の身体を見てゲラゲラ笑っていたが、『尻』にあるものを見て仰天ぎょうてんした。


天野勇二

お、お前!
ケツに『タトゥー』が入ってるじゃねぇか!

奥田和彦

え、えぇっ!?

天野勇二

しかもなんだよ!
カタカナで『リシア』と彫ってあるぞ!

奥田和彦

ど、どこ!?
そ、そんなのあったら香澄ちゃんに怒られちゃうお!



 奥田の左尻に大きなタトゥーが入っている。


 左尻全体に燃え盛る太陽が描かれ、その中心に『リシア』というカタカナ。


 奥田は必死に体を捻り、鏡で左尻を確かめると、この日一番の絶叫をあげた。



奥田和彦

ぎゃああああああ!
なにこれぇ!?
なんなんだお!
き、消えないお!



 タオルで左尻をこするが、全く消えない。


 皮膚が真っ赤になるまでこするが、消えない。


 そしてこれは太った奥田には無理な体勢だったようで、筋肉が悲鳴をあげた。



奥田和彦

ひ、ひでぶっ!

よ、横腹をつったお!
いたた!
痛いお!

天野勇二

何やってんだ。
運動不足だからだ。
情けない豚めが。

奥田和彦

いだだだ!
痛いおおおおおッ!

天野勇二

ゆっくり体を元に戻せ。
そして耐えろ。


 天野は悲鳴をあげる奥田を無視して、のんびり顔を洗いヒゲを剃り始めた。


天野勇二

お前、なぜタトゥーなんか入れたんだ。
妻子さいしがいる身なんだぞ。
何を考えてるんだ。

奥田和彦

し、知らないお!
タトゥーを入れた記憶なんかないお!

天野勇二

どう考えても香澄さんは怒るぞ。
説教では済まないな。
たぶん『離婚』だな。
一夜の過ちが一生の過ちになるな。

奥田和彦

り、離婚!?



 奥田は力なく床に崩れ落ち、白い灰になった。



奥田和彦

なんで……。
なんで、こんなことになってるんだお……?
なんにも覚えてないんだお……。

天野勇二

そこまでダイナミックなタトゥーを入れたくせに、

何も覚えてません。
記憶にございません。


そんな政治家みたいな言い訳じゃ香澄さんも納得しねぇよ。
これでお前もめでたく『バツイチ』だな。

奥田和彦

ひっぐ、ひっぐ……!
そんなぁ……!
そんなのあんまりだお……!



 泣きわめく奥田を無視してさっぱりすると、天野はそろそろ衣服を着たくなった。


 パンイチから人間の姿に戻りたい。


 床には様々な衣服が散らばっているが、なかなか自分のものが見つからない。



天野勇二

うーん……。



 天野は床に落ちたTバックの下着を見て首を捻った。


天野勇二

女の下着まである。
俺たちが連れ込んだのか?
おい奥田、お前がナンパしたのか?


 奥田はさめざめと泣きながら首を横に振った。


奥田和彦

なにも覚えてないお……。
僕の服もないお…。

天野勇二

俺様もまったく覚えがない……。
しかもなぜ、こんなに無駄な衣服がありやがる。
俺様のスーツはどこだ。


 天野は見知らぬ衣服を投げ捨てながら室内を見渡し、ひとつのクローゼットを見つめた。


 何気なくクローゼットを開ける。


 すると「待ってました」とばかりにけものが飛び出した。


 天野も奥田も、これはさすがに驚いた。



奥田和彦

ぎゃああああああ!

天野勇二

うおおおっ!?



 2人とも驚きのあまり尻もちをつく。


 獣は「ガウガウ」と吠えながら、部屋を歩き始めた。



天野勇二

土佐犬とさけんじゃねぇか!
し、しかも、3頭もいやがる!



 3頭の土佐犬が室内をウロウロ歩きまわる。


 奥田はクローゼットの奥にいる1匹を抱き上げ、嬉しそうに笑った。



奥田和彦

天野くん、土佐犬だけじゃないよ。
チワワもいるお。

天野勇二

な、なんだそりゃ!
チワワなんかどうでもいいよ!

奥田和彦

そんなこと言ったら可哀想だよ。
僕、チワワ好きなんだ。
可愛いお。



 チワワは「クーン」とプルプル震え、大人しく奥田に抱かれているが、土佐犬は違った。


 顔に無数の傷跡がある。


 闘犬用に飼育された土佐闘犬とさとうけんだ。


 お犬様も狭いクローゼットに閉じこめられ、空腹ということもあり、とても気が立っていた。


 天野を唸って睨みつける。



天野勇二

ほう……?
犬コロの分際で、この俺様に牙をくのか。



 だがお犬様も相手が悪かった。


 天野はすぐさま殺気を解き放ち、土佐犬を1頭ずつ睨みつけた。


 犬の瞳を真正面から見るのは、犬にとって威嚇いかくと敵意があることを示すサインだ。



天野勇二

この犬畜生めが……!

どれだけ強力な牙を持っていてもな、人間様のほうが偉くて賢くて強い、ということを教えてやるよ!
貴様らの牙なんて、俺様に届かなければ飾りでしかねぇんだ!
全員ズタボロの肉塊に変えて解剖してやるぜ!

フゥーーーッハハハハ!



 殺気がビリビリと部屋の空気を振動させる。


 土佐犬たちは天野を見て、「どうやらこの人はただの一般人じゃない」と察し、即座に腹を見せて寝転がった。



天野勇二

そうだ。
それでいい。
なかなか賢いじゃないか。
褒めてやるよ。
クックックッ……。



 「クゥーンクゥーン」と甘える土佐犬とチワワを見て、天野は偉そうに満足気な笑みを浮かべている。



 この時、まだ天野は、自分たちに起きた悲劇を理解してはいなかった。





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つばこ

『天クソ』も今回で181話ですが、初めて天野くんが爆笑しているイラストが登場しました。アイツ滅多なことでは爆笑しないので、もしかしたら、アイコンで使用するのはこれが最初で最後になるかもしれません……。(絵師様ごめんなさい)
 
あと念のため補足しますが、天野くんは本気で犬を『ズタボロの肉塊』に変えたりしません!
犬を叩いたりしません!
意味もなく解剖したりもしません!
あれはあくまで立場を理解させるための天野くん流のしつけ方……だと思います……たぶん……( ゚д゚)
 
ではでは、いつも応援やコメント、本当にありがとうございます!ヽ(*´∀`*)ノ.+゚ツルツルー

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コメント 82件

  • みー

    土佐犬…えらい(笑)

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  • まこと

    ウケる、続き気になる
    天野が丸剃りされなくて良かった

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  • ゆんこ

    わんこの思考かわいい

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  • だだん

    映画まんまやないかーい
    これはもうパロの領域だろ笑

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  • ゆめおぼろ@天クソ/パステル

    殺気だけで犬に腹見させるのすごすぎなんだけどw

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