※この物語はフィクションであり、実在の人物及び団体とは一切関係ありません。



 その日、天野あまのは珍しいことに『名古屋なごや』にいた。


 しかも天野だけではない。


 3人の男が一緒だ。



宮内圭吾

ここが名古屋か。
でかい駅ビルがあるんだなぁ。



 宮内みやうちが感心しながら名古屋駅を見上げる。


 名古屋駅は商業施設タカシマヤとホテル、そしてオフィスが入った『ツインタワー』の真下にある。


 JRに新幹線、私鉄や地下鉄まで網羅もうらしており、ターミナル駅としては日本でも有数の規模を誇る。



奥田和彦

すごいね。
ボクたちが泊まるホテルも、このビルの中にあるんでしょ?



 奥田おくだが大きな腹を揺らしながら尋ねた。



川島直人

……フフフ……。

マリオットホテルだよ……。
悪くないところだ……。

……ククク……。



 陰気なチビの川島かわしまが不敵に微笑んだ。


 素直な感想を述べているだけなのだが、川島が言うと不気味なホテルがあるように感じてしまう。


天野勇二

しかし小谷野こやのの地元が名古屋とは驚いたな。

宮内圭吾

だよなぁ。
アイツ声が小さいから、方言なんてわからなかったなぁ。

奥田和彦

明日の『結婚式場』はここから近いのかな?


 奥田が尋ねると天野が答えた。


天野勇二

金山かなやまだ。
タクシーで行ける距離だ。
小谷野が名古屋駅直結のホテルを手配したのは、土地勘のない俺たちに気を使ってのことだろう。



 小谷野は天野と『混沌こんとんのカルテット』である宮内と奥田と川島。


 この4人を自らの『結婚式』に招待し、ホテルの部屋を手配していた。


 交通費も小谷野が工面している。


(小谷野の結婚については『彼が上手にバチェラーパーティーに参加する方法』を参照)



宮内圭吾

フランケンも気を使うもんだな。
俺たちは医者、しかも奥田なんて大病院の御曹司おんぞうしだぜ?
交通費ぐらい出すし、こんな高そうなホテルを手配しなくていいのによ。


 宮内が肩をすくめながらホテルのロビーを見渡す。


 豪華絢爛ごうかけんらんかつ開放感のあるロビーだ。


 高い天井にはバカラのシャンデリアが輝いている。


天野勇二

小谷野は俺たちに負担をかけさせたくなかったんだろう。
アイツはそういう男さ。


 天野たちはホテルにチェックインし、とりあえず荷物を部屋に置いた。


 ロビーで合流すると、宮内がニタニタと悪い笑みを浮かべた。


宮内圭吾

なぁ、今度こそ『バチェラーパーティ』をやろうぜ。
ここ名古屋は日本有数の歓楽地かんらくちじゃないか。
本場のバチェラーパーティが楽しめるぜ。


 天野が苦笑しながら言った。


天野勇二

また俺様をドッキリで騙すのか?
『混沌のカルテット』からの問題は簡単だからなぁ。

宮内圭吾

今回はドッキリじゃないぜ。
マジでやろうぜ、マジで。


 奥田がもじもじしながら言った。


奥田和彦

ねぇ宮内。
ボクはもう結婚してるんだよ。
女の子のいる店は行っちゃいけないって言われてるんだ。



 奥田の嫁は『メイド喫茶』で働いていた。


 つまりメイド喫茶のメイドであり、奥田はそこに通う客だった。


 嫁は奥田が女遊びをしないか、それなりに心配なのだ。


(奥田の結婚については『彼を上手にご主人様にする方法』を参照)



天野勇二

お前はメイド喫茶の常連客リピーターだったじゃないか。
何を今さら聖人せいじん君子くんしみたいなことを抜かしているんだ?

奥田和彦

ボ、ボクはメイド遊びを卒業したんだ……!
もう二度と行かないよ!


 奥田が涙目で訴えると、川島も同調した。


川島直人

……フフフ……。

僕もカノジョがいるんだ……。
悪いけど、変な店には行けないよ……。

……ククク……。


 宮内はスネたように口唇を尖らせた。


宮内圭吾

なんだよ。
お前ら随分と付き合いが悪くなっちまったな。
けっ、どうせ俺は寂しい独り身だよ。

天野勇二

お前はモテそうなのになぁ。
恋人がいないなんて不可思議なことだ。
誰か付き合ってやれよ。
また嫉妬に狂って脅迫状でも出されたら面倒だぞ。

宮内圭吾

ちょっ!
おいおい天野!
そのことはもう勘弁してくれよー!
あれは俺が悪かったって!


 4人は肩を叩きあいながら笑った。


 過去の事件のことは、もうすっかり水に流せている。


 『混沌のカルテット』の絆は元に戻っていた。


宮内圭吾

じゃあ、普通の居酒屋で飲もうぜ。
奥田と川島もそれならいいだろ?

奥田和彦

うん。
そうしなさいって言われてるよ。


 宮内はニタリと笑みを浮かべた。


宮内圭吾

そういえば普通の居酒屋なんだけどな、『メイド居酒屋』ってのが名古屋にはあるらしいぜ。
あくまで、普通の居酒屋だ。


 奥田の頬が「ピクピクッ」と反応した。


 奥田の中には『メイドさんが大好き』という潜在欲求がある。


 まだその『病』は克服できていない。


川島直人

……フフフ……。

宮内クン、それは普通の居酒屋じゃないよ……。

……ククク……。

宮内圭吾

いやいや、どうかな?
お前ら、『普通の居酒屋』というが、そもそも居酒屋の普遍的本質の定義はなんだ?
それは酒と美味い食事が味わえることだ。
これがキャバクラやガールズバーになっちまうと、お前らの嫁やカノジョはうるさいだろうが、『普通の居酒屋』の店員がたまたまメイドの格好をしていたら、これは普遍的本質の定義からはみ出すのか?


 天野が呆れたように苦笑した。


天野勇二

名古屋まで来てメイド居酒屋に行くのかよ。
鳥を食おうぜ。
俺様は手羽先てばさきが食いたい。

宮内圭吾

『山ちゃん』か『風来坊』ってか?
そんなの東京でも食える。
だが名古屋の女の子は名古屋にしかいないんだ。
どうだ?
現地の味をたしなもうじゃないか。


 天野はあっさり吐き捨てた。


天野勇二

却下だな。
俺様は女なんぞに興味がない。
名古屋での食文化、名古屋での酒をたしなみたい。


 奥田もそれに同意した。


奥田和彦

ボクも怒られるからやめとく。
香澄かすみちゃんは『絶対に女の子がいる店に行っちゃダメ』って言うんだ。


 香澄ちゃんとは奥田の可愛い嫁のことだ。


 お腹には奥田の子供が宿っている。


 香澄ちゃんも『ブタ野郎』の奥田に浮気するほどの甲斐性かいしょうがあるとは思ってないが、金銭が発生するキャバクラなどになると話は別だ。


 かなり奥田に対して釘を刺していた。


川島直人

……ククク……。

僕も天才クソ野郎の意見に賛成だね……。
そんな店には行かないよ……。

……フフフ……。


 川島も拒否権を発動させる。


 宮内はがっくりと肩を落とした。


宮内圭吾

はぁ……。
やっぱりダメか。
お前らはいつもそうだよなぁ。
俺たちのカルテットは合コンもナンパもしたことないからなぁ。
なんて健全なカルテットだ。

天野勇二

まぁ宮内、2人には事情がある。
俺様が朝まで付き合ってやるさ。

宮内圭吾

お前は信じられないほど飲むからなぁ。
お前に付き合うと俺が倒れちまうよ。



 そんなやり取りを経て、4人は大須おおすにある中華料理屋に向かった。


 『台湾ラーメン』という激辛ラーメンが売りの店だ。


 2階席もあり店内は広い。


 4人はそこで夕食をとり、酒を飲み、健全な夜を過ごすことにした。



奥田和彦

ねぇ、この台湾ラーメン、辛くて美味しいでしょ。


 奥田が嬉しそうにズルズルと麺をすする。


宮内圭吾

俺は辛すぎて食えないよ。
奥田は何でも美味そうに食べるな。

奥田和彦

僕はこれが大好きなんだ。
辛さを薄めにした『アメリカン』っていうラーメンもあるんだよ。

天野勇二

名古屋なのに台湾ラーメンでアメリカンなのか。
なかなかカオスじゃないか。

奥田和彦

そうそう。
混沌のラーメンなんだ。
もういっぱい食べようかなぁ。

宮内圭吾

相変わらず奥田は食通だな。
あんまり食うなよ太るから。


 忠告もむなしく、奥田は3杯の台湾ラーメンを平らげた。


 宮内はそれを横目にしながら老酒らおちゅうを舐めている。


宮内圭吾

これでカルテットからの結婚は2人目か……。
婚期が遅れるかと思ってたけど、意外に早くまとまっちまうもんだな。
やっぱり『医者』っていうブースターはすげぇんだな。


 宮内が感心したように呟く。


 天野も同感だと頷いた。


天野勇二

まったくだ。
だが2人とも『デキ婚』だ。
親父が産婦人科を経営している俺様としては、結婚した後に子供を作ってほしいものだ。

川島直人

……フフフ……。

次は僕、かもしれないよ……。

……ククク……。


 川島が台湾ラーメンを食べながら告げた。


 意外と川島は辛い食べ物がイケる口だ。


 ラー油と唐辛子で口唇を真っ赤にさせながらも、陰気な微笑みを浮かべている。


宮内圭吾

うげぇ、やめてくれよ。
俺がトリかよ。
天野、お前は間違っても俺より早く結婚するなよ。

天野勇二

安心するがいい。
俺様は結婚なんて興味がない。
婚期も永遠に訪れないさ。

奥田和彦

それはそれで寂しいお。
天野くんの結婚もお祝いしたいお。



 奥田が酔っ払ってきた。


 語尾に「~お」がついてくると、奥田が緊張してテンパったり、興奮している時のサインだ。


 本能のまま喋ると語尾に「~お」がついてしまう。



 何せ天野は酒好きのザルだ。


 ビールだろうが老酒だろうが、水のように飲み干してしまう。


 天野のペースにつられると、その場にいる人間はすぐに酔っ払ってしまうのだ。



宮内圭吾

ここに小谷野も来れば、本当のバチェラーパーティになったのになぁ。

川島直人

……ククク……。

仕方ないさ……。
日本じゃ結婚式の前日に男同士で飲むなんて、非常識だからね……。

……フフフ……。

宮内圭吾

まぁな。
それに小谷野も、女がいる店には行きたがらないしな。



 小谷野はフランケンのような体格の持ち主だが、人一倍シャイで口下手な男だ。


 女性がいる店に連れて行っても、彫像のように固まるだけだろう。


 その光景を思い浮かべて天野は苦笑した。



天野勇二

そんなアイツも一児の父になるのか。
まぁ、子供とはうまくコミュニケーションが取れていたからな。
良い父親になるだろう。

宮内圭吾

フランケンの子供かぁ。
想像できないよなー。
改造手術されてないといいんだけどなぁ。

天野勇二

あっはっは!
それは是非お目にかかりたいな。
ある日突然、雷に打たれて動き出すんだろう?

川島直人

……ククク……。

2人とも、それは酷いじゃないか……。
フフフ……。
おかしな……話だ……。

……イヒヒ……。


 川島がその絵を想像して爆笑した。


 川島が「イヒヒ」と笑う時は、通常の人間が腹を抱えて笑う時に等しい。


 陰気な川島は爆笑してもとにかく陰気だ。



奥田和彦

小谷野くんの結婚は自分のことのように嬉しいお。
本当に仲間が結婚するのはハッピーだお。


 奥田がムシャムシャと中華料理を頬張りながら言った。


 奥田はとにかく食べる。


宮内圭吾

奥田、この揚げ団子も食っていいぞ。


 宮内が差し出すと、奥田はすぐさま丸飲みにした。


天野勇二

俺様のもくれてやる。
何だかこの団子、草っぽくて苦手だ。

奥田和彦

そうかなぁ?
甘くて美味しいけどなぁ。

宮内圭吾

そんなに飲み込むように食うな。
もっと味わえよ。
ブタじゃないんだから。


 宮内が軽口を叩くと、背後のテーブルがやかましくなった。


 6人の中国人が興奮して喋っている。


 良いことでもあったのか、ご機嫌で騒ぎ、何度も乾杯している。


 天野は小さく舌打ちした。



奥田和彦

あ、天野くん……。
き、聴こえた?



 奥田が怯えながら尋ねた。


 天野は大学で天才、奥田はそれ以上の天才と呼ばれた男だ。


 中国語はある程度習得している。


天野勇二

聴こえた。
面倒な話だ。
酒がまずくなるな。

奥田和彦

そうだね。
怖い街だお。

天野勇二

別にここは怖い街でも怖い店でもない。
後ろの連中がクズなだけさ。


 吐き捨てて白酒ぱいちゅうをあおると、宮内が不安げに尋ねた。


宮内圭吾

なんて言ってんだ?
やばい話か?

天野勇二

ああ、やばい話だ。
俺たちが中国語を理解できないと思って、デカイ声で喋ってやがる。


 奥田がぽつりと呟いた。



奥田和彦

テトラヒドロカンナビノールの話をしてるんだお。
大きい取引をしたらしいお。



 宮内と川島の顔に緊張が走った。


 テトラヒドロカンナビノールとは、多幸感たこうかんを覚える作用のある向精神薬。


 大麻マリファナの主成分だ。


 つまり、麻薬の取引をした、ということだ。



宮内圭吾

マジか……!?
クサか?
ハシシか?
スペースケーキか?


 天野は静かに宮内を制した。


天野勇二

そんな名称を出すな。
さすがに気づかれる。


 川島は嫌そうに首を振った。


川島直人

……ククク……。

イヤな話だね……。
場所を変えようよ……。

……フフフ……。

天野勇二

そうだな。
別の店で飲み直そう。


 天野たちはデザートのあんにん豆腐どうふを平らげて立ち上がった。





 ……これが、天野の名古屋における、二日酔いハングオーバーの始まりだった……。





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つばこ

どうも、つばこです。
今週もお読みいただきありがとうございます。
 
ハングオーバー(二日酔い)物といえば、「酔い潰れて朝になったらとんでもないことになっているが昨晩の記憶はない」という物語の定番プロットのひとつです。
代表的なのは「酔っ払って目覚めたら隣に見知らぬイケメンがいる(*ノェノ)キャー」ですね。comicoノベル的にいえば両片思いをこじらせたりするやつです(´∀`*)ウフフ
 
私はこの設定と、その最高峰ともいえる同名の映画が大好きなので、いつか天野くんにも経験させたいなぁ、と願っていたんです。
いったいどんなハングオーバーになるのか。ご期待いただければ幸いでございます。
 
ではでは、いつも応援やコメント、本当にありがとうございます!ヽ(*´∀`*)ノ.+゚

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コメント 87件

  • ぷよぷよ

    なぜ宮内がメイドにこだわるんだ…?
    だって宮内って……

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  • まお

    結婚式が壊されかねないようなことがあってもそれを冗談に出来たり水に流せる絆って凄いよね。こんな人間関係作りたい人生よ…。

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  • ささ

    名古屋駅のマリオット、宿泊したことあるのでびっくりです!最上階のバーが見晴らし良くて綺麗だったので、そこでも飲むのかな~(笑)
    旦那の実家で土地勘あるところなので、天野君たちがそこで楽しんでるなんて、何だか嬉しいです(^-^)

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  • みと@第3艦橋OLD


    マリオット泊まろうと思ったら全室禁煙で辞めたお。
    ベビスモの天野くん大丈夫かい?
    と思ったけどホテル戻らず飲み明かすパティーンかな

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  • アオカ

    マリオットホテルだと!?風来坊だと!?
    そして台湾ラーメン食べてるのはまさか味仙か!?
    知ってるヤツばっかり出てきて嬉しいwww

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