涼太の運転する車は外務省へ向かった。


 衛兵に誘導されて駐車場に入る。


 天野にとっては懐かしい場所だ。


佐伯涼太

ここが外務省の駐車場かぁ……。
僕には一生縁がない場所だと思ってたよ。


 天野は駐車場に降り立つと、地面の一角を指さした。


天野勇二

あの辺だったな。
お前の車が爆発したのは。


 涼太はぎょっとして地面を見つめた。


 よく見ると、地面に黒く焦げた跡がある。


佐伯涼太

ああ……。
僕の愛車ちゃん……。
こんなところで燃え尽きたんだねぇ……。


 涼太が焦げ跡に手を合わせていると、黒崎が駐車場にやって来た。


 嬉しそうに天野の顔を見つめる。


黒崎

久しぶりだな、天才クソ野郎。
またお前と顔を合わせることになるとはな。

天野勇二

それはこっちのセリフだ。
まさかエージェント様から呼び出しをくらうとは。
用件はなんだ?

黒崎

それは中で話そう。
来てくれ。


 黒崎はちらりと涼太を見た。


天野勇二

アイツは俺様の友人だ。
それなりに信頼できる。
一緒でも問題ないさ。

佐伯涼太

ど、どうも。
佐伯涼太です……。


 おずおずと頭を下げる。


 黒崎は小さく頷くと、


黒崎

黒崎だ。
夜分にすまないな。
こっちだ。


 天野たちを先導し、建物の中へ向かった。


 涼太が怯えながら尋ねる。


佐伯涼太

な、なに?
あの長髪の怖そうな人は?
前に話してたスパイの人?

天野勇二

そうだ。
スパイだ。
お前にセンチュリーをプレゼントしてくれたヤツだ。

佐伯涼太

なんだぁ。
それなら悪い人じゃないね。
いやぁ、あんな感じのシブい大人になりたいねぇ。


 天野たちは会議室のような小部屋に通された。


 室内には黒スーツの男が2人。


 机の上には資料らしきものが並んでいる。


黒崎

俺と同じ統括官の笹井ささい五十嵐いがらしだ。


 笹井と五十嵐が軽く会釈する。


 年の頃は30代後半だろうか。


 2人ともメガネをかけており、髪をオールバックにしている。


 顔立ちの印象が薄く見分け辛い。


 笹井は『銀縁メガネ』、五十嵐は『黒縁メガネ』と覚えておくか、と天野は単純に決めた。


天野勇二

天野だ。
コイツは佐伯涼太だ。


 軽く名乗ると笹井が口を開いた。


笹井

ご足労いただき感謝します。
早速ですが、レイチェル・オースティンについてのお話をさせていただきます。


 銀縁メガネの笹井が話を切り出した。


 どうやら『格』は笹井のほうが上のようだ。


 天野は椅子に座りながら尋ねた。


天野勇二

レイチェルという名は本人から聞いたが、『オースティン』という名字ラストネームは聞いてない。
俺様が知っている女と同一人物なのか?


 笹井はそれを聞くと、資料の中からいくつかの写真を取り出し、天野の前に置いた。


天野勇二

なに……?


 天野は目を疑った。


 それは東京駅と秋葉原を歩く、天野とレイの写真だった。


天野勇二

隠し撮りか……。
俺たちを尾行していたのか。


 天野は改めて笹井と五十嵐の顔を見た。


 全く見覚えがない。


 笹井は何事もなかったかのように言葉を続けた。


笹井

レイチェルは謎の多い人物です。
国籍はアメリカ人。
表向きはカリフォルニアの大学生。
それでいて、一流の『殺し屋』である、という噂を持っています。



 天野と涼太は思わず言葉を失った。




 『殺し屋』




 想定外な単語のお出ましだ。


 呟くように尋ねる。



天野勇二

……殺し屋、だと?

笹井

ええ、そうです。
国際刑事警察機構インターポールがマークするほどの一流の殺し屋……。
そんな噂を持つ女性です。


 笹井は静かに告げると、天野の顔を真正面から見つめた。


 銀縁メガネの奥から鋭い視線が飛んでくる。


 天野は嫌そうに息を吐いた。



天野勇二

(チッ……。俺様の心理を読もうとしてやがる。尾行に盗撮、おまけにプロファイリングに長けたスパイ、ってワケか……)



 視線を振り払うように指先を振り、気障キザったらしく告げる。


天野勇二

それは驚いたな。
彼女と出会ったのは飛行機の中。
たまたま席が隣だった、それだけの話だ。
日本には訪れたことがないと言うんで、軽く案内してやったんだよ。


 黒崎が天野に尋ねた。


黒崎

日本に来た目的は言ってなかったか。


 天野は肩をすくめた。


天野勇二

知らんな。
そもそも日本に来いと誘ったのは俺様だ。
元々は中国に行くと言っていた。

黒崎

出会った時に、日本で再会する約束を交わしたのか?

天野勇二

いや、連絡先を交換しただけだ。
日本に来るとは想定していなかった。

黒崎

連絡が入ったのはいつだ?

天野勇二

別れた翌日……。
つまり今日だ。
昼頃に電話があり、その時初めてレイが来日したことを知ったよ。


 黒崎が笹井を見て小さく頷く。


 笹井は天野の顔を覗きこむように尋ねた。


笹井

誰かと会う予定がある……。
そんなことは言ってませんでしたか?


 天野は首を横に振った。


天野勇二

まるで聞いてないな。


 笹井は資料を持ち、五十嵐と小声で何かを話している。


 その様子を見ながら黒崎が言った。


黒崎

『レイチェル』という名は恐らく偽名だ。
業界じゃ『キラービー』という名で通っている。

天野勇二

殺人蜂キラービーだと?

黒崎

そうだ。
『ハニートラップ』を駆使してターゲットに近づき、鋭利なきりのような凶器で殺す……。
そんな噂を持つ殺し屋たちなのさ。

天野勇二

まるでそんな気配を感じなかったな……。
さすがプロというべきか。


 天野は腕組みをしながら唸った。


 とてもじゃないが『殺人蜂』と呼ばれるような女性には見えなかった。


笹井

……キラービーのターゲットが誰であれ、殺害計画は阻止せねばなりません。


 笹井が改めて尋ねる。


笹井

我々がまず把握したいのは、ターゲットが誰なのか、という点です。
何か気づいたことはありませんか?


 天野は首を横に振りながら答えた。


天野勇二

レイは当初、日本に行く予定はない、と言っていた。
あの言葉が嘘とは思えない。
たまたま席が隣だった男に、そんなブラフを吐く必要がないからな。

だが、俺は世間話のつもりで、黒崎と関わった話をしている。


 黒崎は少し厳しい声で尋ねた。


黒崎

それは、サクラ王女の件か?

天野勇二

ああ、その話だ。
とはいえ、特定されるような人名は出してない。
話が真実である証拠もない。

それでも彼女は、この男は外務省とのつながりを持っているかもしれない……と考えたはずだ。
それなのに、なぜか、レイは俺への接触を試みた……。

今もレイを見張っているのか?


 笹井は黙って頷いた。


天野勇二

ならば恐らく、レイは訪日した時に、お前たちの監視に気づいたのだろう。
マークされている状態では動きにくい。
外務省への牽制、そして隠れみのにするため、あえて俺様に近づいた……。

つまり現在のお前らは、俺が殺人蜂キラービーを手引きした』と考えているんだな。


 黒崎は静かに笑った。


黒崎

さすがに考えすぎだ。
ただの民間人であるお前が、キラービーほどの殺し屋と関わっているとは思わん。

天野勇二

そうなると、俺様はお前らが喜ぶような情報を持っていない。
キラービーのターゲットが誰なのか、全く検討がついていないのか?


 笹井と五十嵐は苦しげに黙り込んでいる。


 天野はその表情を見て、ニヤリと口唇を歪めた。


天野勇二

図星のようだな。
理由はわからないが、世界各国で有名な『殺人蜂』が渡来した。
まずはコンタクトしていた俺から話を聞こう、というワケか。


 黒崎は笑って言った。


黒崎

そんなところだ。
俺も写真にお前の姿を見つけたのは、つい先ほどのことだ。
それまでお前は『日本のキラービー』としてマークされていた。
ある意味、俺のおかげで容疑が晴れたようなものだ。

天野勇二

ならば、もう俺様から話すことはないな。
レイから連絡が来ることもないだろう。
実に残念だ。
あれほどの美人が殺し屋とは。


 そこで天野は立ち上がった。


 現実離れした会話に呆然としていた涼太の肩を叩き、正気に戻すと黒崎に言った。


天野勇二

万が一、レイから連絡があれば、黒崎に伝えよう。
それでいいんだな?


 黒崎は頷いて部屋の扉を開けた。


黒崎

そうしてくれ。
あまり関わりたくない相手なんだが。

天野勇二

ほう?
お前でも手を焼く蜂なのか。


 黒崎は不敵な笑みを浮かべた。


黒崎

ああ、恐ろしい蜂だぞ。
『ハニートラップ』に関しては、世界でも3本の指に入ると言われている。
それほどの蜂だ。


 天野は軽く肩をすくめた。


天野勇二

それは厄介だな。
涼太よ、行くぞ。
俺様を家まで送れ。


 天野と涼太は車に戻り、外務省を後にした。


 涼太が運転しながら言った。


佐伯涼太

あのレイちゃんが、殺し屋だったなんて……。
人は見かけによらないね。
とても信じられないよ……。

天野勇二

まったくだ。
だが『ハニートラップ』の使い手、という点は納得できたな。
お前、色々買ってやったもんな。

佐伯涼太

本当だよねぇ。
今日だけで2万円は貢いだよ。


 涼太は大きくため息を吐いた。


佐伯涼太

チャンスがあればメイクラブしたいと思ってたのにさぁ。
『殺人蜂』なんてあだ名の女の子、怖くて抱けないよ。

天野勇二

そうか?
お前はレイであれば、刺されるとわかっていても抱くんじゃないのか?

佐伯涼太

うん。
言えてる。
僕もそう思う。

はぁ……。
自分の下半身が一番怖いよ。


 涼太は何度もため息を吐きながら車を操っていた。



 翌日。


 天野は朝から大学に顔を出していた。


 いつもと変わらない日常。


 しかしそれは、ひとつの電話によって破られた。



天野勇二

なんだと……?



 スマホに表示された名前を見て顔をしかめる。


 天野は静かに電話に出た。




レイチェル

ハーイ。
ユージ、レイよ。




 レイは踊るような声で言った。



レイチェル

やっぱり甘えたくなっちゃった。
またユージに日本を案内してほしいの。
今日もデートしない?



 天野は苦笑しながら答えた。



天野勇二

ああ、構わないさ。
だが、もうかかって来ないと思っていたよ。

レイチェル

あら?
どうして?

天野勇二

君みたいな美女は、俺なんか相手にしないだろうと思ってな。

レイチェル

ウフフ……。
ユージってばどうしたの?
おかしなこと言うのね。
東洋のオス猿だって魅力的だって思うのに。


 天野は小首を傾げた。


 だが、すぐに明るい声で尋ねた。


天野勇二

今日は車がない。
モーターバイクでツーリングなんてどうだい?

レイチェル

素敵ね!
それって富士山を見ることもできる?
一度見てみたいの。

天野勇二

それなら絶好のポイントに案内しよう。
今はホテルかい?

レイチェル

うん、そうなの。

天野勇二

30分ほどで迎えに行くよ。
ロビーで落ち合おう。

レイチェル

ありがとう!
待ってるね!



 電話を切ると、天野はすぐさま黒崎に電話をかけた。



黒崎

黒崎だ。

天野勇二

天野だ。
レイから連絡が入った。
今日もデートしてほしいと依頼されたぞ。


 黒崎は「なに?」と呟き、小さく笑った。


黒崎

気に入られたものだな。
お前は相変わらず、妙な女に好かれるのか。
依頼は受けたのか?

天野勇二

当然だ。
断る理由があるのか?

黒崎

フッフッフッ……。
まさか、殺人蜂に刺されたい趣味があったとはな。


 黒崎は呆れたように笑っている。


 天野もニヤニヤと気障ったらしい笑みを浮かべた。


天野勇二

あれほどの美人ならば、刺されたいヤツもいるかもな。
そんなことより俺様はバイクでレイを連れ回す。
尾行するか?

黒崎

ああ、尾行するはずだ。


 黒崎は少し迷った後、静かに言った。


黒崎

……正直に言うとな、俺は笹井たちがどこまでキラービーの動きを掴んでいるのか、何も聞かされていない。
担当が違うんでな。
必要な情報が降りて来ないのさ。


 天野は苦笑しながら言った。


天野勇二

相変わらず、そちらの組織は腐りきってやがるな。
どうせボスはクズ野郎なんだろう?

黒崎

フフフ……。
カンが鋭いじゃないか。


 呆れたように言葉を続ける。


黒崎

こんなことを言うのも情けない話だが、うちの人間より、お前のほうが信用できる。
キラービーが日本人、それも民間人をターゲットにしている素振りを見せたら教えてくれ。
それ以外は無視して構わない。

天野勇二

薄情なヤツめ。
他国の要人やマフィアや極道も、お前にとっては同じようなものか。

黒崎

そういうことだ。
あと、まさかとは思うが、ハニートラップにはかかるなよ。

天野勇二

俺様を見くびるなよ。
どんな顔をしていても蜂は蜂だ。
潰す時は容赦なく潰すさ。

黒崎

フフフ……。
クソ野郎め。
迷惑をかけるが頼むぞ。


 天野は電話を切ると、不敵な笑みを浮かべた。



天野勇二

クックックッ……。
レイめ、貴様の狙いはなんだ?
面白くなってきやがったぜ……。





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つばこ

しかしこの物語には、色々な『殺し屋』が出てきますなぁ……( ゚д゚)
 
久々に黒崎さんを書きましたが、やっぱりいいですね。シブいスパイってカッチョイイですね。しかも意外とシャレのきいたことを言うので書いてて楽しいです。漫画版の黒崎さんはどうなるのか、今から楽しみです(´∀`*)ウフフ
 
ではでは、いつも応援やコメント、本当にありがとうございます!ヽ(*´∀`*)ノ.+゚

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コメント 83件

  • ゆんこ

    つばこセンセ。お筆が上手でいらっしゃる(๑′ฅฅ‵๑)♡

    センセは傍観者で、登場人物が勝手に動いてるような
    そんな感覚に陥りますよヾ(*´∀`*)ノ

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  • ゆめおぼろ@天クソ/パステル

    いやぁ黒崎さんがきたらきな臭くなっちゃいますねえ

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  • アオカ

    女の子に1日で2万も貢いでる時点で
    涼太は黒崎さんみたいな渋いオジさまには
    一生なれないねwww

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  • バルサ

    2万も使ったの⁇そんなお金よく持ってるな〜涼太くん(^^;;
    殺し屋とは思わなかった。よく事件に巻き込まれるね…天野くん。さて どうなる‼︎

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  • 佐倉真実

    漫画版黒崎さん!見たいですね〜〜(*´◒`*)♡♡
    そして涼太くんが相変わらずでなんだかほっこり(笑)

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