占領下の日本を考えるためには、まず憲法の話をしておかなければなりません。
憲法が制定された当時、私は学生ですから気づかなかったのですが、あとになっていろいろ考えました。そしてわかったことは、当初GHQ(連合国軍最高司令官総司令部)は日本の占領形態を直接統治にするつもりだったらしいのです。直接統治というのは、お金はドルになり、公用語は英語になり、裁判も英語で行われるということです。その予定を耳にした重光葵外務大臣がGHQを説得して、間接統治に変更させたというのです。
間接統治というのは日本政府が今まで通り日本を治めるし、天皇も戴く。ただ、その上に占領軍があるという形をとります。表向きは日本政府が統治しているように見えるけれども、奥の院にはGHQがいて、その許可がなければ何もできないという状況です。実際に、当時の法律はすべてGHQにお伺いを立てて、進駐軍がノーといえば立法できなかったのです。
しかし、細かい法律までいちいちチェックするのは面倒だというので、占領のための基本法を策定しようということになりました。この基本法の名を「憲法」とすることにしたのです。占領政策基本法ですから、別に憲法学者がいなくても問題はなかったのです。よく「憲法は素人が一週間でつくった」と批判されますが、GHQにしてみれば「どこが問題なのか」といったところでしょう。
もっと重要なのは、憲法の形をとって間接統治にしようとした発想がきわめて狡猾なやり方であったということです。憲法は主権がなければ制定できないのですから、占領をしながら憲法をつくるというのは端からできない相談なのです。そういう状況下でGHQは憲法と称するものをつくって占領政策として押しつけたわけです。
しかも、憲法としての体裁をとるために、GHQは天皇を利用しました。言い方をかえれば、天皇は嘘をつかされたのです。なんとなれば当時は皇室が残るか残らないかは重大な問題であって、天皇としては抵抗できない状況にあったと考えられます。一種の脅迫状況にあったといってもいいかもしれません。
そのような状況に置かれて、天皇は「日本国憲法公布記念式典の勅語」という勅語を公布されたのです。
日本国憲法公布記念式典の勅語(昭和二十一年十一月三日)
本日、日本国憲法を公布せしめた。
この憲法は、帝国憲法を全面的に改正したものであつて、国家再建の基礎を人類普遍の原理に求め、自由に表明された国民の総意によつて確定されたのである。即ち、日本国民は、みづから進んで戦争を放棄し、全世界に、正義と秩序とを基調とする永遠の平和が実現することを念願し、常に基本的人権を尊重し、民主主義に基いて国政を運営することを、ここに、明らかに定めたのである。
朕は、国民と共に、全力をあげ、相携へて、この憲法を正しく運用し、節度と責任とを重んじ、自由と平和とを愛する文化国家を建設するやうに努めたいと思ふ。
朕は、日本国民の総意に基いて、新日本建設の礎が、定まるに至つたことを、深くよろこび、枢密顧問の諮詢及び帝国憲法第七十三条による帝国議会の議決を経た帝国憲法の改正を裁可し、ここにこれを公布せしめる。(傍点渡部)
御名 御璽
しかし、天皇の勅語にある内容とは全く違って、憲法は「自由に表明された国民の総意によつて確定された」ものではありません。憲法については一切の議論が日本には許されませんでした。せいぜい英文で書かれた憲法を翻訳するときの訳文について意見がいえるぐらいのものでした。
ですから、あの憲法は「占領政策基本法」だと認識すべきなのです。実際に宮澤俊をはじめとする東大の憲法学者たちも、初めは「日本国憲法の制定は日本国民が自発的自主的に行ったものではない」し、「大日本帝国憲法の部分的改正で十分ポツダム宣言に対応可能」であるといっていました。
ところが後に宮澤俊義は変節してこの説を撤回します。そして、ポツダム宣言の受諾によって日本の主権は天皇から国民に移行したのだから、その時点で大日本帝国憲法は効力を失い、ポツダム宣言受諾後の総選挙で新たな主権者となった日本国民によって選ばれた衆議院議員が国会の場で審議をして制定された日本国憲法は国民の制定した憲法になるという「八月革命説」を唱えるのです。
この変節の裏にはGHQからの圧力があったものと思われます。おそらく公職追放を臭わされて脅迫を受けたのでしょう。当時の学者にとって公職追放ほど恐ろしいものはなかったのです。
ともかく、日本の憲法学者の頂点にいた宮澤氏が意見を変えたため、数人の例外を除けば、日本の法律学者はほとんどすべて日本国憲法のもとで憲法学の先生になっていくのです。これに反対して自殺した本物の憲法学者もいました。憲法学者である以上、成立の状況から見て、あれが憲法ではないことは皆わかっているはずです。だから今、日本は憲法が嘘であることを知っている人によって守られているという状況になっているといってもいいのです。