「え、晩飯?」
今日は部活がないらしく、まだ明るい夕方どきに一緒に帰っていると、雛形から普段どうしているのかと訊かれた。
「まあ適当に……」
母さんが作るときもあれば、俺が一人分適当に作る日もある。今日がその日。カップ麺か何かを食べようかと考えているところだった。
看護師の母さんは、父さんが事故で亡くなってからは、勤務時間の比較的短いクリニックから、夜勤のある総合病院へ職場を変えた。何でも、夜勤があるほうが実入りがいいんだとか。
「お夕飯、作る」
「雛形が?」
ふん、と意気込み十分といった様子で雛形はうなずく。
「晩飯作ってくれるのはありがたいけど。あ、その前に、おばさんに謝らないと」
「謝る? どうして?」
「一応、ほら、無断外泊させちまったから」
「い、いい! 大丈夫。謝らなくても、いい!」
「親しき仲にも礼儀ありだから。ちゃんとそういうのはしておきたいんだよ」
「いい!」
ぶんぶん、と首を振る雛形だったけど、さすがにここは俺も引くことはできず、自宅に向かうつもり満々だった。
けど、その手間が省けた。
やってきた車がゆっくり並走しはじめ窓が開くと、のんびりした声が聞こえた。
「あらぁ~。隆之介くん、お帰りなさい」
「ども。ただいまです」
「お、お母さん……」
雛形がマズそうに表情を曇らせると、顔をそらした。
送ってもらうことになり、横付けされた雛形家の車に乗り込んだ。
軽自動車の後部座席に座ると、隣には買い物用のエコバッグにたくさんの食材が詰まっていた。
「昨日はごめんなさいねぇ? 迷惑かけちゃったみたいで」
「いえ、こっちこそすみません」
小さく頭を下げる。
俺が何か言う前におばさんが続けた。
「隆之介くんの家にお泊りするのなんて、久しぶりだもの。いつぶりかしら」
ルームミラーで見えるおばさんは、うふふと微笑していた。
「俺の家……」
助手席の雛形が、かちん、と固まるのがわかった。
あの事件をどうにか誤魔化した結果、俺の家ってことになったんだろう。だから俺がおばさんに会うのを阻止したかったらしい。
気持ちはわかる。うん、わかるぞ、雛形。
親にラブホ泊まったなんて言えないもんな。
……でもな。
もし我が家に泊まってるんなら、歩いて帰ればよくね? すぐそこだし。
「何もしてないですから」
くすくすと、おばさんは笑う。雛形の横顔を窺うと、まだ緊張しているようだった。
「いいのよ、別に。何かしてても」
いいのかよ。
「お――お母さんっ」
ぺしぺし、と雛形がおばさんを叩く。
「し、しないから……まだ、そういうのは」
……まだ?
「あらっ。予定はあるのね」
「~~っ」
雛形が羞恥心で震えている。際どい話題でも、おばさんはかなり突っ込んで訊いていくらしい。
「――きょ、今日は、隆之介に、晩ご飯、作ることにしたから」
雛形が早々に話題を変えた。声が上ずっていて、動揺しているのがよくわかる。
「そうなの? じゃあ、お買い物行かないと。何作るの?」
「……な、内緒」
あらそう、とおばさんは楽しそうだ。
雛形家で雛形を降ろし、俺は自分の家で降ろしてもらい、玄関先に適当に鞄を置いた。昨日今日と夜勤らしい母さんは、昼間から用事がありそのまま仕事に行くので今日はいない。
自転車で雛形がやってくると、俺も自転車に乗りスーパーへ買い物に向かった。
「何作ってくれるの?」
「内緒」
出入口に重ねられた買い物かごをひとつ持ち、店内へ入る。
隠されると余計気になるな。
雛形はにんじんを一本手に取り、かごへ入れる。
「カレーとか」
「ち……違うヨ」
カレーらしい。
店内を回っていくうちに、買い物かごはそれらしき材料で満たされていった。
雛形がとある棚の前で立ち止まると、ちらちらと俺を見てくる。
「あー……。カレーは中辛かなぁ……」
そっと市販のカレールゥをひと箱買い物かごに入れた。中辛だった。
これで晩飯カレーじゃないっていうのは無理あるだろ。
「うちは、涼花がまだ辛いのダメだから甘口」
「甘口スタートだよな、だいたい。いつから中辛になったんだっけ、俺」
「隆之介、小四のときには、もう中辛だった気がする」
そうだっけ、と首をかしげる。
よく覚えてるな。
「なんか、大人ぶってイキってたから」
「イキってねえわ。たぶん」
「中学のときも、コーヒーをブラックで飲みはじめたから、これはやってるな、と」
やってるな、って何だよ。
レジで会計を済ませると、並んで自転車をこいだ。
家へと帰ると、カレーくらいなら俺でも手伝えるので、キッチンで一緒に作業をした。
材料の下ごしらえの合間に、ぽつりと思い出したように雛形が言う。
「本間さんとは、何話してたの?」
土曜日のことだろう。
「何って……別に大したことは」
「ふうん、そう。……でも、楽しそうだったから」
拗ねたような顔をしている。自分からこの話を振っておいて。
グイグイこられるのは悪い気はしないので、楽しくなかったわけじゃないのは確かだ。
「試合に集中しろ」
「だって……見に来てくれると思わなかったから、嬉しくて。まだいるかなって、上、何度も確認して……」
ささやくような小声で言うと、雛形は頬を染めた。
体育館でやっているのを覗いたことは何度かあったけど、誘われて見に行ったのは、たぶんはじめてかもしれない。
雛形の好きな男子は、見たことはあるんだろうか。
訊こうと思ったけど、確認してからどうだというものでもないので、やめておいた。
「春のリーグ戦……市立体育館であるの。また、見に来てほしい」
「アイツじゃなくてもいいのか、誘うの」
どいつのことを言っているのかわかったらしく、雛形はうなずいた。
「隆之介がいい」
真っ直ぐ目を見て言われ、どきんとしてしまう。
「……じゃあ……うん。行く」
「うん。頑張る」
雛形は唇をゆるく噛みしめて、それでもほつれそうな口元をきゅっと結んだ。
そのアイツって俺……?
何度目かわからない疑問が浮かんできた。
冗談めかして訊ける自信がない。口にすればシリアス一〇〇%になるだろう。
それくらい真剣に確認してしまうだろうから。
手を止める俺を、雛形が覗き込んでくるので、何でもないと慌てて首を振った。
「隆之介、たまねぎ切って」
「おまえな……涙出るからって俺に押しつけるなよ」
図星だったらしく、誤魔化すように雛形は笑った。
尋ねて、もし「違う」とはっきり言われたら――。
「……」
想像するとなぜか胸がチクりと痛んだ。
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