早起きをしたせいか、今日は午前中の授業の半分くらいは寝てしまった。
つんつん、と突かれたのはわかったが、それよりも睡魔のほうが強く、ずっとうとうとしていた。
空腹を覚えてようやく目を開けると、隣の雛形がうっすらと微笑を浮かべながら俺を見つめていた。
「起きた」
ちょうど午前最後の授業が終わり、教室が騒がしくなったところだった。
「何見てるんだよ」
あくびを噛み殺しながら尋ねると、雛形は顔をほころばせながら首を振った。
「ううん。別に」
たぶん、俺の寝顔を見ていたんだろう。
そんなもん、五秒あれば余裕で飽きると思うんだけどな。
「オレ、今日はちょっと用事あるから」
と、やってきた杉内が言うと、どこかへ行ってしまった。
杉内の用事に思い当たる節はなく、雛形も内之倉さんも不思議そうにしていた。
「栞の手作り弁当、美味しそうだね」
昼食を食べはじめると、俺の弁当を覗いた内之倉さんが言う。
「うん、まあまあうまいよ」
俺の感想に満足げな雛形とは対照的に、内之倉さんには苦笑された。
「まあまあって」
「まあまあなら、勝ち」
「いいの、それで?」
うんうんと雛形はうなずく。
雛形が料理をするイメージはなかったので、弁当を作ったってことが意外だった。本人も慣れてないのは自覚しているようだ。
「でもこれ、前と中身一緒じゃない?」
ピキ、と雛形の手が止まる。
「そういや、そうだな」
全然気づかなかったけど、言われてみればそうだ。
「昨日の残り物だから」
「どんだけ余らせてんだよ」
ふふふ、と内之倉さんが笑う。
「なるほど、なるほどー。だいたい栞が何考えているかわかった」
「え、何?」
俺が内之倉さんに尋ねると、隣の雛形は、緊張したように体を強張らせる。
内之倉さんと雛形は、名探偵と犯人の関係のようだった。
「他にレパートリーがないし、美味しいって言われたから、違う物を作って失敗するのは嫌。だから同じ物を繰り返しちゃう――違う?」
ニヤリとする名探偵を前に、雛形が目をすーっとそらした。
「ち、違う……」
絶対そうだった。
俺と同じ見解だったのか、内之倉さんがくつくつと笑う。
内之倉さんもいる楽しい飯どきに、杉内は何してるんだか。
窓の外からは中庭が見え、ちょうど向かいには特別教室棟の二階廊下が見える。
何気なく外に目をやっていると、その廊下を杉内が歩いていた。
あいつ、あんなところで何してんだ?
「そういえば、朝、本間小夏と委員の仕事してたね」
「うん。本間は当番じゃなかったけどな」
「本間さんには、謝っておいたよ」
「そこまで栞が気にしなくてもいいとは思うけど」
内之倉さんは呆れたような笑みを浮かべた。
委員の集まりのとき、キツくあたったのを雛形は気にしていたらしい。
「またしても学校にサンアンドムーンが揃ってしまったか」
なんだそりゃ。
雛形も同じことを思ったようで、小首をかしげた。
「太陽と月って意味」
「いや、それくらいわかるよ」
「太陽が本間小夏。で、月は――」
何か言いたげに、内之倉さんは雛形に目をやる。
「?」
と、まだ察せられない雛形は、反対側に小首をかしげた。
「そんなふうに呼ばれてたのか」
キャラにぴったりな呼び方だと思う。
向かいの校舎では、待ち合わせをしていたのか、杉内が女子と合流する。並んでどこかへ歩き出した。
……あの女子……本間か?
親しげな様子で昼休憩は使われない空き教室――物理室へ二人は入っていった。
本間と杉内?
用事ってのは、本間と昼休憩を過ごすってことなのか……?
珍しい組み合わせを訝しげに思っていると、雛形が昨日のことについて訊き出しはじめた。
「……す、杉内くんとは、な、何かあった……?」
「え? すぎっちと? 何かって、何?」
訊き出そうとしている雛形のほうが照れはじめた。
「……な、何かは、何かだよ」
まあ、あんな具合に帰り道二人きりになろうとしているくらいだ。
強引にキスしようとしてビンタされるまでを俺は想定している。
えぇー? と内之倉さんは、思い返すように宙に目をやった。
「とくに何もなかったけど……あ、そういえば、本間小夏の連絡先を訊かれたっけ」
「何でまた……」
俺は二人が消えていった物理室を一瞥する。
「さあ。わからないでもないよ。本間小夏を好きになるのも」
「そ、そうなの……?」
おずおずと雛形が訊くと、内之倉さんは淡々と言う。
「本人以外から連絡先を教えてもらうって、そういうことじゃないの?」
視線で話を振られたので、俺は首を振った。
「そういう話、あんましねえから。実際どうなんだろう」
本当にそうなのか、ただの勘違いなのかは訊いてみないとわからない。
「男子はそういうところあるよねぇ」
「照れくさいんだよ、そういうの」
「話さなくても、わかるじゃん」
「でたでた、女子の悪いところ」
態度や雰囲気でわかるんだから察しろってやつ。
二人同時にため息をつかれた。雛型は特大だった。
「殿村くんは、ラブセンサーが機能してないしなぁ」
内之倉さんはけらけらと笑いながら言った。
「してるわ。多少は」
「いやー、ないない」
内之倉さんがはっきり言うと、雛形も大いに同意していた。
何でいつの間にか完全アウェーになってるんだよ。
「でも杉内は――」
内之倉さんのこと好きだぞたぶん。って言いかけて思いとどまった。
まあ言ったとしても、さっきと同じ口調で「いやー、ないない」ってさらりと流されそうな気もするけど。
内之倉さんってかなりの強敵なんじゃないか、杉内よ。
「あいつは……まあ、ちょっと面食いなところあるしな」
「やっぱそう?」
予想が合ったったのか、内之倉さんは少し嬉しそうにする。あんたのことだよ、あんたの。
「殿村くんは、面食いじゃないの?」
「わからん」
「うわ。会話のしがいがない人だねー」
「そんなこと言われても」
「あはは。冗談冗談、怒んないでよ」
普通の女子と違って、内之倉さんはノリが男子に近い。
それもあって、すごく話やすい。
「あ」
と、何かに気づいた内之倉さんが、昼食用のパンを口に詰め込んで、ジェスチャーで「私行くから」というのをやって席を立った。
いきなりどうしたんだ。
「……」
隣では、ぷすん、雛形が唇を尖らせていた。
「雛形さん? もしもし?」
「くらちゃんは、おしゃべり上手だし、ノリがいいから話してて楽しいよね」
褒めているのかと思いきや、棘だらけの口調だった。
「……ああ、まあ、そうだな。何、不機嫌?」
「はい」
否定しねえのかよ。
「ラブセンサーが機能してない隆之介には、わからない」
学校なのに、殿村くんじゃなくなってる。
ていうか……さっきは適当に話し合わせたけど、ラブセンサーって何!
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