77話 おっさん、激怒する
申し訳ありませんが、納得がいかなくてモヤモヤしていたため、思い切って10章の内容を変更することにしました……
――カランカラン。
「ありがとうございました!」
店員の明るい声に見送られてケーキ屋を出ると、雨の勢いがさらに増していた。
「……これはまいったな」
暴風雨といえる横殴りの雨を前に、軒下で思わず立ちすくむ。
チラッと視線を向けた先には、いま包んでもらったばかりのケーキ箱が。
このケーキ屋は以前、ラビがダイアナに教えられていた店だ。
アップルパイがオススメだと言われて、真剣な顔で頷いていたラビ。
今日はホールのアップルパイを買ってきた。
ラビが好きなだけ食べられるように特大サイズだ。
気に入ってくれるといいな。
俺は微笑みを浮かべつつ、慎重な手つきでケーキの箱をコートの下にしまった。
絶対にこれは濡らしたくない。
でもラビのもとへできるだけ早く届けてやりたい。
俺は、軽くため息を吐いて鈍色の空を見上げた。
おっさんは結論を出して行動を開始しようとする。
ところがそのとき、低く立ち込めた雲の向こうからオレンジ色の鮮やかな鳥が突然、姿を現した。
「……!?」
灰色に染まった風景の中で、そのオレンジだけがやけに浮いている。
あれはクック鳥!?
理解した途端、血の気がサーッと引いた。
なぜクックがここに……。
「おい、どうしたんだ!? おまえはラビの警護をしながら、一緒に留守番をしてるはずだろう!?」
雨音にかき消されないよう大声で尋ねる。
クック鳥は急降下して俺の目の前までくると、けたたましい声で喚きはじめた。
『イソイデ モドッテ!! ラビ キケン! ラビ キケン!』
「な!?」
『ヤド オソワレテマス ラビ キケン! ラビ キケン!』
宿が襲われてるだと……!?
◇◇◇
クック鳥とともに宿に到着した俺は、信じられない光景を前に、思わずケーキの箱を取り落してしまった。
泥水の中に落ちた白い箱が、みるみる汚れていく。
それでも今は構っていられなかった。
目の前の事態で頭がいっぱいで……。
だって嘘だろう……?
エイハブの宿屋『豚の夜鳴き亭』は、大破し、壁や屋根の砕かれた無残な姿に成り果てていたのだ。
「……ら、ラビ……。ラビッ……!」
声がみっともないぐらい震える。
心臓がバクバクと騒いでいる。
俺は生きた心地がしない想いで、瓦礫の山に駆け寄っていった。
「こっちに人がいるぞ! この人も気絶してるが息はある!」
「出血がひどい! 布を持ってきてくれ!」
宿屋の周囲には人だかりができはじめている。
辺りの住民が救助に駆けつけてくれたようだ。
――だが、ラビがいない。
「う……ぐっ……」
「エイハブ……!」
運び出された友人に、俺は急いで駆け寄った。
「何があったんだ! エイハブ!」
「……すまない……すまな……」
エイハブの娘ダイアナは彼が庇っていたおかげで無傷だったが、エイハブのほうはひどい怪我だ。
シャツの腹辺りが赤く染まっている。特徴的な焦げ跡を見る限り、火魔法による一撃を食らったようだった。
「誰か医者を!」
「いま、呼びに行かせてる!」
救助にでてきた人々のやりとりが聞こえてくる。
……だめだ。この出血ではもたない。
俺は即座に回復魔法を唱えて、エイハブの傷を治療した。
「な、なんだいまの光は!? 怪我人の傷がみるみる治っていく……!」
「出血が止まったぞ! あんた、完全回復魔法を使えるのか!?」
「それより、小さな女の子をもうひとり見なかったか!? 俺の娘がいないんだ……!」
「なんだって!? そりゃあいかん」
「みんなで探しましょう!」
人々が頷きあって、ラビの捜索をはじめてくれた。
俺も必死になってラビの名前を呼び続けた。
「ラビ……! ラビ! どこにいるんだ……!」
なぜこんなことに……。
まさかあの暗殺者が、またラビを狙ってきたのか!?
だとしたら、ラビは……。
「う……ダグラス……」
「エイハブ!」
意識を取り戻したエイハブが俺の服を掴んで、引き留めてきた。
「エイハブ、ラビを知らないか!?」
「……すまない。攫われてしまったんだ。なんとか引き留めようとしたが、魔法で阻まれてしまった……。守れなくて本当にすまん……」
「謝らなくていい。それよりラビは誰にさらわれたんだ!? 相手の風貌を覚えているか!?」
エイハブははっきりと頷いてから、憎々しげにその単語を口にした。
「くそっ……。あの忌々しい賢者の野郎……エドモンドの仕業だ……!」
「な……」
かつての仲間、賢者エドモンドの顔が脳裏を過る。
批評的な物言いと冷やかな微笑。
「……敵はエドモンド一人か?」
「俺たちを襲ったのはあいつだけだ……」
果たしてアランはこの一件に絡んでいるのだろうか。
しかし相手が誰であろうと関係ない。
「ラビを助けに行く」
「待て、ダグラス。くっ……」
俺の腕を強い力で掴んだエイハブは、歯を食いしばって上半身を起こした。
「おい、エイハブ。無理をするな……!」
「エドモンドは二日後、街の外れの廃墟に来いと……。おまえに伝言を残していったんだ……」
「……わかった。――傷はしっかり塞いだから、安心しろ。ダイアナも大きな怪我はしていない」
「そうか……」
ほっとしたのだろう、エイハブは再び意識を失った。
呼吸は安定しているので、心配はない。
エイハブを町の人に託した俺は、彼らの傍を離れて、ギリッと拳を握りしめた。
エドモンドのやつ……。
煮えたぎるような怒りが湧き上がってくる。
あんな小さな子を人質にとった汚さも。
これだけ大勢の人を巻き込んだ身勝手さも。
決して許せる行為ではない。
そのうえ二日後に来いだと?
自分の子がそんなに長い間、帰ってこないのに、ただ待っているだけの親がいると思うのか。
「……クック。ラビの居場所を探し出せるか?」
『ラビ サガセマス! クックニ オマカセ!』
「よし、俺をラビのもとまで案内してくれ!」
待っていろ、エドモンド。
今すぐ娘を取り戻しに行く――。