18話 おっさん、春到来の予感!?
雨の中作業を続けるのは危険だ。
片付けは翌朝以降に行うことにして、その日は撤収となった。
そして翌朝。
目を覚ますと雷雨はすっかり通りすぎ、カラッとした日差しが姿を現していた。
(これなら問題なく作業が行えるだろう)
俺はホッとしながら身支度を整えた。
リビングに張っていたそれぞれのハンモックを片付け終わると、ルーイの嫁さんが大皿に乗った朝食を運んできた。
夕食と同じように、またみんなで車座になり食事を始める。
オリーブ油で炒めた春野菜を、薄くモチモチしたパンに挟んで食べるのがエルフにとっては定番の朝食らしい。
それから甘めの味付けがされたかぼちゃのスープに、ふかし芋のフルーツサラダ。
どの料理もやはり美味い。
ラビはフルーツサラダをすごく気に入ったらしい。
旅立つ前に作り方を習っていきたいところだ。
「片付けを手伝ってから出発しようと思うのだが、俺が参加したら迷惑だろうか?」
朝食の席でルーイにそう尋ねると、彼は慌てて身を乗り出した。
「そんな! みんな喜びますよ! あなたが手伝ってくれたら百人力です!」
ルーイの勢いにちょっとびっくりした。
でもありがたい言葉だ。
(他のエルフたちもそう思ってくれるといいが……)
とりあえずルーイと一緒に、片付けの現場へ顔を出させてもらうことにした。
「ラビはどうする? 今日はついてくるか? もう火は消えているぞ」
「えっと……い、行ってもいいなら……」
ラビがそう答えると、ニキが茶碗を抱えたまま勢いよく顔を上げた。
「ラビが行くなら俺も行く! 父さん、俺が片付け、手伝ってやるよ!」
「ははは。気持ちだけありがたくもらっておくよ」
「なんだよ! その言い方!」
「子供が手伝えるような状態ではないんだ」
「なんだよなんだよ……。子供扱いしやがって……」
ニキはふくれっ面でそっぽを向いてしまった。
親子のやり取りを聞きながら火災現場のことを思い出す。
足場も悪く子供に手伝いをさせられるような状況ではなかった。
子供を心配するルーイの気持ちは理解できる。
しかしへそを曲げてしまったニキの気持ちだってわからなくはない。
(俺にもそういう子供時代があったからな……)
当然、何十年も前の話だ。
しかし不思議と子供時代の記憶は鮮明に残っているものが多い。
朝食が終わり、それぞれが動きはじめてもニキはまだ不貞腐れていた。
同じ場所に座り込んだまま頑として動かない。
「……」
なんとも気になる。
だが、こういうときに気の利いた言葉をかけられる俺ではなかった。
ルーイは苦笑しながら、俺に肩を竦めてみせた。
「ああなると何をしてもだめです。あの頑固さはいったい誰に似たのか……。そのうち勝手に機嫌を直すので心配しないでください。構うと余計意固地になるようなのです」
「なるほど……」
少年であっても彼は男だ。
プライドを傷つけられた意地があるのだろう。
そんなことを考えていると、ラビが俺の服をツンツンと引っ張ってきた。
「ん? どうした?」
「わ、私……やっぱり残る……」
「あ、そうか?」
昨夜に引き続き、またラビに別行動を望まれてしまった。
(まあ、そうだな。ニキも家に残るみたいだしな)
ひとりで大人たちの傍にいるより、子供同士で過ごすほうが楽しいのかもしれない。
ここは安全だし、ラビを任せておける。
俺はルーイの嫁さんにラビのことを頼んでから家を出た。
火災のあった現場に向うと、すでにエルフたちが片付け作業を開始していた。
「やあ、みんな。おはよう」
ルーイが声をかける。
彼の後ろに立った俺も挨拶代りのお辞儀をした。
すると作業をしていたエルフたちは、わらわらとこちらへ集まってきた。
「マッスルさん! 昨日はありがとう!!」
「改めてお礼を言わせてくれ!」
「い、いや。それはもう本当に気にしないでくれ。……あと俺の名はマッスルではなくて……」
「マッスルさんには俺たちみんな、心から感謝しているんだ」
また昨日のように皆で頭を下げようとするから急いで止めに入る。
「それよりも片付け作業を手伝わせてもらってもいいだろうか?」
「……!! そりゃあもちろんだよ!!」
「マッスルさん、あんた……本当にいいひとだな!?」
「いや、俺はマッスルさんでは……」
「よーし、みんな! マッスルさんが来てくれたから気合いを入れてがんばろう!!」
なんということだろう。
完全にマッスルさん呼びが定着してしまった。
それから1時間。
エルフたちに混ざって作業を続けているのだが……。
「よーし、皆行くぞ! せーの!」
「「「マッスルパワー!」」」
あちこちから、そんな掛け声が聞こえてくる。
エルフたちの中にバフスキルを持つ者はいない。
どうやら「えいえいおー」的な意味合いで「マッスルパワー」と叫んでいるらしい。
(な、なぜこんなことに……)
俺が戸惑っているとルーイが教えてくれた。
「ダグラスさんの真似をしていると、いつもより力が漲ってくる気がするそうです。みんなあなたに憧れているんですよ」
「憧れだって……!?」
「僕らエルフは貧弱な種族ですから。あなたの逞しさが羨ましくて仕方ないのです。男の中の男という感じじゃないですか。ムキムキの筋肉、存在感のある長身、ムッと引き結ばれた口元。いいなあ」
「……!」
衝撃のあまり言葉を失った。
こんなことを言われたのは初めてだ。
うれしいと思うどころか照れくさくてかなわない。
俺はガシガシと頭を掻いて、作業に戻った。
そんなこんなで昼過ぎ。
大方の片づけが終わる頃、エルフの女性たちが料理の載った大皿を持って現れた。
「おつかれさま! お昼ごはんを作ってきたので、たんと召し上がってください」
一斉に男たちの間から歓声が上がる。
みんな必死に作業をしていたからペコペコなのだろう。
俺も美味しそうな香りを嗅いだ途端、ぐうっと腹が鳴ってしまった。
すっかり乾いた土の上に、みんなで輪になって座る。
女性たちは皿を取分けたり、酒を注いで回ったり、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれた。
俺の元へも若く美しいエルフが酒瓶を手に何度かやってきた。
礼を言って酒を注いでもらう。
3度目にようやく同じ彼女が来ていることに気づいた。
偶然かとも思ったが、4度目もやはり彼女だった。
(俺の世話役を頼まれているのかもしれないな)
「たびたびすまない。ありがとう」
何度も世話になったとことへの礼を伝えると、エルフの頬がポッと赤く染まった。
「……ご迷惑でしたでしょうか?」
不安そうに尋ねられ、大慌てで首を振る。
「いや、そんなことはない」
「……そうですか」
ホッとしたようにエルフが微笑む。
白く澄んだ肌に薄紅色の頬。
鼻と唇が小さく、青い目はくりくりしている。
柔らかい雰囲気の丸顔の女性だ。
エルフの中でもとくに美しく整った顔をしているので、陶器の人形を鑑賞しているような気持ちになってきた。
「……ここにいてお酒をお注ぎしていても構いませんか?」
「え? だ、だが……」
申し訳ないのもある。
それに正直、こんな若い女性の相手は緊張するし落ち着かない。
「俺の相手ばかりさせていたら悪いだろう」
「……」
最大限に気を使って伝えた。
しかしなぜかものすごく悲しそうな顔をされた。
(しまった……。だが何がいけなかったんだ……)
傷つけたことには気づけたが理由がわからない。
困り果てて周囲を見回すと……。
「ははは! なんだ、ローズ。マッスルさんに一目惚れしたのか?」
俺たちのやり取りに気づいた他のエルフたちが、そんな茶々を入れはじめた。
どうやらローズというのは酒を注いでくれたエルフのことらしい。
「お、おいおい。この娘さんに悪いだろう……!」
俺はギョッとして止めに入った。
ふざけているのはわかっていても、娘さんの気持ちを考えたらそれでは済まされない。
「おやおや。マッスルさん。あんたとっても強いのに、そういうことは鈍いんだな」
「え?」
「ローズの真っ赤な顔を見てやってくれ。それで否定したら逆に可哀想だよ」
みんなが笑いながら俺に急かす。
俺はわけがわからずにローズと呼ばれた女性を振り返った。
「もうみなさん……。あまりからかわないでください……」
真っ赤になってそう呟いたローズが俺に向き直る。
その顔に浮かんだ照れ笑いをどう受け取ればいいのか。
俺はソワソワと落ち着きをなくしながら自分の頭に手を当てたのだった。