16話 おっさんと少女、緑豊かなエルフの集落フローリアへ
街道から脇道にそれて荷馬車がガタゴトと駆けていく。
頭上では時折、稲光が走った。
まだ昼過ぎだと言うのに辺りは薄暗い。
(この親子に誘ってもらえて助かったな……)
雨は激しさを増すばかりだ。
こんな中、立ち往生を食らっていたらラビに風邪を引かせてしまう。
後ろをチラッと確認すると、少年が一生懸命ラビに話しかけていた。
ラビのほうは固い表情で、ときおりぎこちなく頷くくらいだ。
孤児院でもひとりでいたし、どうやらラビは大人だけでなく同世代の子にたいしても人見知りをするらしい。
(なかなか難しい問題だな。本人の気質もあるし)
俺も人付き合いが上手いほうではないので、ラビの苦労はわかるつもりだ。
そんなことを思っていると、森の木々が覆い隠した先に集落が姿を現した。
(ここが『緑豊かなエルフの集落フローリア』か)
背負っているリュックの中にしまってある地図。
そこに記されていた集落の通り名を思い出す。
中央に泉を持つその集落では、どの家も木の上に家屋を建ててあった。
いわゆるツリーハウスというやつだ。
雨のせいで景色は色を失っているものの、自然とともに生きる素晴らしさを思い出させる風景だ。
(何か心にグッとくるものがあるな……)
ただ集落の者は皆、家の中へ避難しているらしく、他のエルフの姿は見られなかった。
俺はエルフの父親を手伝って荷馬車を小屋にしまってから、ラビとともに彼の住まいへ招待してもらった。
父親のほうは名をルーイという。
息子のほうはニキだ。
木の上に作られた家屋には間仕切りがなく、キッチンからリビングまですべて同じ空間に存在していた。
室内の奥のほうには洗濯物が室内干しにされていた。
風呂やトイレは集落で共同のものを使っているそうだ。
エルフの一家はやはり、俺たちの姿を見た瞬間、警戒心を剥き出しにした。
嫁さんや婆さんなどは怯えて青ざめたぐらいだ。
しかしルーイの説明を聞くと納得してくれたようで、深々と頭を下げられてしまった。
「嫌な態度を取ってしまいすみませんでした。雑魚寝になってしまいますが、この雨ですしどうぞ泊まっていってください」
「エルフ料理でおもてなし致します」
「うちの嫁さんは村一番の料理上手なんですよ」
爺さん、嫁さん、婆さんが次々、話しかけてくる。
「だが、さすがに泊まるのは……」
「『子連れ同士、遠慮はなし』でしょう?」
ルーイが俺のかけた言葉を真似て言う。
「それを言われてしまっては返す言葉がないな」
俺は苦笑してから、「一晩、厄介になる」と頭を下げた。
「さあ座って下さい」
エルフたちはテーブルやイスを使わないらしい。
広々とした解放的なリビングには大きなラグが敷いてあり、エルフ一家は車座になってそこへ座った。
ルーイ、爺さん、ニキ、婆さんの順に。
嫁さんは一度挨拶に顔を出した後、夕食のしたくをすると言ってキッチンへ戻っていった。
その日の夕食はとても賑やかなものになった。
テーブルは使わず背中を丸めて料理を食べるスタイルだったので、俺もあぐらをかいてエルフたちに倣っている。
ラビは俺を真似ることはせず、ペタンと足を広げて座った。
行動を起こす時、迷うようなそぶりを見せたので内心かなり焦った。
さすがにワンピースであぐらをかかせるわけにはいかない。
料理は大皿に盛られた状態で運ばれてきて、順番に自分の分を取り分け、隣の人に渡していく。
エルフは動物の肉を一切食わない。
おのずと料理は野菜を使ったものに限られてくる。
しかし想像していたよりずっとレパートリーがあって驚かされた。
そのうえ美味い。
「――それじゃあバルザックまで遥々旅をされるんですね。私たちは買い出し以外でほとんど集落を出ないから、旅なんて想像もつかないなぁ……」
ルーイの言葉に家族が頷く。
大人数で食事をするのはドラゴン退治に行った山で、スープを飲んだときぐらいだから、ラビも楽しそうだ。
「なあ、おっさん! 人魚見たことある!?」
「ああ。南の海域には人魚の統率する海賊団があるんだ。その国の海軍の援護をしたときに人魚と戦ったよ。あの歌声はやはり美しかったな……」
「聞いたことあんの!?」
「だが俺が歌い返したら音痴すぎて逃げられてしまってな……」
「すっげー!! それじゃあしゃべる岩の怪物は!? 虹色に光る夜空は!?」
「もう10年以上前だがな」
「ほんとに!? じゃあさじゃあさ、ドラゴンみたことある!?」
「ん? ついこの間も見たぞ」
「おまえは!? おまえも一緒に見たのか!?」
話の矛先を向けられて、ラビがビクッと肩を揺らす。
遠慮がちにラビが頷くと、ニキは「いいなあいいなあ」と本気で羨ましそうに呟いたのだった。
食事が終わり、腹が満たされた後も談話は続いた。
「ダグラスさんのおかげで、今日は貴重な経験ができました。こんなふうに別種族の方と語り合うのは初めてです」
ルーイが感慨深げに呟く。
「エルフは損をしているかもしれませんね」
「う、うーむ……」
内容はさっき交わしていた世間話よりも、より心の内側に迫るようなものになってきた。
食事をともにすると相手との距離感が近づくものだ。
しかしここで俺の口下手が炸裂しはじめた。
重い話をされるとなんて答えたら良いのかわからない。
「自分たち種族以外に心を開かないことをどう思われますか?」
「うん!? うーむ……」
俺がしどろもどろしている間もルーイは大真面目な顔で、エルフ論について語り続け、爺さんと婆さんは満腹になったから、うとうとと船を漕ぎはじめた。
子供たちのほうをさり気なく見る。
ニキはラビ相手に、エルフの薬草学知識やスキル習得について、得意げな顔で説明をしていた。
ラビは強張った表情のまま首を縦に振り続けている。
(ラビも俺と同じで聞き下手だな……)
などと苦笑していると、ニキが不意に光魔法を詠唱しはじめた。
ポーッとその指先に小さな明かりが灯る。
「……!」
俺は驚いて目を見開いた。
エルフは生活魔法スキルに特化していると聞いたことがある。
(しかしまさかあんなに小さいうちから習得しているとは……)
驚いたのはラビも同じだったようだ。
目を見開いて、じーっとニキの手元を見つめている。
「お父さん……私も練習したらできるようになる……?」
そんなことを尋ねられて、俺は目を瞬かせた。
「……ラビ、スキルを覚えたいのか?」
「うん……」
「そ、そうか」
今までまったくそんなそぶりを見せなかったので予想外過ぎた。
「仕方ねえな。おまえには特別に俺が教えてやるよ! まず詠唱の言葉は、《光の聖霊、闇照らす力を我に貸し与えよ――光魔法シャイニング!》 。これをしっかり覚えるんだぜ」
「わかった……」
ラビは真面目な顔で頷くと、呪文を口内で繰り返して暗記しはじめた。
「そしたら手のひらを出して、体の内側のエネルギーをぎゅうううって集めるんだ」
「……?」
「ぎゅううううだよ」
「やってみろ」
「う、うん……」
「そのまま詠唱するんだぜ」
ラビが試してみるが、手のひらには何の変化も訪れない。
「1回でできるわけねえじゃん。もっと試してみろよ」
「う、うん……」
しかし何度試してもラビの手には光が灯らない。
「ふふん! 難しいだろ。俺でさえ1ヶ月かかったんだから、人間に難しいのは当たり前だ! だから、んな落ち込むなって!」
少年が得意げな顔をして鼻の下をこする。
(こらこら少年、やめろ……。ラビが肩を落としてしまったではないか……)
ラビに才能がないんじゃなく、誰だって最初は苦労する。
とくにひとつめのスキル習得は勝手がわからないため、単純な生活スキルであっても難易度が増すのだ。
「あー……ラビ……」
(しまった。こういうとき、どうやって励ましたらいいんだ?)
「ラビが下手なわけじゃないぞ! そもそもラビに適性がない可能性もあるんだから!」
必死にフォローしたつもりだったが、ますますラビの顔が曇ってしまった。
「じゃあ……練習しても覚えれない……?」
「適性があるかうちのじいちゃんに見てもらえばいいんだよ!」
「能力査定の技術があるのか?」
「何言ってんだよ、おっさん。エルフの年寄り連中はみんなできるよ」
(人間では賢者たちしか行えない特殊技術なのだが……)
やはりエルフたちのスキル技術は、人間の遥か上をいくらしい。
「ほら、じいちゃん、起きて!」
ニキに揺さぶられ、爺さんがフガッと言って目を覚ました。
「じいちゃん、この子にスキル適性があるか見てやってくれよ!」
「むぅ……どうしなさった……?」
寝ぼけ眼の爺さんが、ラビを見る。
「……ぐー……」
「じいちゃん!!」
「なんですかの……ありますよ……多分……多分……」
そう言ったきり、爺さんはまたこっくりこっくりしはじめた。
(……あるのか、ないのかどっちだったんだ)
心配してラビを見ると、しょんぼりとして俯いていた。
(いかん、泣きそうじゃないか……!)
「大丈夫だって! 多分あるって言ってたから、多分あるんだよ! ラビが練習したくないなら押しつけないけどさー!」
「わ、私……したい」
「ほら、だったらおっさんも見本を見せてやれよ」
「ああ、いいではないですか。スキルは頭で考えるより、見て感じて学ぶものですし」
ニキとルーイにそう言われて、ラビが少しだけ顔を上げてくれた。
この機を逃すまいと俺は慌てた。
「う、うむ。たしかにそうだな!」
(よし! ここはひとつ、ラビの役に立てるようがんばるぞ……!)
俺は気合いを入れて単純光魔法を詠唱した。
《光の聖霊、闇照らす力を我に貸し与えよ――光魔法シャイニング!》
強烈な光が俺の腕からピカーッと放たれてしまった。
「うっ……!!!!」
「ま、眩しい……!!!!」
その場にいた全員が目を庇うようにして腕を掲げた。
(しまった……! 気合いを入れすぎた……!)
スキルの加減を間違えたのは、初対面のラビの前で火魔法を使った時以来だ。
寝ていた爺さん婆さんまで目を覚ます。
「んあああ……!!?? 朝がきたのですかな!?」
すぐにスキル解除した俺は、その場でみんなに平謝りをした。
「まさか単純光魔法のスキルで、あそこまでの輝きを放つとは……。あなたいったい何者なんですか……!?」
「まあ! なんて神々しい光! お祈りをしておきましょう!」
「か、かっこいい……!! すげーな、おっさん……!!」
驚きの声をあげる家族たちと目をキラキラさせるニキ。
俺は申し訳なさでいっぱいになりながら、ただの子連れの旅人だと説明した。