82話 おっさんと少女、お見舞いに行く
呪詛を解き、安宿から連れ帰ったアランは、そのままバルザックの病院に預けた。
あれから3日。
アランが目を覚ますことはまだ一度もないが、顔色は少しずつ良くなってきている。
医者によると、初日より衰弱度合いもかなりマシになったらしい。
とにかく、この調子で経過を見守るしかないだろう。
一方、エドモンドの魔法によって負傷したエイハブも、同じ病院に入院している。
俺はラビと共に、どちらの病室にも毎日顔を出している。
今日もアランの様子を見たあと、ラビを連れてエイハブの病室へ向かっていると――。
「あのっ、もしやあなたがダグラスさんでは……?」
渡り廊下で医者に呼び止められた。
「? ああ、そうだが……?」
医者が慌てて俺の手を取る。
「はじめまして! 私はエイハブさんの治療を担当している医師です」
「そうだったのか。友人が世話になっている」
「いやあ、驚きましたよ! エイハブさんは大怪我だったでしょうに。運ばれてきた時点で、スキルで完全に治療されていたのですから。聞くところによると、あなたが回復なさったのだとか」
「あ、ああ……」
医者は尊敬のまなざしで俺を見つめてきた。
「我々も医者ですから、回復スキルを習得しています。それでも完全回復の技は初めて見ましたよ! 神のような腕前でしたね!」
「はは……。それは言い過ぎだろう。俺に治せるのは怪我だけ。病気の前では何の役にも立たん。アランの治療にだって限界があったしな」
「あの方もあなたが……!?」
「えへへ、私のお父さんはすごいんだよー!」
驚いて身を乗り出してきた医者に向かい、ラビが誇らしげな笑顔を向ける。
かわいい。
うちの子天使。
……おっといけない。
「エイハブだって、怪我が治ったとはいえ、まだ動けないんだろう?」
「……それは残念ながら」
回復魔法で即座に怪我を治しても、それで済むわけではないのだ。
エイハブの怪我はひどすぎた。
複雑骨折していた右腕と左脚を元通り使えるようになるには、一月ほどのリハビリを必要とするようだ。
「あの、ダグラスさん! 今度是非、回復スキルの実演をお願いしたいのですが!!」
「はは、そ、そのうちな……行こうラビ」
「うん」
「あああ、去り行く後ろ姿もかっこいい……!!」
医師から逃げるようにして、ラビとふたり、そそくさと病室へ向かった。
扉を開けて中を覗き込むと、ちょうどこんなやりとりが繰り広げられていた。
「入院なんて大げさだよ。この通り、俺はピンピンしてるってのに……って、うわっ」
「ほら、もう! まだ動きがぎこちないんだから、無理しないでちょうだい」
無理矢理起き上がろうとしたエイハブを、彼の妻が慌ててベッドに引き戻す。
俺たちにはまだ気づいていないらしい。
「お父さん。エイハブおじさん、昨日来たときも同じことしてたね……。安静にしてないと、お医者さんに怒られちゃうのに……」
ラビが口元に手を当てて、ひそひそ声で言う。
俺もラビの傍らに屈み込み、ひそひそ声で返す。
「やっぱり入院させておいて正解だったな。あの調子で動き回ろうとしたら、転んで怪我でもしかねないぞ」
俺の言葉にコクコクと首を振ったラビの手を引いて、病室の中に入る。
「お! ダグラス、ラビちゃん。今日も来てくれたのか」
「元気そうで良かったよ。でも動き回るのは、まだ早いぞ」
「ラビちゃん、こんにちは!」
「ダイアナちゃん、こんにちは……!」
「あれ? 何持ってるの?」
「あのね。えっと……」
ラビが問いかけるように俺のほうを見る。
頷き返してやると、ちょっと照れくさそうにもじもじしたあと、手にしていた白い箱をエイハブに向かって差し出した。
「エイハブおじさん、えっと、これ、どうぞ……!」
来る途中、ふたりで寄ったケーキ屋。
そこで買ったお見舞いの焼き菓子が、箱の中には入っている。
「おおっ。ラビちゃん、ありがとう。何が入っているんだろうな。開けても良いか?」
「うん……お父さんと選んだの……」
「わあっ、あのケーキ屋さんだあ!」
エイハブの娘ダイアナが、箱の中身を覗いて歓声をあげる。
「ダイアナちゃん、おいしいって教えてくれたから」
喜んでもらえたのがうれしいのだろう。
ラビが頬を染めながら、にこにこしている。
「すみません、ダグラスさん。毎日、気を遣っていただいて……」
エイハブの奥さんが、申し訳なさそうにお礼を言ってきたので、俺は笑って首を振った。
「いや、気にしないでくれ」
「ねえねえお母さん、食べてもいいー?」
「そうね、じゃあ皆でいただきましょうか」
「わあい……!」
「お茶も入れましょう。ちょっと待っていてください」
「あ、すまない。どうぞお気遣いなく……」
エイハブの妻が出て行ったところで、俺はエイハブに向き合った。
「――エイハブ、昨日話したことについて考えてくれたか?」
俺がその話題を出した途端、エイハブは呆れた表情を浮かべた。
「考えるも何もない。昨日ちゃんと断ったじゃないか。おまえに宿の修繕費を出してもらうなんて、絶対にだめだ」
「でもお父さん、これからどうするの?」
「ダイアナ。お前はあっちでラビちゃんと遊んでいなさい」
「だって……」
エドモンドの魔法で、大破してしまった『豚の夜鳴き亭』。
その修繕費を出させてくれと持ちかけたのに、エイハブはこの調子でまったく聞き入れてくれない。
だからと言って、俺だってここで引くわけにはいかなかった。
「おまえを巻き込んでしまったのは俺だ。その責任を取らせてくれ」
「何言ってるんだ、ダグラス。悪いのは、あのクソ賢者だぞ。おまえが責任を感じることなんてない。――退院できたら、銀行に行ってくる。宿を抵当に入れれば借りれないこともないだろう」
「おい、それならせめて俺から借りてくれ」
「ダグラス、俺は友人から金を借りたくないんだ。わかってくれ。さあ、この話は終わりだ!」
「エイハブ……」
彼はもう頑なな態度で、窓の外に視線を逸らしてしまった。
昨日、彼の妻から聞いた話によると、エイハブが修繕にかけられる費用は金貨5枚分だという。
家を1軒建てるのにかかる費用の相場は、金貨10枚。
エイハブの現在の所持金では到底足りない。
宿屋はそう儲かる商売ではないから、借金などしたら、生活が相当しんどくなる。
エイハブの言っていることも理解できる。
もし逆の立場だったら……。
やはり俺も、同じように申し出を断っていただろう。
そうは言っても、エイハブには家族がある。
幼い娘と彼の奥さんが、苦しい生活を強いられることがわかっていて、引くわけにはいかない。
「ラビ。ダイアナちゃんと、待合室で少し遊んでいてくれないか? 本があっただろう?」
「うん……行こう、ダイアナちゃん」
「ダグラス……」
エイハブの娘の前でこれ以上金の話はできない。
俺のほうにも引く気がないのを察したのだろう。
それと入れ違いに、エイハブの妻がお茶を準備して戻ってきた。
「あら? どうかしたの?」
「奥さん。少し聞いていただきたいことがある」
「話は終わりにしてくれと言ったのに……」
不思議そうに首を傾げたエイハブの奥さんに事情を説明すると――。
「あなたらしいというか、なんというか」
「心配するな。お前たちに苦労はかけない。俺が朝晩働いて、食わせてやる」
「そんなことより怪我を治すのが先でしょう」
彼女は頬に手を当てて、苦笑を浮かべた。
旦那の性分は俺よりずっと理解しているのだろう。
「ダグラスさん、申し出はとてもありがたいです。でもこの人は、絶対に意見を曲げませんよ」
「だろうな……」
「私も夫を支えて行きます。どうか心配なさらないで」
「そうだぞダグラス。俺にだって多少の蓄えはあるんだからな」
その言葉を聞いて、俺はふと思いついた。
「金を受け取ってもらえないなら、エイハブの出せる金額で、『豚の夜鳴き亭』を再建する方法を探すのはどうだろうか」
「いや、でも俺が出せる額は微々たるもんだぞ……。それだけで宿を一軒建てれるわけがない」
「通常の方法で建築を依頼したらそうだろうな」
「ダグラスさん、何か別の方法があるんですか……?」
「必ずできるかはわからない。それでも試してみたいんだ」
もしうまくいけば、エイハブの問題を解決できる。
「ダグラス……俺が出せる金は相場の半額だぞ」
「分かっている」
「約束しきれなくてすまない。どうだ、エイハブ。その額で再建できるかどうか、俺に試させてくれないか」
「……しかし……」
俯いたエイハブに、俺は声を掛けた。
「エイハブ。俺は悪くないと言ってくれるお前の気持ちは本当にありがたい。いい友人を持って幸せだ。だがな――」
俺は奥さんの方を見る。
「やはり、何より大切にすべきは家族だ。俺に、お前の家族を護る手助けをさせてくれ」
「ダグラス……」
エイハブはぐっと涙声になったあと、それを堪えるように咳払いをした。
「わかった。ダグラス、頼む」
ベッドの上でエイハブが深々と頭を下げる。
その姿を見た俺は、何が何でも金貨5枚で『豚の夜鳴き亭』を再建してみせると、心に強く誓ったのだった。
コミカライズ版『冒険者ライセンスを剥奪されたおっさんだけど、愛娘ができたのでのんびり人生を謳歌する①』が発売1週間で、なんと大重版していただけることになりました!!
ここまでこれたのも、応援して下さった皆様のおかげです。
本当にありがとうございます!
更新速度がマイペースで申し訳ないのですが、これからも楽しく書ける範囲でがんばっていきますので、
応援よろしくお願い致します(*´`*)