▼行間 ▼メニューバー
ブックマーク登録する場合はログインしてください。
【WEB版】冒険者ライセンスを剥奪されたおっさんだけど、愛娘ができたのでのんびり人生を謳歌する 作者:斧名田マニマニ

11章 蘇れ! 『豚の夜鳴き亭』編

86/96

85話 おっさんと少女、おやつタイムを楽しむ ~ゴロゴロ林檎のアップルパイと暑い日に最高レモン水~

 町を出て3時間。

 青々とした空の上には、夏の太陽が燦々と輝いている。

 俺は額に滲んだ汗を拭いつつ、吹き抜ける風に目を細めた。


 馬車の幌のおかげで日陰にいられることがありがたい。

 なにせこの暑さだ。

 もし歩きの旅だったら、相当体力を奪われて、ラビやカトリには耐えられなかっただろう。


 そんなラビは、馬車の後ろから楽しそうに景色を眺めている。

 カトリはおそらく18歳くらいだろうが、年の離れたラビの面倒をよく見てくれた。


「カトリおねえちゃん、あっちにはミルトンっていう街があるんだよ。綺麗なお姉さんたちがたくさんいて、楽しいところなの」

「そうなんだ! いいなあ、ラビちゃん。お父さんと色んな町を見て回ったんだねえ。私は田舎から出てきた時に、乗合馬車で移動したっきり旅なんてしたことないんだ」


 カトリのそんな発言を聞き、おやっと思った。


「たまには実家に帰ったりはしないのか?」

「はい。いまはまだ帰れません。私は家を飛び出してきた身ですから。家族に心配をかけているからこそ、一人前になれるまで顔を見せられないんです!」


 その気持ちは分からなくもない。

 俺も同じ立場で母に不義理をしてしまったからな……。

 昔の自分を見ているような複雑な気持ちだ。


「家族は心配しているんじゃないか?」

「ええ。だからこそ、私が棟梁になって建てた家の話を聞かせたいんです。そしたらきっと安心するでしょう?」

「じゃあお姉ちゃん、もうすぐ帰れるね」


 ラビがカトリに向かい、ニコッと微笑みかける。


「エイハブおじさんの宿を作ってくれるんだもん。カトリおねえちゃん、お父さんやお母さんと自信を持って会えるよね……!」

「……!」


 ラビの発言を聞き、カトリはハッとしたような顔になった。


「そう、ですよね。初めての仕事を任せていただいて、なんだか現実感がなかったですけど……」


 戸惑っていたカトリの顔に、誇らしげな笑顔が浮かぶ。

 その瞳がキラキラと輝きを帯びた。


「実現できるように私頑張りますっ! ありがとう、ラビちゃん! ダグラスさん!」


 こんなふうに夢に向かって一生懸命な少女と話すことは、きっとラビにとっても良い影響を与えるだろう。



「ねえお父さん。エイハブおじさんの新しい宿が完成するの、楽しみだね」

「ああ、そうだな」


 返事をして改めてラビを見ると、いつの間にか前髪が汗でおでこにはりついていた。

 ラビ本人もくすぐったそうだ。


「ちょっと待った、ラビ。前髪をあげておこう」


 前髪を一つに束ねて、頭のてっぺんでリボンでくくってやる。

 丸みのあるおでこが際立って、これはこれで愛らしい。


「ありがとう、お父さん!」


 嬉しそうに笑うラビに俺も笑顔になるが、汗をあまりかいているのは心配だ。


「喉乾いてないか?」

「乾いたかも……」

「よし、じゃあいいものがあるぞ」


 実はラビたちには秘密で、とっておきのおやつを用意しておいたのだ。

 幌馬車の奥に隠しておいた箱の中、氷の塊を入れて冷やしておいたそれを取ってくる。

 蓋をしたガラス瓶の中には、輪切りのレモンを浮かべた透明な液体が入っている。


「お父さん、これなあに?」

「レモン水ですか?」


 ラビとカトリが同時に身を乗り出して尋ねてくる。

 こうしていると歳の離れた姉妹みたいにも見えた。


「まあふたりとも飲んでみろ」


 俺は瓶の蓋を開け、ラビとカトリに一本ずつ渡してやった。

 きんきんに冷えた瓶を手に、少女たちが「つめたーい!」とうれしそうな声を上げる。


「いただきます……!」


 そう言ってラビが瓶に口をつける。

 喉がこくこくと動いたあと、ラビの瞳に驚きと喜びの輝きが宿った。


「ごっきゅごっきゅごっきゅ……!」


 小さな両手で瓶を抱えて夢中で飲んでいる姿が愛らしい。


 隣でそれを見ていたカトリも、ラビにつられたように一気飲みをはじめた。

 ふたりとも、全然瓶を離そうとしないので笑ってしまった。

 半分ぐらいまで一気飲みをした後、ようやく口を離したラビは、うれしそうに俺の顔を見上げてきた。


「おいしい……! お父さん、これなあに?」

「レモン水に、ひとつまみの塩と蜂蜜を混ぜているんだ。栄養もあるし、汗をかいたときの水分補給にいいんだぞ」

「ふあーおいしいです! ダグラスさんってなんでもできるんですね!」


 夢中でレモン水を飲んでいたラビだったが、不意にすんすんと鼻を動かし始めた。


「あれ……。他にも美味しそうな匂いがする……」

「え? そんな匂いしますか?」


 カトリが不思議そうに首を傾げる。俺は思わず吹き出してしまった。


「ぷっ……ははっ。ラビの鼻は美味しいものに敏感だな」

「美味しいものすきだもん……」


 ああ、知ってるよ。

 だからそんなおまえを喜ばせたくて、これを用意してきたんだ。

 赤くなってもじもじしているラビに向かい、俺はもうひとつの箱を取り出してみせた。


「匂いの正体はこれだよ」


 白い箱に赤いリボンのかかったラッピング。

 見覚えがあったのか、ラビが目を丸くした。


「こ、これってもしかしてっ……!?」


 ラビには珍しいほどの大きな声だ。俺は眦が下がるのを感じつつ箱を渡してやった。

 嬉しそうなラビを見ているだけで、こちらまで幸せな気持ちになる。


「開けてごらん」


 ラビが急いでリボンを解き、箱を開ける。現れたのは――。


「わああ!!」

「あーっ! こ、これはーっ! 有名なケーキ屋さんのアップルパイじゃないですかー!」


 喜びで言葉を失ってしまったラビの代わりに、カトリが正解を口にした。

 そうこれは、ラビがダイアナに勧められた店のアップルパイだ。

 一度、ラビへの手土産に買ったものの、アランの一件のどさくさで、あの時はとうとうラビの口に入らなかった。


 しかも、エイハブのお見舞い用に焼き菓子を買いに行ったとき買ってやろうとしたら、ラビは首をフルフルと横に振って断ったのだ。


『今日はエイハブおじさんのためのお買い物だから……』


 自分たちで別に買う分には問題ないだろうと言ったけれど、ラビが頷くことはなかった。

 きっとラビなりの矜持があったのだろう。

 食べたがっていたのは知っていたから、今朝、馬車を頼みに行ったついでに買ってきておいたのだった。


「カットアップルパイだから、このまま切らずに食べられるぞ。零さないように気を付けるんだ。ほら、カトリも遠慮しないで食ってくれ」

「え!? 私ももらっていいんですか!?」

「もちろんだ。美味いものはみんなで食べなくてはな」

「わあ! ありがとうございますっ! じゅるり」

「おねえちゃん、よだれが……!」

「あっ、いけない。ついつい……」


 慌てて涎を拭うカトリを見守りながら、俺とラビは声を上げて笑った。


 さあ、それでは食べてみるか。

 3人で顔を見合わせて、「いただきます」と言ってから、一口目を頬張った。


 サクサクッ、じゅわああ……。

 ……う、うまい……!


 冷えていてもさくさくした触感がまったく失われていない。

 そこに感動した直後やってくるバターの風味と甘いリンゴジャムの香り。

 パイ生地の中に入っている林檎はゴロゴロと大きく食べごたえがある。

 口の中で噛み砕いた瞬間、じゅわっと果汁が滲んで頬がとろけそうになった。


「ふわあああ……おいひい……っ」


 ほっぺたを押さえてそう呟いたラビ。

 カトリも同じポーズでうんうんと頷いている。


「本当にっ! こんなに美味しいアップルパイ初めてですう!」

「このアップルパイは知っていたんだろう? 食べたことがなかったのか?」

「カツカツの生活だから、普段のパンを食べるのも精一杯で……甘いものなんて久しぶりです!」


 美味しい美味しいと言い合いながらアップルパイを頬張る二人を見て、俺は無意識にほうっと息を吐いていた。


 ラビとこうして美味しいものを食べて、幸福な時間を過ごすのも久しぶりな気がする。

 眠っているアランのことや、『豚の夜鳴き亭』の再建に関することで、最近色々とばたついていたからな。

 まだ問題は残っているが、こうして美味いものでも食べてみんなで笑っていられれば、大抵の苦難はなんとかなるものだ。


 そう思って青空を見上げると、乾いた風が俺の汗ばんだ髪を優しく揺らしていった。

  • ブックマークに追加
ブックマーク登録する場合はログインしてください。
ポイントを入れて作者を応援しましょう!
評価をするにはログインしてください。
新作はじめました!
こちらもよろしくお願いします( *ˊᵕˋ )

『幼馴染彼女のモラハラがひどいんで絶縁宣言してやった』
https://ncode.syosetu.com/n0844gb/

【あらすじ】
一個下の幼馴染で彼女の花火は、とにかくモラハラがひどい。

毎日えげつない言葉で俺を貶し、尊厳を奪い、精神的に追い詰めてきた花火。
身も心もボロボロにされた俺は、ついに彼女との絶縁を決意した。

「颯馬先輩、ほーんと使えないですよねえ。それで私の彼氏とかありえないんですけどぉ」
「わかった。じゃあもう別れよう」
「ひあっ……?」

俺の人生を我が物顔で支配していた花火もいなくなったし、これからは自由気ままに生きよう。

そう決意した途端、何もかも上手くいくようになり、気づけば俺は周囲の生徒から賞賛を浴びて、学園一の人気者になっていた。
しかも、花火とは真逆で、めちゃくちゃ性格のいい美少女から、「ずっと好きだった」と告白されてしまった。

って花火さん、なんかボロボロみたいだけど、どうした?

感想は受け付けておりません。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。