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騙され裏切られ処刑された私が⋯⋯誰を信じられるというのでしょう? 【連載版】 作者:榊 万桜
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55:人違いではないでしょうか?


「……お父様」


 カーナと対峙している男は冒険者風の身なりをしており、髪色も目の色も顔も違うため別人に見えるが、魔力の質も量も魔法では変えられない。それがその男がルーシャル侯爵家当主リーカス・A・ルーシャルであることを物語っていた。


 シエルは、姿かたちが違うその男を正確にルーシャル侯爵だと判断していた。咄嗟に出た言葉にカーナ達が反応し意識だけシエルに向けているのにも気づかずに、目を見開いてカーナの前に立つ男を見つめた。

 男もシエルを見つめており、父と呼ばれたことに嬉しそうに破顔した。どこにでもいる平凡な顔が破顔しただけで見る人を魅了させる力があった。何がそんなに魅力的に見えるのか、貴族としての立ち振る舞いだけでなく、生まれながらの人の上に立つ者の魅力なのだろう。すでにこちらに注目していた何人かが男の魅力に当てられ男を見つめて固まっていた。


 そんな外野を気にすることなく男はシエルに近づこうと腕を広げて悠然と歩み進める。カーナが目の前を陣とってシエルに近づけさせないようにしていることなど気にも留めず、シエルしか目に入っていないかのように歩みを止めない行動にさすがのカーナも戸惑っているようだった。シエルの父との発言もカーナが強く行動ぶ出られない原因でもあった。


 シエルは無意識に抱き上げてくれているキリアの服を掴む、緊張からかその手は微かに震えていた。それに気づいたカーナ達は男の排除とシエルを守るために動く。その時、男もシエルの手がキリアの服を掴むところを見て、やっとカーナ達の存在を認識した。


 男としては、冒険者風の男女とフェンリルの子供がシエルとどんな関係であるのか確認するべきであると頭では理解していた。しかし、シエルを抱き上げているのが青年にならない子供であっても男であることは変わらないのを視界で認識した瞬間、引き離しに動いた。


 それは奇しくも同時に起きた。お互いに殺すつもりはなかったのか、殺傷性の高い武器を使わなかったが、手を掴み取り押さえようとしたカーナに対し、男はその力を利用するようにカーナの腕を軽く引っ張り背中の上をクルリと回りキリアへと近づいた。

 キリアは男と距離を取ろうとしてシエルを抱えたまま後方へ飛び退き、その前にコハクが飛び出し風魔法で防壁を作ろうとした。その魔法を氷魔法を纏った手で払いのけるだけで砕け散らせ、コハクに目を向けることなく、シエルへ手を伸ばす。

 キリアが地を蹴って遠くへ離れようとしたが、地に縫い付けるように足と地を一緒に凍らされた。バランスが崩れそうになるのをシエルの頭を守るように手をまわしてギュッと抱きかかえると、クルっと反転させて凍らせられていないもう片方の足を地に着け、その反動で蹴り上げるようにして氷を砕き、トンッと跳ねて距離をとる。

 キリアとシエルを追いかけようとする男の左手をカーナが掴み上げ背中に回し、左足を引っかけ男の背中に体重をかけて倒そうとする。男はカーナを見ることなくシエルを見つめたまま、引っかけられた足を振り上げ反動をつけて背中に回された左腕をもとの位置に戻すように体を回そうとした。男が軸にしていた足をコハクが風魔法で浮かし、バランスを崩したところにタイミングを合わせたようにカーナが男の肩甲骨中心に肘鉄とともに全体重をかけて地面に押し付けた。


 一瞬の出来事で、周りにいた者たちは何が起きたのか理解できず、ポカンと口を開けて目の前の光景を見つめる。いつの間にか、あの魅力的な破顔を披露した男が、冒険者風の美女によって地面に伏せさせられていた。男が顔を上げようとしたところに、狼のような風貌の白銀の犬が前足を男の頭に下ろし、再度地面に押し付けた。


「ぐっ、何なんだ、君たちは……。私は娘に会いに来ただけだ。危害を加える気はない」


「ほぉぉおう。まぁ、お互いに手を出したんだ。それはいいが、シエルは私の娘だ。勘違いしてるんじゃないのか?」


「なんだと! 父親の私が娘を間違えるはずはないだろう。それに、嘘でも私の娘を自身の娘のように言うな。私は貴方を妻にしたつもりはない」


「……いや、私も愛する夫がいるから、お前を夫とするつもりはないよ」


「なら、私の娘を自身の娘と言わないでくれ。私は許可していない」


「はぁ、ここは目立つ。中に入ってから改めて話そうじゃないか」


「確かに、衛兵が来ると面倒だ。ここは大人しく入都してからにするか。放してくれ、もう無理に君たちを引き離そうとはしない。娘も君たちを頼りにしているようだしな。ただ……君は娘を離しなさい。娘を見知らぬ男が抱きしめているのを快く見れるほど私は心が広くない」


 コハクに頭を、カーナに体を押さえつけられた状態でも男は冷静で、少しから揶揄うつもりで話したことに、真面目な顔で真面目な返答が返ってきた。あまりの冗談の通じなさにカーナは顔を引きつらせて、言葉が詰まってしまった。

 一瞬の攻防だったが、確かに命のやり取りはお互いに行っていなかった。それに、お互いに得物は手にしなかったし、命の危険がある魔法も使用していなかった。お互いがお互いにシエルを守ろうと行動していたのは分かっているため、入都してからの話し合いとなった。男も騒ぎが大きくなり目立つことを良く思っていなかったようで、渋ることなく同意した。


 地面から解放された男は、キリアをキッと強い眼差しを向けながら、シエルを離すよう訴えた。握りこぶしを作り、何かに耐えるように拳が震えていた。

 キリアはすぐにシエルを優しく下ろして、一歩分離れた。父親の気持ちはまだ理解できないが、娘が父親の目の前で見知らぬの男と……いや、知っている男だとしても、抱きしめるなんてイチャコラしているように見え、快くは思わないだろうと考え着くため、護衛できる範囲で離れることを選択した。

 それでも、キリアを見る男の目は厳しかったが、それ以上何かを言うことはなく、服を整え何事もなかったように一緒に列に並んだ。しきりにシエルをチラチラ見ていたが、シエルが男を視界に入れないようコハクを触りながら露店の方へ顔を向けているせいで、話しかけられず大人しくしていた。


「なぁ、泊るところは決まっているのか?」


「決まっているようだ。私は寝床さえあればいいのだが、一応責任のある立場なのでな。それなりのところに泊まれと言われて《まどろみ猫の宿》に部屋が用意されているようだ」


「随分いいところに泊まるな。まぁ……その身分ならそのぐらい安全な場所じゃないと危険か」


「知っている宿なのか?」


「あぁ、中心街近くの有名宿だよ」


「なら、君たちもそこに泊まりなさい。私の身の上も知っているようだしね」


「は? ……聞こえたのか」


「まだ、耳が衰えるほど歳は取っていない。君と同じくらいだと思うが」


「……なぁ、それは本気で言っているか?」


「本気とは?」


「……いや、何でもない」


 カーナは男と話しながら、男がどこに滞在するか確認したところ、なぜかカーナ達も同じところに泊まることが決定した。それとともに、男の聴覚が地獄耳レベルであることも発覚した。


 カーナは、咄嗟に呟いてしまわないよう気を付けようと思いながら、《まどろみ猫の宿》に行ったときに男の身分とシエルとの親子関係をすんなり受け入れてしまった自分たちの行動の落ち度をどう弁解するか、言い逃れるかを考えていた。


 キリアとコハクは、カーナの慌てている姿を見ながら、カーナに男のことを任せたことに不安を感じずにはいられなかった。しかし、キリアが変わるにしても、男のキリアへの好意は最低レベルだろうことは先ほどの視線からも判断できたため、要らぬ刺激を与えないようカーナに男の相手を任せるしかなかったのだ。


「キリアさん、ごめんなさい。皆に迷惑をかけてしまったわ。こんなに早く見つかるなんて……それに咄嗟にお父様なんて声を出して、誤魔化しようのないミスをして……本当にごめんなさい」


「シエル、しょうがないよ。いきなりだったんだ。俺だって同じ状況ならシエルと同じ行動をしてしまっただろうし……それに、ごめんは無しだ。謝られるようなことはされていない。な?」


「……でも」


「シエル。俺たちはシエルとの契約だけでここにいるわけじゃない。シエルを大切に思っているから、一緒にいるんだ。もっと俺達に甘えていい。カーナもコハクも……それに俺も、シエルが甘えてくれると嬉しいよ」


「……キリアさ」


「近い。一緒に行動するのは今は許すけど、近づきすぎるのは容認できない。……大丈夫、触らないよ。後で落ち着いてお話ししよう。私は馬を取ってくるよ」


 シエルが露店の方を向きながら視線を落とし謝ってきたので、キリアは正直な気持ちを伝えた。キリアの言葉に同意するようにコハクも尻尾を揺らしてシエルの腕に頭を擦り付けた。俯いていた視線が持ち上がり、キリアの方へ視線を向けて、名前を呼び終わる前に男の声が割り込んできた。

 男の視線はキリアとコハクに向けて鋭い視線を投げ、その後ゆっくりと視線は移動し、優しく温かみのある眼差しをシエルに向けた。男からの視線に体をこわばらせるシエルを見て、男は肩を落として悲しそうに声をシエルにかけてから、自身が乗ってきた馬を連れに行った。


「シエル、大丈夫か?」


「うん。心配かけてごめんなさい」


「いいんだ。心配をするのは大切なシエルだからだ。可愛い娘に心配かけてもらえるなんて母親として甘えてくれている証拠だ! 嬉しい限りだ‼」


「そういうポジティブな受け取り方は、カーナらしいな。でも、俺も同意見だ。シエルはもっと俺達に甘えればいい」


「……ありがとう」


「ふふふ、可愛いなぁ!」


「ちょっ、カーナさん」


 カーナは嬉しそうにシエルを抱き上げてニコニコ笑いながら頬ずりをし、シエルはくすぐったさとカーナ達の言葉が嬉しくて、表情が緩んだ。キリアは、そんな二人の姿を見て、溜息をつきながらもカーナを止めずにそのままにした。コハクは嬉しそうにキリアの横に座り尻尾を振っていた。

 馬を連れ戻ってきていた男はシエルたちの姿を見て、眩しそうに眼を細めた。その寂しそうな姿にここまで乗ってきた馬が軽く嘶きながら、首を男に一度擦り付け歩き出した。男は馬に笑いかけて「少し弱気になっていた。すまない」と言いながら馬の首を撫で、カーナ達のもとへ歩みを進めた。


 カーナ達の周りに並んでいた人達も先ほどまでのカーナ達の攻防などなかったように過ごしている。入都審査の待ち時間にイラつきが溜まり暴れだしたり、喧嘩するものはよくいるため、先ほどの攻防も「いつものことか」くらいの扱いなのである。


 徐々に順番も近づき、カーナ達の入都審査の順番となった。カーナはシエルを離すことなく抱き上げ続け、男もそれには何も言うことなく、馬の世話をしながらコハクのブラッシングまで一緒に行って時間を過ごしていた。


 カノリアでの入都審査と同様、カーナさん達と引き離され別室へ連れていかれた。今回はショートカットの衛兵服を着た女性が対応してくれ、別室に子供を連れていくことを何度もして慣れているのだろう。親元を離され不安に駆られないよう、優しく手を引いて、これまた優しい声で話しかけてくるのだ。シエルも不快感を感じることもなく別室でキャスケットを外して顔をさらした。カノリアのガイルと同じように、女性衛兵も笑顔の状態で固まってしまった。


「あの……大丈夫でしか?」


「はっ⁉ ごめんね。うん、髪や瞳の色も変化ないし、大丈夫だよ。それにしてもシエルちゃん可愛いね。ママとパパ、お兄ちゃんと離れないように気を付けてね。冒険者の街と言われるくらいだから、質の悪い冒険者もいるのよ、わんさかと。面倒ごとに巻き込まれないようにするためにも家族の皆から離れないようにね。お姉さんとのお約束!」


「はい……」


 部屋を出る前にキャスケットをしっかり被り、カーナ達が待つところまで、また手をつながれて誘導された。カーナはシエルが戻ってくるとすぐさま抱き上げ、クルンと回った。男が慌てて手を伸ばそうとするも、カーナの身のこなしが安定していることに気づき、何事もなかったように元の位置に戻っていった。


 そんな男の行動を見ていたキリアは少し申し訳なさを感じていた。自身の娘にせっかく会えたのに、先ほどから触れ合っているのはカーナばかりなのだ。それも、男が近づくとシエルの体がこわばり拒絶を示す。その度に男は少し俯き、少しすると自身の気持ちを整理するようにスッと前を見て静かに息を吐き出すのだ。その背中は哀愁が漂っていた。


 なんとも悲しき男親の姿だった。



こんばんは!

いつも皆さんありがとうございます。

いよいよ父登場です!

父の名前もしっかり出せてよかったです。

父……心を強く持って!一気に老け込んだような……気のせい?


これからもどうぞよろしくお願いします(*^-^*)

お豆腐メンタルな私もコロナに負けず頑張ります!

皆様もお体にお気をつけてお過ごしください。


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