固定されたツイートまろかれ@furunomitama·4月20日地鎮を加えた疫病平癒退散地鎮祈願祝詞の奏上をしました。 皆様の奏上の参考にして頂ければと思います。 奏上する時は文中の「天照御影大神」を別の神様や神社名に入れ替えても良いですし、お札や御守のない人は家から(遥に)を入れて神社や神様を念じて奏上してください。メディアを再生できません。再読み込み5112319このスレッドを表示
まろかれさんがリツイート吉川八幡神社@hachimanshrine·29分【令和二年師走十五日 月次祭】 今日も無事に月次祭を執り行うことが出来ました とても寒くてストーブをフル回転で焚いて暖かい(灯油の匂いが冬らしく)よい月次祭になりました 多くの御参列ありがとうございました。 残すところは12月31日「大祓式」となりました。742
まろかれ@furunomitama·31分午の刻(11時より12時まで)十二月十五日の月次祭、天照御影講神饌講祈願祭、疫病平癒退散地鎮祈願祭および吉川八幡神社遥拝式を執り行いました。 天照御影講、神饌講、フォロワーの皆様、世界中の人々の家内安全、身心健全、息災延命、諸願成就、呪詛解除、疫病退散、を祈りました。22このスレッドを表示
まろかれさんがリツイート寂光庵講元@天狗連クラウン兼元不登校、準引きこもり僧侶@motofutoukouhik·2時間杉並堀之内妙法寺の祖師堂の裏壁にはバリアフリーになる前の時代から足が悪いなどで昇堂出来ない人のために後ろから拝めるようにしてます。 多分江戸時代からでは無いかな本堂の築年数を茗谷栴檀林で習ったけど忘れました引用ツイートまろかれ@furunomitama · 4時間古い神社のお社自体にお社の後ろからも拝めるように御幣や賽銭箱を置いてたりするのは、昔はお社の前で拝んだらそのままお社の後ろに回ってもう一回後ろで拝んでまた前に回って拝む方法があったからです。 今の神職はそうした昔の風習を知らないので、聞いてもわからないと言うだけですね。このスレッドを表示139このスレッドを表示
まろかれさんがリツイート宗教情報リサーチセンター@RIRC_2018·19時間藤田庄市・元研究員の著書『現代山岳信仰曼荼羅』(株式会社天夢人)がこの12月に刊行された。高尾山、富士山、御嶽山、国東半島六郷満山、羽黒山、大峰山などでの取材に基づいたもので、修行者たちに密着してのリアルな表現にあふれている。山岳信仰と新宗教の関係にも言及がある。3180
まろかれ@furunomitama·2時間両部神道などで御神前で印組んで、真言唱えるのって、 日本人同士なのに会社では英語で話してるみたいなものじゃないですかね 当時は梵語!かっこいい!最先端!みたいな特権意識もあったと思います カソリック教会のラテン語みたいに 実際に当時の僧侶って今と違って超インテリで文化の発信者ですから1240このスレッドを表示
まろかれ@furunomitama·2時間この威占い師みたいな天上天下唯我独尊みたいなポーズ取らなくても 二拝も二拍手も全部天地を表して、天地の神(天津神・国津神)とつながる作法なので普通に拝んだら良いです RT466
まろかれさんがリツイート佐々木 義春@10311031103131·2時間返信先: @furunomitamaさんこの占い師の方のやっている事に違和感しか感じませんでしたが、その風習が変化したことなのか…と思いました。 画像の行いはちょっとイラッとしましたが。 画像元→http://astage-ent.com/stage-musical/105900.html…1511
まろかれさんがリツイート安部吉孝@大蛇(Orochi )舞人・Snake dancer@yocchan19681·2時間小さかった頃、「お社のまわりをぐるぐるまわる」という作法と、「御御輿がまわる」という作法が同じものに見えていたのですが、もしかしたら移動神殿だったものが固定神殿になったのではないかと、いま思いました。2435このスレッドを表示
まろかれ@furunomitama·2時間本来は磐境や神籬での祭祀だから裏も表もないのです それを古代に仏教に習って社殿を作り、また現代では神社本庁が社殿管理者としての神職しか養成していないから、神祭の本義を忘れてしまうのでしょうね439
まろかれ@furunomitama·2時間神様からすれば神社神道の二拝二拍手一拝だって 「なんや最近はみんな新しい拝み方をみんなするようになったなあ」 と思ってるんじゃないかな 千年以上神前で僧侶が読経したり真言唱えたりもしてたんだから 実際に僧侶の方に古い神道の作法が残ってたりもします961このスレッドを表示
まろかれ@furunomitama·2時間新米の神主ほど教わったばかりの知識を絶対だと思って、少しでも神社神道と違う拝み方をしていると目くじら立てて怒る人が多いのですが、それは神社神道しか知らないから他の拝み方を知らないだけで、ある程度神職をしていると世の中には色々な拝み方があるし個人の信仰であるので否定できないと悟る114110このスレッドを表示
まろかれさんがリツイートパロミタ@Tomomi_Paromita·3時間返信先: @furunomitamaさんそういう意味付けがあったんですね。インドだとお参りの時はたいてい社の周りを回るので(東西南北に小社や扉?があったりも)、日本の神社で同じ事をしようとすると大体行き止まりで、何となく消化不良な気分でさみしいなあとなるのですが、あながち間違ってもいないのかな?という気持ちになりました。116
まろかれ@furunomitama·3時間神社の裏でなんか変なことしてると神職に警戒されますので、そこは気をつけてくださいね とは言え神前で般若心経や真言を唱えたり法螺貝吹くのは周りの人の迷惑にならない範囲でなら全然大丈夫だと思います1279
まろかれ@furunomitama·3時間めっちゃ良い話(チキンライスの歌詞を初めて見た時の槇原敬之風に)引用ツイート篠原悠希蒼天の王土@persian_pardeis · 3時間返信先: @furunomitamaさんこんにちは。昔お勤めさせていただいた神社で、神職の方に「御神座は横向きなので、拝殿からだと神様は片方の耳でお聴きになっています。本殿の後ろに回ってもう一度拝礼されると神様の両方の耳に届きますよ」とここだけの話をしてもらったので、今でも入れるときは本殿の後ろからも手を合わせています14
まろかれさんがリツイート里哉@rhodolitegarnet·4時間昔祖母と毎月産土神様にお参りしていたときぐるっと回っていたのを思い出しました。引用ツイートまろかれ@furunomitama · 4時間古い神社のお社自体にお社の後ろからも拝めるように御幣や賽銭箱を置いてたりするのは、昔はお社の前で拝んだらそのままお社の後ろに回ってもう一回後ろで拝んでまた前に回って拝む方法があったからです。 今の神職はそうした昔の風習を知らないので、聞いてもわからないと言うだけですね。このスレッドを表示118
まろかれさんがリツイートいすず@takieisuzu·3時間返信先: @furunomitamaさん北海道では見かけないのですが 中国地方は、オヤシロの周りを回れるようになってました。 (まろかれさんのツイートを見て、北海道は本当に歴史が浅いんだなって、今頃驚いてます。言われてみれば…!でした。住んでると気付けません)129
まろかれさんがリツイート神祇伯@神社調査隊@hakkeshintou·4時間返信先: @furunomitamaさんそれはもったいないですね。社殿裏は鎮守の杜だったりで裏参拝できる所は少ないというのに。裏参拝は民間信仰寄りなので神社は関係ないですけど、置いてた以上認知はしていたでしょうからそのまま続けて欲しかったです。129
まろかれ@furunomitama·4時間法然上人は日本仏教史上で卓越した人間性の方らしいがこのエピソードだけでもそれがわかる引用ツイート吉田兼好@tsuredure_bot1 · 4時間ある人が、「眠すぎて仕事したくなくなることがあるのですが、どうすればいいですか?」と法然上人に聞いたそうだ。法然上人は「目が覚めた時に仕事すればいい。」と答えたという。大変ありがたい言葉だ。(第三十九段)420
まろかれさんがリツイート安部吉孝@大蛇(Orochi )舞人・Snake dancer@yocchan19681·4時間返信先: @furunomitamaさん私のところでは、いまでもお社のまわりをまわります。作法と回数が伝わっております。116
まろかれ@furunomitama·4時間午の刻(11時)より十二月十五日の月次祭、天照御影講神饌講祈願祭、疫病平癒退散地鎮祈願祭および吉川八幡神社遥拝式を執り行います。 天照御影講、神饌講、フォロワーの皆様、世界中の人々の家内安全、身心健全、息災延命、諸願成就、呪詛解除、疫病退散、を祈ります。1161このスレッドを表示
まろかれ@furunomitama·4時間何故後ろに回って拝むかと言うと、後ろは本殿の内陣や内内陣に一番近く御祭神に一番近いところから拝めばそれだけ祈りを聞いてもらえるという意味があるそうです お百度参りも前でするだけでなく、お社の周りをぐるぐる回ってしていたらしいですね 今は神社の管理上お社の後ろに行かせない事も多いけど526133このスレッドを表示
まろかれ@furunomitama·4時間古い神社のお社自体にお社の後ろからも拝めるように御幣や賽銭箱を置いてたりするのは、昔はお社の前で拝んだらそのままお社の後ろに回ってもう一回後ろで拝んでまた前に回って拝む方法があったからです。 今の神職はそうした昔の風習を知らないので、聞いてもわからないと言うだけですね。663297このスレッドを表示
まろかれさんがリツイート関口高史 軍事研究家@parsifa18401874·19時間それは今だったらサイバー、宇宙、電磁波などの戦いではないでしょうか。彼は、その他にも戦争の変革サイクルが短くなることや、指揮単位が「連→中→小→分隊、そして個人」になると予測しました。これらは現代の軍事研究にも当てはまることです。石原が90年以上前に語っていたことに衝撃を受けます。2138510このスレッドを表示
まろかれさんがリツイート関口高史 軍事研究家@parsifa18401874·19時間石原莞爾は軍事の天才だと再認識させられるときがあります。彼は戦争の進化を「点→線→面→体」と表現しました。棍棒や槍で戦うのは点。横隊の戦いは線。複雑な塹壕戦で面、それが立体戦になり「体」と。さらに石原は、次は霊界など人間にはわからない戦いになるかもしれない、と語りました。続く…。93241,302このスレッドを表示