著名なAI研究者であるティムニット・ゲブルは、自らが関与した論文を撤回するか、もしくは共著者から名前を削除することを拒んだ結果として、グーグルを解雇されたという。CODY O'LAUGHLIN/THE NEW YORK TIMES/REDUX/AFLO

グーグルのAI倫理研究者は、なぜ解雇されたのか? 「問題の論文」が浮き彫りにしたこと

グーグルでAIの倫理を研究していたティムニット・ゲブルが解雇された問題は、ゲブルが共著者となっている研究論文が問題にされた末の出来事だった。いったい何が問題だったのか──。この論文を『WIRED』US版が独自に入手して検証した。

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グーグルの人工知能(AI)研究者ティムニット・ゲブルは今年初め、ワシントン大学教授のエミリー・ベンダーにTwitterでダイレクトメッセージを送った。ゲブルはベンダーに、自然言語の解析におけるAIの進化によって生じる倫理的問題について何か書いたことはあるかと尋ねた。ベンダーにはこの分野の論文はなかったが、ふたりは会話を続け、AIがインターネットに存在する差別的な言説を再現してしまう証拠など、この種のテクノロジーの限界について議論したという。

Twitterでのやりとりが活発になったことから、ベンダーはこれを基に学術論文を書いてみないかと提案した。彼女は「さらなる議論を誘発できればと思いました」と語る。「わたしたちはAIへの期待とその成功を目の当たりにしてきましたが、一歩下がってリスクやそれに対処するために何ができるか考えてみようと呼び掛けたかったのです」

ゲブルとベンダーのほかにも、グーグルや学術界の研究者5人が共著者として加わった。そして論文は1カ月で完成した。10月に学会に提出されたこの論文は、AIを扱った研究でも特に有名になることを運命づけられていたのである。

こうしてゲブルは12月初め、論文から自分の名前を削除するようにという上司の要求に従わなかったことで、グーグルを解雇された。同社のAI部門を率いるジェフ・ディーンによると、ゲブルの論文は「グーグルにおける公表の基準を満たしていなかった」という。ゲブルの解雇が明らかになってから、これまでにグーグルの従業員2,200人以上が事態の詳細を公開するよう求める書簡に署名している。

グーグルの研究者でゲブルと共に働いていたサミー・ベンジオはFacebookに「驚愕している」と投稿し、自分はゲブルの味方であると宣言した。また、社外のAI研究者も公に非難の声を上げている。

優れた論文だが……

こうした怒りは、突然の解雇の原因となった論文に特別な力を与えた。12ページの論文は地下出版物のようにAIの研究者たちの間で回し読みされており、『WIRED』US版もコピーを入手した。しかし重要なことは、ここに書かれていることには議論の余地がないという点である。

論文はグーグルやその技術を攻撃しているわけではない。今回の騒ぎがなければ、公開されても同社の評判に傷がつくようなことはなかったであろう。論文の内容は、自然言語を分析して文章を生成するAIを扱った過去の研究の考察が中心で、新たな実験はない。

論文では過去の研究の分析から、言語解析AIが大量の電力を消費するほか、オンラインに存在する偏見を再生産してしまうことが示されている。論文は同時に、言語解析AIの開発に使われるデータをきちんと記録するなど、研究者がこの技術を利用する上で注意を払うことを提案している。

この分野でのグーグルの貢献(一部は同社の検索エンジンに応用されている)も取り上げられているが、問題のある事例として紹介されたわけではない。

論文を読んだユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドンの名誉准教授のジュリアン・コーネビスは、「しっかりと調査した優れた論文です」と語る。「この論文が騒ぎを引き起こす理由がわかりません。解雇となると、なおさらです」

社内メールが原因?

グーグルの反応は、経営陣がゲブルや周囲が考えるよりも倫理的問題について敏感になっていることの証拠かもしれない。もしくは、論文以外にも理由があったという可能性もある。グーグルはコメントに応じていない。

社内改革を求めるストライキに参加したことのあるAI倫理の研究チームのメンバーはブログで、内部の研究評価プロセスがゲブルに不利になるよう変更されたのではないかと指摘した。またゲブルは先に、社内のメーリングリストで送信したメールが解雇の原因かもしれないと説明している。ゲブルはメールで、グーグルの多様性プログラムはうまく機能していないと指摘し、同僚たちに参加しないよう促したという。

ゲブルの論文は「確率変数のオウムの危険性について:言語モデルは大きくなり過ぎる可能性があるのか?」というタイトルで(ついでに「?」の後にはオウムの絵文字が付いている)、AIで研究が最も活発な分野を批判的な視点から考察している。

AIの世界では2010年代初頭に、機械学習という技法を使うと音声や画像認識の精度が飛躍的に向上することが明らかになり、そこからグーグルを含むテック大手は多額の投資を続けてきた。機械学習のアルゴリズムを使えば、タグ付けしたデータセットで訓練することで、AIは例えば音声の書き起こしといった特定のタスクを非常に効率的にこなせるようになる。

なかでもディープラーニング(深層学習)と呼ばれる手法では、学習アルゴリズムに大量のサンプルデータを組み合わせた上で強力な処理能力をもつコンピューターを使うことで、驚くべき結果が出ている。

ここ数年は自然言語に機械学習モデルを応用する研究が続けられており、インターネット上に存在する無数のテキストをサンプルデータして利用し、質問に答えたり文章を書くといったことができるAIが開発されている。

AIの限界

ただ、AIは言語を統計的なパターンとして受容しているだけで、わたしたちと同じように世界を理解しているわけではない。このため、人間から見れば明白な間違いを犯すことがある。一方で、人間の発する問いに答えを与えたり、人間が書いたような文章を作成したりといったことが可能になる。

グーグルの自然言語処理モデル「BERT」は、長めの検索クエリの処理を向上させるために使われている。またマイクロソフトは、非営利団体OpenAIが開発した汎用言語モデル「GPT-3」のライセンスを取得することを明らかにした。GPT-3は高度な文章を生成できることで知られ、メールや広告のコピーを自動作成するために利用されている。

ただ、AIには限界があり、それが引き起こしうる社会的影響を考えるべきだとして、言語AIの進化に警鐘を鳴らす研究者もいる。ゲブルとベンダーの論文はこうした声をまとめたもので、AIの研究開発ではどのような点に留意すべきかを提案しようとした。

論文では、大がかりな言語AIのトレーニングには、クルマが生産されてから廃車になるまでに消費する全エネルギーと同じだけの電力が必要になる可能性があるとした過去の研究や、AIがネットにある陰謀論を模倣して新たな説を作り出せることを証明した研究が引用されている。

グーグルの研究者が今年に入って発表したBERTの問題点についての研究も、そこには含まれていた。ゲブルはこの研究には関与していないが、BERTは脳性麻痺や視覚障害といった障害を表す言葉を否定的な表現と結びつける傾向があるという。なお、この論文に携わった研究者は全員が現在もグーグルで働いている。

食い違う意見

ゲブルたちの論文は、言語AIのプロジェクトでは慎重になるよう提言し、AIの訓練に使ったデータセットを記録し、問題点を文書化するよう呼びかけている。論文はまた、AIの精度と問題点を評価するために考え出されたモデルをいくつか紹介している。このうちゲブルがほかの研究者たちと共同で開発したあるモデルは、グーグルのクラウド部門で採用されている。論文は研究者たちに対して、開発者としての視点だけではなく、言語AIの影響を受けるであろう人々の視点に立つよう求めていた。

グーグルのディーンはゲブルの解雇に関する声明のなかで、問題の論文は質が低く、言語AIの効率を高めて偏見を最小限に抑えるために何をすべきかを提案した研究が引用されていないと指摘している。ベンダーはこれに対し、論文では128の引用があり、さらに追加していくつもりだと語っている。引用の追加は学術論文の公開過程ではよくあることで、通常はこのために論文が撤回されることはない。

また、ベンダーを含むAI研究者たちは、この分野では偏見を確実に排除できるような方法はまったく見つかっていない点を指摘する。アレン人工知能研究所(AI2)の最高経営責任者(CEO)オーレン・エツィオーニは、「偏見にはさまざまな種類があり、模索を進めている状況です」と言う。

AI2は、ゲブルの論文で引用された研究のテーマを含む言語AI全般について独自の研究を進めている。エツィオーニは「この分野で働くほぼすべての人が、こうしたモデルの影響力が増しており、責任をもって運用していく倫理的義務があることを認識しています」と語っている。

※『WIRED』による人工知能(AI)の関連記事はこちら

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グーグルがAIの倫理を専門とする研究者を解雇、業界に広がる波紋の理由

サステナブルなエネルギーで移動することの価値:永田暁彦

Audiが日本に初めて投入した完全な電気自動車(EV)の「Audi e-tron Sportback」。最先端のテクノロジーでつくられた新世代のEVは、いかに未来のモビリティやサステナブルな社会の構築へとつながっていくのか──。全5回連載の第4回では、ユーグレナの取締役副社長であり、リアルテックファンドの代表を務める永田暁彦に、テクノロジーが可能にする「移動」の未来と再生可能エネルギーについて訊いた。

「いまは『ドラえもん』がいるような世界。のび太が悩みをひとつ言えば、それを解決する技術は世界に絶対あるんです」

Audi e-tron Sportback

Audiの高い技術力とデザイン力が叶える多様な魅力をぜひ体感してください。AudiのDNAと100年を超える歴史を刻み込み、ついに誕生したAudi史上初の電気自動車。価格シミュレーションはこちらから。

ユーグレナの副社長でリアルテックファンド代表の永田暁彦は、そう断言する。ユーグレナといえば、世界初となる微細藻類のユーグレナ(和名:ミドリムシ)の食用屋外大量培養に2005年に成功し、日本のヴェンチャーの代名詞とも言える存在になった企業だ。永田はその副社長でありながら、日本最大の技術特化ファンド「リアルテックファンド」を15年に設立して代表を務めている。

ユーグレナで「人と地球を健康にする」ための取り組みを続けながら、技術への投資を推進するファンドも運営することは相当にハードルが高いはずだ。過密スケジュールのなかこれらの両立を続けるモチヴェイションについて尋ねると、永田は次のように語る。

「いま、人間の生活の変化に伴ってエネルギー消費量が増え、地球に大きな環境負荷をかけています。これを改善するのが、アントレプレナーとサイエンティストだと思っています。しかし、日本ではこうした人々を取り巻く環境が悪すぎる。改善には時間とお金がかかりますが、そこに人の好奇心を向けて社会と接続していく状態をつくりたいんです」

永田暁彦|AKIHIKO NAGATA
ユーグレナ取締役副社長、リアルテックファンド代表。慶應義塾大学商学部卒。独立系プライヴェート・エクイティファンドに入社し、プライヴェート・エクイティ部門とコンサルティング部門に所属。2008年にユーグレナの取締役に就任。ユーグレナの未上場期より事業戦略、M&A、資金調達、資本提携、広報・IR、管理部門を管轄。技術を支える戦略、ファイナンス分野に精通。現在は副社長COOとしてユーグレナの食品から燃料、研究開発などすべての事業執行を務めるとともに、日本最大級の技術系VC「リアルテックファンド」の代表を務める。

化石燃料に頼らない時代へ

地球環境に負荷をかけない社会づくりという使命を負っている永田にとって、これからのモビリティを支えるエネルギー源は重要なテーマのひとつでもある。実際にユーグレナではバイオ燃料の開発に力を入れており、「日本をバイオ燃料先進国に」というかけ声の下にバイオ燃料の大規模生産と商業化体制の整備が進行中だ。リアルテックファンドでも、次世代風力発電機の実用化に挑むチャレナジーなどに投資している。

「クルマを動かすために必要なエネルギーとしては、エンジンを動かすための液体燃料か、モーターを動かすための電気のどちらかが必要になります。環境への負荷を考えると再生可能な自然エネルギーによる電力を利用するか、液体燃料そのものをクリーンにしていく必要がある。これらのエネルギー源が何であれ、サステナブルなものであることが重要なんです」

いま、日本における電力の大半は化石燃料からつくられている。最も消費量が多いエネルギー源は石油であり、そのうちクルマに使われる割合が4割を占めているのが現状だ。これに対して英国やドイツ、オランダをはじめとする欧州諸国では、ガソリン車やディーゼル車などの化石燃料で動くクルマを早ければ10年後の2030年に販売禁止にする方針を打ち出している。

こうしたなかAudiが日本に初めて投入した完全な電気自動車(EV)が、「Audi e-tron Sportback」だ。Audiは2025年までに30の電動化されたモデルを発売する目標を掲げ、そのうち20モデルは周囲にまったく二酸化炭素を排出しない完全なEVにすることを明らかにしている。

こうした動きと並行して、AudiはAudi e-tron Sportbackをはじめとする完全なEVのみならず、原油に依存しない合成燃料「e-fuel」の開発も進めてきた。これらはバイオマス由来であり、化石燃料である石油をまったく使っていない。

「Audiは、電力と液体燃料のどちらも石油に由来しないものにすべく取り組んでいる自動車メーカーですよね。そこからもわかるように、結局のところ大切なのはエネルギー源が化石燃料ではないことなのです」と永田は語り、Audi e-tron Sportbackのステアリングを握る。

東京タワーの近くを走る「Audi e-tron Sportback」。クーペスタイルのなだらかなルーフラインが美しく、ワイドな八角形のシングルフレームグリルが印象的だ。

デジタルでは自然を感じられない

永田が運転するAudi e-tron Sportbackは、東京・田町にあるユーグレナのオフィスからほど近い芝浦を通り抜けていく。立ち並ぶ高層マンションを横目に、永田は「以前は会社に近いという理由で、このあたりに住んでいたんです」と言う。

だが、いまは東京からクルマで約1時間半の地域に居を移し、自然のなかで家族と共にヤギを飼って暮らしている。そうして迎えたコロナ禍において「移動」の意味を再考するなかで、永田は「確信的に思うこと」があるという。

「教育やアートなども含め、あらゆるものが通信で体験できるようになっていますよね。でも、自然だけは人間のほうから移動しないと手に入らない。デジタルでは自然との関係性は感じとれないんです」

コロナ禍を経てヴィデオ会議をはじめとするデジタルなコミュニケーションが増え、現実とデジタル世界がハイブリッド化しつつある。こうしたなか、デジタルなツールだけで人間と自然がかかわっていくことは確かに難しい。

「CGで自然を映像としてつくり出すことはできますが、人間が本物の自然を目の前にしたときの感動は得られませんよね。人間はそれを完全に再現できていないんです。コミュニケーションも同じことで、だからこそ実際に人と会い、ものごとを体験しなくてはならない。そのために人は移動するんだと思います」

ガソリンの消費が“ダサく”なる日

東京から離れて暮らす永田はいま、自宅でのリモートワークを基本としながら週に1〜2回は東京に“出張”するために、ユーグレナのバイオ燃料で動くクルマのステアリングを握る。そんな永田にとって、運転する時間は何を意味するのだろうか。

「クルマは“空間”が大切なんです」と、永田は言う。「東京まで1時間以上を運転することになりますが、それは自分にとってリセットの時間。もし『どこでもドア』ができたら移動の時間はゼロになりますが、自分なら浮いた時間で書斎にこもってしまうと思います。ひとりでクルマを運転するようなリセットの時間が必要なんです」

一方でテクノロジーが進化して完全な自動運転が可能になる未来が訪れたとき、自らステアリングを握る機会は減るかもしれない。テクノロジーの進化によって時間が生まれることの価値を、永田はどのように考えているのだろうか。

「世の中の9割くらいの人は、移動のための時間を無駄だと思っているはず。それらの人々は自動運転で生まれた時間を有意義に使えるようになると思います。一方で、運転すること自体を楽しむ人はマイノリティになり、運転そのものがラグジュアリーな行為に変わっていく。スポーツカーに乗ることが“乗馬”に近い感覚になるのではないでしょうか」

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「Audiバーチャルコックピット」と呼ばれるディスプレイ。速度やバッテリー残量といった車両に関する情報のみならず、ナヴィゲーションも同時に表示できるなど一覧性は高い。

移動に特化したツールとしてのクルマと、運転そのものを楽しむためのクルマ──。その二極化が進むのだとしたら、クルマを「所有」することの意味はどのように変化していくのだろうか。

「いま、自分は“村”に住んでいるので、移動手段としてのクルマがないと生活できません。つまり、クルマを所有することの意味が都心と村とでまったく異なるのです」と、永田は言う。当然のことながら、社会におけるクルマの位置づけも見え方も変わってくることだろう。「人々は移動という生物的な欲求や社会的な承認欲求、好奇心などに基づいてクルマを所有するようになる」とした上で、永田は次のように“予言”する。

「都心で(嗜好品としての)クルマを所有するにしても、これからはガソリンを大量に消費する行為が『恥ずかしいこと』になる。そんなことしているのは“ダサい人”になる時代が来ると思います」

2020年の“ベストアンサー”

ガソリンの大量消費がダサくなる時代、クルマはサステナブルなエネルギーで動くことが常識になっていく。「地球環境への負荷の程度が、クルマ選びにおいても重要な視点になっていくはず」と、永田は言う。そのとき、クルマを所有する理由が移動するためであれ、運転を楽しむためであれ、社会的な承認欲求を満たすためであれ、サステナブルであることが「クール」になる時代がやってくる。

そんな時代に向けた最初の一歩として、Audi e-tron Sportbackのような完全なEVの存在が重要な意味をもつのだと永田は指摘する。「原油に依存しないモビリティへの移行にチャレンジしているAudiの試みは意欲的だと思います。Audi e-tron Sportbackは、そんなAudiが現時点で提示する“ベストアンサー”なのだと感じました」

Audi e-tron Sportbackの詳細はこちら
https://www.audi.jp/e-tron/

[ Audi e-tron×WIRED全5回連載FOR A SUSTAINABLE FUTUREシリーズ ]

試乗を終えてAudi e-tron Sportbackを充電する永田。これからのクルマにとって、「エネルギー源が何であれサステナブルなものであることが重要になる」と言う。