今でも海外の人から海軍の神様のように扱われる東郷平八郎。
しかし、私が日本にいた頃は名前は聞いたことがあってもどんな凄い人であったのかと詳しく学校で習った覚えはない。
こちらの子供が読むような第二次世界大戦のことを写真などで解説している本をパラパラと流し読みしていたら、ふと日本人の写真が目に留まった。
東郷平八郎だった。
詳しく読んでみると、その頃世界から恐れられていたロシアとの無謀と言われた日本海海戦で艦隊長としてガチで闘い日本はほぼ無傷のまま、敵を全滅させた伝説の海軍人という感じの書き方だった。
その後に興味を持って詳しく調べてみると本当に凄い人だったことが色々なソースから分かった。
この方と肩を並べる人として世界史に出て来るのはナポレオンの上陸を阻止したイングランドのネルソン提督くらいだが、戦闘実績としたら世界史上最強なのがこの東郷平八郎なんだという。
世界史を塗り替えた程にこんなに凄い人で世界では今でも賞賛されている割に、日本ではミリオタと呼ばれるような人とした興奮を共感し合えないような悲しいことになっているのはとても残念だ。
さて、この東郷平八郎を心から尊敬していた有名な外国人がアメリカにいた。
太平洋艦隊司令長官だったニミッツ提督だ。
ニミッツがまだ士官候補生時代の明治38年(1905)、東京湾に寄港していたところ、日本海海戦の戦勝祝賀会に招待された。
祝賀会で他の候補生とともに東郷を胴上げし、その後、テーブルに招いて東郷と会話した。
東郷は英国式英語がとても上手で、その戦績とはうって変わって気さくで感銘を受けたと自伝に記している。
また大東亜戦争後、横須賀の戦艦三笠が荒廃し、進駐軍によってダンスホールにされて、荒れ果てていると聞いたニミッツは激怒し、海兵隊を歩哨に立たせて三笠を荒らさないようにさせ、個人的な寄付を当時の額で二万円の大金と米海軍にも援助させて、三笠を復元させた。
その開艦式でアメリカ海軍の代表が持参したニミッツの肖像写真には
「東郷元帥の大いなる崇敬者にして、弟子のニミッツ」
と書かれていたという。
ニミッツ没後、その名は米巨大空母の名に冠されている。
更に原宿にある東郷神社が戦争で全焼した時に当時の額で10万円を寄付して神社の再建にもニミッツが貢献している。
このような話は聞いたこともなかったので感動した。敵の国であっても勇敢に戦う本物の軍人には尊敬の念を持つのだと思った。
ニミッツ提督と言えば日米の激戦場であったペリュリュー島に今でも残る碑で有名でもある。海を臨んだその碑にはこう記されている。
「諸国から訪れる旅人たちよ。この島を守る為に日本軍人がいかに勇敢に愛国心を持って闘いそして玉砕したかを伝えられよ」
ニミッツは東郷を心から尊敬していた上に、敵国の太平洋司令の長であったので、どれだけの死闘を日本人があの孤島で繰り広げたかも目にしている。
そして彼は日本軍人の勇敢さと粘り強さは侵略の欲などという陳腐なもので成立しえず、ただ祖国の愛する家族を守りたいという純粋な愛の強さであって闘ったことも分かっていただろう。
チャイナや韓国は日本軍の悪い話ばかりをプロパガンダとして世界に流し日本貶めを図るが、日本側は逆にこのような素敵な世界と日本とのポジティブな繋がりの話を発信していけたらいいと思う。
最近でもアメリカ元軍人の遺族が、自分のお父さんかお爺さんが硫黄島から持ち帰った日の丸(日本軍人が携帯していた故郷の人からの寄せ書きがされている日の丸)を日本の遺族に返還し、遺族が感涙というニュースをいくつか見た。
こういうニュースは見てとても嬉しい気持ちになる。
軍国主義だとレッテルを貼って歴史に蓋をしてはいけない。
真実は真実として語り継いでいく使命が我々にはあると思う。