ライダー神風 令和


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作:場理瑠都
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ライダー神風 令和


 

せまる パヨク

 

特アの 手先

 

日本を狙う 黒い影

 

反日勢力 倒すため

 

ゴー! ゴー! レッツゴー!

 

輝く単車!

 

ライダージャンプ!

 

ライダーキック!

 

神風ライダー

 

神風ライダー

 

ライダー、ライダー

 

 こんな歌が、バイクに乗って走り続ける間、ライダー神風の脳内で鳴り続けていた。

 

 バイクに乗ると、いつもこうなる。

 

 ライダーはこの歌が好きだ。

 

 この歌は、ライダーの気分をさわやかにしてくれる。

 

 あの日、ライダー神風として、日本人を守るための戦士として、戦いを始めた記念すべき日に、はじめて富田さんが「これがお前のテーマソングや」といって聞かせてくれた時、ライダーはすぐにこの歌のことが好きになってしまった。

 

 ライダーは、バイクの運転も好きだ。

 

 体の全身を風にさらしながら、道路を疾走していると、風が体優しく包み込む感触が気持ちいいのだ。

 

 そんな気持ちいい感覚を味わいながら、どこまでも遠くまで走っていけそうな、自分がどこまでも自由になれるような気分になれるから、ライダーはバイクの運転が好きだ。

 

 好きなことをしている時だから、好きな歌が、頭の中で鳴り響くのだろう。

 

 そんなことを考えているうちに、ライダーは、富田さんの家に着いた。

 

 2

 

 富田さんの家は、庭付きの一軒家で、古き良き日本の屋敷だ。

 

「富田」という札がかかる門を通り、庭で停車してエンジンを切ったライダーは、玄関までまっすぐに歩み寄ってインターホンを鳴らした。

 

 ほどなく、玄関の戸が横にガラガラと開き、富田さんが現れた。

 

「こんにちわ。ライダー」

 

 眼鏡を掛けた小太りの中年男性である富田さんは、いつもと同じように、慈愛に満ちた笑顔でライダーを出迎えた。

 

「まあおはいり」

 

「はい! 失礼します!」

 

 ライダーは、富田さんのことも好きだ。

 

 彼がライダーにとって親ともいうべき存在であることを抜きにしても、ライダーは富田さんがいつも見せてくれる笑顔が好きだからだ。

 

 富田さんの笑顔を見ると、ライダーの心はほっこりと温かくなる。

 

 この笑顔のためなら、なんだってやってあげるのだという気分になる。

 

 履いていた軍靴を脱いで、綺麗に揃えた後、ライダーは富田さんの後に続いて廊下を歩んでいった。

 

 富田さんは障子を開き、畳の敷かれた部屋の中央にあるちゃぶ台の前に進んだ。ライダーもその部屋に入り、障子をしっかり閉めてから、ちゃぶ台を挟んで富田さんと向かい合う位置まで進んだ。

 

「まあお座り」

 

 いつもそうであるように、富田さんの方から、腰を下ろした。

 

「どうも」

 

「どうもどうも」

 

 日本が誇る巨匠、小津安二郎監督の名作「東京物語」のワンシーンのごとく、互いに会釈をしながら、富田さんとライダーはちゃぶ台を挟んで向かい合って座った。もちろん日本の伝統である正座である。

 

「富田さん、今日、道でこんなものが落ちていたのですわ」

 

 ライダーは、早速本題に入った。富田さんの前に右手を差し出しながら。

 

 富田さんは、ライダーの手から、「こんなもの」を受け取って言った。

 

「これは、布マスクやなあ」

 

 それは、確かに汚れてはいるが、布マスクだった。

 

 ライダーが、路上で拾った布マスクだ。

 

 ライダーは毎日、単車を駆って街をパトロールする。日本人の自由と権利を脅かそうとするパヨクや特アの魔の手の兆しがないかを、監視するためだ。特にここ数日は、世界的に大流行をしているあるウイルスを、日本国内でばらまこうとしている反日パヨクがいないか警戒していた。

 

 今日、ライダーはそんな反日パヨクの男を一人見つけ、制裁を加えたのだ。そいつはこともあろうに、マスクを着けずに路上を歩いていた。他者への感染予防を最大の目的とするマスクをつけないということは、日本国内にウイルスをばらまくバイオテロの実行犯である証拠である。そしてさらに言語道断なことに、パチンコ屋に入っていったのだ! 言うまでもないが、パチンコ屋は、在日朝鮮人が日本人から金を巻き上げ、北朝鮮に送金するために経営している存在だ! 送られた金は北朝鮮が日本に向けている核ミサイルの開発資金に当てられている。(作者注、本作にはたびたびこのような真偽不明もしくは明らかなでたらめ情報が頻出する。賢明な読者諸兄に置かれては真に受けないように)さらにパチンコ屋の店内は、密接・密集・密閉の三密を満たした、極めてウイルスの感染しやすい空間である。そんな空間にマスクを着けずにはいることで、ウイルスをより多くの日本人に感染させ、さらに北朝鮮に対する資金提供まで行うという万死に値する大罪をその男が犯していることは、火を見るよりも明らかだった。

 

 パチンコ屋から出てきた反日パヨク男にライダーは、殴りかかった。ライダーは、普通の人間よりも力が強い。富田さんによって改造された時からそうなったのだ。いかにも貧弱そうな体型をしたその反日パヨク男は、ライダーに対して一つの反撃も出来ずに、暴力をただ受けるだけしかできなかった。

 

 ライダーは、男が顔面を血だらけにして気絶するまで殴り続け、ついでに足と腕の骨を折った後で、路上に放置した。

 

「ふう。全くとんでもない奴や」

 

 そう呟いてからライダーは、日本政府がウイルスの感染拡大の防止するために出した自粛要請に従わずに営業を続ける不届きなパチンコ屋の店名をスマホのカメラで撮影し、すぐにSNSに投稿した。これをすれば、日本全国にいる、ライダーと同じように日本人を守ろうと考える同志たちが、この店の情報を拡散し、炎上させてくれるはずだ。抗議の電話や嫌がらせの投石、張り紙落書きなどが殺到すれば、この店も営業を中止せざるを得ないだろうという読みが、ライダーにはある。

 

 疲労感と、正義を一つ成し遂げたことに対する満足感(これは現在のライダーにとって生きる目的だ)を抱いて、ライダーはバイクを置いてきた場所に戻っていった。

 

 その途中の道で、ライダーは布マスクが落ちているのを発見した。

 

 土で汚れたその布マスクを手にとって見ながら、ライダーは困惑した。

 

 なぜなら、現在の日本国において、マスクは極めて貴重な存在だからだ。もう何ヶ月も続くウイルスの流行によって、感染予防用としてのマスクの需要は大きく高まり、必然的な帰結として、品不足となっていた。ドラッグストアやスーパーで「マスクは現在欠品しており、入荷待ちの状態です。誠に申し訳ありません」という貼り紙を、ライダーは日常的に何度も目にしていた。この深刻なマスク不足への対応として、日本政府は「全世帯への布マスク二枚の給付」を昨日、決定したばかりだ。

 

 そんな貴重なマスクが、路上に落ちている。

 

 それも、一回使えば原則的に使い捨てにしなければならない紙マスクではなく、洗濯すれば何度でも使える布マスクである。これは紙マスクよりもさらに貴重なものであるはずだ。

 

 一体誰が、大事にすべきマスクを路上に捨てるなどという馬鹿な真似をしたのか?

 

 不可解な事態であった。

 

 ライダーは、ここに、底知れぬ悪と陰謀の気配を感じ取った。

 

「これは、一回富田さんに知らせなあかん」

 

 ライダーは、そう呟き、軍服のポケットにしっかりとマスクを入れると、バイクの所まで走ってゆき、エンジンをスタートさせた。

 

 いつも、陰謀の気配を感じたら、富田さんにまずは報告をする。それがライダーの基本方針だった。

 

 だから今、ライダーは富田さんの家で、彼とちゃぶ台を挟んで向かい合って座っているのである。

 

 

 富田さんは、しばらく考え込んでから、言った。

 

「このマスク不足のご時世に、布マスクが路上に落ちとる。誰かが自分で使いもしないのに布マスクを買い占め、わざと捨てとる以外に考えられへん。これは、マスクを買い占めて日本人がマスクを買えないようにし、今はやっとるウイルスの感染をさらに拡大しようとする悪い奴らの陰謀に間違いない。ライダーよ、日本人の命を守るのじゃ!」

 

「わっかりましたあ!」

 

 ライダーは元気よく返事をし、立ち上がった。ライダーには難しいことはわからない。ただ、日本人の絶滅を目論む特定アジアの国々即ち中国韓国北朝鮮とその尖兵たるパヨクたちが、自分の敵であるということだけがわかっている。日の丸と君が代を侮辱し、日本人が納めた税金を生活保護という形で外国人に献上し、日本人が過去に悪行を行ったという歴史を捏造し、恩を忘れて日本人に歯向かうアイヌ人や沖縄県人の味方をし、日本の同盟国であるアメリカ合衆国の基地建設を妨害する吐き気を催す邪悪な連中、それがパヨクだ。そいつらを一人残らず地上から消し去るその日まで、ライダーの戦いは決して終わらない。富田さんが、そう教えてくれたからだ。

 

 

 バイクを駆り、富田さんの家から出て行ったライダーは、路上に落ちた布マスクを発見した場所の付近にあるドラッグストアやスーパーの調査を開始した。過去数か月、マスクを大量に買った客がいないかどうか調べるためだ。

 

 店員たちは、快く調査に応じてくれた。

 

 いつものことながら、ライダーはそれが嬉しかった。神風ライダーが調査を行うとき、人々はいつも協力的だ。日本人でないものでさえ協力的だ。みな、最初ライダーの姿を見た時はとても驚いた表情になるが、ライダーが質問をすると、ややおどおどした様子を見せながらも、ちゃんと答えてくれる。その理由は、きっとライダーが着ている軍服のおかげだと、ライダーは考えている。任務中のライダーは、あの栄光ある大日本帝国陸軍の軍服を着ているのだ。そしていつもバイクには日の丸の旗を括りつけながら走るのだ。これほど誇らしい姿があるだろうか! 大日本帝国陸軍は、かつてはこの日本国を守り抜き、またアジアを欧米列強の支配から解放するために戦った、世界で最も名誉ある軍隊なのだから! 今は組織としてはもはやないとはいえ、その軍服をまとうことは、神風ライダーが帝国陸軍の魂を受け継いでいることのあかしなのだ。そのことが、きっとライダーに会う全ての人々にとっても、すぐにわかるのだろう。きっと彼らは、最初軍服をまとうライダーの姿を見て、まさか目の前にあの帝国陸軍の軍人がいるということ、自分が帝国軍人の姿を目にしているという事実の素晴らしさ、名誉を信じることが出来ず、驚愕の表情を浮かべる。そして、実際にライダーに語り掛けられることで、彼らは自分が夢を見ているわけではないということに納得し、感動のあまり声を震わせるのだ。何しろ日本人のみならず世界中の人々にとって、植民地支配という巨悪に立ち向かった大日本帝国陸軍は、英雄以外の何者でもないのだから、日本人のみならず外国人でさえ協力的になるのは当然のことだ。

 

 とはいえ、残念ながら今日行った調査では、マスクの買い占め犯人の特定につながる証言を彼らから得ることは、出来なかった。マスクを何枚も買いに来た人間なんて、ここ数日は全然いないし(そもそもマスク自体入荷していない)、数か月前には確かにそういう買い占め行動をするお客さんもいたが、何人もいたので顔なんかいちいち覚えていないと彼らは口をそろえていった。

 

 とはいえ少なくとも、マスクの買い占めがあったことは事実なのだ。後はその連中から反日パヨクを見つけ出すだけだ。

 

 調査に手応えを感じたため、大いに気分を高ぶらせながらドラッグストアの自動ドアを抜けて、外へ出たライダーを、しかし呼び止める声があった。

 

「待ってくれ、そこの、軍服のコスプレをしたあんた!」

 

 ライダーは振り返った。

 

 眼鏡を掛けた、10代後半とおぼしき眼鏡を掛けた若者が、店内から駆け出してきて、ライダーの前に来た。今多くの人がそうであるように、やはりマスクを着けていた。

 

「お前、俺を呼んだんか。あんなあ、これコスプレちゃうで。防人(さきもり)だけが着る資格がある聖なる服や」

 

 ライダーは不快だった。とはいえ、反日行為をしたわけではない相手だから、制裁を加えるつもりはない。

 

 若者は、そんなライダーの顔をじっと見て、「やっぱりだ・・・・・・」と呟いたあとで、叫んだ。

 

「君、香織だろう!? 東城高校二年の、新井香織!」

 

 ライダーの、肩をつかんだ。

 

「?!」

 

 ライダーは、動揺した。

 

「な、なんやそれ。人違いやで! 俺は神風ライダーや、香織なんて女やないで! お前、人違いしてるんや!」

 

「人違いなんてするか! 僕は、伊上守は、君の彼氏だったんだぞ!」

 

「な!?」

 

 彼氏?

 

 ますます、ライダーは動揺した。

 

 突然の言葉の襲撃に、考えがまとまらない。

 

「ふざけんな!」

 

 ライダーは、そう叫び、平手で守の頬を打った。

 

「さてはお前、反日パヨクやな!」

 

 突然の暴力に、ショックを受けて沈黙している守に向かって、ライダーは吐き捨てた。

 

「俺をだまそうったって、そうはいかんぞ!」

 

 そして、「彼女」は、彼に背を向け、バイクの元まで駆けていった。

 

「ま、待ってくれ!」

 

 背後から伊上守の叫びが聞こえたが、彼女はそれを無視し、日の丸を風にたなびかせながらバイクで走り去っていった。

 

 

 夜。神風ライダーは、再び富田さんの家を訪れた。

 

「こんばんわ。ライダー」

 

 富田さんは、昼と同じように、慈愛に満ちた笑顔でライダーを迎えた。

 

 昼と同じように、ライダーは富田さんに居間に案内された。

 

「まあお座り」

 

「どうも」

 

「どうもどうも」

 

 いつもの挨拶を交わして二人は座った。

 

「それでどうだったんやライダー。悪い奴は見つかったんか」

 

「残念ながら、今日は見つかりませんでした。マスクの買い占めがほんまにあったことは、わかったんですが」

 

 伊上守の元からバイクで走り去った後も、彼女は調査を続けた。今度は店ではなく、通行人を一人一人確認する調査である。一人ひとり尋問し、マスクを買い占めたかどうかを口頭で確かめた。中には尋問を拒否するような反日的行動を行う者もいたから制裁を加えた。しかしそういう者をいくら痛めつけて正直に吐けと耳元で怒鳴りつけても、マスクを買い占めたことを白状したものはいなかった。

 

「そうか。まあしゃあないなあ。明日に持ち越しや。めげずに頑張るんやぞ。ライダー」

 

「うん」

 

 彼女は頷いた。

 

「疲れたやろうなあ。今日は頑張って、疲れたやろう? わしが癒してやるさかい、こっちきいや」

 

 ライダーは、頷いた。

 

 それもまた、いつものことだった。

 

 いつも、任務を果たして疲労して夜に報告に来るライダーを、富田さんはその体を使って癒してくれる。本当にありがたいことだと、彼女は思う。

 

 富田さんは、ふすまを開けた。そこには、布団が二枚、しかれていた。

 

 ライダーも、富田さんに続いてその部屋に入り、ふすまを閉めた。

 

「さ。脱いでくれライダー」

 

 ライダーは、無言で富田さんの言葉に従った。

 

 軍服を脱いで、ライダーは、ブラジャーとパンツだけを身に着けた姿を露わにした。

 

 いつものこととはいえ、ライダーは、羞恥心を感じた。富田さんが慈愛の気持ちからしてくれることとはいえ、男性の前で自分の裸身や下着姿を露わにすることに対する羞恥心を、彼女は未だに克服できなかった。

 

 ブラジャーを外し、パンツを脱いた。

 

 ライダーは、全裸になって、富田さんの前に立った。恥ずかしくて、胸を両手で隠し、内股になって陰部を隠しながら。

 

「ちゃんと見せなさい。ライダー」

 

 富田さんに笑顔で言われたら、逆らうわけにはいかなかった。

 

 ライダーは、胸を見せた。陰部を見せた。

 

 自分が美しい少女でよかったと、ライダーは思う。美しいから、その裸体を見せることで、富田さんを喜ばせることが出来る。自分を癒してくれる富田さんに対して少しでも恩返しが出来ることが、彼女は嬉しかった。

 

 ただ一つ、ライダーがどうしても富田さんに対して、申し訳ないと思ってしまうことが一つあった。それは、彼女の左の胸にあるほくろだった。妙に大きくて、美観を損なっているのではないかと、ライダーは思っていた。口には出さなかったが。

 

 富田さんの手が、彼女の乳を揉んだ。

 

 あ、と、ライダーは吐息を漏らした。

 

 それから、富田さんも服を脱いで、布団の中で、ライダーと交わってくれた。富田さんの男性器が自分の中に入る瞬間、富田さんの男性器からライダーの体の中に射精がされる瞬間、彼女は無上の幸福を感じた。いつも、そうであるように。

 

 いつもそうであるように……。

 

 しかし、その晩だけは、幸福感の中に、ライダーは、まるで白い画布にぽつんと垂れた黒い絵の具の一滴のような、違和を一つだけ感じていた。

 

 僕は君の彼氏だったんだと叫ぶ、昼間出会った、伊上守というあの少年。

 

 その存在の記憶が、違和であった。

 

 あの言葉が、もしかして真実なのではないかという疑念……。

 

(ありえへん)

 

 ライダーは、心中でそう、自分に言い聞かせた。

 

(俺は、日本人を守る栄光の戦士、神風ライダーなんや。新井香織なんちゅうどこかの女子高生やない。伊上守なんていう、あんな男の恋人だったやなんて、そんなわけあるかいな)

 

 富田さんに抱かれて眠りに落ちていきながら、ライダーは、心中で閃いた。

 

(そうや、やはり、あいつは反日パヨクなんや。そして、マスクを買い占めているのも、あいつなんや! 俺に悪事を暴かれるのを防ぐために、俺を混乱させるために、俺に嘘を言ったんや! 許さへん、明日制裁を加えたる!)

 

 しかしライダーは、気づいていなかった。伊上守というあの少年のことを考えるたびに、自分の胸の奥に、いつも富田さんの笑顔を見るときと同じような、温かいなにかを、感じるということに、彼女は気づいていなかった。

 

 

 翌日の朝早く、ライダーはバイクで走っていた。

 

 目的は一つ、彼女をだまそうとしたあの卑劣な反日パヨク、伊上守を探し出し、制裁を加えることだ。

 

 とはいえ、どうやって探すのか? それが問題だった。

 

 ライダーはとりあえず、昨日彼と初めて出会った、ドラッグストアにやってきた。

 

 まずは、店内の監視カメラを見せてもらい、伊上守の顔を写真に撮る。そうすれば後は「この男反日パヨクなり。見かけたもの情報求む」と書いてビラを作り配布する。そして善良な日本国民からの情報提供を待つ。ライダーに思いつける作戦はこれぐらいであった。うまくいくかどうかはわからないが、やってみるしかなかった。

 

 ライダーは、ドラッグストアの自動ドアを通り店内に入った。

 

「香織!」

 

 即、叫び声がレジの方から聞こえた。

 

 そこにいたのは、店の制服を着た、伊上守だった。入口に立つライダーを見て、驚愕の表情を浮かべている。

 

 ライダーはレジに突進した。

 

 間髪を入れず、守の制服の襟をつかみ上げ、怒鳴る。

 

「貴様やな! マスクを買い占めたんわ!」

 

「は?」

 

「とぼけるな!」

 

 ライダーは、レジの台を乗り越え、守を床に押し倒した。

 

「げえ」

 

 守は悲鳴を上げた。

 

「貴様がマスクを買い占めたんや! その悪事を暴かれるのが怖いから、俺を騙そうとしたんや! 何が新井香織じゃ! 何か彼氏じゃ! 俺を騙そうと出鱈目を言いおってからに! この反日パヨクめ!」

 

「う、嘘じゃない! 嘘じゃない! 僕は君の彼氏だったんだ!」

 

「まだいうか、この!」

 

 ライダーは、拳を振りげた。全力を込めて、守の顔に振り下ろすために。

 

 しかし、守の叫びを聞いて、彼女は動きを止めた。

 

「君の左の胸には、ほくろがある! 大きなほくろだ!」

 

「……なん、やて……?」

 

 ライダーは、振り上げた拳を、下した。

 

 それは、いつも富田さんと肌を合わせるたびに、ライダーが気にしていることだ。

 

 それを知っているのは、彼女自身と、富田さんの二人だけのはずなのだ。彼女の裸身を見なければ、決して知ることが出来ない情報なのだから。

 

「君にさ、見せてもらったんだよ。ベッドでさ。君とその、セックスを、しようとしたんだけどさ。服を全部脱いで、ベッドに入ったところで、君が、やっぱり怖いからいやだっていうから、それでやめたんだよ」

 

 早口で、守は言った。

 

 ライダーは、無言で聞いていた。

 

「……思い出した?」

 

 守は、ぜえぜえ息を吐きながら、言った。

 

 かすかな希望を、表情に見せながら。

 

 ライダーは、頭を振った。

 

 守は、泣きそうな顔になった。

 

 しかし、ライダーは、体を彼の上からどけた。

 

「何が何だか、わからへん」

 

 もはやそれしか、彼女は言えなかった。

 

 

「何が何だかわからないのは、僕の方だよ」

 

 守は立ち上がりながら言った。

 

「半年前、君が失踪してから、僕は……必死になって、君を探した。だけど見つからなかった。警察が真面目に捜査しているような気がしなかったから、僕が頑張らなければって思ったのだけどね。でも、この街で再会できるなんて、全く想像できなかった。だってこの街は、君が通っていた東城高校がある東城市とは遠く離れた他県で、僕は家庭の事情で越してきただけだからね。おまけに今の君は、そんな変な服を着ていて、前は全然話してなかった関西弁で話していて、しかも僕のことや君自身の名前も、覚えていないと来ている。正直、今でも目の前の世界が、現実だとは思えないよ」

 

 ライダーは、無言で、床に座って、彼の言葉を聞いていた。ショックのあまり放心して、立つことさえしなかった。

 

「ねえ君……半年間、何していたの?」

 

「……戦っていたんや」

 

「戦うって……誰と?」

 

「特アの手先の、反日パヨクどもと、戦っていたんや」

 

「……その前のこと、本当に、覚えていないの?」

 

「その前?」

 

「君がその、特アとかパヨクとかいう人たちと戦う前、半年前より前のことだよ」

 

 ライダーは、首を振った。

 

 今、彼女は気づいてしまった。

 

 自分には、半年前のあの日、神風ライダーとして戦い始めた日より前の記憶が、ないということを。

 

 不思議なことに、今まで、それを疑問に思いすらしなかったのだ。

 

 彼女の人生の記憶は、富田さんの目の前で、彼から彼女の使命について聞かされた時から始まっており、それ以前がないのだ。

 

「富田さん……そうや」

 

 ライダーは、立ち上がった。

 

「これは、いっぺん、富田さんに連絡せなあかん。富田さんなら、きっと教えてくれるはずや。いつもそうやないか」

 

「富田さんに、知らせなあかん……?」

 

 守は、何を思い出した。

 

「あの~、お取込み中悪いんだけどねえ」

 

 その時、声がした。店の制服を着た痩せたおじさんが、二人に声をかけてきた。

 

「うん、ちょっと、この仕事場から離れて話し合った方がいいんじゃないかなあ」

 

 店内のお客さん全員が、二人に視線を向けていた。

 

 うわ、と、守は小さく呟いて。

 

「す、すいませんでした! 店長!」

 

 あわてて頭を下げた。

 

「……お騒がせして、申し訳ありませんでした。もう行きますよってに」

 

 ライダーも、ぺこりと一礼して、ふらふらとした足取りで、歩み去ろうとする。

 

「あ! 待って……。店長! すいませんが」

 

「うん。言っといで」

 

 自動ドアを抜け、店外に出たライダーの肩を、守はつかんで引き留めた。

 

「……離さんかい。富田さんのところに行くんや」

 

「富田さん……。今、富田さんって言った?」

 

「ああ」

 

「それって……君、今、『ライダー神風』をやっているってこと?」

 

「……当たり前やろ。俺はライダー神風や」

 

「でも、ライダー神風は、映画の中のキャラクターだよ!」

 

「……映画、やて?」

 

「そうだよ。ライダー神風ってのは、安原伸って人がもう30年位前に制作した「ライダー神風」って自主制作映画の主人公だよ! 主題歌では、神風ライダーって呼ばれていた気もするけど」

 

「んな馬鹿な話あるかいな。富田さんは一度もそんなこと」

 

「富田さんも、その映画の登場人物だよ! 眼鏡を掛けた小太りのおっさんで、ライダー神風もその人に使われているんだ。ライダーは何か事件が起こるたびに、『これはいっぺん富田さんに連絡せなあかん』っていって、バイクに乗って富田さんに報告に行くんだ。富田さんとライダーは『どうも』『どうもどうも』って挨拶を交わしながら……香織?」

 

 ライダーは、膝から座り込んだ。

 

「あり得へん」

 

 彼女の声は、震えていた。

 

「俺も、富田さんも、現実にいるやないか。映画の中の人間なんかじゃあらへん。なんやそれ、なんやそれ……」

 

 守は、スマホを取り出して、ぽちぽちいじると、彼女の前に差し出した。

 

 彼女が受け取ったスマホの画面には、「ニコニコ動画」のある動画が映っていた。タイトルは

 

「ライダー神風……」

 

「ニコ動に、全編アップされているよ」

 

 守は、動画を再生した。

 

 せまる アカ

 

 左翼の 集団

 

 皇居を狙う 黒い影

 

 天皇陛下を 守るため

 

 ゴー ゴー レッツゴー

 

 輝く 単車

 

 ライダー ジャンプ

 

 ライダー キック

 

 神風ライダー

 

 神風ライダー

 

 ライダー、ライダー

 

 ……同じ、メロディーだった。いつも、ライダー神風がバイクに乗る時に彼女の脳内を流れる歌と、歌詞こそ細部が違うが、ほぼ同じメロディーが、その動画の中では流れていた。

 

 その歌だけでなく、動画の中のあらゆる部分が、ライダーにとってはなじみ深いものだった。

 

 関西弁で話す、軍服をまとったヒーロー、ライダー神風の姿も。

 

 彼が跨るバイクにつけられた、日の丸の旗も。

 

 彼が常に指示を仰ぐ、彼が富田さんと呼ぶ人物が、眼鏡を掛けた男性であることも。

 

 みんな、彼女の今の日常生活そのものだ。違うのは、動画の中のライダー神風が男性であるという点と、富田さんの顔立ちがちがうということぐらいだろう。

 

「俺、なんでこんなことしとるんや」

 

 奇しくも、動画の中の主人公が言ったのと似たセリフを、彼女は、呟いた。

 

8

 

 夜。

 

 ライダーは、富田さんの家の庭に、バイクで走ってきて、停車した。

 

 ヘルメットを脱ぎ、玄関に歩み寄った彼女は、心中に重い決意を秘めながら、インターホンを押した。

 

「こんばんわ。ライダー」

 

 戸が開き、これまでの半年間、何度も見てきた富田さんの笑顔が、現れた。

 

 ……その顔を見て、ライダーの胸が、ずきんと、かすかに痛んだ。

 

 真相を知ってもなお、富田さんの笑顔が、今でも温かさを与えてくれると、分かってしまったから。

 

「それで、今日はどうやったんや? 悪いやつらは見つけられたか?」

 

 いつもと同じように、ちゃぶ台を挟んで二人向かい合って座った後で、富田さんは言った。

 

 ライダーは、無言で頭を振った。

 

「なんや。残念やったなあ。でも気を落とすんやないで。マスク買い占めの犯人は、わしが今日突き止めたんや」

 

「……ほんまですか?」

 

「ほんまや。お前が朝出かけた後、PCつこうて色々調べてな。わかったんや」

 

「誰なんですか? 犯人は」

 

「今の天皇や」

 

「……」

 

「驚くやろう。けどな。わしはちがうで。そもそも天皇もその一族も、わしら日本人の命のことなんか、考えてへん。元々、やつらの祖先は、朝鮮半島からやってきた侵略者なんや。平和に暮らしていたわしら日本原住民を征服した、最古の在日朝鮮人一族こそが天皇家なんや。あいつらも特アの仲間の、反日パヨクなんや」

 

「せやけどなんで、ウイルスを蔓延させて日本人を殺そうとするんですか?」

 

「わしら日本人が死ぬことが、やつらにとって楽しいことだからや。特アのやつらはみんなそうや。あいつらはわしらを苦しめるのが、殺すことが好きなんや。関東大震災の時も、在日朝鮮人どもが井戸に毒を投げ入れてわしら日本人を仰山殺したって、前に教えたはずやな。あれも同じ理由や」

 

「……」

 

「ライダーよ。お前に、今までで最も大事な使命を与えるで。今すぐ皇居にいって、天皇を殺してきいや。お前ならできる。普通の人間より強くなるように改造されたお前だったら、警備している警官どもなんかいちころや。お前が天皇を殺せば、それは革命や。二千六百年以上に渡る天皇家の支配から、わしら日本人を解放する革命や。お前は歴史に永遠に語り継がれる英雄になれるんやで」

 

「せやから、あんたは、元の歌の歌詞を変えたんやな」

 

「何や急に? 何の話をしとるんや?」

 

きょとんとした富田さんに対して、ライダー神風は眉一つ動かさずに、冷静に言葉を継いだ。

 

「ライダー神風の、主題歌の話です。安原伸はんが制作した元の映画では、ライダー神風は天皇陛下を守るために戦っていた。歌詞でもそう歌われていた。せやけどあんたは、俺に対して一回も天皇陛下を敬えとは教えなかった。俺に与えた主題歌でも、天皇陛下については触れられてない。それは、この時のためやったんやな。あんたは最初っから、俺に天皇を殺させたかったんや。そのためには、天皇を敬う気持が俺にない方が、好都合やからな」

 

 富田さんは、沈黙していた。

 

「せやけど、俺は、天皇を殺しまへん。人殺しなんか、いやや。人に暴力を振るうんも、もういやや。あんたとは、今夜限り、お別れですわ」

 

「どこまで知ったんや。お前は」

 

 富田さんは、口を開いた。

 

「あんたが、安原伸はん言う人が作った映画をヒントに、ただの女子高生やった俺をライダー神風ちゅうヒーローに改造したいうことは、もう知っとるで」

 

「どうしてや。どうして気づいたんや」

 

「昔の彼氏に、教えてもろたんや」

 

 今、こうして富田さんの家に来る前、彼女は伊上守の案内で、かつて新井香織と呼ばれていたころに住んでいた、東城市の家を訪ねていた。

 

 香織の両親が、そこには住んでいた。

 

 ライダー神風としての軍服をまとったまま姿を現した彼女を見るなり、彼らは縋り付いてきて、泣き出した。

 

 そのぬくもりだけで、彼女は、自分が確かに彼らの娘であったことを、確信した。

 

 新井香織の部屋は、半年前に失踪した時と、全く同じ環境のままで、残っていた。

 

 高校で使う教科書や、本棚や、机があった。本棚の本のほとんどは、「映画の作り方」「映画はもうすぐ百歳になる」「町山智弘が読み解くアメリカ映画の世界」といった、映画や映画評論についての本だった。

 

「君は、映画監督になるのが夢だと、良く言っていたよ」と守は言った。

 

「僕も、映画が好きでさ。だから僕らは仲良くなって、付き合うようにもなったんだ」

 

 そのことを、彼女は覚えていなかった。

 

 覚えていなかったが、こうやって守の隣に立つことで感じる胸の温かさが、彼の言葉が真実であることを、彼女にしっかりと告げていた。

 

 その記憶が、今の自分にないことが、彼女は、悲しかった。

 

 だから、夜になって、彼女は、富田さんの家を、訪ねたのだ。

 

「もう俺は、あんたに用はない。せやけど、教えてくれ。俺の失った記憶を取り戻すには、どないしたらええんや。大方俺の記憶は、俺を改造した時にあんたが消したんやろ。それを取り戻すには、どないしたらえんや」

 

「失った記憶をもとに戻す方法なんて、ないわ。あほ」

 

「そうか。だったら、あんたにもう用はない」

 

 ライダーは立ち上がった。

 

「待て」

 

 富田さんも、立ち上がった。

 

「ライダー神風よ。お前これから、どうするつもりや?」

 

「とりあえず、家に帰るわ」

 

「家畜の生活に、戻るんかいな」

 

「家畜やと?」

 

「そうや。家畜や。ライダー神風になる前の、新井香織としての生活に戻るってことは、そういうこっちゃ。家畜の生活をするっちゅうことや」

 

「なんやその理屈は。わけがわからへん。どうして改造される前の俺が家畜だったっちゅうことになるんや」

 

「お前だけやない。今の日本人は、みんな家畜のように生きているんや。牛や豚と一緒や。アメリカや財界や日本政府の家畜や」

 

「どういうこっちゃ」

 

「今、例のウイルスのせいで、誰もかれもみんな自粛しとるなあ。お前、これ、どう思うとるんや」

 

「どう思うて……」

 

 想像もしてなかった問いに、ライダーは面食らった。

 

「……立派やと、思うで。罰則もないのに、みんな政府のお願い通りに自粛してんのは。ウイルスの感染が拡大して病院がパンクしないように、みんな頑張っている」

 

「せやから、そういう思考自体が家畜の頭だっちゅうことや」

 

「どういうことや?」

 

 富田さんが何を言っているのかライダーにはまったくわからなかった。

 

「罰則がない? どあほ。それは日本政府が本来果たすべき責任を放棄しているっちゅうことやないか。政府は民間に対してただの要請しかしとらん。要請っちゅうのはただのお願いなわけやろ。けどなあ、お願いするだけならそこらのガキにもできるんや。政府の仕事やない。ガキでもできる程度のお願いなんかに、誰も彼も従うっちゅうのはな、日本国民がものの良し悪しをなーんも考えていないことの証や。ただお偉いさんが言うことだからしたがっておこうとしか考えていないあかしや。こんなのは家畜や。従順な飼い犬の生き方や。日本人はみんな、日本政府や財界やアメリカの飼い犬にすぎんのや。日本人は昔からそうや。東日本大震災の時にな、海外の人らが日本人の礼儀正しさを褒めているゆうて、マスゴミが嬉しそうに報道していたんや。略奪が起きてないとか、避難所で配給の時列にならんどるいうのが海外で評価されとると、さも自慢げに言っていたんや。あほらしい。海外の人らはあれを褒めていたんやない。馬鹿にしていたんや。あんな大災害に会ってもまだ、権力者に従順にして秩序正しく行動しとった奴隷根性を嘲笑っていたんや。もっと昔の話もするで。先の第二次世界大戦のときな、日本人は連合国に対して最後までとんでもなく抵抗をしていたんや。ゼロ戦に乗って、自爆突撃とかきちがいみたいなことしてな。せやけど、当時の天皇が『耐えがたきを耐え、忍び難きを忍び』なんて一回言ったら、ころっとおとなしくなったんや。その後、マッカーサーが来た時に、こないだまで鬼畜米英撃ちてしやまんなんてほざいてたんと同じ口で、今度はギブミーチョコレートなんてほざきやがったんや! 日本人はいつだってそうや。信念がない。自分の頭で考えることが出来ん。いつだって偉い人の言いなりや。だからゼロ戦乗って敵に爆弾抱いて体当たりしてこい言われたら黙ってそうする、昨日までアメリカは敵国やったけどこれからは同盟国だから逆らったらあかんて言われたらそうする。沖縄で日本の土地奪って基地作っとるアメリカを、兵隊が日本の女を犯しとるようなアメリカを、一番擁護しとるのが右翼ってどういうことや! これが日本人という生き物なんや。こんな生き物は人やのうて家畜や! お前はこれからそういう連中と同じ世界に戻るんや。それでもええんか?」

 

「ライダー神風やってた時やって、俺はあんたのいいなりに生きていただけやないか。なんも変わらへんわ」

 

「そらそうや。せやから、戻ったところで今と何も変わらへんのや。だったら戻る意味なんかあらへんやないかい! けどな、わしの言う通りにしていたら、おまえは英雄になれるんやで。天皇を殺して英雄になれるんやで!」

 

「天皇はんがマスクを買い占めてるゆう証拠はあるんですか?」

 

「あるわけないやろ。そもそもなあ、あんな布マスク、誰かが偶然落としただけに決まっているやろ。お前を動かすために嘘をついただけや」

 

「だったら、なんであんたは、天皇はんを殺したいんですか?」

 

「天皇制こそが、日本人の家畜状態を生み出している諸悪の根源だからや。日本人は天皇を崇めとる。お前がわしを崇めて暴れていたようにな。自分以外の誰かを崇めるゆうことは、思考停止そのものや。誰かを崇めている人間はもうそれだけで、自分の頭で考える力を無くす。天皇がいるから、日本人は家畜なんや」

 

 ライダーは、しばらく、沈黙した。

 

 じっと、富田さんを見つめたまま、ライダーは立ち続けた。

 

 半年間、富田さんに従って、反日パヨクとみなした人と戦い続けた日々を彼女は思い出していた。

 

 日の丸を掲げたバイクを走らせ、他人に暴力を振るってきた日々を思い出していた。

 

 夜、戦いにつかれた彼女を、抱いてくれた富田さんの肌の温もりを、その時感じた女としての喜びを思い出していた。 

 

 激しい半年間だった。

 

 これから一生、再びあの日々のような激しさを味わうことが、果たしてあるだろうか?

 

「お前は、どちらを選ぶんや。家畜になるのか、英雄になるのか」

 

 彼女の記憶に、ある優しい少年の姿が思い浮かんだ。彼女をずっと思い続けた、伊上守という少年の姿が。

 

「もし俺が、あんたの言う通り、天皇を殺したとして」

 

 ライダーは、口を開いた。

 

「それは、偉い人の言う通りに、ゼロ戦に乗って自爆した昔の日本人と、どこがちがうんやろ」

 

「……」

 

「俺は、あんたが言っていることが正しいのか、判断がつかへん。日本人が本当に家畜なのか、天皇のせいで家畜になってんのか、俺にはわからへん。俺自身が正しいことなのかどうかわからへんのに、あんたのいう通りに行動したら、結局、あんたの批判するような日本人そのものやないか。そんなんで英雄になれるとは、俺には思えへん。俺は、何が正しくて何が間違っているのか、自分の手で調べて、自分の頭で答えを出していきたいんや。少なくとも、あんたに改造される前の俺は、映画監督になりたいゆう自分の夢を持った女の子やった。あの頃の新井香織という女の子だった時の俺は、きっと自分の頭で考えていたはずなんや。だったら、俺にも、きっと同じことが出来ると、俺は思う。俺はもう、あの時の俺とは違う。俺はあんたと過ごした。さっきのあんたの言葉を聞いた。これから俺がどんな人生を歩むにせよ、あんたの言葉を忘れることなんか、絶対にできへん。これは傷や。おれはあんたに傷をつけられた。その事についてだけは、俺はあんたに感謝したいんや」

 

 ライダー神風は、富田さんに、背を向けた。

 

「さようならや」

 

 そう言い残して、ライダー神風だった少女は、ふすまを開け、部屋を出て行った。ふすまは丁寧にまた閉めた。富田さんはそれを黙って見ているだけだった。

 

 彼女は玄関に行き、綺麗に揃えて置いてあった軍靴を履いて、戸を横にひいて外へ出た。

 

 戸を閉める前に、富田家の内側に向かって、一礼した。

 

 日の丸の括りつけられたバイクには、目も向けずに庭を出て行った。

 

 

 夜の空には、大きな満月が、輝いていた。

 

 月の光が照らす道を、もはやライダー神風ではなく、しかし新井香織に戻ることもできない少女は、歩いていた。もはや少女に、風を受けてどこまでも走っていけるようなバイクはない。心をさわやかにしてくれる歌もない。しかし今、少女は自由だった。今までの記憶している人生の内で、最も自由だった。少女がこれからやりたいことが何なのか、これから少女がしなければいけないことは何なのか。それは全くわからなかった。だからこそ、少女は自由だった。今、少女を縛るものは、何もないのだから。自由とは、決して快楽を与えてくれるものではないことを、少女は知った。何度も体を重ねた愛する男と別れたことで、少女の頬をずっと流れ続ける涙の感触が、それを教えてくれていた。

 

おしまい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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