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ここは、徳川直人の、社会学研究の、いわゆる公式サイトの、「私はだれ?」の、

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■ 玄 関 > 私はだれ? > キーワード > 社会構造

「社会構造変動論」

 私の所属している研究室は「社会構造変動論分野」と言います。社会学とは「社会の構造」を分析する分野だ、と言うことも確かにできるでしょう。問題はその意味内容と、それが「相互行為」とどうつながるのか、ということです。

社会構造とは

 「社会構造」とは、たいへん大きな概念で、簡単に説明するのは難しいのですが、「構造」という言葉は、社会学の場合、煎じ詰めると、およそ次の異なる三つの意味を持っているように思います。(「構造主義人類学」といった場合の「構造」は除きます)。

 1)人口の構成 :
 たとえば、「日本の産業構造」などというときの「構造」は、第一次産業と第二次産業と第三次産業との比率、まぁ比率にもいろいろなものがありますが、ごくごく根本的には、それにどのくらいの割合で人々が就業しているかということ。「階級的構造」とか「階層構造」も同様でしょう。
 「少子化」とか「高齢化」も、子どもや高齢者が占める人口比率を指標にしています。

 2)人々の相互作用の比較的に安定したパターン :
 たとえば、「タテ社会、日本の社会構造」などというときに含意されているのはこれ。つまり、友人とか同僚といったヨコ関係よりも、上司と部下、先輩と後輩、親と子といったタテの関係のほうが重視されている--それなりにパターン化された相互行為に人々が従事する「習慣」を持っている--といったことを指します。

 3)人間の意図を離れて社会が独自のメカニズムを持つありさま :
 「それは構造的問題で、誰がとくに悪いというわけじゃない」といった言い方をする場合。
 上記1)にこれをあてはめれば、たとえば特定構造の「階層構造」が、それ自身として、人の好むと好まざるとにかかわらず、同じ階層構造を「再生産」してゆくメカニズムを持っているような場合。
 2)の場合も、古い言い方をもちだせば「義理と人情の板挟み」などという表現は、身近な人々との会話ですら「社会的」な事柄であって、個人がそれほど自由自在に操れるようなものでないことを、表しているでしょう。

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社会変動とは

 社会が変わる、とは、どういうことでしょうか。日常的には、たとえば「パソコンが普及して世の中が変わった」といったふうに言う場合があります。暮らしぶりは確かに変わりました。それを研究するのも大切なことです。が、「社会の構造」となると、どうでしょうか。

 技術が普及しても社会の構造は大して変わらないまま、といったことは、 上の1)の意味でも2)の意味でも、実はたくさんあるのです。もちろん、法律や制度が変わることとも、それは同義ではありません。

 1)の意味での社会構造は、2)の意味での社会構造よりは、比較的短時日のうちに変化することがありえます。経済の変動に伴う産業構造や階層構造の変化などは、その一つです。たった10年くらいで「失われた世代」が登場したりすることがありえるのですから。

 しかし、2)の意味で社会が変わるといったことは、そうなかなか起こることではありません。戦後変革も、こうした意味では余り社会を変えなかった、と言われています。むろん制度や法律の変革に大きな意義はありましたが。それよりも大きかったのは高度経済成長だ、と言われたりもします。恐らく、1)と2)の意味での変動が同時に起こった例でしょう。しかし、そのように1)と2)が連動するとは限りませんし、連動するにしてもそう単純な符合関係には置きにくいでしょう。たとえば「義理と人情」といったモノの言い方が世間で通用するかどうか、といったことは、単に言葉のアヤの問題ではなく、2)の意味での社会構造の変動にかかわる問題です。

 同様に、「子どもはのびのび遊ぶのが仕事だ」といったモノの言い方が変化するとしたら、それは大きな出来事だと、相互行為論は考えます。
 さて、では、「女はやはり子どもを生み育てることが一番の幸せ」といった言い方は、どうでしょうか。
 「こんなことが起こってよいのでしょうか、みなさん」は、いかがでしょうか。

 相互行為論は、そうした身近な出来事に、「社会を読み解く」ための重大なヒントを探そうとしているのです。

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