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いまこそ日本人が知っておくべき「領土問題」の真実 国益を守る「国家の盾」
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政治・社会
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第5章 虚構の「遺棄兵器」問題の大転換

『いまこそ日本人が知っておくべき「領土問題」の真実 国益を守る「国家の盾」』
[著]水間政憲 [発行]PHP研究所


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「遺棄兵器」問題は、直接、金銭による補填が実施される事業が絡んでいることで、1978年に「日中平和友好条約」が調印された以降の歪な「経済援助」の膿をすべて内包していると捉えることができる。日中間の「歴史認識問題」とは何かを、日本人一人ひとりが考え直すことのできる最善のテキストになる。

 本来であれば、この章の初めに2006年6月号『正論』の「スクープ・“遺棄化学兵器”は中国に引き渡されていた」を持ってくるべきだが、「遺棄兵器」問題を分かりやすく理解していただくために、最初にシベリア資料館で発見した史料に基づく『正論』6・7・8月号でのリポートの取りまとめとして、『SAPIO』誌(2006年9月27日号)に寄稿した「『毒ガス兵器』処理問題で中国に『最大60兆円』を約束した外務省『亡国文書』」を掲載する。

「毒ガス兵器処理問題」は中国にとって“金のなる木”


 日本が中国へ年間1000億円以上の巨額ODAを援助することになったのは、1985年からである。その時の“金のなる木”は「南京大虐殺問題」「毒ガス兵器問題」「首相の國神社参拝問題」の歴史3点セットであった。これらの問題を“創作”したのは、すべて『朝日新聞』とその一派で、それを中国が利用した。

 それと連動して中国は、軍事費を毎年2桁増額させて有人衛星まで打ち上げるまでになっているが、ここに来て「南京大虐殺問題」は、最近の学術研究で破綻し、「首相の國神社参拝問題」は、2006年の小泉首相の8・15参拝で粉砕された。最後に残った金づるが「毒ガス兵器問題」なのだ。
「毒ガス兵器問題」とは、終戦時に旧日本軍が、中国各地に遺棄したとされる化学兵器を回収する事業で、日本政府は、2000年以降「旧日本軍遺棄化学兵器処理費用」に970億円を投じており、総費用は1兆円とも言われる。さらに中国側の言い分通りに200万発の遺棄化学兵器があるとすれば、1発3000万円×200万発、実に60兆円の血税が注がれることとなる(日本政府が認めているのは30万〜40万発)。ODAの枠組みがなくなって以後も、処理事業で日本からお金を引き出すつもりなのだ。

数千人の中国側責任者が受領サインした引継書を発見


 ところが2006年3月、筆者はこの遺棄化学兵器問題を根底から覆す史料を入手した。約600冊に及ぶ「旧日本軍兵器引継書」である。元全国抑留者補償協議会(全抑協)会長、斎藤六郎氏が、戦後101回もロシアを訪れ合法的に持ち帰ったもので、戦後の時を経て、山形県鶴岡市にある「シベリア資料館」で著者が発見した。

 現在、日中両政府が吉林省のハルバ嶺ほかで発掘保管している約3万8000発の「遺棄化学兵器」のうち、3万3092発は、南京市周辺から回収されたものだ。南京には、旧日本軍「支那派遣軍総司令部」があり、南京兵器廠には、「水西倉庫」「紅山倉庫」「下関倉庫」「百菓(幕府)山」などが附設されていた。

 発見した引継書によれば、ここに所蔵されていたすべての兵器(化学兵器を含む)は、1945年9月9日午前10時からの降伏文書調印式で、日本側・岡村寧次大将と中国側・何應欽大将の間で署名調印し、中国に接収されたことになっている。南京兵器廠の「兵器引継書」は、弾薬、発煙筒などが大量なので「トン」単位で記載されている。

 これはほんの一例にすぎない。シベリア資料館に所蔵されている兵器引継書は、北支・中支那・華南方面(すなわち支那派遣軍全般)と旧満洲に駐留していた関東軍を網羅している。中隊クラスを最小単位として、各軍司令部、兵器廠、連隊、大隊など個別のレベルで引き継ぎ(接収)されていた。なかには、電気スタンドやケント紙1枚まで記されているものもあり、終戦後の武装解除、中国側(国民党軍)への兵器引き渡しが、驚くほどの律儀さで遂行されたことが分かる。そして引継書にはすべて日付、場所、授者と受者の署名捺印がされている。のべ数千名の受者(中国側責任者)が署名、捺印しているのである。

 1945年8月21日、国民党軍総参謀長蕭毅粛中将と支那派遣軍副参謀長今井武夫少将との会談の席で交付された「備忘録(武装解除の命令書)」で、一切の兵器が国民党に接収されている。

 また、旧満洲における関東軍も、ソ連極東軍最高司令官ワシレフスキー元帥から「武装解除に関する命令書」を手交されていた。その中で、すべての「弾薬リスト」の提出を命令されていた。

 これらの命令通り、各軍隊が武装解除、兵器の引き渡し(引き継ぎ)を行なっていたことが、600冊の引継書と関連文書で証明された。すなわち、旧日本軍の兵器の所有権は中国側(あるいはソ連に引き継がれた)にあり、遺棄化学兵器問題は日本に責任はないのである。旧日本軍の兵器は、ポツダム宣言を遵守して関東軍はソ連、支那派遣軍は国民党政府に武装解除されて接収されたのである。本来、日中間に「遺棄化学兵器」問題など存在しないのだ。

「日中覚書」を交わした外務省が万死に値する2つの理由


 それでも、中国が遺棄化学兵器処理を日本に肩代わりさせる根拠とは何か?

 1995年に日本が批准した化学兵器禁止条約は、そもそも「自国が所有し若しくは占有する化学兵器」の廃棄を義務づけたものであるが、中国がこだわって「他の締約国の領域内に遺棄した化学兵器」の廃棄義務が条文に盛り込まれた。ならば、前述したように日本軍が「遺棄した」化学兵器は存在しないのだからこの原則を通せばいいのだが、日本はさらに“亡国文書”を取り交わしてしまった。

 1999年北京で調印された「中国における日本の遺棄化学兵器の廃棄に関する覚書」(以下「日中覚書」)がそれだ。署名者は、当時の谷野作太郎中国大使と王毅中国外交部助理(駐日中国大使)である。この第一項には「中華人民共和国内に大量の旧日本軍の遺棄化学兵器が存在していることを確認した」とある。根拠のないものを「確認した」と文書で認めてしまった外務省の態度は万死に値する。

 化学兵器禁止条約批准前に、吉林省ハルバ嶺の調査に参加した日本側関係者によると、中国側は「中日友好、謝謝……」と非常に低姿勢だったとのことだ。ところが、「日中覚書」調印後は、中国側の態度が豹変したと驚いていた。

 それを裏付けるように、中国から次々と「遺棄化学兵器」の被害者が日本政府に対する国家賠償請求を日本の裁判所に提訴してきたのである。

 化学兵器禁止条約の第四項「廃棄の期限」3には「条約の趣旨及び目的に危険をもたらさないと認めるときは、(中略)単独の要請(中略)に基づき、廃棄に関する規定の適用を変更し又は例外的な状況において停止することができる」となっており、日本単独でも変更して、停止することができる。さらに「日中覚書」は、条約と同等の効力などなく単なる「メモ」程度のものだ。さっさと白紙にもどしてしまえばよい。何度も言うが、日本軍は中国に化学兵器を遺棄などしていないのだ。
「日中覚書」の弊害をもう一つ指摘しておく。化学兵器禁止条約で廃棄処理を義務づけられていない化学兵器まで廃棄処理の対象にしたことだ(次表参照)。単なる発煙筒である「しろ剤」やほとんどの砲弾に使用されるピクリン酸(黄色薬)まで含まれている。前出の南京で発掘保管されている「化学兵器」を検証すると、化学兵器禁止条約の対象「化学兵器」は、3万3092発中たったの1発(きい剤〈マスタード系のびらん剤〉)だけなのにもかかわらず、覚書によって発煙筒や砲弾のほぼすべてが「化学兵器」になってしまうのだ。

外務省中国課長と内閣府処理室長のあきれた回答


 ここで、血税をタレ流す羽目になった「日中覚書」調印にいたる日本側の政治家、官僚の不作為を明らかにしよう。

 まずは同条約批准を前にした1995年4月11日の河野洋平外務大臣答弁だ。
「旧軍のものであるということがはっきりすれば、当然わが国がそれを処理する義務、責任があるというふうに思います。これは化学兵器禁止条約のみならず、日中共同声明その他の精神からいっても、誠意を持ってこの処理をいたす……」

 批准当時の村山富市首相の答弁。
「遺棄した方の国にその処理の責任がある(中略)誠実に実行しなきゃならぬということは当然であります」(1995年1228日参院決算委員会)

 これら首相、外務大臣の答弁が「日中覚書」を統制することになったのである。

 両答弁の共通点は、「兵器」の所有権が日中どちら側にあるのか、一切無視していることだ。

 さらに外務官僚が、これらに妄言の上塗りをした。

 その極め付きは、1998年4月10日の衆議院外務委員会での阿南惟茂外務省アジア局長の答弁だ。阿南局長は「中国側は同意(注・旧日本軍が遺棄すること)をしていないわけでございます」とか「化学兵器、砲弾が終戦当時、通常の武装解除に基づいて、ソ連軍ないし中国側に引き渡されたものとは認められない」と述べている。阿南氏は「中国側の同意」=「国民党政府側の同意」を当然承知しているはずであり、国会で平然と嘘をついているのだ。

 遺棄化学兵器処理事業は、中国側とのやり取りを外務省中国課が担当し、そこで遺棄化学兵器と確認されたものを内閣府の遺棄化学兵器処理担当室(以下、処理室)が処理する。

 筆者は、シベリア資料館での発掘史料を雑誌『正論』で発表したあと、外務省中国課・泉裕泰課長と内閣府処理室・高松明室長に「旧日本軍が遺棄したと何を根拠に断定しているのか」との質問を投げかけたところ、口裏を合わせたようにほぼ同様の回答が同日付で寄せられた。これは先の阿南答弁とも一致する。
「政府としましては、現段階では、旧日本軍による化学兵器の残置が中国(や旧ソ連)の同意のもとに行われたことを確実に裏付ける資料があるとは承知しておりません。中国(や旧ソ連)がこうした同意をしていたことを示す明らかな根拠がない限り、現在中国に残されている旧日本軍の化学兵器は、化学兵器禁止条約上我が国が廃棄する義務を負う遺棄化学兵器に該当すると考えます」

 しかし「兵器引継書」によって、「遺棄化学兵器」の所有権は中国側にあることがさらに強固なものになった。繰り返すが、兵器引継書600冊には数千人の中国側責任者の署名捺印が記されている。どこが「同意していた明らかな証拠」でないのか。これを機会に、中国や外務省の“嘘”を政治家、新政権は追及するべきではないのか。

 2006年5月12日の内閣委員会で、この約600冊の引継書に関連して戸井田徹衆院議員が質問したことに対して、安倍晋三官房長官(当時)は「この史料は精査すべき内容である。しかるべき調査をさせたい」と明確に答えている。

 吉林省ハルバ嶺に建設予定の廃棄処理プラントに関連して、5万〜7万キロワットの変電所、ヘリポート、軍用車両も通行可能な道路の建設も予定されている。ハルバ嶺に近接している敦化市には、現在軍事基地がある。ハルバ嶺の施設が軍事転用されると、日本にとってかなりの脅威となるだろう。

 中国はなんでもありだ。たとえば、日中合同で発掘回収した「遺棄化学兵器」は、黒竜江省寧安市の場合、2006年7月10日までに695発を発掘・回収したが、そのうち496発は日本以外の国の兵器だった。この問題が日本で指摘されると、中国は直後の7月25日から8月6日までの発掘・回収は、初めて中国側だけで発掘することに方針転換したのだ。その結果は、なんと699発中697発! が旧日本軍製だった。今後、中国側単独の回収作業では100発中100発が旧日本軍製となるだろう。

 さらに廃棄処理事業の最終期限は延長が認められ、2012年4月29日になった。最終期限日に「旧日本軍化学兵器」数百発を発見と中国が申し入れてきたら、どう対処するのか。その時、中国は「一発につき3000万円」支払えと平気で要求してくるだろう。

 外務省と「処理室」の言い訳が、ことごとく破綻しているにもかかわらず、現状のまま廃棄処理を推進するのであれば、日本国は、主権国家とは言えない。

 本章のこれ以降のリポートは、2006年3月にシベリア資料館で発見した旧日本軍兵器引継書に基づいて、同6月号『正論』に発表した「スクープ・“遺棄化学兵器”は中国に引き渡されていた」へ続く。

 日本政府は、旧日本軍が兵器を引き渡したと証明できる文書がないとの前提で、中国大陸で発掘されたすべての兵器を日本国民の「お金」で処理する覚書にサインしていた。

 しかし、実際にはきちっと引き渡したという「動かぬ証拠」、シベリア資料館で約600冊が目の前に出てきた時、あまりの衝撃で雷に当たったように体中が震えていたことを、いまでも思い出す。

 ここから先は、大東信祐・元防衛庁防衛研究所戦史部長や戸井田徹衆議院議員(当時)、松原仁衆議院議員のお力添えもあり、中国と日本政府(外務省中国課・内閣府遺棄化学兵器処理担当室)をジワジワ追い詰めていった記録である。

眠りから醒めた旧日本軍兵器引継書


 戦後の数奇な時空から、私の前に現れたのは、膨大な量の旧日本軍兵器引継書の原本であった。それは、ゴルバチョフ・ソ連大統領時代からのグラスノスチの自由と民主主義の「風」に乗ってロシアから、山形県にあるシベリア資料館に来たのだ。しかし、元全抑協会長、斎藤六郎氏が亡くなられてから10年以上封印されてきた。ほこりを被っていた段ボール箱を開けたのは、10年間で私が初めてだった。何ものかに導かれるかのように開けた最初の箱から大量の兵器引継書が出てきたのである。







 これらの史料は、1980年代に『朝日新聞』が火をつけ、媚中派政治家、外交官と中国が連動して育ててきた「遺棄化学兵器」問題を根底から覆すことのできる、第一級の歴史資料である。
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水間政憲(みずま まさのり)
1950年、北海道生まれ。近現代史研究家・ジャーナリスト。慶應義塾大学法学部政治学科中退。近現代史(GHQ占領下の政治・文化)の捏造史観に焦点を絞り、テレビ・新聞報道の反証を一次史料に基づき調査研究する。
『正論』(2006年6月号)に「スクープ“遺棄化学兵器”は中国に引き渡されていた」(第1弾)を発表。その後、第10弾まで寄稿し、戸井田徹衆議院議員(当時)などとの連携により、国会で中国や外務省の矛盾点を糾弾し、中国に数兆円の血税をむしり取られることを阻止する。その他、「尖閣問題」「北方領土問題」「國神社問題」「中国食品問題」などのスクープを、『正論』や『SAPIO』誌上に多数寄稿。調査研究の傍ら歴史的資料価値のある書籍の復刊をプロデュースしている。
著書に、『朝日新聞が報道した「日韓併合」の真実』(徳間書店)、『世界の金言日本人の妄言』『ニュースキャスター筑紫哲也を斬る』(以上、日新報道)など。共同監修・編集した本に『南京の実相』(日新報道)などがある。
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