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03月21日朝日新聞デジタル朝刊記事一覧へ(朝5時更新)

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みやぎ野球史再発掘

仙台発の文化、試合前挨拶 伊藤正浩

写真:三好愛吉・旧制二高校長=東北大史料館提供 拡大三好愛吉・旧制二高校長=東北大史料館提供

 選抜高校野球大会は残念ながら中止。一日も早い球春到来を願って、甲子園でも行われる礼式の話をしましょう。

 日本野球独特の「試合前挨拶(あいさつ)」について、仙台発祥であると筆者の研究で確かめたことは、一昨年4月に本紙で取り上げられ、大きな反響をいただいた。

 1911(明治44)年、野球は青少年に弊害が多いとする「野球害毒論」の中、仙台の旧制二高は野球の健全性を示すために、旧制中学の東北大会を新設。試合前挨拶は、その中で初めて行われた。

 ところで、同時期に東京の野球人たちが「言論」で野球を擁護したのに対し、なぜ仙台では挨拶導入という「行動」に訴えたのか。この点を調べたところ、鍵となる人物が浮かび上がった。その名は三好愛吉。当時の旧制二高校長で、「雄大剛健」の校風を確立したと言われる人物だ。

 三好は、教育者が積極的に野球の善導に乗り出すべきだと考えていた。そして、野球部に大会の主催を許可するとともに、選監(総務兼応援団長)の前田亀千代(のちに京都弁護士会長)に、野球はあまりに米国流だとして、何らかの工夫を施すことを促していた。前田がこれに応えて、柔剣道の礼式をもとに考案したのが、試合前挨拶であったのだ。

 こうして、米国生まれのベースボールに日本のメンタリティーが付与された。大正時代になると、それは「野球道」として形作られていく。日本的な「野球」の原点のひとつが、仙台にあったと言える。

 100年以上も前、野球を守るため尽力した先人たちの知恵と行動によって、現在も続く野球文化が仙台で生み出されたことは、もっと知られて良いだろう。

 本コラムは今回が最終回。1年にわたるご愛読、ありがとうございました。

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