■論破17・浄土真宗の仮面をかぶる富士門流執着軍団・日神(自称・拳骨和尚)の正体を暴く17
□出家要求・「アンチ日蓮正宗」管理人譲渡要求を全て言下に拒否した「アンチ日蓮正宗」管理人
吉野日神(智応)の勘違い男、図に乗る男ぶりは、とどまるところを知らない。次に何を言い出したのかというと、英昭彦に「僧侶にならないか」と言い出したのである。英昭彦があっけにとられて「は(?)」と、ボーぜんとしていたところ、「出家して真宗木辺派の僧侶にならないか。僧侶になって、仏眼寺に住めばいいじゃないか。僧侶になってくれれば仏眼寺大学頭に任命する」などと言ってきたのである。これにはさすがに呆れ果ててしまった。
「僧侶になる気は全くない。あなたの弟子になる気は全くないし、仏眼寺に住む気も全くない」
と言下に断った。そもそも真宗木辺派の僧侶になって、たった数年しか経っておらず、教師にもなっておらず、仏眼寺の住職でもない、しかも、ろくに勤行もやっていないような「僧侶失格男」が、英昭彦に「大学頭に任命するから、弟子にならないか」と言ってきたことに、この男の際限のない無節操ぶりに、呆れ果ててしまったのである。
だいたい、なぜ英昭彦が吉野日神(智応)の弟子になって真宗木辺派の僧侶にならなくてはならないのか。英昭彦が仏眼寺を訪ねたのは、挙動不審男・吉野日神(智応)を問い質し、この男の正体を見極めるためであって、吉野日神(智応)に入門したいから訪ねたわけではない。吉野日神(智応)は、英昭彦が入門したいと思って、仏眼寺に来たと思っていたのだろうか。勘違いも甚だしいのである。英昭彦は、いろいろな寺院を訪ね歩いているが、自門流に入門したいから参拝に来たと勘違いした住職・僧侶は一人も居ない。しかも住職でも教師でもない、ただの平僧が「大学頭に任命する」などという、際限のない非常識、無節操ぶり。吉野日神(智応)の超ウルトラ勘違い男ぶりたるや、非常識を通り越して、もはや「バカ者」の領域に入っていると言えよう。
吉野日神(智応)は、大津蓮華寺に居住していたころ、英昭彦のちょっとした質問に答えられず、大混乱になって、しどろもどろになったことがあった。又、吉野日神(智応)自慢のブログ「拳骨和尚の辻説法」に、法華講員がちょっとコメントしただけで、これまた大混乱になり、こったこれだけのことで「アンチ日蓮正宗」コミュニティを逃げるように退会していったのである。こんなバカげた愚行を繰り返していながら、自分が師僧になって弟子を取れると思っていること自体、勘違いも甚だしい。かつて元創価学会員・元日蓮正宗信徒の古賀某氏が、「元創価学会員、元日蓮正宗信徒の僧侶は、どの僧侶も信心のかけらもない僧侶ばかりだ」と言ったことがあったが、この言葉、そっくりそのまま吉野日神(智応)にピタリと当てはまる言葉だと言えよう。
「アンチ日蓮正宗」管理人・英昭彦に出家要求を言下に拒否された吉野日神(智応)は、次に何と英昭彦に対して、「『アンチ日蓮正宗』管理人の座をオレに譲れ」と要求してきたのである。この二度目の不当要求も、「アンチ日蓮正宗」管理人が言下に全面拒否した。当然のことである。
そもそも吉野日神(智応)は「アンチ日蓮正宗」にも「仏教宗学研究会」にも何ら関与しておらず、ほんのちょっとしたことで、這々の体で「アンチ日蓮正宗」を退会していった男である。これに至っては、勘違いやバカ者の領域を通り越して、吉野日神(智応)が「アンチ日蓮正宗」横取りを企んでいたことが、ここに明白になった。ここまできたら、完全な迷惑男・スパム男・妨害男の領域である。
(姫路仏眼寺)
□真宗木辺派の僧道修行にすら付いていけず、音を上げて泣きが入っていた吉野日神(智応)
これらのスパム行為が全く効果がないと見たのか、今度は、
「オレは、各仏教宗派共通の度牒を造ろうと思っている。大日蓮宗で度牒を受けて僧侶になったのに、今度は真宗木辺派に入門したら、度牒も修行も最初からやり直し。こんな話しは酷い。一度、度牒を受けたら、全仏教宗派に通じるようなシステムをつくりたい」
などと言い出した吉野日神(智応)。大日蓮宗を辞めて真宗木辺派に入ったら、ゼロから修行やり直しになるのは、あたりまえではないか。そんなことは、子供でも知っている。要するに、吉野日神(智応)が真宗木辺派の修行にすら付いていけず、音を上げているということではないか。後日、松本修明氏に聞いたところ、真宗木辺派という宗派は、日本の仏教界では、最も簡単に僧侶の資格が取れる宗派なのだという。最も簡単に僧籍が取れるかどうかは別としても、そんなに難しくもない修行ですら、吉野日神(智応)が付いていけなくなっているだけのことではないか。
吉野日神(智応)の言っていることが、余りにも滑稽極まりない話しに聞こえたので、英昭彦が思わず笑ってしまったところ、吉野日神(智応)は顔を真っ赤にして、何と真宗木辺派の度牒を見せびらかし始めたのである。
(吉野日神(智応)が見せびらかした真宗木辺派の度牒)
これは個人情報に関する部分は隠してあるが、度牒の公開そのものは吉野日神(智応)が承諾したものである。ところが吉野日神(智応)のほうは、「オレは度牒を持っているから、本物の僧侶だ。松本は経歴詐称のニセ坊主だ」などと言い始める。今問われているのは、度牒を持っているか持っていないかの問題ではなく、僧侶としての中身の問題ではないか。吉野日神(智応)が真宗木辺派の度牒を持っていることは、松本修明氏がニセ坊主だとの証拠になるわけがない。むしろ、僧侶の身でありながら、ろくに日々の勤行もやらず、たまに勤行をやるときは、自宗の僧衣ではなく、他宗派の僧衣を身にまとって勤行をし、さらに自宗の修行にすら、ついていけず、音を上げて泣きが入っている吉野日神(智応)こそ、ニセ坊主そのものではないか。全く笑ってしまう話しである。
度牒を見せても効果がないと見るや、今度は「いろいろな史料があるから、持って行ってくれ」などと言い出し、住職室からいろいろな史料を持ち出して来た。「何だろう」と思って、それらの史料を見たのだったが、どれもこれも、何の役にも立たないゴミ史料、インポ史料ばかり。英昭彦は、姫路から新幹線に乗って東京に帰らなくてはならないのに、こんなゴミ史料、インポ史料を手にして帰れるわけがない。これも断ると、次は、吉野日神(智応)が今まで書写した曼荼羅本尊を見せて、「この中から好きなものを持って行ってくれ」などと言う吉野日神(智応)。英昭彦としては、特に吉野日神(智応)が書写した曼荼羅本尊など必要と思っていないため、これも「要らない」と断る。
すると「どうしても持って行ってくれ」と執拗に迫ってくる吉野日神(智応)。「こういうものは、手に持って帰れない」と断ったが、何と吉野日神(智応)は、これらのゴミ史料、インポ史料と曼荼羅本尊を、後日、郵送で英昭彦の元に送ってきたのである。
(吉野日神(智応))
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