■論破6・浄土真宗の仮面をかぶる富士門流執着軍団・日神(自称・拳骨和尚)の正体を暴く6
□大津蓮華寺を「離山」後「辻説法」転じて「坊主のネコ説法」をはじめた吉野日神(智応)
2010年8月、吉野日神(智応)は今までの前言を翻して、あれほどうれしそうに(?)「副住職」を自称していた大津蓮華寺から「離山」し、大津蓮華寺の自称「副住職」を「辞職」したと宣言。そして今まで「副住職」を自称していた大津蓮華寺を「偽りの寺」だと批判をはじめた。なぜ大津蓮華寺から離山したのか。その理由を「母の体調が悪くなったので離山」を決意したと言い出した。じゃあ、大津蓮華寺を「偽りの寺」だと批判をはじめたのは、どういうわけなのか。吉野日神(智応)は大津蓮華寺の自称「副住職」だったのに、大津蓮華寺を自ら「離山」したのち、「偽りの寺」だと批判したら、じゃあどうしてそんな「偽りの寺」の「副住職」を自称していたのか、との疑問が出る。全く腑に落ちない話しである。大津蓮華寺が「偽りの寺」なら、そこの住職と「副住職」も「偽りの僧侶」ということになるのではないのか。さらに大津蓮華寺「離山」後、吉野日神(智応)は「辻説法」を復活して、あれこれと書き始めたが、日蓮正宗批判、創価学会批判は、遁走したまま、一言もなし。それどころか、吉野日神(智応)は、大津蓮華寺が「偽りの寺」だと批判しながら、なぜ大津蓮華寺が「偽りの寺」なのかについて、一言の言及もなし。なぜ自称「副住職」を「辞任」し、大津蓮華寺を「離山」したのかについても、何一つ言及しない吉野日神(智応)。こういう大事なことは何一つ「辻説法」で書かずに、吉野日神(智応)が「辻説法」で書くことは、飼いネコの話しばかり。自分の飼いネコの話しばかりしている僧侶の説法が、どこにありますか。こんな人をバカにした説法など、まさに前代未聞。自分では「拳骨和尚の辻説法」を自称しているが、飼いネコの話しばかりしている「辻説法」は、もはや実質的に「坊主のネコ説法」と化してしまっていたのである。
私が驚いたのは、これだけではない。もっと驚いたのは、大津蓮華寺を「離山」した後の吉野日神(智応)の身の振り方である。その後、吉野日神(智応)は「辻説法」では、住む所がなくなったので、吹田市の『女房の自宅』(?)に母親と吉野日神(智応)の母子二人で居候していたとのこと。吹田市の『女房の自宅』(?)とは、かつて吉野日神(智応)が「大日蓮宗」の「吹田教会所」を自称していた、あのマンションの「草庵」のことらしい。というわけで、大阪府吹田市のマンションの「草庵」に戻るのかな(?)と思っていたところ、突然、兵庫県姫路市の仏眼寺なる寺院に入ることになったと宣言。私にも兵庫県姫路市の仏眼寺なる寺院の連絡先を通知してきたのである。この時点において、私は吉野日神(智応)が「大日蓮宗」に戻ったものだとばっかり思っていた。「兵庫県姫路市の仏眼寺なる寺院って、大日蓮宗の寺院(?)」と思った私は、インターネットでいろいろ検索してみたのだが、潰れる寸前宗派「大日蓮宗」に仏眼寺なる寺院はない。それどころか、そもそも「大日蓮宗」という宗派自体が、すでに実質的に解散したことになっている。高山智正氏が「大日蓮宗」の法人格だけを継承しているのかもしれないが、潰れる寸前宗派「大日蓮宗」は、実質的にすでに潰れてしまっている。では、この仏眼寺なる寺院は、何宗の寺院なのか、ということになる。
□「浄土真宗の僧籍を取った」と宣言し兵庫県姫路市・仏眼寺なる寺院に入った吉野日神(智応)
全くもって吉野日神(智応)のやることは不可解なことばかりだな、と思っていたところ、不可解なことはこれにとどまらなかった。今度は、吉野日神(智応)が「今度、浄土真宗の僧籍を取りました」との連絡を入れてきたのである。浄土真宗の僧籍を取った(?)。どうゆうことだ、それは(?)。吉野日神(智応)の所属宗派は、潰れる寸前宗派「大日蓮宗」ではないのか。潰れる寸前宗派「大日蓮宗」に居ながらにして、浄土真宗の僧籍を取ったということなのか(?)。それとも潰れる寸前宗派「大日蓮宗」が、実質的に潰れているので、浄土真宗の僧籍を取ったということなのか(?)。僧籍というものは、そんなに簡単に取れるものなのか(?)。ここまで来たら、吉野日神(智応)の不可解な言動、不審言動は、私の理解の範疇を完全に超えてしまっている。私としては、吉野日神(智応)なる人物は、「とても付き合いきれる人物ではないな」と、完全に呆れかえっていた。
2010年当時、私は「mixi」日記で「アンチ日蓮正宗・アンチ創価学会」シリーズを執筆しており、「辻説法」を復活させた吉野日神(智応)は、私の一々の日記にイイネを付けまくっていた。しかし私としては、ここまで得体の知れない、不可解な言動、不審言動を次から次へとやらかし、私の理解の範疇を完全に超えてしまっている不審男・吉野智応ならぬ吉野「痴呆」が、私の「アンチ日蓮正宗・アンチ創価学会」シリーズの「mixi」日記に、イイネを付けたりコメントを付けたりすることが、かえって薄気味悪く感じる。それはそうでしょう。
創価学会→法華講(?)→大日蓮宗・吹田教会所主宰→西山本門寺系・大津蓮華寺自称「副住職」だけでも不可解かつ不審極まりない経歴であるのに、それに輪をかけて浄土真宗の僧籍を取るとは、どういうことなのか。ここまで来ると、もはや支離滅裂と言う以外にない。こういう不審男をインターネット上の情報だけで判断し、評価を下すことは不可能である。これは実際に姫路市の仏眼寺なる寺院に行って、吉野日神(智応)なる人物に直接会い、自分の目と耳で吉野日神(智応)なる人物がどういう人物であるのかを確かめた上で、評価を下すべきである。とは言っても大津蓮華寺・自称「副住職」時代に、私が直接訪問しようとアポイントを取ろうとしたところ、しどろもどろになって遁走した前歴がある吉野日神(智応)である。そこで私としては、吉野日神(智応)が姫路市の仏眼寺なる寺院への訪問からも遁走するようであれば、いくら「5年様子見期間」とはいえ、これ以上、交流をつづけていても意味がないので、その時点において吉野日神(智応)との交流を全て終了させるつもりでいた。吉野日神(智応)は、とっくの昔に「mixi」の「アンチ日蓮正宗」コミュも「アンチ日蓮正宗vs日蓮正宗」コミュも自ら退会しており、コミュに在籍していた時も、ただの一言も発言していない。自称「拳骨和尚の辻説法」でも日蓮正宗批判・創価学会批判の記事は、とっくの昔にやめてしまっていたばかりか、仏教の話そのものが消えてしまっており、飼いネコの記事ばかり書いている「坊主のネコ説法」と化してしまっていた。この不審男・吉野日神(智応)は、日蓮正宗批判・創価学会批判の気概も、僧侶としての道念も完全に失っていることは、どこからどう見ても明らかであった。
(自称「拳骨和尚の辻説法」ならぬ「坊主のネコ説法」)
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